【選は創作なり】高橋睦郎句集『十年』
十年といっても、さまざまな十年があるものです。十年という単位に意味があるわけではないですが、区切ってみることで見えてくるものがあるから不思議です。
今回は、高橋睦郎さんの句集『十年』から二十句を選ばせていただきました。句集では漢字が旧字体なのですが、ここでは新字体にさせていただきました。
言葉選び、音、リズムは、五七五の上にあってなお、独特な感性によって磨き上げられているように思いました。季語の使い方も面白いです。読み始めはなかなか読みこなせなかったのですが、だんだんはまっていきました。内容はとりわけ神話的なものを感じさせる句に惹かれました。
山微笑そのさざなみや空渡る
逃ぐる追ふ小露大露遂に寄る
三島忌や腐りやすきは国も亦
億年の亀の歩みの涼しさよ
黄泉夜長わが母われを忘れます
大海を吐き尽しけり大海鼠
殻脱ぎし蝉の世眩し死後の如
われも姨捨てたる月の明らかな
落葉にも華やぐといふことありし
人の香に酔ヒ泣く秋の蚊なりけり
のちの世の明るさかくや後の月
佐保姫の乳首ももいろ木ノ芽春
百万の蝶降り窒息しなん夢
鳥の恋解けて蚯蚓へ驀(まつしぐ)ら
蜉蝣や恋も子産みもただ三刻キ
芋の露硯の渇き癒すべう
就中風花死者をよろこべり
鬱鬱と糸吐き昼を繭ごもる
はつ夏の雪をんなこそ苔雫
初湯より生れて我や老童子
覚めて憶えぬ初夢をありがたう
花疲れとは人よりも花に先づ
無き家に亡き母ひとり年守る