時代劇レヴュー㊷:武田信玄(1988年)
タイトル:武田信玄
放送時期:1988年1月~12月(全五十回)
放送局など:NHK
主演(役名):武田信玄(中井貴一)
原作:新田次郎
脚本:田向正健
NHKの所謂「大河ドラマ」の第二十六作で、タイトルの通り甲斐の戦国大名・武田信玄の生涯を描いた作品であり、平均視聴率は大河ドラマ史上二位を記録して好評を博した。
この前年に放送された「独眼竜政宗」と並んで大河ドラマの絶頂期を形成する作品で、現在に至るまで大河ドラマファンの間で高い人気を誇っていると言える。
信玄役を務めた主演の中井貴一は、本作が大河ドラマ初出演でもあり、脚本担当の田向正健もこれが大河ドラマの脚本を手掛けた初の作品であるが、彼が採用した登場人物が語り手を務めると言う方式(本作では信玄の生母・大井夫人役の若尾文子が務めた)は、大河ドラマでは初の試みであり(これ以前の作品はアナウンサーがナレーションを務める事例が多く、俳優が語り手になること自体珍しい例である)、田向後年手がけた1992年の「信長」(「時代劇レヴュー⑰」参照)、1998年の「徳川慶喜」(「時代劇レヴュー㉟」参照)でも同様の手法が取られている。
個人的な本作の印象としては、田向脚本の持つ特有の重苦しさ、暗さ、わかりにくさが前面に出ていて、世間での好評とは裏腹にドラマとしてはあまり面白くない印象があった(概して、意味のよくわからない描写や人物設定が多め)。
加えて、後年の田向作品がかなり史実にこだわっているのに比して、本作は彼の初の大河ドラマ作品であったせいか史実との相違が目立ち、その点も私の中ではマイナスポイントとなった(具体的な例を挙げれば、諏訪頼重を信玄が直接殺してしまったり、原虎胤が第四次川中島の合戦に参加していたり、馬場信春が「教来石」姓を名乗っていた時から「馬場信春」を名乗っていたり。余談ではあるが、本作の馬場信春は、どちらかと言えば直情径行であまり思慮深い人物に描かれておらず、その点も不満であった)。
名前は晴信から信玄に変われども、最後まで法体にならず髪を蓄えたままの信玄のヴィジュアルにも違和感がある(何故そう言う描き方にしたかはわからない)。
後は、やたら晩年のことに話数割いている割には、前半の信濃征服戦がかなりあっさりと済まされていて、中でも「戸石崩れ」が作中で全くふれられていない。
また、厳密には史実との相違と言うわけではないが、諏訪御前の死を天文二十三年説にしているのは珍しい(たいていの作品では弘治元年説が採用されている)。
登場する武田家の武将も最低限に留められていて、小山田信茂や両角(諸角、室住とも)虎定、あるいは内藤昌秀、穴山信君など著名な重臣であっても全然登場しなかった人物も多かった(晩年の話が長いのであるから、個人的には内藤・穴山くらいは登場させても良かったのではと思うが)。
このあたり、1992年の「信長」では比較的マイナーな織田家の家臣でも登場していたことと好対照であるし、また「信長」では桶狭間の戦いの描写が最新(当時)の研究の成果を反映していたものだったの対し、本作の桶狭間の戦いはかなりデフォルメされていて、信玄と信長の謀略によるものとされ、今川義元が百姓屋で休息している所にまるで押し込み強盗のように織田軍が入ってきて義元を打ち取ると言う描写になっていた。
過去の大河ドラマでは、同じ脚本家が同じ時代・題材を扱うと、人物の描き方や解釈は踏襲されることが多いように思われるので、この両作の明確な違いは興味深い。
個人的にはこの作品は前半よりも後半の比較的面白く感じ、その点も珍しいと思った。
一体、大河ドラマと言うのは見る側が段々だれてくると言うこともあって、余程出来の良い作品でない限り(あるいは「忠臣蔵」のように終盤にクライマックスがあるような作品でない限り)、前半の方が面白く感じるものであるが(信玄の場合も、たいていの映像化作品は川中島の合戦をクライマックスにしているが、本作では川中島はちょうど半分くらいで終わっている)、本作に限っては前半の妙にダイジェスト的な展開よりも、後半の方がじっくりと話を描いている感があって面白かった。
こう感じる主たる理由は、信玄晩年の西上作戦を信玄側から描いた作品があまりないためと思われ、その点が見ていて新鮮に感じた。
武田側から描いているせいか、このドラマの信長は過去にないくらいに粗暴で品のないキャラクタに描かれていて、これはおそらく演じた石橋凌のキャラクタに起因する以上に、信玄から見た信長のイメージと言うのを出したかったためであろう。
終盤の信玄と信虎(演・平幹二朗)の対面のシーンは、もちろんフィクションではあるが、序盤の両者の相克をここで回収していると言う意味もあるので、なかなか良いシーンであった。
配役について書けば、柴田恭兵の演じる上杉謙信が、やたらと格好良く描かれていたのが特に印象に残った(ただ、私自身の持っている謙信のイメージとはちょっと違うものであったが 笑)。
また面白いと思ったのは滝田祐介が演じる上杉憲政で、癖があるキャラクタながら、珍しく暗愚に描かれていない憲政であった。
一方ミスキャストと思うのは、若松武(現・武史)演じる信玄の弟の信繁で、これは俳優の責任ではまったくないが、若松の実年齢が中井貴一よりも一回り近く年上なだけに、全然「弟」に見えなかった。
また、勝頼の側近である阿部勝宝役が佐藤慶だったのは、正直佐藤慶の「無駄遣い」と感じた。
作中勝宝はどちらかと言えばモブキャラ的でまったく見せ場がないので、佐藤の存在感が全然生かされていない印象である。
総じて、歴史ドラマとしてしっかり作っているわけでもなく、物語として特別面白いわけでもないと言うのが正直な印象で、要するに人の評判などあまり当てにならないと言うことであろうか(笑)。
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