電子教科書を活用したオンライン授業の展開:実践例③ 小規模講義の場合
1. 授業の概要
私は、小規模講義の場合の話をします。システムについては廣田先生と西川先生にお話しいただいたので、私からは中身を一体どのようにしていたのかという試行錯誤の話をしたいと思います。私自身、電子教科書を利用するのは今回が初めてで、いろいろ失敗をしながら修正していった経緯がありますので、その内容を共有したいと思います。オンライン授業は初めてではないのですが、コロナ禍であることをいいことに今回、「授業を試行錯誤させていただきます」と学生にあらかじめ言っていて、実験をすると宣言しながらだったので、ある程度失敗も許されたというのが裏事情としてあります。
実施した講義は「経営戦略論」でした。私は本来、マーケティング研究者なのですが、大学内の事情があって経営戦略論の授業を担当していて、今回はその授業で電子教科書を用いました。『1からの戦略論』という教科書を、先ほど西川先生が説明した生協のシステムを使って講義しました。
受講生は6名でした。基本的に社会人院生が中心で、5名が社会人院生、社会人ではない大学を出たばかりの大学院生が1名です。社会人院生5名全員が経営者で、社長が3名(そのうち創業社長が2名)で、あとの2名は創業者取締役という本当に経営者ばかりで、みんなよく話す人たちでした。
基本的に15コマ行うのですが、隔週で1回3時間(18:30〜21:30)、つまり2コマずつを行うスタイルです。Zoomによる双方向オンライン授業で、電子教科書とPowerPointを併用したレクチャー+ディスカッションの形で進めていきました。
授業の進め方は、先ほど廣田先生や西川先生がお話しされた方法を基本的に踏襲しています。始める前に1回お話を伺う機会があって、水越先生や西川先生のやり方を踏襲する形で始めました。
初回にまず、生協の担当者に電子教科書の利用法、購入方法を説明していただきました。電子教科書の購入を必須とし、紙版と併用しない形にしました。紙版を併用すると電子版の期限が有限になってしまうという事情があったので、それを嫌がったという理由があります。
まず、授業前の事前課題として、電子教科書の該当章を読んで、気になることを見つけてマーカーを付けるということを学生にやってもらい、そこになぜ気になったのかという理由とコメントを書いてもらいました。それを処理する時間が必要だったので、しかも前日に他の授業があったものですから、授業2日前の正午までに提出するように学生にはお願いしていました。
授業では、電子教科書をPC(私の場合はMac)から画面共有して解説し、PowerPointスライドで適宜補足する形式で進めていきました。
2. 教科書の表示
ここからが試行錯誤の話です。まず、非常にくだらない話で申し訳ないのですが、最初はすごくやりにくいと思っていました。2ページ表示だと何かうまく集中してできなかったのです。これは自分でもいまいち理由が分かっていません。
しかし、横フィット表示にすると、目線のコントロールが非常にしやすくなり、俄然話しやすくなりました。PowerPointの場合はどこを見るかというのがすごく分かりやすいのですが、電子教科書の場合はそこが必ずしもすんなりいかないことが分かりました。
3. PowerPointは併用すべきか
途中でPowerPointをどれだけ使うべきかということに非常に悩みました。初期にはしばしば使いました。なぜかというと、教科書にないトピックを説明したい場合や、「1からシリーズ」は事例が中心になっているため事例が古くなっている場合があります。特に、1年たつと全く変わっていたりする場合があるので、この補足にPowerPointを使っていたのです。
PowerPointを使うとやはり便利で、なおかつ昨年度のスライドが使い回せるという良さがあって、私は非常にやりやすいと思っていたのですが、これは意外とマイナスだということが途中で分かりました。一部の学生から分かりやすいと評価が高かったのですが、分かりやすいと言っていた学生は、実は予習をしていない学生だということが途中で気が付いたのです。
PowerPointを表示している間は、先ほど廣田先生もおっしゃっていたように、やはり一方的になってしまいます。それから、マーカー・コメントに関するトピックを話す場合、マーカー・コメントを見なくても私の側が内容を覚えていれば問題ないのかもしれませんが、教科書を表示せずにマーカー・コメントが付いている話をしようとすると、書き込んだ本人との1対1の会話になりがちです。学生みんなを巻き込みながら話を広げるためには、学生がマークした教科書を見せながらの方がベターだということが、講義をしているうちに分かりました。
今は、PowerPointの使用は非推奨だと私は思っています。もちろんいろいろなやり方があると思いますが、最初に私がPowerPointを使用するかどうかで悩んでいたときは、授業中に何をするかという部分が明確ではなかったという反省があります。うまくいかないなと思いながら、ジョナサン・バーグマン、アーロン・サムズ『反転授業』『反転学習』(東京大学大学院情報学環山内祐平教授らによる解説付)など反転授業を始めた人たちの本を読んでいたところ、授業は完全習得学習型と高次能力学習型の2通りに分けられるという話が書いてあり、両方やろうとしていたことを反省しました。
知識を網羅的に教えるにはPowerPointに分があって、予習しない学生はその方がやりやすいのですが、せっかく少人数授業なのだから特定少数のトピックを議論しようと思った場合は、PowerPointよりも電子教科書の方が圧倒的にやりやすいのです。知識は授業前に得ているという前提で始めて、予習しないとついていけないという状況をつくり出すことが大事だということが私の気付きとしてあります。もちろん授業の最後にラップアップしたり、まとめをしたりする場合に1枚付けるのはいいかもしれませんが、その場合はPowerPointを1枚だけ作って、電子教科書のリンクから貼るという形がいいのではないかと思います。
4. 事前課題の出し方の工夫
少人数授業では多人数の場合とちょっと違って、全員が書いたマーカー・コメントを授業中に拾うことが可能です。しかし、みんなのマーカー・コメントを無作為に拾ってしまうと、授業が蛇行してなかなかオーガナイズできないことに途中から気付きました。
ただ、学習すべき内容や授業の進行に対して適切なコメントだけを選ぶのは、少人数授業の方が難しいと感じています。なぜなら、マーカー・コメントに触れない場合、途端に予習をしてくれなくなってしまうからです。これにはちょっと困ったのです。本筋から離れた話はしてほしくはないのですが、社会人院生は良くも悪くもたくさん話して、選ばなければ予習しなくなってしまうので、これは困ったということで事前課題の出し方がポイントなのだということが分かりました。
私の場合、マーカー・コメントの書き込みを、義務ではなくて努力目標にしたのですが、まず触れないとやってくれなくなってしまうし、授業の回数が重なるにつれて全体としても書き込み量が減っていってしまいました。特に社会人院生の場合は成績がインセンティブにならないので、書き込みは義務にした方が良いと考えています。なおかつ、マーカーを多く付ける学生と少ししか付けない学生がいると、一部の学生に授業中の発言機会が偏ってしまう場合があります。そうすると学生の満足度に偏りができるので、基本的に1人1個とし、自分が大事だと思うところにマークしてもらう形にした方がうまくいくのではないかと考えました。
これは次回以降こういうふうにしようという話で、まだ実施していないのですが、今学期の反省からは、1人各章一つずつ大事な部分にマークして、コメントしてもらう形がいいのではないかと考えています。
時間が少なくなってきたので、どういう形のディスカッションをしたかというのは後のブレイクアウトルームでの話に持ち越そうと思います。
5. 学生の感想と学習成果
学生はどういう感想を持ったかというと、「マーカー・コメントの書き込みに問題はないが、紙で読みたい」という学生がやはりいました。授業のインフラとしては電子教科書は非常にいいのですが、紙と併売して売れるようにした方がいいのではないかと思っています。
授業自体は結構好評で、「自社の話を授業で学んだ概念に絡めてもっとしゃべりたい」という感想もありました。ちょっと話してもらったぐらいだったのですが、もっとたくさん話したいという声もありました。余計な話かも知れませんが「オンライン授業は夜に自動車で通学しなくてすむのでうれしいが、懇親会をオフラインでやりたい」という感想もありました。
当人たちの感想はいろいろなものがあったのですが、私が特に大事だと思っているのは授業最後に提出されたレポートの質です。レポート課題は「授業で学んだ概念や理論を用いて、自らの選んだ企業の戦略を分析し、プレゼンテーション形式で報告する」というものです。昨年は対面・PowerPointで同じ授業をしたのですが、昨年に比べて今年の方がレポートの出来がぶっちぎりで良かったのです。だから、授業の満足度はあまり気にしなくてもいいのではないかと実は少々思っていて、こんなにレポートの出来が良くなるのであれば、PowerPointでやるよりも電子教科書でやって、ディスカッションを中心に授業を進めた方がいいのではないか、だから試行錯誤の甲斐があったというのが私の今回の実践の報告です。中身のさらに細かい部分は、ブレイクアウトルームで質問を受けた場合に話したいと思います。
6. 授業の進め方(ブレイクアウトルームでの追加説明)
授業を実際にはどのように進めていたかということですが、学生がマーカー・コメントをつけた箇所、もしくはその章のキーワードを起点にディスカッションを行うという形式で行いました。ディスカッションは経営意思決定を考えるという、ケースメソッド的な方法ではなく、扱われている概念が当てはまる事例、当てはまらない事例を、考えて話してもらうという形を取りました。他の学生には確認したいことがあるかを尋ね、さらに同様に、当てはまる事例、当てはまらない事例を、考えて話してもらいました。どう思いますか、と考えを聞くよりも、当てはまること、当てはまらないことを考えてもらう方が、授業が停滞しなくて良いと思っています。私は、質問には答えた上で、話題になったことについて、教科書の他の場所で説明されている概念と関係付けたり、概念が生み出された背景を補足説明したりするということをしました。
学生がつけたマーカー・コメントに触れないと予習率が下がるという話についてですが、全員が話す機会を設けるようにすることで学生とのリレーションシップを保つことを意識しました。具体的には私が学生を指名して意見を求めるというやり方で行いました。今後については、マーカー・コメントの書き込み数を指定することで、平等に話してもらうということが容易に実現できるようになるのではないかと考えています。
受講生が教科書を読んだかどうかについては、どのページを見たかなどを含めて、細かなログデータが取れます。また、学生のアクションについて集計されたレポートも発行されます。実際的には、読んだ学生は何かしらのマーカー・コメントを付けているので、マーカー・コメントを確認すればそれで済んだというのが、私の経験です。多人数講義の場合はログデータを統計的に分析するのが良いかも知れませんが、少人数講義の場合は全員のマーカー・コメントを把握できるので、統計的分析の必要性は現時点では感じていません。
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