【選は創作なり】草間時彦句集『盆点前』『瀧の音』
新年早々、食あたりで寝込みました。下痢と嘔吐、そのあとは高熱。こんな寝正月、生まれて初めてです。これは、もう生き方を改めよという神の啓示でしょうか。食べることの恐ろしさを感じた、こんな年明けにふさわしい俳人は、この人しかいないのではないでしょうか。美食家俳人と称される、草間時彦さんです。晩年の句集『盆点前』(詩歌文学館賞)と句集『瀧の音』(蛇笏賞)から、舌と胃袋で選句をさせていただました。
『盆点前』
かけそばに落とす玉子や寒の内
このごろは野暮用ばかり三の酉
牛鍋のあと白妙の餅入れて
夜咄や主客二人のうどん煮て
門前やしぐれ過ぎつついなり寿司
花八つ手生き残りしはみな老いて
夏すでに四川の蕨辛く煮て
いささかの暇うれしさや夏茶碗
酒好きの煙草嫌ひの甚平かな
利休忌や摘みて三つ葉の辛子和
休肝日京人参の紅きかな
こぶじめの平目の春を惜しみけり
あたたかし老いてもをとこをみなかな
あつあつのあんかけうどん近松忌
花冷の鯛のあら煮をかかへこみ
『瀧の音』
ぼけかけし夫婦に茄子のこむらさき
冬ざれの口さみしくてひとりごと
じゃんけんに負けて鯛焼買ひにゆく
まがふなき晩年の顏初鏡
味醂干さてかははぎかうまづらか
傘たたみ雨の茅の輪をくぐりけり
千年の杉や欅や瀧の音
タクシーを待たせて拝む初地蔵
椎の花波郷の弟子のばらばらに
迎火や老いては尖る膝頭
わが齢どたん場にきし雑煮かな
春寒やはんぺんを焼く長火鉢
ふれし手をふれをるままにあたたかし
秋刀魚焼く死ぬのがこはい日なりけり