【ブックリスト】今すぐ世界史を学びたいあなたに贈る100冊(2024年改訂版)
当記事の初版はもともと2021年に執筆された。
しかし3年が経ち、新たな書籍も多数刊行されているので、この機会に選書を再検討し、近刊も反映させる形で2024年版に改訂してみたのがこの記事だ。
「100冊なんて読めるわけない」
——その通りである。
とはいえ、数冊読んで「わかる」かといえば、当たり前だが世界史はそんな代物でもない。むしろ、あるトピックを深く掘れば掘るほど、あるいは浅く広くであれ地域をひろげていけばいくほど、途方もない広さにたちすくむ。そんな中、思いがけず、無関係にみえた出来事や人物が、星を結ぶようにつながり出すことがある。それも歴史を学醍醐味の一つでもある。
もちろん世界史の楽しみ方は千差万別だ。ゆるく学ぶ。フィクションを楽しむ。いろいろあるだろう。
だが、あくまでここでは、ちょっとまじめに世界史の「森」に足を踏み入れてみたいと考える方に向けて、世界史の射程の広さを考慮しつつ、引き続き100冊の選書を置いておくこととしたい。
ただ、悪い癖でまたまた長い記事になってしまった(5万字)。記事は以下、選書の方針→仕分けするために暗記する→守→破→離→おわりにと続く。旧版のリストに載っていた書籍は【旧XXX】、今回も継続したものは【XXX(継続)】、新たに搭載したものは【新XXX】とナンバリングした。目次を繰って、適当に気になった部分を参照していただきたい。
この中から手に取っていただいた1冊が、導きの手になりますように。
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選書の方針
世界史のカバーする範囲は、とてつもなく広い。個々のプロパーは別として、初学者向けの体系的な概説書を挙げようとしても、経済学や哲学にあるような、誰しもが挙げるような「定番」があるわけでもない。
では、どんな書籍を選びとっていくべきか。
ひとまず、注目したいのは「発行年」だ。
19世紀以降、歴史学者たちがとりくんできたのは、どうすれば過去の世界をできるかぎり正確にとらえることができるかということだ。
その一方で、「歴史はこういう法則にのっとって進化していくものだ」という臆見を先に用意し、過去の出来事がその考え方に合うように、後から当てはめていくような世界史の描き方も少なくなかった。
そういった手法への反省が進んでいった時期が、おおよそ1980年代〜2000年代以降にあたるのだ。
そういうわけで、肌感覚で言えば、1980年の以前と以後、2000年以前と以後で、歴史学者の書く書籍の“ノリ”は、おおきく変化していく。
もちろん、1980年以前の著作に手を出さないほうがよいというわけではない。ホイジンガ、ブローデル、ブロック、カー、宮崎市定、内藤湖南、岩波新書の青版や黄版など、すぐれた著作には枚挙にいとまがない。しかし、それは、また別の機会としよう。
今回のリストでは、あくまで概ねだが、1980年代以降、とくに2000年代以降に主に日本人によって書かれた、書店や図書館で(価格の面でも)入手しやすい本にしぼって紹介していくことにしたい。現在の歴史学の潮流や成果を先に把握した上で、過去の時代の歴史家に触れれば、その差分も、より一層明らかになるはずだ。
100冊という制限があるため、「なんでこの人の代わりに、この人が入っているんだ?」と思われるものもたくさんあるだろう。本当はこっちだよなあ、と思ったものも沢山ある。
また、一般にマイナーな領域であるほど、初学者向きの本は多くない。「中高生でもおもしろく読めそうなもの」となると、いっそう大変だ。そもそもすべてをカバーすることは無理なので、開き直って自由に選んでみた。また機会を見て、選び直してもみたいと思う(結局のところ迷った本も載せてあるので、実際には100冊以上掲載しています…)。
良書がありましたら、ぜひみなさんもご紹介ください。
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仕分けするために暗記する
世界史を学ぶのは、大海を泳いで渡るようなものだ。
十分な装備もせずにで泳いだら、どこにいるのかもわからず、漂流してしまう。
もちろん、泳いでいる途中に新たな島に出くわすたびに、新しい知識を得ていくこともできるだろう。読書中に、わからない言葉に出くわしたら、その都度調べることも大切だ。
しかし、できることなら、ある程度のマニュアルや地図を持っておいたほうが、航海も楽しくなる。まったく知らない言葉ばかりの文章を、ひたすら読み進めていくのは、目印のない大海をさまよっていくようなもので、辛いものだ。その際、高校の教科書レベルの世界史の知識が準備されているかいないかは、大きな違いとなる。最低限の知識は、「浮き輪」や「ブイ」の役割を果たしてくれるはずだ。
つまり、一定の語句を暗記しておくことで、「知らない言葉」を「知っている言葉」を適切に「仕分け」することができるようになる、というわけだ。
このことについて、以下で紹介する書籍の難易度に注目して、もう少し考えていきたい。
歴史に関する書籍を読むときに壁となるのは、「固有名詞」だ。
さらに、著者の論理的な難しさ、読者に要求するレベルの高さが、それに加わる。
かりそめに★をつけてみたが、A〜Dのうち、Bのほうが、Cよりも難しいのかといわれると、一概にそうともいえない面がある。
たとえば、こんな文章を読んでいくとしよう(家島彦一(2013)『イブン・ジュバイルとイブン・バットゥータ』山川出版社、40頁)。
このうち、高校の世界史の教科書にのっている言葉を黄色で、のっていない言葉はピンクで塗ってみる。
世界史の書籍を読んでいくということは、「あ、これは知っているぞ」(=既知)という「黄色の用語」に助けられながら、「これは知らないなあ」という「ピンクの用語」(=未知)に立ち向かっていくということだ。ピンクばかりの用語だらけの文章を読み続けるのは、さすがにむずかしい。
しかも黄色の部分までわからないとなると、こんな「黒塗り」の文章を読み進めるような状況に陥る。これでは読む気も失せるはずだ。
だからこそ、これは最低限知っておかなければという用語がわかっていれば、未知の用語に出くわしても、「ああ、これは知らなくても、大丈夫なんだな」と溜飲を下げることができる。
つまり、既知と未知の「仕分け」をしながら読んでいくことが、とても大切なのだ。
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あらためて先ほどの分類にもどってみよう。もちろん、個々の著作によってもレベルは特徴はさまざまだから、一概にはいえないが、次のように分けることができるだろう。
A.「専門性が高く、固有名詞が多い」。
これは、いわゆる「難しい」専門書だ。前提とする情報量が多いので、それが書かれた議論経緯がわからなければ「何について(何のために)述べているのか」さえつかめないものすら少なくない。
「既存の説はこうだが、近年は…」「…説に対しては…面からの批判がある一方で、最近では…説が…」という記述が、大量の固有名詞とともに少しばかりならまだしも延々と続いていくようなものであると、さすがにくたびれてしまうだろう。
よって、ここでおすすめするものから、Aは除く。
B.「専門性が高いが、固有名詞は少ない」。
この部分は、過去の歴史について扱っているものの、抽象的な議論であったり、経済的な分析が多かったりする書籍に多いだろう(たとえば、R・C・アレン(2017)『世界史のなかの産業革命―資源・人的資本・グローバル経済』名古屋大学出版会)。
ここでおすすめするラインナップは、Bに該当するであろう書籍もいくらか含めた。
C.「一般向けだが、固有名詞が多い」。
これは、一般向けの史論や歴史書に多い。広く読まれている半藤一利氏、保阪正康氏とか、ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』(後述)を想起するとよいだろう。また、一般向けに書かれた新書や文庫化された書籍も、ここに含まれる。
先ほど例に挙げた山川出版社の「世界史リブレット」もこれにあたる(世界史リブレットは丁寧に傍注がつけられていて、初心者向きとも言われるが、割と自由に書くことができるのだろうか、内容が難しいものは難しい(大学の歴史学コースのゼミで使われることもある)。
今回のリストの中に、もっとも多く含まれるのは、Cのカテゴリーだ。固有名詞が多くて挫折をしてしまうこともあるかもしれない。だが、完璧主義者になるのはやめよう。先ほどの例を思い出し、めげずにページをめくっていってほしい。すべてを知る人など、いないのだから。
D. 「一般向けで、固有名詞も少ない」。
これは一見、もっとも簡単なように思えるかもしれない。
たとえば、子供向け、ヤングアダルト向けの書籍(たとえばベングト=エリック・エングホルム『こどもサピエンス史: 生命の始まりからAIまで』NHK出版)(後述)のような書籍が挙げられる。また、歴史哲学や批評的に歴史を扱う分野も、これに該当するだろう(例:柄谷行人(2010→2015文庫化)『世界史の構造』岩波書店)。
他方で、暗記地獄化する世界史教育への批判から、近年では積極的に固有名詞を減らし、歴史的な見方・考え方を養おうとする書籍も、いくつか刊行されている(参考:【003】桃木至朗ほか編(2014)『市民のための世界史』大阪大学出版会)。
以上、「固有名詞」と「前提とするレベルの高さ」によって、どのような書籍が世界史独学の入門にふさわしいか検討してきた。
なかにはいきなりAやBのカテゴリーから入れるという人もいるだろう。しかし、ここではなるべく、Cを多めにして、リストの対象にくわえておきたい。
しかし、なんの準備もなしにCの書籍を読みこなしていくのは、「未知」と「既知」の「仕分け」ができず、ひじょうに骨が折れる。
だからこそ、【守】の段階においては、基礎的な用語にあらかじめ出くわし、できるかぎり頭に留めておくことが、挫折を防ぐ鍵となるだろう。
だが、よほどのことがない限り、高校の時に学んだ世界史の内容が、アタマに残っている人なんて、ふつうは一握りだろうと思う。そもそも高校生のときにはまったく関心がなかったのに、大人になってあとから興味が出て勉強し始める方も少なくないはずだ。
しかし高校生のときのように、打算や強制力が働いているわけでもない状況で、世界史の内容を自力で記憶していくのは、結構大変だ。具体的な独習法については、また別の機会にまとめるとして、今回は、以下の【守】の部分で、学習に役立つ書籍を紹介していくことで代えたい。そして次の【破】では、【守】で学んだことに、別の視点を差し込んでいく。最後に【離】では、過去の世界を、さらに様々な視点からとらえるヒントとなる書籍を紹介していくことにしたい。
学びながら、映画やアニメ、漫画などのビジュアルコンテンツに接するのも有効だ。宝塚をテーマにしたものもある。緻密な考証を売りにした作品も増えている。もっと言えば、歴史の舞台に直接足を運べれば最高だ。イメージをありありと眼に浮かべ、その場所に五感で接する体験は、理解をさらに深めることになるだろう。
では、具体的に書籍を紹介していこう。
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【守】
【守】は、世界史を学んでいく上で必要な基礎知識をインストールし、「既知」を蓄えていくステップにあたる。
高校生のときの勉強に、もう一度チャレンジしてみるという方法もあると思うが、ここでは、次の【破】のステップに備えるために必要な力をつけるために有効な書籍を紹介していきたい。
世界史の「全体像」に触れるための本
いきなり古代から現代まで詳細な点をつぶしていくのは、いくらなんでも大変だし、あらゆる情報を百科事典的に網羅していれば、それで「世界史がわかった」という立場も私はとらない。
とはいえ「これ一冊で」という通史は何がよいかと言われると、答えに窮してしまうという現状がある。世界史は研究の対象がきわめて多岐にわたるし、それぞれの地域・時代の研究者がいちがいに間口の広い一般書をアウトリーチされているわけではない。ましてや一人の研究者が世界史全体を扱う手引書もかつてに比べて少なくなっている。
そういうわけで世界史分野において、近年の研究動向を踏まえたコンパクトな入門書は、なかなかないのが実情だ。
すべての世界史は、「構成」されたものである
「じゃあ個々に興味を持った時代や地域について学んでいけばいいじゃないか」と思われる方は、それで大丈夫なのだが、本noteではあくまで「世界史」全体に取り組むためのブックリストをつくっていきたい。
だが、そんなことはできるのか?
はじめに結論から言えば、「世界史」全体を見通す ”答え” や "法則" のようなものは、このブックリストの中から引き出すことはできない。
そもそもすべての世界史は、誰がしかによって「構成」されたものだ。
その証拠に、通史の叙述を一人試みた研究者はこれまで少なからずいるが、その叙述は十人十色だ。
客観的に神の視点から俯瞰するような世界史はありえない。
むしろ世界史の醍醐味は、その「構成」に宿ると言っていい。
世界史を一体的に学ぶということは、世界史を全体としてどのように「構成」し、それと個々の地域や出来事がどのように相関し、そうやって学んでいる自分自身のなかに過去の事実の集積とその影響がどう流れ込んでいるのかをたしかめることでもある。
もちろん近年は、後述の【011】のビッグヒストリーや、世紀別・機械的に ”輪切り” にすることで特殊的な視点の超越をめざす世界史叙述も人気だ。
だがそれでもやはり、世界史のなかの日本をどう叙述するか、近現代史における各国・各地域の動向をどのように評価するかといった点について、完全に価値中立的な態度をとるのは難しい。
だからこそ、世界史の「通史」には、一つの決まりきった型があるとは思わないほうがいい。「これが世界史の動因だ!」とか「世界史の法則や原理だ!」というように演繹的にとらえるのではなく、そもそも世界史には複数の「構成」の仕方があるのだという前提に立つ。そうするなかで、自分自身の世界史像をだんだんと練り上げ、学びながら訂正しなおしていくことをおすすめしたい(日本における戦後の教科書世界史の黎明期に、そういった意味で世界史構成の重要性をさけんだ上原専禄氏や吉田悟郎氏らの世界史観も念頭にある)。
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世界史構成の代表的な3つの「型」
とはいえ、そんなこと言っても世界史には教科書もあるし、ある程度決まり切っているところもあるだろうと思われるかもしれない。
具体的に一体どんな「型」があるのか。言いっ放しもよくない。
ちょっと長くなるが大事なことなのでここでいくつか示してみたいと思う(お急ぎの方は次の見出し「手軽なのはシリーズ漫画」へスキップしていただければ。なお、この話題だけは別記事を立てて整理してあります)。
世界史を先史あるいは古代から近現代まで叙述した一般向けの「通史」は、だいたい次のいずれかのパターンに当てはまる(世界史の中で日本がどのように扱われるかという点も重要だが、ここでは割愛する)。
(1) 西洋中心型
古代→中世→近世→近代→現代のように段階的に叙述されることが多い。ヨーロッパ中心の視点で歴史が語られ、他地域は補足的に扱われることが多い。アジア、アフリカ、ラテンアメリカなどの視点が欠落しがちで、グローバルな視野を育むには不十分だ。
ある一つの特殊的なものが普遍化する過程を扱うこともあって、善悪二元論的になりやすい。そもそもヨーロッパで発達した世界史の原型はキリスト教の普遍史であるということもあり、もっとも基本的なパターンの一つだ。日本人が世界史を編もうとするとき、この基本パターンをどのように崩そうとしているか、その姿勢自体が日本における世界史構成の多様性を生み出すゆえんとなってきた(それはかつて京都学派が取り組んだ難問でもある)。
これに対して西洋を基準とする発展段階論を批判し、地域ごとに発展の度合いは異なるとみた歴史家に宮崎市定がいる。(1)に対するアンチテーゼという意味で、こちらに挙げておく。
(2) バラバラ型
これにはとにかく地域別に「こういうことがあった、こういうことがあった」と説明していくものと、世紀別・時期別にこういうことがあった…と説明していくものがある。
バラバラ型をもっとも純化させたものは、西洋史と東洋史を切り貼りしたもの。(1)では世界史にならんだろうということで、東洋史(日本では実際には中国史で占められていることが多かったのだが)を申し訳程度にくっつけたものだ。実際には「東洋」とされる地域が中身スカスカだったりする。
最近は、世紀別に各時代の”動因”や"趨勢"を設定しつつ輪切りにして(4) っぽく見せようとするものも増えているが、構成する主体をあえて隠し叙述の客観性をつくろおうとしているだけのようにも思える。
(3) 比較文明論的な世界史
なお、(2)の亜種として「文化圏」別の世界史構成がある。
日本では1970〜1990年代初めまでの学習指導要領「世界史」で採用されていた構成で、日本ではもっとも大きな影響を持つ見方だ。
すなわち古代は四大文明を中心に扱った後、中世以降の前近代においてはヨーロッパ・イスラム・中国の3つの「文化圏」を別々に学習していく(学校世界史では完全にバラバラでは困るということで、数世紀ごとに相互の交流についても扱うことにはなっていた)。いわば「違い」に注目して読み解いていくので学習指導要領の表現を使えば、「比較文明」的なアプローチであり、国際化を意識するようになった日本社会にとって受け入れやすい見方でもあった。
ただ、いったんバラバラにしたものは、どこかで一つにせざるをえない。
上図に「16世紀〜18世紀」と示したように、どこを「一体化」の起点とするかには幅がある。1980年代までは18世紀までを文化圏別にみていき、19世紀以降が世界の一体化の起点とみる見方が一般的だった。しかし1990年代以降は、ウォーラーステインの近代世界システム論(→【022(継続)】)が注目され、15〜16世紀起点説が注目されるようになる。とはいえ西洋が優越し、東洋を一方的に飲み込んでいったのだという視点においてはいずれの構成も一致をみている。
なお、比較文明的なアプローチとしては、トインビーや伊東俊太郎のように発生論的に系譜をたどっていくものもある。
(4) 中心の移動パターン型
こちらは、前近代には西洋以外の文明に中心があったが、近代以降は西洋に中心が移動したとする見方。(2)のように前近代と近代の間に線引きをするというよりは、時代ごとに覇権が移動していったのだという捉え方だ。
たとえば具体的には次のようなものが挙げられる。
前近代の諸文明をフラットなものとして扱うものや、前近代には東洋が強かったんだぞ(西洋今に見てろ)とするもの、循環史論的なものなど、バリエーションがある。また、将来的には普遍的な「地球文明」に向かうとするような見方をとるものもあれば、あるいは東洋が復権するとみるものもある。
(5) グローバル・ヒストリー型
「グローバル・ヒストリー」という言葉は多義的だが、代表的なものを挙げれば、次のような世界史の描き方だ。
①モノや生き物、思想など、人間以外の主体を "登場人物" として描いた世界史。
②国境を越えるヒト・モノ・カネ・情報の動きをテーマとして描いた世界史
③西洋/東洋という文明や地域の区分、あるいは「西洋の覇権」といった従来型の世界史観を当然のものとはせず、さまざまな地域の人々のフラットな交わりとその発展に注目して描いた世界史
③は以下の図をイメージされるとよいだろう。
ただし、書名に「グローバル・ヒストリー」と冠していても、実際には上記の(1)的な構成だったりすることもしばしばなので注意。まあ、バズワード的な言葉でもあるので、中身をたしかめてみるほかないところもある。
なお、しばしば「内容が古臭いまま」と評価される日本の高校世界史教科書も、ここ20年の間に、かなりグローバル・ヒストリー的寄りの構成になってきている。
どうだろうか。
「世界史」といっても、これだけいろんな型があるのだ(ここではこれ以上立ち入らないが、国によっても叙述のタイプには大きな差がある。気になる方には明石書店の世界の教科書シリーズがおすすめだ)。
現在の世界史構成は(5)に傾きつつあるが、だからといって一概にそれ以前の見方が無効になるとも言えない。だがやはりせっかくこれから学んでいくとなれば、最新の知見を踏まえたものに接されるほうがおすすめだ。とはいえより一層過去の世界の実相に迫ることができる反面、叙述は複雑となりがちだ。スムーズに入門できるよう、バランスのとれた選書を心がけたつもりだが、みなさんが通史にあたるときには「この本は上記の(1)〜(5)のどれにあたるのかな?」とメタな視点で問いかけながら学んでみると、紡がれた歴史のナラティブにも敏感になっていけるのではないかと思う。
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手軽なのはシリーズ漫画
そんなこともあって、新しい視点を盛りこんだ通史には選択肢が多くないのだが、近年学習漫画には新しい風が吹き込まれている。向き不向きや全巻揃えるにあたっての予算的な問題はあるにせよ、漫画という媒体は手軽であることもあるし、ここでは冒頭で世界史学習漫画をとりあげておきたい。
世界史学習漫画には、近藤二郎・NPO法人世界遺産アカデミー・監修(2018)『学研まんがNEW世界の歴史 全14巻』学研、山川出版社編(2018)『小学館版学習まんが 世界の歴史全17巻』小学館、(2009)『集英社 まんが版 世界の歴史 全10巻』集英社文庫 がある。
また、一巻ものとしては、予備校講師の執筆した佐藤幸夫氏、斎藤整氏、ゆげ塾などもある。
ここでは、特に次のシリーズをピックアップしたい。
【001】羽田正監修(2021)『角川まんが学習シリーズ 世界の歴史全20巻セット』KADOKAWA
漫画だからといって侮ってはいけない。後で紹介する羽田正さんが監修する漫画シリーズで、現在販売されている漫画学習シリーズではいちばん新しく、内容的にも優れている。たとえば、集英社版や学研版と比較すると、出来事や人物の重点の置かれ方がまるで違ったり、世界史のヨコの繋がり(同時代の関係性)が強調されていたりと、新しいアプローチで描かれた世界史を体感することができるはずだ。作画にもムラがない。
いや、自分は漫画が苦手だ、本が読みたいという方なら、シリーズものの世界史入門書がよいだろう。
【002(継続)】『世界の歴史シリーズ』中公文庫
複数の執筆者による世界史通史① シリーズもの
世界史のシリーズものは、大正年間や「世界史の氾濫」と呼ばれた時期を含む昭和20〜40年代に多く刊行されたが、いずれもやはり研究動向としては古びてしまう。
近年は、世界の歴史をひろくカバーした通史は刊行されていない。
だから最新のものは1990年代後半に刊行→2000年代後半に文庫化された中央公論新社版ということになる。
しかし巻数はなんと30巻。
執筆陣は岩波講座世界歴史の第2シリーズとかぶるので、おおよそ戦後史学の捉え直しに取り組んだ世代といえるだろう。
(1) オリエントと地中海の文明 - 大貫良夫、前川和也、渡辺和子、屋形禎亮 著
(2) 中国文明の誕生 - 尾形勇、平勢隆郎 著
(3) 古代インドの文明と社会 - 山崎元一 著
(4) オリエント世界の発展 - 小川英雄、山本由美子 著
(5) ギリシアとローマ - 桜井万里子、本村凌二 著
(6) 隋唐帝国と古代朝鮮 - 礪波護、武田幸男 著
(7) 宋と中央ユーラシア - 伊原弘、梅村坦 著
(8) イスラーム世界の興隆 - 佐藤次高 著
(9) 大モンゴルの時代 - 杉山正明、北川誠一 著
(10) 西ヨーロッパ世界の形成 - 佐藤彰一、池上俊一 著
(11) ビザンツとスラヴ - 井上浩一、栗生沢猛夫 著
(12) 明清と李朝の時代 - 岸本美緒、宮嶋博史 著
(13) 東南アジアの伝統と発展 - 石澤良昭、生田滋 著
(14) ムガル帝国から英領インドへ - 佐藤正哲、中里成章、水島司 著
(15) 成熟のイスラーム社会 - 永田雄三、羽田正 著
(16) ルネサンスと地中海 - 樺山紘一 著
(17) ヨーロッパ近世の開花 - 長谷川輝夫、大久保桂子、土肥恒之 著
(18) ラテンアメリカ文明の興亡 - 高橋均、網野徹哉 著
(19) 中華帝国の危機 - 並木頼寿、井上裕正 著
(20) 近代イスラームの挑戦 - 山内昌之 著
(21) アメリカとフランスの革命 - 五十嵐武士、福井憲彦 著
(22) 近代ヨーロッパの情熱と苦悩 - 谷川稔、北原敦、鈴木健夫、村岡健次 著
(23) アメリカ合衆国の膨張 - 紀平英作、亀井俊介 著
(24) アフリカの民族と社会 - 福井勝義、赤阪賢、大塚和夫 著
(25) アジアと欧米世界 - 加藤祐三、川北稔 著
(26) 世界大戦と現代文化の開幕 - 木村靖二、柴宜弘、長沼秀世 著
(27) 自立へ向かうアジア - 狭間直樹、長崎暢子 著
(28) 第二次世界大戦から米ソ対立へ - 油井大三郎、古田元夫 著
(29) 冷戦と経済繁栄 - 猪木武徳、高橋進 著
(30) 新世紀の世界と日本 - 下斗米伸夫、北岡伸一 著
河出書房新社
一方、河出書房新社の世界の歴史シリーズは1974年前後に刊行→1989年前後に文庫化なので、執筆陣の世代はやや上(研究の動向としてはやや古い)である。ただ、1960〜70年代の歴史学の一般書にもいえることだが、のびのびとした文学的な描写も多く、河出には河出でいいところがある。特に私は(5) 大唐帝国 (宮崎市定 )や(7) ヨーロッパ中世 (鯖田豊之 著)が好きだ。今読んでも惚れ惚れする。
(1) 人類の誕生 - 今西錦司 著
(2) 古代オリエント - 岸本通夫 著
(3) ギリシア - 村田数之亮、衣笠茂 著
(4) ローマ帝国とキリスト教 - 岩間徹 著
(5) 大唐帝国 - 宮崎市定 著
(6) イスラム世界 - 前嶋信次 著
(7) ヨーロッパ中世 - 鯖田豊之 著
(8) 西域 - 羽田明、山田信夫 著
(9) アジアの征服王朝 - 愛宕松男 著
(10) ルネサンス - 会田雄次、中村賢二郎 著
(11) 絶対君主の時代 - 今井宏 著
(12) 明と清 - 三田村泰助 著
(13) フランス革命 - 荒木幹男 著
(14) ヨーロッパの栄光 - 岩間徹 著
(15) アメリカ大陸の明暗 - 今津晃 著
(16) 東南アジア - 河部利夫 著
(17) インドと中近東 - 岩村忍、勝藤猛 著
(18) 中国の近代 - 市古宙三 著
(19) 帝国主義の開幕 - 中山治一 著
(20) ロシアの革命 - 松田道雄 著
(21) 第二次世界大戦 - 上山春平、三宅正樹 著
(22) 戦後の世界 - 桑原武夫、河野健二 著
読書猿さんのエントリにまとめられているように(2010.10.23 世界史を走破する通史/各国史16シリーズ200冊をまとめてみた(読書猿))、シリーズものの世界史にはほかにも選択肢がある。
どれを入り口にするにしても、通読するのにはなかなか根性が要る。情報を接種し記憶するために読む、知識を整理するために読む、というよりは「ある時代や地域に対して、歴史家がどのようなアプローチをとっているのか?」「その時代固有の魅力はどこにあるのか?」を意識して読まれると良いと思う。気になった巻をひろっていくのが現実的か。
ともかく、そろそろ一般向けの世界史新シリーズが刊行されればよいなあと思います。
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一点ものなら?
シリーズものは時間も予算もオーバーだということなら、一点ものとしてどんな著作を選ぶのか、それが問題となろう。
【003(継続)】大阪大学歴史教育研究会編(2014→2024改訂)『市民のための世界史』大阪大学出版会
複数の執筆者による世界史通史② 一点もの その1
国別の世界史ではなく、ヨーロッパ中心の世界史でもなく、新しい世界史の語り方を組み立てようという動きは、2000年代以降、ますます盛んになっている。大阪大学教育研究会編集の本書は、新しい研究動向も踏まえながら、世界史の展開をおさえるのに最適だ。2024年にコラムの加筆を中心に改訂されている。
構成は以下の通り。特徴をいくつか挙げると、(1)全体性・現代性・問いを重視、(2)前近代も重視、(3)ユーラシア、特に東アジアに重点(日本史を組込み)、(4)海域世界にも目配り、(5) 「大分岐」をテーマとした比較史、(6)前近代のアメリカ・アフリカの記載はわずか、といったところ。
【004(継続)】小田中直樹、帆刈浩之・編(2017)『世界史/ いま、ここから』山川出版社
複数の執筆者による世界史通史 ③ 一点もの その2
Amazonレビューのなかに、「『市民のための世界史』の上位互換本」と書かれた人がいるが、まさにその通り。西アジアや南アジア、アフリカなど、あまり馴染みのない地域の記述の詳しさに辟易してしまうかもしれないが、これに取り組むことで、だいぶ明るい見通しがひらけてくるだろう。巻末のブックリストも参考にできる。
複数の歴史学者によって分担執筆されているが、一貫性はかなり保たれていると思う。一般向け通史としては、編集時に「細かすぎる」と介入の入りそうなくらい細かな情報(最新の研究動向)が随所にさしはさまれており、入門者にとっては読み進める際に辛くなりそうな面もある。
構成は以下の通り。
西アジアの時代→東アジアの時代→世界の一体化の時代→欧米の時代→破局の時代の5章立て。アクチュアルなテーマに基づき世界史を再構成するためテーマ中立的な時空間区分を試みたのだという。
文明の「優越」性で時代区分する構成だが、テーマに対するアクチュアルな問いをベースにしており、時代・地域区分を絶対視しているわけではないところがポイントだ。
とはいえ、全体の構成としては、”世界史には各時代に「中心」があり、それが時期ごとに移り変わっていく” という「中心」史観っぽく見えてしまうのは否めない。
同様の建て付けとなっている入門的一般書に秋田総一郎(2016)『一気にわかる世界史』日本実業出版社がある。
こちらはイスラムの時代→西ヨーロッパの時代とするが、『いま、ここから』ではイスラム→中国→イスラムとする。中国の近世における繁栄の条件を日本と対比させながら近代との対峙を描くもの。世界史の構成もさまざまなのだ。
どこかに「中心」を置き、その移動をたどっていく世界史の見方は、いわば「中心の移動史観」とでもいうべきだろうか。最近は出口治明(2022)『一気読み世界史』日経BPのようにすべての地域をフラットに扱う世界史構成も目立つようになっているが、やはり特定の地域を ”主人公” と見立て、時代ごとの勢いの変遷をたどる形の世界史の描き方はストーリーとしてもわかりやすい。それによって見えなくなってしまうものもある、ということにも注意を払いつつ学んでいくのがよいだろう。
ほかに岩崎育夫(2015)『世界史の図式』 講談社選書メチエや宮崎正勝(2019)『覇権の世界史』河出書房新社の構成も「中心の移動史観」である。
「◯時間でわかる世界史」系
【新005】NHK「3か月でマスターする世界史」
【旧005】岡本隆司(2018)『世界史序説―アジア史から一望する』ちくま新書は、このNHKの番組/テキストを踏まえて読むとスラスラ読めるだろう。多少、固有名詞が多く、初学者にとっては知識量がやや多いかもしれないが、一読をおすすめしたい。
岡本の議論のベースにあるのは実は宮崎市定(2021)『素朴と文明の歴史学 精選・東洋史論集』講談社学術文庫所収の論文だ。非常にスリリングだが世界史全体を見渡した叙述かつ、脱ヨーロッパ中心主義的な見方ゆえ、ある程度学びが進んだのちに触れてみると良い。その奥行きの深さに驚くはずだ。宮崎についてはこちらに整理したことがある。
現在「世界史の一般書を一人の歴史学者が書き上げる」という例は、実績を積んだ碩学のライフワークとか、批判覚悟で一般向けにアウトリーチすることの大切さを任じる研究者、あるいはメインストリームとは何らかの事情から距離をとった研究者によるものがほとんどだ。アカデミズムの歴史学者によるものでは最近だと鈴木董(2018)『文字と組織の世界史:新しい「比較文明史」のスケッチ』山川出版社や、玉木俊明による多くの著作(近刊は(2024)『ユーラシア大陸興亡史: ヨーロッパと中国の四〇〇〇年』平凡社)、さらには先ほどの岡本の旺盛な著作があるくらいで、決して多くはない。かつては歴史研究者が世界史を一人で編む例も珍しくなかったのだが、研究対象が細分化され、全体の見通しをしがらみなく描くことが難しくなっているということも背景にある。
2000年代以降は、一点ものの一般向け世界史通史は、圧倒的に予備校講師が執筆したものが多くなっている。
話を戻せば、NHK本の次に挑戦するとしたら、ややレベルアップするが、アジアに視点を置いた世界史の概説としては、南塚信吾、秋田茂、高澤紀恵・編(2016)『新しく学ぶ西洋の歴史:アジアから考える』ミネルヴァ書房がよいだろう。また、北村厚(2018)『教養のグローバル・ヒストリー:大人のための世界史入門』ミネルヴァ書房は、グローバルなネットワークの変遷に注目したもので、教科書代わりとしてもお薦めできる。
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【006(継続)】山﨑圭一(2018)『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』SBクリエイティブ
一人の(歴史学者ではない)著者が執筆した世界史通史
2010年代世界史一般書最大のヒット書。
著者は世界史をまずは(1)ヨーロッパ(2)中東(3)インド(4)中国の4地域に、そして「世界の一体化」以降は(1)欧米(2)インド(3)中国の3地域、それぞれを「主人公」として語っていく。
この構成は、日本の高校における世界史で1970年代以降に導入された「文化圏」別の学習と、1990年代以降の16世紀の「世界の一体化」を重視する見方をブレンドしたものとなっている。
地域をしぼって叙述したために、この地域におさまりきらない地域をどのように見れば良いかというフォローは丁寧ではなく、「?」という点(「たとえ話」が実態と大きく逸脱しているところ)も少なくない。
しかし、厳密さは、しばしば初学者を挫かせる。まずはざっくりと1冊を読み通せたという成功体験を積むには最適だ、とは思う。「言い切る」ところから始めたほうがいいこともあるのだ。そもそも自身の全授業をYouTube動画として発信しているのも、凄すぎる。
構成は以下の通り。上記の分類では(3)の文化圏別に学ぶタイプにあたるのがわかるだろう。
同じ著者の本で入門を深めたいのであれば、この本で完結させるのではなく、一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書【経済編】 →世界史と地理は同時に学べ! の順に読み進め、その先に進んでいくよいと思う。
もっとラフなものを…というと、ぴよぴーよ速報(2023)『小学生でもわかる世界史』朝日新聞社出版があるが、読者を選ぶだろう。
まあ、1冊でわかるわけがない、というのが至極当然な話。○時間でわかる系の書籍は、まとめ上げようとするあまり、著者の思い違いや主観が混じりやすいことにも注意したい(西洋中心主義から脱却できなかったり、脱却しようとするあまりにはまり込む「ニッポンの世界史」固有の罠もある)。
初学者向きであっても、なるべく注釈の付されている書籍を、自分は薦めたい。
【007(継続)】荒巻豊志(旧版2003、新版2010)『荒巻の新世界史の見取り図 上・中・下』東進ブックス
受験世界史の参考書の中から一冊を、と言われれば、これを推したい(3冊だが)。世界史の全体像を意識した構成になっている。受験勉強で世界史に取り組んだ人にとっては、再整理するのにちょうどよい。
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もちろん、できれば良質なものから入るのが真っ当だと思う。はじめから自走して読むことのできる人は、このリストは参考にせず、各分野の研究史を抑えながら、ディシプリンどおり概説書や基本書にあたっていくことを強くお勧めする。
ただ、今回のリストは、それがなかなかできない人向けのものである。何度も繰り返すように、【守】の段階では、できるかぎり挫折しないという点が大切だ。あまりに粗雑なものでは困るが、どんなルートでもよいから、とにかく「完走」することが大切だ。細かくはのちの【破】・【離】のステップで、修正させていけばいい。基本的な用語に、できる限り出くわしておこう。
その際、次の【破】のステップと並行させながら進めていくのもアリだ。自分の関心があるジャンル(時代や地域、民族や人)を持ち、それを深めていくことは、独学のモチベーションを保つ上でも重要だからだ。
たとえば、世界遺産や映画やアニメに没頭するのもよいだろう。私はあまりしっくり来ないが、予備校講師の神野正史氏の以下のシリーズも、個々のトピックの魅力を大いに伝えてくれるものの一つだ。
なお近刊で、世界史の全体性を意識しつつ、世界史の「読み方」を指南するつくりになっているのは、代ゼミ講師の伊藤敏氏によるこの作品。
【新008】伊藤敏(2023)『歴史の本質をつかむ「世界史」の読み方』ベレ出版
第1部ではまず「世界史を俯瞰するための通史」として、古代・中世・近世・近代、それぞれの時代の「特徴」=「システム」にひもづけて時代区分を説明し、近代世界システムを経て現代に至る道筋を解説していく。
世界史を単一の「システム」の発展とみなす点はヨーロッパ中心主義的だし、もとより歴史はシステムの展開という「大きな物語」のみによって動くわけでもない。だが帯文にあるように「時代を動かす根本的な要素」に注目する視点は細かな用語にとらわれがちな入門者の視界を開けさせてくれるもので、世界史一般書として新しい動きと感じる(こちらで書評した)。
「おもしろい」のツボは十人十色。良質なコンテンツを通して個々の「好きな分野」を持ちつつ、その分野が世界史の全体像の中で、どんな位置を占めるのか、全体を意識しながら学んでいくのがよいだろう。
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教科書は、使ったほうがいい?
自分が広大な海のどこを彷徨っているのか確認するには、GPSとして教科書を携帯しておくことが不可欠だ。
教科書には嫌な思い出があるかもしれない。だが、日本の世界史の教科書は、世界的にみても、世界のさまざまな地域をできる限りフラットに扱おうとしており、ひじょうによくできた組み立てになっている。その反面、さまざまな地域の「寄せ集め」のように思えてしまうのが難点でもあるのだが。
【新009】桃木至朗ほか(2023)『新詳世界史探究』帝国書院
日本でもっとも多くの学校で採択されている高校世界史の教科書は、山川出版社の『詳説世界史探究』(【旧009】木村靖二ほか『詳説世界史』山川出版社)だが、個人的にはこちらを推したい。東京書籍版も良いが、独学には難しいかもしれない(そもそも教科書は「授業の過程」に使われる図書のことなので、あたりまえなのだが)。
とにかく雑多な知識が網羅されているのが教科書の難点だったとすれば、最近の教科書も実際にはさほど変わってはいない。ただ、最近の教科書はグローバル・ヒストリーの影響も受け、「世界史」としての構成、特に同時代のヨコのつながりが、かなり明確に打ち出されるようになっている。まずは選り好みせず1冊用意し、学習のお供とするのもよいかもしれない。
なお、山川出版社は、数年前に話題になったように、一般向けに再編集した教科書も出版している。
なお、「みんなの世界史」では、詳説世界史の章立てをベースに、最初から最後まで解説しているので、こちらもお供にしていただけると嬉しい。現在、少しずつ世界史の史料を足し、増改築をしている。
手元にあるといいのが、タペストリー
合わせて手元にあるとよいのが資料集だ。世界史の教科書は苦手だが、資料集は眺めていたという人も多いのではないか。現在、浜島書店(ニューステージ世界史詳覧)と帝国書院(タペストリー)のものを採択している中学校・高校が多いと思う。
【010(継続)】川北稔、桃木至朗・監修(2021)『最新世界史図説タペストリー』帝国書院
継続。タペストリーは、大阪大学の桃木至朗氏と川北稔氏が監修していて、内容の正確性、資料選定のおもしろさの面でピカイチだと思う。私はタペストリー派だ。毎年改訂されているので、時事的なトピックとのつながりをおさえたければ最新版を買うのがよいだろう。
なお、受験勉強用に関しては、浜島書店のニューステージのほうが使いやすいという声が多いように感じる。色使いや図表の整理、情報の精選が上手なのは、ニューステージのほうだと思う。
では、結局どちらがよいのか?
ここでは、タペストリーを推しておきたい。
世紀別の地図のレイアウトが優れていて、眺めているだけでも勉強になる。読書猿さんもタペストリーを推薦されていた。
…というわけで、自分が広い海のどこを泳いでいるのか確認するために、教科書+資料集は用意しておくことをオススメする。
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【破】
さて、【破】の段階では、【守】で学んだ「既知」の知識を武器にして、実際に歴史家がどのように過去の世界をとらえているか、読書を通して共有していこう。
文章のなかには多くの「未知」もあるだろう。
しかし、【守】で出会った「既知」に助けられながら、「未知」に立ち向かっていこう。
その際、現代文講師の小池陽慈先生(note:@gendaibun )の提唱するように、「本文メモ」をとっていくのがいい。
歴史家の文章は、おおざっぱにいえば「事実」とそれに対する「解釈」によって構成されている。
一般に、ほとんどの歴史に関する書籍は、「事実」によって占められている。「解釈」の比率が多くなれば、それは史論といったほうがいいだろう。
しばしば「事実」の多さに圧倒されるかもしれないが、その中のどこかに、著者の「解釈」は必ず顔を覗かせるものだ(その徴候がまったく感じられない場合もあるけれど)。
「本文メモ」をとる上で重要なのは、まずは時系列に「事実」を整理していくこと。必要があれば地図も描いてみよう。
また、さらにどの部分が「事実」に関するもので、どの部分が「解釈」に関するものなのか。その「解釈」に関する「通説」(定説)は何であり、あるいは「異説」にはどのようなものがあり、それらに対し、著者はどのような「自説」を持っているのか。また、その根拠は何か。こういった「仕分け」をしながら、読み進めていこう。
そうやって積み重ねていった「本文メモ」は、必ずや自分の財産になるはずだ。
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長い時間軸に注目する
・ビッグ・ヒストリー
【011(継続)】デヴィッド・クリスチャン、シンシア・ストークス・ブラウン、クレイグ・ベンジャミン(長沼毅・監修、石井克弥ほか訳)(2016)『ビッグヒストリー われわれはどこから来て、どこへ行くのか――宇宙開闢から138億年の「人間」史』明石書店
宇宙が生まれて以来138億年の歴史の中に、人間の歴史を位置づけたもの。過去の世界を、人間が地球上に存在しなかった頃から振り返る視野の広さに、圧倒されるはずだ(大型本だが、ハードカバーではないので持ち運びしやすい)。
教育系のyoutubeチャンネルのCrash CourseのWorld Historyや、Big History Projectのチャンネルとあわせて活用することもできるだろう。
この5〜6年で関連版はわりと多くでている。一番新しいものでは『早回し全歴史』があるようだが、未見。
・地球史・生命史に注目する
【新012】藤井一至(文庫版2022)『ヤマケイ文庫 大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』山と渓流社
ほかに、地球と生命の進化をめぐる学説の整理については、吉川浩満(2021)『理不尽な進化—遺伝子と運の間』ちくま文庫、地球史・生命史の事象と人間の歴史との関わりについては、【旧012】松井孝典(2017)『われわれはどこへ行くのか? 』ちくまプリマー新書、【旧013】ルイス・ダートネル(東郷えりか・訳)(2019)『世界の起源—人類を決定づけた地球の歴史』河出書房新社もおもしろい。地球史関連本は集英社のブルーバックスにも選択肢がある。
・人類史に注目する
【新013】稲村哲也・山極壽一ほか(2022)『レジリエンス人類史』京都大学学術出版会
世界史を勉強する際、ついつい定住農耕民ばかりに注目してしまいがちだ。もともと人類は、みんな狩猟採集民だった。そこから目を逸らさず、しっかりと理解しておくべきだ。本書は論集モノとしては、編集方針がかなり一貫していて読みやすい。狩猟採集民に焦点をしぼられたければ、前回挙げた【旧014】尾本恵市『ヒトと文明—狩猟採集民から現代を見る』ちくま新書がよい。
【014(継続)】ジェームズ・C・スコット(立木勝・訳)(2019)『反穀物の人類史―国家誕生のディープヒストリー』みすず書房
著者は政治学者。遊牧民や狩猟採集民は、国家の側からは「辺境」にいる遅れた人々とみなされてきた。しかし、彼らこそが、国家の支配から逃れるために、主体的に「辺境」へと移動していった進んだ人々だったのだ。筆者特有の用語もあり、ちょっと難しいかもしれない。デヴィッド・グレーバー 、デヴィッド・ウェングロウ(2023)『万物の黎明』光文社も、ややハードルは高めか。
【新015】水野一晴(2016)『人間の営みがわかる地理学入門』ベレ出版
世界は、単調で均一な「ゲーム盤」のようなものではない。さまざまな地形、気候が分布し、多種多様な生き物が暮らしている。世界各地に足を運んだ地理学者・水野一晴氏によるこの著作のよいところは、そうした自然のもとで、人間がどのように暮らしてきたか、その関わりを豊富な写真とともに紹介してくれるところだ。前回は【旧015】で同氏のちくま新書を紹介したが、図版が多いこちらを紹介する。なお【新015】は2022年に文庫化されている。
世界史の舞台となる多様な地形や気候についても、ここで理解を深めておこう。
ほかにもベレ出版は読みやすい地理・歴史書籍が多く刊行しておりおすすめ。
【016(継続)】テルモ・ピエバニ、バレリー・ゼトゥン(2021)『人類史マップ サピエンス誕生・危機・拡散の全記録』
最新の知見にもとづいたビジュアル地図をもとに、人類の歴史をたどることができる。
類書ではほかに更科功(2018)『類書には絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』NHK出版新書も面白い。
【017(継続)】篠田謙一(2023)『人類の起源』中公新書
篠田氏は分子人類学者。本書は、古代DNA研究を通じて人類の起源と進化を探る一冊だ。近年の分析技術の向上により、古人骨に残されたDNAから、私たちの祖先がどのように世界中に広がり、どんな集団が互いに交わったのかが明らかになりつつある。アフリカで誕生したホモ・サピエンスが、ネアンデルタール人やデニソワ人といった旧人とどのように関わり、またアジアの集団がなぜ遺伝的に多様性を持つのかという問いに迫った新書だ。ただし、自然科学的な知による人類のグルーピングの持つ危うさについても、同時に注意しておきたい。
・環境に注目する
【018(継続)】上田信(2016)『東ユーラシアの生態環境史』世界史リブレット
扱っている内容はかなり具体的だが、これを読めば、人間の歴史を環境の中ででとらえるということはどういうことか、ざっくり掴むことができるだろう。同じ著者による上田信(2002)『トラが語る中国史―エコロジカル・ヒストリーの可能性 』山川出版社を推したいところだが、現在新刊を手に入れるのは難しい。原宗子(2009)『環境から解く古代中国 』(あじあブックス)大修館書店も、中国史を環境の視点から読み直したエッセイ仕立ての文章で編まれていて読みやすい。
・気候に注目する
【019(継続)】田家康(2019)『気候文明史—世界を変えた8万年の攻防 (日経ビジネス人文庫)』日本経済新聞出版社
地球の地質年代は、前12000年頃以降は「完新世」とよばれる温暖期に入る。
しかし、長期的にみると、3〜4世紀、14〜15世紀、17世紀〜19世紀を代表とする寒冷期が繰り返され、そのたびに人間の文明は大きな影響を受けてきた歴史がある。その基本的な見取り図を得るのに、本書は最適だ。田家康の著作では、エルニーニョに注目した田家康(2011)『世界史を変えた異常気象―エルニーニョから歴史を読み解く』日本経済新聞出版社もおもしろい。
田家氏は気象予報士。
ブライアン・フェイガン(東郷えりか、桃井緑美子・訳)(2009)『歴史を変えた気候大変動』河出文庫は、書名に「気候大変動」とあるが、これはヨーロッパの小氷期に比重を置いた作品。小氷期と太陽活動との関係は、やや古いが桜井邦朋(1987)『太陽黒点が語る文明史―「小氷河期」と近代の成立』中公新書がわかりやすい。
ただし、本書でもとりあげられている「中世温暖期」(9〜13世紀)が、2021年に発表されたIPCC第6次報告書で、そこまで温暖な時期とはいえなかったとされているように、気候に関する学説の進展は著しいことにも留意しよう。
・植物に注目する
【新021】稲垣栄洋『世界史を大きく動かした植物』PHP、2018年
著者は植物(農学)の専門家。
「コムギ――一粒の種から文明が生まれた/イネ――稲作文化が「日本」を作った/コショウ――ヨーロッパが羨望した黒い黄金/ジャガイモ――大国アメリカを作った悪魔の植物/ワタ――「羊が生えた植物」と産業革命/チャ――アヘン戦争とカフェインの魔力/ダイズ――戦国時代の軍事食から新大陸へ/チューリップ――世界初のバブル経済と球根/サクラ――ヤマザクラと日本人の精神……」(目次より)。
なお重要イベントである「コロンブスの交換」については
この著作は、2023年に文庫化されて手に入りやすくなった。「1492年にコロンブスがアメリカに到達した」という出来事が、世界史的に見てどんな意味があったのかについても考えてみたい。
そもそも「コロンブスの交換」という語を公安したのは【旧020】アルフレッド・W・クロスビーだ。同氏の(2017)『ヨーロッパの帝国主義ー生態学的視点から歴史を見る』は、入門者には難しいが、人間の活動と植物の被覆の交錯をダイナミックに描き出す。ヨーロッパ人の勝因は、家畜、作物、雑草から病原菌・ウイルスにいたるまで、生態系そのものを南北アメリカ大陸に移植させたことにあったのだと見たものだ。こちらも参照のこと。
このクロスビー説に対しては、南北アメリカの先住民人口の激減が全部が全部 “ウイルスのせい”っていうのは、虫の良すぎる話なのでは? というツッコミもある(デイヴィッド・アーノルド(飯島昇蔵、川島 耕司・訳)『環境と人間の歴史―自然、文化、ヨーロッパの世界的拡張』新評論)。
上記2冊はそれなりに難しい。噛み砕いた説明は、【021旧】がオススメだ。
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世界に豊かな国と貧しい国があるのはなぜ?
世界史の展開を過去から現在に向かって追っていくと、15世紀頃以降、各地で発展した文明の絡み合いが緊密になっていく様がみてとれる。これは「世界の一体化」とか「世界の構造化」と呼ばれ、1980年代以降「世界システム論」という学説によって説明されることが多くなっていった。
ウォーラーステインの著作にふれるのが一番よいが、ウォーラーステインの日本への紹介者である川北稔氏による、次のすぐれた入門書がある。
【022(継続)】川北稔(2016)『世界システム論講義―ヨーロッパと近代世界』ちくま学芸文庫
これを読んでから【077】松井透2021 に進むとよいと思う。
【023(継続)】川北稔(1996)『砂糖の世界史』岩波ジュニア新書(継続)
「世界システム論」を具体的に紹介したものとしては、本書はもはや”古典”の域に入る。奴隷廃止運動を、なぜ工場経営者が後押ししたのか? なぜ労働者の間に、高価だった砂糖入り紅茶がひろがっていったのか? 世界大の仕組みに注目してみると、人々の生活や感性の変化がわかるということに気づかされるはずだ。次に項目立てした「モノに注目する」世界史にもあたるが、こちらに分類した。
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モノに注目する
先ほどの【023】のように、モノに注目をして過去の世界をとらえるのもオススメだ。ただたんに雑学的な情報を集めただけでなく、モノを通して、世界の人々の暮らしの変化や考え方、感じ方、社会や経済のあり方が浮かび上がってくるような描き方をした良書を、いくつか紹介しておこう。
【新024】臼井隆一郎(1992)『コーヒーが廻り世界史が廻る—近代市民社会の黒い血液』中公新書
「モノを通して世界史を語る」醍醐味を凝縮した新書。実証性ももちろん大事だが、門戸をひろく広げたストーリーテリングが重んじられていた新書の面白さをたっぷり味わえる作品でもある。
【新025】遠藤雅司(音食紀行)(2023)『食卓の世界史』(ちくまぷりまー新書)筑摩書房
遠藤雅司さんは歴史料理研究家で、世界各国の歴史上の料理と音楽を実際につくって演じるプロジェクトをつづけている。ドラマ『À Table!〜歴史のレシピを作ってたべる〜』は、同氏の『歴メシ! 』(柏書房)を映像化したもの。
ここで前回は【旧024】山本紀夫(2008)『ジャガイモのきた道』岩波新書と【旧025】下山晃(2005)『毛皮と皮革の文明史―世界フロンティアと掠奪のシステム』ミネルヴァ書房を挙げていた。
前者のジャガイモ本ように食べ物をテーマにした世界史としては、ほかにも先ほどの【023(継続)】『砂糖の世界史』や、角山栄(1982→2017新版)『茶の世界史』中公新書などがおすすめだ。
後者の毛皮本は入手しにくいが、一読の価値あり。国境をこえる毛皮・皮革の交易を通して、近現代史の解像度が爆上がりする。同様の主題について北アメリカにしぼったものには、木村和男(2004)『毛皮交易が創る世界―ハドソン湾からユーラシアへ』(世界歴史選書)がある。毛皮に注目して世界史をみることで、盲点となりがちな北極圏に住む狩猟採集民やトナカイ遊牧民との関わり、さらには太平洋の島じまの人々にも、スポットライトを当てることができる。寒冷地方の遊牧民については、高倉浩樹、曽我亨(2011)『シベリアとアフリカの遊牧民―極北と砂漠で家畜とともに暮らす』 (東北アジア学術読本) 東北大学出版会がオススメだ。
食をテーマにした世界史としては、平賀緑(2021)『食べものから学ぶ世界史 人も自然も壊さない経済とは?』岩波ジュニア新書やルース・ドフリース(2021)『食糧と人類—飢餓を克服した大増産の文明史』日本経済新聞出版社も読みやすい。
【新026】チャールズ・C. マン (2016)『1493〔入門世界史〕』あすなろ書房
これはとってもオススメ。同名の書籍((2013)紀伊国屋書店)の入門版。グローバル・ヒストリー的な視点で近世以降の世界(1492(=コロンブスの航海)以降の世界)を読み解く良書。
なお、【旧026】ケネス・ポメランツ、スティーブン・トピック(福田邦夫・訳)『グローバル経済の誕生: 貿易が作り変えたこの世界』筑摩書房の訳者による同様のテーマに関する新書も刊行されている(福田邦夫『貿易の世界史』ちくま新書、2020年)。さまざまなモノがグローバルな欲望によって縦横無尽に動いていく様を魅力的なストーリーテリングとともに学ぶことができる。
桃木至朗責任編集(2021)『ものがつなぐ世界史』(MINERVA世界史叢書5)ミネルヴァ書房も、類書にない取り上げ方が多くて良いのだが、お値段は張る。MINERVA世界史叢書はただいま刊行中で続刊あり。専門的な論考がならぶが、統一感のある編集で読み応えがあるシリーズだ。
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感染症に注目する
新しい視点といえば、疫病の世界的大流行をきっかけに、感染症の世界史が注目されている。この分野は、すでに研究の積み上げが豊富で、2020年以降、さまざまな一般向け書籍が公刊された。なかでも、脇村孝平さんの次の書籍は、具体的な10の感染症に関し、世界史の事象との関連を的確にとらえており、興味深く読めるだろう。
【027継続】脇村孝平(2020)『10の「感染症」からよむ世界史』日経ビジネス人文庫
前回より継続。もっともコンパクトに整理され、研究成果が反映された読み物としても面白いと思う。
もちろん、マクニール(2007)『疫病と世界史 上・下』 中公文庫を読むのが最善だが、息切れしてしまう人は、まずは山本太郎氏の、同(2020)『疫病と人類――新しい感染症の時代をどう生きるか』朝日新書の第二部だけでも読んでみるとよいとおもう。
なお、2020年に新装版として復刊した、見市雅俊氏の名著『コレラの世界史』は、上記【023(継続)】『砂糖の世界史』と合わせ読みすると、効果てき面だ。
薄い書籍だが、飯島渉(2018)『歴史総合パートナーズ 4 感染症と私たちの歴史・これから』清水書院は、同シリーズの他のラインナップを含め、入門書としてたいへんオススメだ。前回挙げた【旧028】見市雅俊(2020)『コレラの世界史』(新装版)ももちろん名である著。
文字に注目する
【新028】鈴木董(2020)『文字世界で読む文明論—比較人類史七つの視点』講談社現代新書
文字を綴る方向によって文明を分類できるのではないかというアイディア自体のルーツは、宮崎市定にさかのぼることができる(と思う)。
著者はオスマン帝国の研究者。「文字世界」によって東洋と西洋をつなぐ広い視点を提供してくれる。
同じ著者の(2018)『文字と組織の世界史』山川出版社よりもこちらのほうが整理されている。
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欧米研究者による世界史本
【029(継続)】(倉骨彰・訳)(2012)『銃・病原菌・鉄―1万3000年にわたる人類史の謎 上・下』草思社文庫)
欧米の研究者の執筆した、スケールの大きな世界史本も、新しい視点を与えてくれる。この手の本がブームになるきっかけとなったのが、このジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』だ。
なぜ南北アメリカ大陸の文明が、ヨーロッパ人によりいともかんたんに征服されてしまったのかを、家畜化可能な哺乳類と栽培か可能な穀物の分布によって解き明かすドキュメンタリー的な手法に対しては、「地理的な決定論だ」という批判も少なくない。また、ある程度の前提知識は必要とされるから、通読するのが大変な人もいるだろう。
わかりやすいストーリーや法則は、たしかに過去の世界の理解を容易にする。しかし、現実世界は、もっともっと複雑だ。
進化生物学者であるダイアモンドの説も、ひとつの切り口として学んでいくのがよいと思う。
ほかにも欧米の研究者が世界の歴史を通覧しながら主張を展開する本は少なくない。たとえば自由の度合いをもとに国家繁栄の条件を探ったダロン・アセモグルほか(2013)『国家はなぜ衰退するのか』早川書房、家族類型の多様性を軸に世界史の趨勢を読み解くエマニュエル・トッド(2022)『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』文藝春秋などなど。こういった作品はそもそもストーリーテリングが優れているので面白いわけだが、ひととおり世界史の流れを掴んだ上で見てみると、おもしろさや理解も増すだろう。
【新030】ベングト=エリック・エングホルム(2021)『こどもサピエンス史—生命の始まりからAIまで』NHK出版
子ども向けだからといって侮るなかれ、難しい内容をここまでわかりやすく言い換える力に感心する。イラストもかわいい。
執筆のきっかけになったのは、言わずと知れた、イスラエルの歴史学者ハラリの著作【旧030】サピエンス全史(柴田裕之・訳)(2016)『サピエンス全史』河出書房新社とのこと。
ハラリの本は講義用のテクストがもとになっているという。ストーリーテリングやはり巧みだ。約7万年前におきたという「認知革命」を軸に「虚構」が人間を人間たらしめていったという組み立てで、狩猟採集時代から現代の金融資本主義までを疾走するのは圧巻だ。が、個人的には、世界史を「人類みんな」でつくりあげていく“ストーリー”のように扱うノリには、あまり乗ることができないところもある。
なお、古典的な世界史には、ウィリアム・H. マクニール(増田義郎、佐々木昭夫・訳)(2006)『世界史 上下』中公新書が、大学生協ランキングなどでとりあげられ、定期的に話題になるが、内容的に往時を偲ばせるものとなっていると言わざるをえないし、決して読みやすい内容とはいえない。構成は以下のように、「諸文明の並立→西欧の勝利→普遍文明の成立」という典型的な西洋的世界史だ。
近年、息子のジョン・H・マクニールとの共著も ウィリアム・H・マクニール、ジョン・R・マクニール(2015)『世界史Ⅰ ・Ⅱ—人類の結びつきと相互作用の歴史』楽工社 として訳出されたが、少々扱いづらい。
マクニール父子に限らず、欧米発の世界史本は、「欧米が世界を制覇したのは、欧米が優れた何か(=X)を持っていたからだ」という議論に終始しがちだ。近年はなかには21世紀に入り中国が台頭している事実を前に、「中国はXを持たないから、いずれ凋落する」といった文明論的な史論も見られるようになっている。
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各地域・国の歴史
大きな見取り図を描いたら、それぞれの地域や国ごとに、深掘りしていくことにしよう。
各国史については、いくつかのシリーズが入手可能だが、もっとも手堅いのは山川出版社のこのシリーズ。
【新031】中公新書の『物語◯◯の歴史』シリーズ
読みやすさを考えて、【旧032】『◯◯史』(世界各国史シリーズ)山川出版社と交替させた。気になったものに当たれば、お気に入りの巻に、必ず出会えるはずだ。ラインナップが膨大なので、個々のタイトルはこのリストには含めないことにするが、最近ではサムネにあげた「江南」とか「チベット」など、明石書店のエリア・スタディーズのシリーズのように、あまり知られていない地域をとりあげることも多くなっている。
2021年からはよりコンパクトな形に再編集されたものが刊行されているけれど、いずれにせよ初学者が読み通すのは、やや骨が折れるかもしれない。なお、『一冊でわかる◯◯史—世界と日本がわかる国ぐにの歴史』河出書房新書は、書き手の自由度が高いのか、国によってクオリティに差がある。世界歴史体系は、『新版世界各国史』(山川出版社)の上位版とみてよい。
『新版世界各国史』は入門段階ではハードルが高いと考え、この選書には含めていない。最近はソフトカバー化された再編集版も出版されているので、気になった巻を覗いてみてもよいだろう。
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地域・国別の入門書
以下、冊数に限りがあるため、惜しくも漏れた書籍については補足部分を参照してほしい。
アメリカ史
まずは、ヨーロッパ人の到達する以前のアメリカ大陸に関する書籍。南北アメリカ史関係の書籍は論集が多いが、全体を見渡した編集になっているものは少なくない。読みやすさを重視すると以下のようなラインナップになる。
【新032】山本紀夫(2011)『天空の帝国インカ—その謎に挑む』PHP新書
アンデス文明については、これをお薦めしたい。山本氏は人類学者で、考古学的なアプローチとの対立軸を設定することが多い(みんぱくレポジトリでもおもしろい論考が読める)。1冊目としてこれを読んだら、岩波講座世界歴史14巻『南北アメリカ大陸〜17世紀』の巻頭論文(安村直己「南北アメリカ大陸から見た世界史」)に進むとよいだろう。
【033(継続)】網野徹哉(2008→2018文庫)『興亡の世界史—インカとスペイン帝国の交錯』講談社学術文庫
スペインに征服されていく時代については、こちらが必読。16世紀初頭、アンデス地方を支配していたインカ帝国は、スペインの征服者フランシスコ・ピサロによって滅ぼされた。インカ帝国の栄華はわずか100年余りで幕を閉じ、その後、歴史は複雑な展開を見せることとなる。スペインの支配が始まると、スペイン人、インカ帝国の末裔、さまざまな混血の人々、さらにはイベリア半島から追放されたユダヤ人が入り混じり、それぞれの背景を持った社会が築かれた。支配と被支配、文化と宗教の交錯が織りなすアンデスの歴史を単なる征服の物語ではなく、多様な文化が更新・創造されていく300年の物語として奥行きを持った歴史として描き出した作品だ。
【新034】柴崎みゆき(2010)『古代マヤ・アステカ不可思議大全』草思社
乗せられたと思って是非とも手にとってほしい。複雑な神話や歴史、遺跡や文化をここまで濃くわかりやすく、そして緻密な描き込みによって魅力を存分に伝える、まさに瞠目の書。姉妹編も多数。私はこれでメソアメリカ文明の関心が爆上がりました。ありがとう柴崎さん。
興味が湧いたところで次は【旧034】青山和夫(2013)『古代マヤ 石器の都市文明―諸文明の起源』(増補版)京都大学学術出版会という選択肢があった。マヤ文明だけを学びたいのであれば、同(2012)『マヤ文明――密林に栄えた石器文化』岩波新書 よりも、こちらのほうが説明と図版が豊富でとっつきやすい。
なお、インカやアステカ、ナスカなどを一体的に学びたければ、青山氏の編著(青山ほか(2023)『古代アメリカ文明—マヤ・アステカ・ナスカ・インカの実像』講談社現代新書)が新書で刊行されたので、今はこちらがよいだろう。ただ複数の研究者の共同執筆となっていて、やや一体性に欠けるのが玉に瑕だ。
【035(継続)】ウィリアム・T. ヘーガン(西村頼男、島川雅史、野田研一・訳)(1998)『アメリカ・インディアン史 第3版』北海道大学出版会
北アメリカのインディアンについては、手軽な概説はあまり多くないが、こちらをお薦めしておきたい。北アメリカのミシシッピ文化などについては【011】に豊富に記載があるので、そちらで学んでいくのもよいだろう。
【036(継続)】和田光弘(2019)『植民地から建国へ 19世紀初頭まで』岩波新書
アメリカ合衆国の歴史については、岩波新書のシリーズアメリカ合衆国史を推薦したい。これが難しいと感じたら、アメリカの歴史を掴む上で重要なキーワードである「移民」に注目し、貴堂嘉之(2018)『移民国家アメリカの歴史』岩波新書からあたるのもよいだろう。
【新037】高橋均(2018)『ラテンアメリカの歴史』(世界史リブレット)山川出版社
スペイン人による征服以後のラテンアメリカの歴史については、前回挙げた清水透(2017)『ラテンアメリカ五〇〇年――歴史のトルソー』岩波現代文庫もよい。現代史までを貫く通史としてはや、高橋均、網野徹哉(2009)『世界の歴史18 ラテンアメリカ文明の興亡』中公文庫もよい。また、前回推薦した浜忠夫(2007)『ハイチの栄光と苦難―世界初の黒人共和国の行方』刀水書房については、2023年に『ハイチ革命の世界史:奴隷たちがきりひらいた近代』(岩波新書)が新たに出て、よりアクセスしやすくなった。
【新038】川分圭子ほか(2024)『カリブ海の旧イギリス領を知るための60章』明石書店
カリブ海の島々というとハイチばかりがとりあげられがち…という状況に一石を投じるガイドブック。
そもそもどんな島があるのかということ自体わからないというエリアだからこそ、分け入るだけでおもしろい。
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オセアニア史
オセアニアの歴史について学べる書籍は多くない。まずは、地域の環境や暮らしの特性をつかむことが重要だ。
【新039】 石森大知ほか編(2019)『太平洋諸島の歴史を知るための60章』明石書店
エリアスタディーズ・シリーズの良さは、フィールドに取り組まれた地域研究者が最新の知見をもとに、コンパクトにその地域を多角的な視点から読み解いてくれるところにある。丸ごと歴史をテーマにした書籍もあるが、いずれの巻にもその地域の歴史がコンパクトにまとめられている。オセアニアについても、歴史の入門書としてはもっとも気軽に脚を踏み入れることのできる作品だと思う。
【新039】を読んだら、次は、小野林太郎(2018)『海の人類史—東南アジア・オセアニア海域の考古学』雄山閣に進むとよいだろう。ポリネシアの「文明」の特質について論じた著作で、小野氏の文章はとても読みやすい。「山川各国史シリーズの『オセアニア史』は記述がやや散漫で、物足りなく感じるが、合わせて読むことで理解も深まるだろう」と前回書いたが、やはりオセアニアがどのような地域なのかをつかんだ上で学んだほうが良いと思うので、次に読むのは前回の【旧038】印東道子(2017)『島に住む人類—オセアニアの楽園創世記』臨川書店がよいだろう。
なお、秋道智彌、印東道子編(2020)『ヒトはなぜ海を越えたのか オセアニア考古学の挑戦』雄山閣は、論文集といった感じで、いきなりは難しい。
近現代の太平洋が置かれた位置を知るには、ナウルの運命を外して考えることはできない(【旧039】古田靖、寄藤文平=イラスト(2014)『アホウドリの糞でできた国』アスペクト)。リン鉱山が枯渇し、近代的なライフスタイルが小さな島々に持ち込まれると、現地の人々や環境にどんなことが起きるのか? なぜそんなことが起きねばならなかったのか?
そういった問題意識については、平岡昭利(2015)『アホウドリを追った日本人――一攫千金の夢と南洋進出』岩波新書や(2023)『太平洋海域世界 ~20世紀 (岩波講座 世界歴史 第19巻)』岩波書店の巻頭論文は、資源を求める日本やアメリカと太平洋の島々との接点を知ることのできる文章だ。
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東アジア
東アジアは、ユーラシア大陸東部の、モンゴル、中国、朝鮮半島、日本、北ベトナムあたりを指す。まずは中国の歴史を追っていくのが常道だ。
もちろん三国志演義とか水滸伝、貞観政要といった古典を通して人間模様(たとえば陳舜臣さんや山本七平さんなどの著作)を「入り口」とするのもあるだろう。
あるいは各時代の研究動向をおさえながらの選書という手もあるだろう。だが書籍点数の縛りもある中で、ここではあくまで ”まじめ” に「中国」という世界を、遊牧民の世界や海域世界などを含め、大きく捉えることができる近年刊行された書籍をとりあげてみたい。
【新040】渡邉義浩(2019)『始皇帝 中華統一の思想 『キングダム』で解く中国大陸の謎』集英社新書
秦の統一が、どのような意味を持ったのか。『キングダム』を読んだことがある人なら、いっそう楽しく読めるはずだ。
秦から唐にかけては、中国の古典的な国家制度の基礎が固まった時代だ。そのベースが固まった漢(とくに後漢)という王朝が、どのような国家だったのか。渡邉義浩(2019)『漢帝国―400年の興亡 』中公新書をお薦めしたい。読み進めるのは簡単ではないが、こちらに挑戦しておくと、その後の理解が進むはずだ。
とはいえ、このリストはあくまで、初学者向けであるので、長大な中国の歴史のラフな「見取り図」を持つことのほうが大事ではないかと考えた。
【新041】岡本隆司(2019)『世界史とつなげて学ぶ 中国全史』東洋経済新報社
多くの日本人が持つ「中国は常に強大な統一国家であった」という印象を再評価し、世界史の流れとリンクさせつつ中国史の変遷と流れを明らかにする本。時代ごとの特徴とその流れを掴むことで、現代中国が抱える問題の本質にも迫る内容だ。同様に、新たな「見方」を導入することで長いスパンの歴史を整理する著作としては與那覇潤(2014) 『中国化する日本』文藝春秋もある(増補版が2014年に文庫化)。
なお、シリーズものとしては講談社のものがよい。各巻の著者に自由に書かせていて一巻一巻個性が光るが、通説に新しい視点を吹き込む内容が多く、入門書としてはハードルが高い(【旧042】上田信(2005→2021文庫)『海と帝国—明時代』(中国の歴史シリーズ)講談社学術文庫)。
【新042】安田峰俊(2024)『中国ぎらいのための中国史』PHP
安田氏は中華圏関係のルポライターで知られるが、実は歴史学(中国近現代史)の訓練を積んだ経歴を持つ。本書は通史ではない。タイトルはギョッとさせられるが、実際にはメタヒストリー(人物や出来事がどのように受容されてきたのかを扱うアプローチに)的な著作だ。「諸葛孔明、始皇帝、孔子、孫子、元寇、アヘン戦争、毛沢東」に至るトピックごとに中国史の動向を、歴史が過剰なまでに現代的に意味づけされ、引用される現代中国によって横串にしていく。遊牧民との関係史にも政治性が入り込む。加えて、日本においても、ネガティブな好感度調査結果とは裏腹に、フィクションとしての受容は伝統的に根強い。そういうわけで中国史関連の言説や記述には、一般向けの書籍であればあるほど、正史と実像、俗説と実相が、しばしば入り混じる。それによって「中国史」の理解も大きく変わってくる。だからといって多くの人にとっては東方選書などの研究書にいきなり当たるもの大変だろう。そのような意味から、「中国史は、どのように語られてきたか」をテーマにした本書にあたっておくことに、準備運動としての価値があるのではとの考えての選書だ。
もちろん素直に、シリーズものの通史を踏み分けていくのも良い。
中国史をさまざまな地域とのつながりのなかでとらえたものに、岩波新書の「シリーズ中国の歴史」(2019〜2020)がある。
難易度的に、次のステップにあたるだろうが、先取りして読むに値する内容だ。また、先に挙げた【042】を含む講談社の中国の歴史シリーズ(2020〜2021に文庫化)も、新視点が多く盛り込まれ、刺激的だ。
なお、前回ここに挙げたのは【旧043】村井章介(2012)『世界史のなかの戦国日本』ちくま学芸文庫。村井章介氏によるこちらの著書をよむと、日本の歴史と東アジアとの関係性が見えてくるだろう。なお、中国と草原世界とのつながりについては、下記で紹介する。
【新043】 六反田豊(2021)『一冊でわかる韓国史—世界と日本がわかる国ぐにの歴史』河出書房新社
前回、朝鮮半島史をとりあげていなかった。1冊選ぶならこちら。近年、韓国現代史関連の映画のヒットが相次いでいる。映画のお供としては木村幹(2013)『韓国現代史—大統領たちの栄光と蹉跌韓国現代史』中公新書が必携だろう(…と書いて原稿を寝かせていたら戒厳令が出され、おどろく)。
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東南アジア
【044(継続)】古田元夫(2021)『東南アジア史 10講』岩波新書
東南アジアについては、出版されたばかりのこちらをぜひお薦めしたい。
東南アジアの地名や人名には、馴染みのないものも多く、読み進めることは大変だとは思うが、「海の東南アジア」と「陸の東南アジア」という2つの世界が、グローバルな関係性の中でどのように変化していったのか、その複雑さがよくわかる。まだ一般にはあまり馴染みのない、「大交易時代」とか「華人の世紀」(アンソニー・リード)に関する叙述のあるのもよいし、「冷戦に巻き込まれた東南アジア(代理戦争の犠牲者)観」を見直そうとしている点もよい。初学者は、「どうして東南アジアに日本町があったのか?」「どうして東南アジアには今でも中国にルーツをもつ人々がいるのか?」という問いを持ちながら、読み進めていくとよいだろう。
【045(継続)】桃木至朗(1996)『歴史世界としての東南アジア』山川出版社
東南アジアの社会や経済、国家には、われわれが慣れ親しんでいる常識や固定観念の通用しないことが多い。西洋のモデルを当てはめて考えようとして、誤った理解に至ることも少なくないのだ。東南アジアの世界をどのように考えていけば良いか、学説の歴史も踏まえながらコンパクトにまとめられたものとしては、桃木至朗氏による世界史リブレット『歴史世界としての東南アジア』がある。
南アジア
南アジアとは、現在インド、ネパール、バングラデシュ、パキスタン、スリランカ、モルディブなどが分布するエリアだ。
コンパクトな1冊としては、やはりこちらが信頼できる。
【046(継続)】中村元(2004)『古代インド』講談社学術文庫
神話に興味のある方は、沖田瑞穂(2020)『インド神話』岩波少年文庫あるいは、天竺奇譚(2019) 『いちばんわかりやすい—インド神話』実業之日本社が魅力的なガイドだ。映画「RRR」のヒットもあり充実している。
【047(継続)】水島司『一冊でわかるインド史』(世界と日本がわかる 国ぐにの歴史)河出書房新社
上記の中村元(2004)と重複するが、入門としてはこれがもっともコンパクトで信頼できる。
【新048】森本達雄(2003)『ヒンドゥー教—インドの聖と俗』中公新書
少し前の本になるが、最近読み返してみて再評価。やや厚いですが、とっても読みやすくヒンドゥー教なるものの奥行きが深まります。
【旧048】中里成章(2008)『インドのヒンドゥーとムスリム 』山川出版社のほうがコンパクト。ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒、両者の関係を歴史的にたどるには、このリブレットがコンパクトだ。
西アジア
西アジアは、(1)古代オリエント文明〜イスラーム教が広まる以前、(2)イスラーム教が広まった後、(3)「近世帝国」の時代、(4)植民地化以降の時代に分けて学んでいくとよいだろう。
(1)古代オリエント文明〜イスラーム教が広まる以前
【049(継続)】中田一郎(2007)『メソポタミア文明入門』(岩波ジュニア新書)
メソポタミアの入門書としては、これ一択と言ってもいい。楔形文字の成立や人々の考え方にまで分け入った、平易な語り口のおかげですいすい読める。
その他の選択肢としては、小林登志子(2020)『古代メソポタミア全史-シュメル、バビロニアからサーサーン朝ペルシアまで』中公新書もあろう。(1)については、これがわかりやすい。これをスプリングボードにして、前田徹(2020)『古代オリエント史講義: シュメールの王権のあり方と社会の形成』山川出版社に取り組んでみるのもよいだろう。アラビア半島の歴史は、蔀勇造(2018)『物語 アラビアの歴史—知られざる3000年の興亡』中公新書 があるが、マイナーな固有名詞が多めでいきなり読むのは骨が折れるかもしれない。エジプトなら河江肖剰(2023)『神秘のミステリー! 文明の謎に迫る 古代エジプトの教科書』ナツメ社を。
ところで「古代オリエント」を西アジアに含めるということ自体、一つの世界史の見方にすぎない。ギリシャやローマの学びが進んだら長谷川岳男(2022)『はじめて学ぶ西洋古代史』ミネルヴァ書房を読み、自分の世界史に対する見方そのものをメタに見てみてもよいだろう。
(2)イスラーム教が広まった後
【新050】『小学館学習漫画世界の歴史別巻 イスラム世界』(1)
イスラーム教成立後の歴史は、この漫画がおすすめ。小学館のまんが世界の歴史シリーズの別巻は、イスラム世界(1)(2)と、次に挙げるオスマン帝国(1)(2)のラインナップ。なかなかここまで細かくイスラーム世界を取り上げた漫画は類を見ない。
いきなりテキストから入れる人はそこからでもよいが、せっかくこんな良いコンテンツがあるので、ビジュアルから入ってみるのも良いと思う。
(1)が良いと思われたら、そのまま(2)へどうぞ。
なお、前回はこちらを紹介した→【旧050】小杉泰(2006→2016文庫化)『興亡の世界史 イスラーム帝国のジハード 』講談社。
(3)「近世帝国」の時代
16世紀頃〜18世紀頃にユーラシア大陸で栄えた国々を「近世帝国」と総称する。これについては、前にこちらでも書いた。
【新051】 『小学館学習漫画世界の歴史別巻 オスマン帝国』(1)小学館
これも(1)が良いと思われたら(2)へどうぞ。
前回挙げていた【旧051】鈴木董(1992)『オスマン帝国—イスラム世界の「柔らかい専制」』講談社現代新書も勿論おすすめ。騎馬遊牧民を中心とする軍事力を核とし、さまざまな民族や宗教の集団をつつみこむ「柔らかい専制国家」という体制は、同時期のムガル帝国や清にもみられるものだ。オスマン帝国を舞台とする海外ドラマのヒットもあるのだろう、近年オスマン帝国関連の新書や単行本の刊行が相次いでいる。
(4)植民地化以降の時代
【新052】岡真里ほか(2024)『中学生から知りたいパレスチナのこと』ミシマ社
2023年以降のイスラエル・パレスチナ戦争を受け、パレスチナの歴史に関連する書籍が多く刊行されている。まずはこちらを入口にするのがよいだろう。近現代の西アジアにとって「パレスチナ問題」は避けては通れぬ重要トピックだ。この本は「まんが」というよりは、イラスト付きの解説と言った方がいいかもしれない。より硬派なものに挑戦したければ、臼杵陽(2013)『世界史の中のパレスチナ問題』講談社現代新書 をおすすめする。現代史に比重を置いたものとしては酒井啓子(2010)『〈中東〉の考え方』講談社現代新書を。前回は【旧052】山井教雄(2005)『まんが パレスチナ問題』講談社現代新書を挙げたが、続編を含め読ませる内容となっている。
【新053】中田考・天川まなる(2020)『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』サイゾー
とっつきにくいからこそ、先ほども漫画を挙げさせていただいたが、こちらも掛け値なしにわかりやすい。ここを一つの入り口にしながら色々と見ていくのがよいと思う。
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中央アジア
中央アジアは、最近では「中央ユーラシア」と呼ばれることが増えている。大きくとると、東から、モンゴル、チベット、現在のカザフスタンのあたりを通って、現在のウクライナのあたりに至る、広いエリアを指す。内陸で乾燥した気候ゆえ、農業ではなく遊牧生活を営む人々が歴史的に暮らしてきた。
【054(継続)】岡田英弘(1999)『世界史の誕生—モンゴルの発展と伝統』ちくま文庫
【旧053】より移動。日本には「騎馬遊牧民」なるものは歴史的に存在しない。だから、「騎馬遊牧民」とはどんな人々なのか、イメージしづらいところがある。しかし、世界史における「騎馬遊牧民」のプレゼンスは、とっても高い。とはいえ歴史は定住農耕民によって書かれるのが普通だから、「騎馬遊牧民」に関する情報はネガティブで断片的なものとなりやすい。本書はそれを覆す史観をコンパクトに提供してくれる名著中の名著だ。
なお、日本における内陸アジア研究の先駆けである護雅夫氏(【新028】の鈴木氏、【078(継続)】で言及した森安氏はその門下)の中公新書『古代遊牧帝国』は国立国会図書館デジタルコレクションでアクセス可能だ(1976年刊)。
類書としてはこれや、
【055(継続)】杉山正明(2014)『大モンゴルの世界—陸と海の巨大帝国』角川ソフィア文庫
これもオススメできる。中国史を学習した前によむのが理想的だろうが、勉強のしやすさ的には、中国史の学習後に「視点を逆にする」ために読んでいくのがよいだろう。
【新055】小松久男編(2016)『テュルクを知るための61章』明石書店
イスラム史と内陸アジアを重ね合わせる上でも、お勧めしたい一冊。
この選書がそうであるように、世界史を学ぶ際には、世界をいくつかの地域に区分するのが普通だ。けれどもその区分がはるか昔から固定的に存在しているとみるのは正しくない。「地域」の区分自体、ヒト、モノ、情報のたゆまぬ動きによって揺れ動くフィクショナルな設定ともいえる。
世界史はもとも、その成立の事情もあって「西洋史」と「東洋史」を継ぎ接ぎするところから生まれた。両者をつなぐ概念が「東西交渉(史)」だ。
だが、その見方によっては、ユーラシア中央部にひろがる広漠な地帯が、単なる西洋と東洋の「通路」にすぎなくなってしまう。
やはり必要なのは具体性だ。
「テュルク」を学ぶことで、見えないつながりが見えてくるようになる。
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アフリカ史
【新056】松田素二(2014)『アフリカ社会を学ぶ人のために』世界思想社
【旧059】から移動。
もともと【旧059】宮本正興・松田素二『新書アフリカ史(改訂新版)』講談社現代新書を「アフリカ史といえば、これで決まりだ」と紹介していたが、やっぱり分厚く、通読するのは大変だ。
そこで新たに【新056】を紹介したい。
オセアニアの選書と同じように、アフリカという地域の自然や文化、現代的課題を一挙に学ぶことのできる良書だ。
第1部 多様性を学ぶ(1 民族と文化(松村圭一郎)、2 言語(小森淳子)、3 生態環境(伊谷樹一)4 生業(曽我 亨))をベースに、第2部 過去を学ぶ(1 人類誕生(中務真人)、2 古王国(竹沢尚一郎)、3 奴隷交易(宮本正興)、4 植民地支配と独立(津田みわ))に進み、あとは関心に沿って読んでいくとよい。
『新書アフリカ史』についてはレファレンス的に、16世紀以前までと、それ以降に分け、ヨーロッパ史の学習と連動させる形でちょびちょび読み進めていくとよいと思う。
【057(継続)】宇佐美久美子(1996)『アフリカ史の意味』山川出版社
【旧060】から移動。
世界史リブレットから1冊選ぶと、これ。アフリカ史が、どんなふうにとらえられてきたのか、つかむことができる。
ヨーロッパ的な「世界史」認識に興味を持った方は、岡崎勝世(2003)『世界史とヨーロッパ』講談社現代新書へ、さまざまな地域の「世界史」認識については専門的だが、秋田茂ほか編(2016)『「世界史」の世界史』ミネルヴァ書房や荒川正晴ほか編(2021)『岩波講座世界歴史1 世界史とは何か』所収、巻頭の小川幸司氏の章へ進んでみるのもよいだろう。
【058(継続)】富永美津子(2001)『ザンジバルの笛』未來社
【旧061】から移動。
東アフリカのザンジバルの歴史に注目し、あたかもフィールドワークのような多面的に描いた名著。
【新059】吉田敦(2020)『アフリカ経済の真実 ―資源開発と紛争の論理』ちくま新書
【旧062】より移動。
アフリカにはなぜ紛争が多いのか。アフリカはなぜ貧しいのか。
資源開発を通して「北」である先進国のわれわれと、「南」のアフリカがどのように切り結ばれるのか、歴史的な経緯にふれながら整理した作品。
【新096】とあわせて読まれると良いだろう。
前回は【旧062】布留川正博(2019)『奴隷船の世界史』岩波新書を挙げていた。黒人奴隷貿易の歴史については、こちらが入門向きだ。
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地中海・ヨーロッパ史
地中海周辺の歴史は、(1)古代ギリシア、(2)ヘレニズム時代、(3)古代ローマの順に追っていこう。
【新060】藤村シシン(2015)『古代ギリシャのリアル』実業之日本社
【旧063】より移動。
1冊目はツベコベ言わずこれで決まり。
前回は【旧063】伊藤貞夫(2004)『古代ギリシアの歴史—ポリスの興隆と衰退』講談社学術文庫を推していた。硬派ゆえ、じっくり取り組む価値ある一冊だが、二冊目に推薦したい。ほかにやわらかいものとしては、周防芳幸(2004)『物語 古代ギリシア人の歴史~ユートピア史観を問い直す~』光文社新書 が優れた入門だが、各章に挿入される物語が性に合わない人もいるかもしれない。
【061(継続)】桜井万里子・本村凌二(2017)『集中講義! ギリシア・ローマ』ちくま新書
【旧064】より移動。
もう一冊を、ということなら、こちらが良い導きになる。よりかっちりとしたものをということなら、おなじ共著者による、同(2017)『世界の歴史〈5〉ギリシアとローマ』中公文庫がよい。手に入りにくいので外したが、橋場弦『賄賂とアテナイ民主政―美徳から犯罪へ』 (historiaシリーズ) 山川出版社も名著だ(historiaシリーズにはほかにも、高山博(2002)『歴史学 未来へのまなざし―中世シチリアからグローバル・ヒストリーへ』山川出版社、熊野聡『ヴァイキングの経済学―略奪・贈与・交易』山川出版社、橋場弦(2008)『賄賂とアテナイ民主政―美徳から犯罪へ 』山川出版社など良書が多いが、入手しにくいものもある)。
【062(継続)】森谷公俊(2016)『アレクサンドロスの征服と神話』講談社学術文庫
【旧065】より移動。
講談社の興亡の世界史シリーズのなかでも、特に刺激的な一冊。「アレクサンドロスの征服」を、さまざまな史料を渉猟しつつ、その“神話”と“現実”をあきらかにする。
その上で、長谷川岳男(2022)『はじめて学ぶ西洋古代史』ミネルヴァ書房に進まれても良いと思う。受容史(古代史が、各時代にどのように受容されてきたかを扱うジャンル)を含め、論点を整理できる良き入門書だ。ミネルヴァの入門系にハズレなし。
アレクサンドロスに関心を持たれたら、世界史リブレット人(山川出版社)の澤田典子(2013)『アレクサンドロス大王』も良い。
【新063】本村凌二(2018)『教養としての「ローマ史」の読み方』PHP
【旧066】より移動。
ローマに関しては、さまざまな書籍がある。いろいろあるので選びづらいが、入門書としては本村凌二(2018)『教養としての「ローマ史」の読み方』PHPもおもしろく読めると思う。
塩野七生『ローマ人の物語』については、こちらを参照。
【新064】池上俊一(2017)『ヨーロッパ史入門—原形から近代への胎動』 岩波ジュニア新書
【旧067】より移動
正統派のヨーロッパ史入門。岩波ジュニアは近年ほかにもヨーロッパ史入門が充実している。教科書的ではあるので人によっては読み通すのに根気も必要かもしれない。
【065(継続)】加藤隆(2016)『別冊NHK100de名著 集中講義 旧約聖書—一神教の根源を見る』NHKブックス
【旧068】より移動。
地中海の古代世界と中世世界をつなぐのが「キリスト教」の信仰だ。キリスト教の信仰について、まずは『旧約聖書』について、教義だけでなく、時代背景も含めて理解しておくことをオススメしたい。
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中世ヨーロッパ
ローマの次は中世のヨーロッパに進もう。入門としては地域別に当たっていくのが近道だ。
【新066】ウィンストン・ブラック(大貫俊夫ほか訳)(2021)『中世ヨーロッパ: ファクトとフィクション』平凡社
この段階でこれを挙げるか迷ったが、選んだ。「俗説ではこうだが、実際には…」という話は歴史を学ぶ上ではつきものだ。こと中世ヨーロッパ史は、その受容がロマン主義的な要素を含むファンタジー作品やゲーム、ノベルを通したものであることもあって、その実像はなかなかつかみづらいところがある。ヒキの強い装丁とは裏腹に、本書の内容はかなり硬派なもので、読む順番としては一通り学んでいった後に読む、ということでもよいと思う。
【新067】堀越宏一・甚野尚志編(2023)『15のテーマで学ぶ中世ヨーロッパ史』ミネルヴァ書房
ハードルは高いが、ひととおり中世ヨーロッパ史おいて何が論点となっているかをおさえることができる。 「第Ⅳ部 人々の生活」は、ふくろうの本などの図説とともに読むのがおすすめ。
【新068】藤崎衛(2023)『世界史のリテラシー ローマ教皇は、なぜ特別な存在なのか: カノッサの屈辱』NHK出版
中世ヨーロッパで高いウェートを占めるローマ・カトリック教会。その最も象徴的な事件の一つ「カノッサの屈辱」を通して、ローマ教皇の権威とは何だったのかを読み直す。
この「世界史のリテラシー」シリーズ(NHK出版)はほかのタイトルもおもしろく、手軽に読めるワンテーマの世界史一般書の新たな選択肢に成長していきそうだ。
【069(継続)】阿部謹也(2010)『中世の星の下で』ちくま学芸文庫
中世の西ヨーロッパの人々の暮らしや価値観を知るには、阿部謹也さんのこちらに是非ふれてみるのがよいだろう。しっくり来れば、阿部謹也(1988)『ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界』ちくま学芸文庫 に進んでもよいと思う。
【070(継続)】坂井英八郎(2003)『ドイツ史10講』岩波新書
中世ヨーロッパを理解する際、鍵になるのは「ドイツ」だ。やや歯応えはある。おそらくいきなり読んだら難しい。だが、まずは踏ん張ってみてほしい。取り組む価値のある一冊。
【新071】大月康弘(2023)『ユスティニアヌス大帝』山川出版社
「ヨーロッパ」と聞くと、イギリスやフランス、イタリアばかりが浮かぶかもしれない。だが、それは「西ヨーロッパ」だ。ビザンツ帝国に代表される「東ヨーロッパ」についても、しっかり学んでおこう。ただ、日本においては東ヨーロッパに関する前情報は多くなく、いきなりビザンツ全時代の概説にアタックすると挫折してしまうかもしれない。そこで、これから入ってみてはどうだろうか(人をテーマにした山川出版社の「世界史リブレット 人」には入門書として優れたものが多い)。そうして次に全体を見渡すために【旧071】井上浩一(2008)『生き残った帝国ビザンティン』講談社学術文庫に進んだらどうだろうか。聞きなれない言葉も多く登場するだろうが、外すことのできない名著だ。もちろん佐藤二葉(2021〜)『アンナ・コムネナ』のような優れた作品もあるから、これと併走することで実感を深めることもできるだろう。なお、【新071】と同じ著者大月康弘(2024)『ヨーロッパ史—拡大と統合の力学』岩波新書も、入門書としては敷居が高いが、東西のヨーロッパを架橋する視点を提供してくれるものだ。
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近世ヨーロッパ
近世というのは、おおむね1500年前後から1800年前後までの時期区分を指す(【079】岸本美緒1998も参照)。
【072(継続)】羽田正(2007→2017文庫化)『興亡の世界史—東インド会社とアジアの海』講談社学術文庫
大航海時代以降の、ヨーロッパ諸国のアジア進出についてつかむには最適。進出先の東南アジアの状況については【044】を参照。
【073(継続)】近藤和彦(2017)『近世ヨーロッパ』 (世界史リブレット)山川出版社
継続。「近世」の「ヨーロッパ」について知るための、最良の入門書。整然と釘られた「国」単位でヨーロッパを見るのではなく、王室、地域、都市など、さまざまなレイヤーに注目すべきことを教えてくれる。
近世ヨーロッパについては岩井淳(2024)『ヨーロッパ近世史』ちくま新書も出ている。一般に浸透している教科書的な見方に対照させる形で、研究史を踏まえた現在の通説を語る構成がわかりやすいが、一冊目としては、やや難しいかもしれないので、近藤(2017)を継続とした。
【074(継続)】岩崎周一(2017)『ハプスブルク帝国』講談社現代新書
継続。ハプスブルク帝国は、近世のヨーロッパを理解するには避けて通れない大国だが、その国家体制は非常に複雑だ。この本は定説を踏まえ、それに注釈や見直しをくわえる叙述もあるため、決して簡単に読み進めることはできないかもしれない。中野京子(2008)『名画で読み解く ハプスブルク家12の物語』光文社新書 も、非常に読みやすく、惹き込まれる書籍だ。
【新075】小山哲・藤原辰史(2022)『中学生から知りたいウクライナのこと』ミシマ社
ロシアについて前回扱ったのは【旧075】土肥恒之(2007→2016文庫化)『興亡の世界史—ロシア・ロマノフ王朝の大地』講談社だが、やはりこのご時世である。前回の掲載後、ロシアがウクライナを侵攻した。ウクライナの歴史を学び、そのなかでロシア史を学ぶという入り口のほうが良いと思う。そこで【新075】を選んだ。
前回挙げた【旧075】を収める「興亡の世界史」シリーズは、わりと著者の自由度が高く巻によっては射程の狭いものも見られなくはないが、この土肥(2007)はエピソードも挟みながらバランスよくロシア史の梗概と論点を見渡せる。おすすめ。扱う空間がとっても広いので、地図や資料集(【新010】タペストリー)をかたわらに置きながら読み進めていったほうがよいだろう。
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近代ヨーロッパ
【076(継続)】遅塚忠躬(1997)『フランス革命―歴史における劇薬』岩波ジュニア新書
岩波ジュニア新書ではあるが、なかなか手強い一冊。フランス革命が「複合的な革命」であったことを図式的に示しつつ、当時の人々の声を丹念に拾い上げていくことで、フランス革命のもたらした「自由」と「平等」とは、いったい何だったのかに迫る。産業革命については、【023】を参考に。全ヨーロッパに関するものとしては、君塚直隆(2019)『ヨーロッパ近代史』ちくま新書が、ルネサンス期から第一次大戦までをカバーしてくれる。ロシア革命についてリストに含めることができなかったが、松戸清裕(2011)『ソ連史』ちくま新書を挙げておく。密度の濃い一冊だ。
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【離】
さて、最後の【離】では、これまで学んで来たことをベースに、より多様な視点で過去の世界をとらえるヒントとなる書籍を紹介していきたい。
多様な視点を導入することで、それまで「こういうものだ」と納得していた「既知」の知識を、グラつかせていくのだ。
“知っているつもり” になっていた「既知」の知識が、視点のとり方や史料の解釈によって、実はまったく違うものに見えてくる。
「既知」を「未知」化させ、さらに「既知」となった「未知」を再度「未知」化させていく。
これには、原理的に、終わりはない。
しかし、どこかでケリをつけなければ、収拾がつかないわけだから、ある程度自分にとって納得のいく解が得られたら、その都度そこで落ち着けばいい(参照:千葉雅也(2017)『勉強の哲学—来たるべきバカのために』文藝春秋、note@masayachiba)。
“知っているつもり” を適度に揺さぶり続ける営み。それを楽しむことができたなら、【離】の読書は成功だ。
その際、特に「序」や「はじめに」の部分に着目してほしい。
冒頭部分には著者が、どのような視点を過去の出来事に向けているのか、どんな視座(見る位置)から過去の出来事をとらえようとしているのかといったことが、これまでの研究の整理とともに、宣言されていることが多い(あるいは冒頭部分は具体的な叙述から始まる場合、その後のパートに記されていることがある)。
歴史家の問題意識は、現代の世界で問題となっていることとリンクしていることも少なくない。
・現代の世界にある問題のルーツは、どこにあるのか?
・現代の問題は、過去の世界でも問題だったのか?
・現代の問題とはどのように異なるものだったのか?
現代という「一点」に縛られているわれわれは、どうしてもその他の可能性について考えることが難しくなりがちだ。でも、過去の世界に目を向けると、同じような問題に対して、実に多様な対応がなされたことや、問題そのものの捉え方自体が異なるケースに出くわすことがしばしばある。
【離】のステップでは、以上のように「過去の世界に起きたことが、どのように現代につながっているのか」という視点も、ぜひ意識して読書してみよう。
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時代を切り取る
まずは、より大きな視野で、同時代の世界の「つながり」をとらえることのできる書籍から。
【077】後藤健(2015)『メソポタミアとインダスのあいだ: 知られざる海洋の古代文明』筑摩選書
紀元前のメソポタミア文明とインダス文明をつなぐ「エラム」文明に注目し、古代の交易ネットワークの存在をあぶり出していく様は、とっても刺激的だ。
【078(継続)】妹尾達彦(2018)『グローバル・ヒストリー』中央大学出版局
ユーラシア大陸の交易ネットワークがどのように発展していったかは、騎馬遊牧民の動向に注目していくとよい。その際に参考になるのが、妹尾達彦氏の提案する見取り図だ。また、東南アジアの扱いが薄いので、【044】古田元夫(2021 )で補うとよい。具体的な動向をつかむには森安孝夫(2007→2016)『興亡の世界史 シルクロードと唐帝国』講談社学術文庫が必読。入門レベルを超えるが、クリストファー・ベックウィズ(斎藤純男・訳)(2017)『ユーラシア帝国の興亡—世界史四〇〇〇年の震源地』もよいが読み通すのは入門段階では大変か。さらに、テュルク(トルコ民族)について小松久男(2016)『テュルクを知るための61章 (エリア・スタディーズ148) 』明石書店 にあたっておくと、抜け落ちがちな中央アジアの歴史(たとえば現在「◯◯スタン」という名前のついている国々)をしっかりカバーしておくことができる。森安孝夫(2020)『シルクロード世界史』筑摩書房は冒頭に内陸ユーラシアを中心に据えた大きな見取り図の提示にがあるが、後半部分は著者の専門(ウイグル史)を掘り下げるないようになっており、一冊目としては向かないかもしれない。
【079】岸本美緒(1998)『東アジアの「近世」』(世界史リブレット)山川出版社
われわれはどうしても、「中世」から「近代」(=いわゆる近代化)を経て、「現代」の世界にステップアップしたと考えがちだ。
しかし、実際には、「近代」に至るには、「近世」の時期に起こった変容が重要で、その変化はグローバルに共有されたものでありながら、各地域ごとに特色を持つものだった、という見方がされるようになっている。
日本における「近世」論の有力な紹介者の一人である岸本美緒氏の本書は、中国や日本など、東アジアに焦点を当てながら、「近世」のもつ特徴を浮かび上がらせてくれる。
この本で銃砲の普及に関心を持った方は、より専門的な岸本美緒編(2019)『1571年 銀の大流通と国家統合 (歴史の転換期)』(歴史の転換期シリーズ6)山川出版社に進むのもよいだろう。なお、山川の歴史の転換期シリーズは、「歴史の転換期」によって東洋史・西洋史・日本史の同時代を輪切りにするという明快なに編集方針のもとに数本の論文で構成されたシリーズだが、レベルは高め(岩波講座世界歴史と同じくらい)。
【080(継続)】松井透(1991→2021文庫化)『世界市場の形成』ちくま学芸文庫
前回より継続。ちくま学芸文庫は、エリック・ウィリアムズ(2020)『資本主義と奴隷制』、シドニー・ミンツ(2021)『甘さと権力—砂糖が語る近代史』、家島彦一(2021)『インド洋海域世界の歴史 ――人の移動と交流のクロス・ロード』など、手に入れにくかった経済史、経済人類史関係の名著の文庫化を刊行してくださっている(シドニー・ミンツはようやく今年読むことができた)。
松井透氏の本書は、イギリスの産業革命が、いかにアジアなど世界市場に支えられて形成されたのかを、膨大なデータによって論証したもの。【022(継続)】川北稔の次に読むとよい。
消費に注目する
【新081】鹿島茂(2023)『デパートの誕生』講談社学術文庫
欲望をかき立てる巨大な商業空間の先駆け「ボン・マルシェ百貨店」。帽子職人の息子アリステッド・ブシコーと妻マルグリットによって作り上げられた社会と資本主義の結びつきを象徴し、消費行動を根本から変えることになったデパートという業態を中心に、消費社会の歴史について奥行き深く考えさせられる作品の文庫版。
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人々の内面世界や生活に注目する
【新082】リチャード・ファース=ゴッドビヒア[橋本篤史・訳](2023)『エモい世界史 「感情」はいかに歴史を動かしたか』青土社
われわれが過去の世界を見るとき、そこを生きる人々が、われわれと同じような感情や感覚を持っているものとみなしがちだ。
だが、本当にそうだろうか?
文字記録に残されない「感情」や「認知」。これをどのように扱うべきかということについて、歴史学がどのように応答し、研究を発展させていったのかについても知っておこう。内容的にはやや難しい。前回紹介した【旧082】ウーテ・フレーフェルト(櫻井文子・訳)(2018)『歴史の中の感情 失われた名誉/創られた共感』よりも読みやすいので入れ替え。
近刊の貝原伴寛(2024)『猫を愛でる近代』名古屋大学出版会は猫をめぐる感情史の具体例としておもしろそう(未読)。
【083(継続)】池上俊一(1990)『動物裁判』講談社現代新書
前回より継続。動物との関わりという点ではこちらを断然推したい。
ロバート・ダーントン(海保眞夫、鷲見洋一・訳)(2007)『猫の大虐殺』岩波現代文庫。いずれも、歴史の教科書に太字で記されるような「事件」や「出来事」そのものを描いたものではなく、従来であれば見過ごされていたような記録された事件や出来事から浮かび上がってくる、人々の内面世界をつかもうとするものだ。
なお、ここでいう、「人々」というのは、支配階級ではなく、一般民衆を指す。従来の歴史学が「支配者の政治」ばかりに注目し、民衆が政治に左右される受け身の存在としてのみ描かれてきたことへの反省から、1970年代以降「社会史」という分野が注目されるようになったということも知っておこう。近藤和彦(2014)『民のモラル—ホーガースと18世紀イギリス』もおすすめ。角山榮、川北稔・編(1982)『路地裏の大英帝国―イギリス都市生活史』平凡社も、文庫化されないかなあ(お願いします)…と前回書いたが、2022年にめでたく平凡社から文庫化された(拍手)。
【084(継続)】岩下誠ほか編(2020)『問いからはじめる教育史』 (有斐閣ストゥディア) 有斐閣
前回より継続。昔の人たちはどんな教育を受け、どのくらいの人が文字を読み書きすることができたのか? 「教育史」というと、非常に特殊な分野のように思えるかもしれないが、本書を読めば非常に射程の広い議論を含んでいることがわかるだろう。入門書としては、もっとも読みやすいものの一つだと思う。
この「問いからはじめる」シリーズは、ほかのラインナップも良い。
なお、クラーク・ナーディネリ(森本真美・訳)(1998)『子どもたちと産業革命』 (技術史クラシックス) 平凡社もおすすめしたいが、こちらは入手しにくいのが玉にきず。
近代における教育に位置付けと合わせて「労働」や「余暇」も大きなテーマの一つ。近刊では森貴史(2023)『旅行の世界史 人類はどのように旅をしてきたのか 』星海社新書は旅行の歴史がコンパクトにまとまっていてわかりやすい。尾登雄平(2022)『「働き方改革」の人類史』イースト・プレスも労働にまつわるトピックが巧みに構成されており、面白い。
【新085】柿沼陽平(2021)『古代中国の24時間—秦漢時代の衣食住から性愛まで』中公新書
歴史上の人々の日常生活に注目するアプローチがある。
衣服はどうだったか。何を食べていたか。どんなところに住んでいたか。
事細かに実証していくこと自体、それはそれでおもしろいのだが、現代とは異なる物質的な条件のなかで、昔の人はどのような世界観、価値観をもっていたのか。そこを探ってみるのもおもしろい。
柿沼氏の著作としてはほかにも(2018)『劉備と諸葛亮 カネ勘定の『三国志』』文春新書がある。三国志好きならとっつきやすいだろう。
もともとここには【旧085】大黒俊二(2010)『声と文字』(ヨーロッパの中世6)岩波書店を挙げていた。個人的に思い入れがあるが、「入門」とはいえないのではないかと考え、おろさせていただいた(「ヨーロッパの中世」シリーズは名作揃い。歯応えはあるが、挑戦する価値あり)。
日常生活関係の作品は2020年代に入り増えている。
歴史をあつかったコンテンツの裾野が広がっていることも関係しているだろう。
たとえばフィリップ・マティザック(2022)『古代ローマの日常生活:24の仕事と生活でたどる1日』原書房(続刊あり)や、ケイト・スティーヴンソン(2023)『中世ヨーロッパ「勇者」の日常生活—日々の冒険からドラゴンとの「戦い」まで』など。
技術に注目する
【新086】藤原辰史(2017)『トラクターの世界史 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』中公新書
1892年にアメリカで発明されたトラクターを切り口にすると、こんなにも世界史の見え方が変わるのか!と驚く。特に農業に関する技術と戦争で使用される兵器が隣り合わせの関係にある事実が重要。
なお、前回は【旧086】吉見俊哉(2012)『「声」の資本主義—電話・ラジオ・蓄音機の社会史』河出文庫を挙げた。メディアの技術革新が人々をどう変えたかという点に注目した一冊。技術革新については、ダニエル・R. ヘッドリク(原田勝正、老川慶喜、多田博一・訳)(1989)『帝国の手先―ヨーロッパ膨張と技術』日本経済評論社が、今でも広く参照される基本書だ。
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ジェンダーに注目する
【087(継続)】三成美保、小浜正子、姫岡とし子・編(2014)『歴史を読み替える ジェンダーから見た世界史』
ジェンダーとは、その社会や集団で「普通」とされる男女の性差のこと。ただし、ジェンダーは、単純に文化によってつくりだされた性差というわけではない。世界史を振り返ってみると、身体をどのように見るかという知と深く関連し、変遷していったこと、明らかになってくる。
世界史を長いスパンで西洋・東洋の両者をあまねく見渡したテキストとしては現在これ以外のものは存在しないが、やや便覧・資料集的な趣きもある。
関心のあるページを、学習を進めるなかで参照し、挙げられた参考文献にあたっていくのがよいだろう。ジェンダー史を学んだ人は、ジェンダーに注目せずに過去の世界をみることが、いかに断片的な歴史の捉え方であるか、よく思い知っている。
【新088】弓削尚子(2021)『はじめての西洋ジェンダー史:家族史からグローバル・ヒストリーまで』山川出版社
「これ一択」と言ってもよいくらいの名著。
もちろん前回挙げた【旧088】長谷川まゆ帆(2007)『女と男と子どもの近代』(世界史リブレット)山川出版社も入門書としてコンパクトで良い。
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ナショナリズムに注目する
【089】塩川伸明(2008)『民族とネイション―ナショナリズムという難問』岩波新書
世界史を学習していて避けて通れないのが、「ナショナリズム」「民族」「国民」「帝国」のような用語だ。これらについては、いちど整理する時間を設けておいたほうがいいだろう。ベネディクト・アンダーソン、アントニー・D・スミス、アーネスト・ゲルナー、エリック・ホブズボームなど、古典的な書籍は多くある。解説とともに読み進めていくのがよいだろう。ナショナリズムや民主主義、自由主義、保守主義といった政治的な概念については、佐藤優(2020)『16歳のデモクラシー—受験勉強で身につけるリベラルアーツ』晶文社もオススメ。
日本とのつながりに注目する
【新090】「歴史総合」の教科書
日本史の見え方が一変することも、世界史を学ぶ効用のひとつだ。
2020年代以降、「歴史総合」という科目が新設され、世界史のなかの日本史の叙述にも刷新が見られるようになっている。
実際の高校における実施については課題も多いが、すでに学ばれた社会人にとって歴史総合の教科書の語り口は、新鮮に感じられる部分も多いと思う。
教科書は複数の版元が出しているが、この第一学習社は独学に向いていると思う。図書館で閲覧できるほか、ネット上で入手する方法もある。
「歴史総合」の学習指導要領の構成は次の通り。
前回挙げた【旧090】三谷博、並木頼寿、月脚達彦・編(2009)『大人のための近現代史 19世紀編』 はやや専門的なので、さらに学びを深めたいときにはおすすめだ。
また、南塚信吾(2018)『「連動」する世界史—19世紀世界の中の日本』岩波書店も紹介しておこう。
「シリーズ 日本の中の世界史」は、近現代の世界の中に日本を位置づける岩波書店のシリーズ。このうち世界史研究所を主宰する南塚信吾氏の上掲書は、帝国主義の時代から第一次世界大戦までの世界各地の動きを、「欧米」と「アジア」の緊張と緩和に焦点を当てて描いたものだ。なお、木畑洋一(2014)『二〇世紀の歴史』岩波新書は1870年代から1990年代初頭までを「長い20世紀」という時代として切り取り、「帝国」がいかに形成され崩壊していったかを描く、スケールのおおきな叙述。世界を風船に見立て、欧米が緩めば東洋がこわばり、東洋が緩めば欧米がこわばる…というゴム風船のような構図の見立てがおもしろい。昔まとめた世界史のまとめの19世紀部分は、これを参照した書いたものだ。
グローバル・ヒストリー
【新091】『中国料理の世界史:美食のナショナリズムをこえて』慶應義塾大学出版会
まずはグローバル・ヒストリーに関する議論をおさえたい場合は、【旧091】水島司・島田竜登(2018)『グローバル経済史』放送大学教育振興会がおすすめ。現在の国と国との境界線を「あたりまえ」のものとみず、異なる地域との間の人、モノ、カネ、情報などの「つながり」に注目して世界史を描く新しいアプローチを「グローバルヒストリー」という。南アジア、東南アジア、東アジアを、グローバル・ヒストリーに位置付ける試みとしては、こちらが非常に読みやすい。
水島司(2010)『グローバルヒストリー入門』山川出版社も、薄くて読みやすい。ここで紹介されている気になった著作に手を出してみるとよいだろう。
パミラ・カイル・クロスリー(2012)『グローバル・ヒストリーとは何か』岩波書店 は、なぜ「グローバル・ヒストリー」というアプローチが生まれていったのかという学説史の変遷を、水島(2010)よりもさらに詳細にたどってくれる。現在のところ、グローバル・ヒストリー入門の決定版ともいえるのは、ゼバスティアン・コンラート(小田原琳・訳)(2021)『グローバル・ヒストリー: 批判的歴史叙述のために』岩波書店。グローバル・ヒストリーの視点による研究成果の紹介としては、水島司(2008)『グローバル・ヒストリーの挑戦』山川出版社が読みやすい。国際的グローバル・ヒストリー教育研究ネットワークの成果をもとにした、羽田正(2017)『グローバル・ヒストリーの可能性』山川出版社 はより専門的。
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社会に注目する
【新092】小池陽慈(2022)『世界のいまを知り未来をつくる評論文読書案内』晶文社
この本のよいところは、ナショナリズム、資本主義、グローバリゼーションといった抽象的な言葉を、歴史的な経緯に即して、わかりやすい語り口で噛み砕いてくれるところだ。難解な批評理論をときほぐし、近現代史を読み解く視点を与えてくれる。小池氏には(2023)『基本用語から最新概念まで 現代評論キーワード講義』三省堂もある。
歴史学に隣接する学問で論点となっていることを、その前提から丁寧に解説してくれる書籍のラインナップは、2020年代に入り充実している。
たとえば大野哲也(2024)『大学1冊目の教科書 社会学が面白いほどわかる本』KADOKAWA。
社会学の入門書はあまたあるが、この本のよいところは叙述の柔らかさに加え、歴史的な事象をイチから説明した上で、その事象に対する社会学的な視点を丁寧に噛み砕いてくれるところにある。
産業化、ジェンダー、社会階層などなど… 歴史を学んでいく際に必要な視点を得るうえで、良き手がかりを与えてくれる。
同じくKADOKAWAからは佐藤廉也(2023)『大学の先生と学ぶ はじめての地理総合』も良い。地理(自然地理)と歴史(人文地理)をバランスよく盛り込まれており、新しい視点を得ることができるだろう。法・経済学、社会学分野との関わりについては渡部竜也(2024)『大学の先生と学ぶ はじめての公共』もよいが、地理総合と比べると骨太だ。
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思想に注目する
【新093】ネオ高等遊民(2024)『一度読んだら絶対に忘れない哲学の教科書』SBクリエイティブ
本書に帯文を提供している飲茶さんの【旧092】飲茶(2015)『史上最強の哲学入門』河出文庫(東洋編はこちら)もよい。各時代の思想がどのように連関していたのかについては、(2020〜2021)『シリーズ世界哲学史』筑摩書房に挑戦するのもアリだ。
宗教については【旧093】橋爪大三郎(2006)『世界がわかる宗教社会学入門』ちくま学芸文庫がよいだろう。世界の諸宗教を比較しつつ俯瞰することができるが、もちろん単純化・図式化はいなめない。その後は関心に応じて 個別の宗教の入門書にあたってみるとよいだろう。
なお、本リストには文学や芸術に関する書籍を含めることができなかった。「西洋」美術は池上英洋(2012)『西洋美術史入門』ちくまプリマー新書を。ほかにイスラーム美術の小林一枝(2011)『アラビアン・ナイト』の国の美術史―イスラーム美術入門』八坂書房を挙げておこう。個人的には、文学や芸術については、つべこべ言うまえに、できる限りホンモノにあたったほうがよい、というふうに思う。過去の世界に想いを馳せる上で、文学のもたらしてくれる想像力は、とっても大切だ。最近では読みやすい新訳も多く出ている。気になった時代や地域の作品に、積極的に手をのばしてみよう。
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平和と開発について考える
【094(残留)】山内進(2011)『北の十字軍 「ヨーロッパ」の北方拡大 (講談社学術文庫) 』
迷ったが、やはりこれは残した。
「聖戦」というとイスラーム教のジハードが真っ先に浮かぶかもしれないが、キリスト教世界であった中世ヨーロッパにおいても「聖戦」は十字軍という形でお墨付きを与えられていた。この聖地イェルサレムの奪回をねらった十字軍とは別に、ポーランドやリトアニアなど北方にキリスト教を広めるための「北方十字軍」が存在したことは、あまり知られていない。山内進氏によるこの著作は、「聖戦」なるものが、なぜ、どのように正当化されたのか。
「正義と悪の戦い」がなおもアクチュアルな現代世界において、沈思するヒントを与えてくれる。
戦争の歴史そのものについてはたくさんあるが読みやすいものが多いとは言えない。そんな中、近刊の伊藤敏(2024)『歴史を動かした「決戦」の世界史』ベレ出版は時代ごとに重要な決戦をとりあげたもので、読みやすい。
【新095】小野寺拓也・田野大輔(2023)『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか? (岩波ブックレット) 』岩波書店
20世紀の2つの大戦について考えるための書籍は、枚挙にいとまがない。関心が強い分野ゆえ、関連書籍も玉石混交だ。そこで、本書である。ナチスにまつわる言説のファクトチェックを通し、数々の怪しい言説が、なぜそのような語られてしまうのか、陥りやすい罠はどこにあるのかが検証されていく。
前回は同じナチ関連から、石田勇治氏の新書(【旧095】石田勇治(2015)『ヒトラーとナチ・ドイツ』講談社現代新書)を挙げていたが、次はこれに進んでも良い。新書では量が多いとなれば、世界史リブレットの山本秀行(1998)『ナチズムの時代』山川出版社も読みやすく、意外性にあふれている。なお、第一次世界大戦については、藤原辰史(2011)『カブラの冬』人文書院を、歴史修正をめぐる問題については武井彩佳(2021)『歴史修正主義—ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで』中公新書を挙げておきたい。
【新096】山形辰史(2023)『入門 開発経済学-グローバルな貧困削減と途上国が起こすイノベーション』中公新書
SDGs(国連持続可能な開発目標)の実施期限まで、あと10年を切った。SDGsの是非や手法に対する批判も挙がるようになっているが、なぜSDGsが提唱されるにいたったのか、その前史に注目することで、SDGsを世界史のなかに位置付けて議論することが大切だと思う。
アフリカについては、吉田敦(2020)『アフリカ経済の真実 ―資源開発と紛争の論理』ちくま新書、平野克己(2013)『経済大陸アフリカ』中公新書もよい。ジェトロ研究員を務める平野克己さんの書籍の特に第4章は、開発の歴史を世界史のなかに位置付ける試みだ(平野克己(2009)『アフリカ問題―開発と援助の世界史』日本評論社が下敷きとなっている)。
冷戦期の歴史については、北村厚(2021)『20世紀のグローバル・ヒストリー:大人のための現代史入門』ミネルヴァ書房をもとに、【005】で紹介した南塚信吾、秋田茂、高澤紀恵・編(2016)『新しく学ぶ西洋の歴史:アジアから考える』ミネルヴァ書房や下斗米伸夫(2004)『アジア冷戦史』中公新書などにより、まずは全体像をつかんでいくとよいと思う。開発援助の歴史は、植民地帝国の崩壊と米ソ冷戦、さらに独立国の開発主義と切っても切れない関係がある。このへんの展開については、イギリス帝国がどのように崩壊していったのかを、秋田茂(2012)『イギリス帝国の歴史』中公新書あるいは秋田茂(2023)『イギリス帝国盛衰史—グローバルヒストリーから読み解く』幻冬舎新書を通して整理しておくことをお薦めしたい。
そういえば、これも…となるとどんどん増えていってしまうが、「開発」というテーマを考えるには安冨歩(2015)『満洲暴走—隠された構造 大豆・満鉄・総力戦』角川新書も必読。
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世界史を学ぶということについて
以上に挙げた書籍は、歴史学の専門家によって執筆されたものがほとんどだ。
歴史学の本質は、手法的な面から言えば、諸資料の厳密な突き合わせと批判的な分析に宿る。ひとつの資料だけに頼るのではなく、複数の資料を照合し、それぞれの背景を考慮しながら、既存の知識や合意された枠組みを批判あるいは援用しながら論を組み立てていく。それは、頭の中だけで完結する自由な論理構築とは異なる営みだ。
だが、世の中で歴史をとり扱っているのは、なにも歴史学の専門家だけとは限らない。事実、歴史に関心のある人の多くは、映画や小説、漫画といったエンタメ、それに歴史をあつかった特集や読み物を通して、歴史の面白さに触れたいという思いを持っているのだと思う。専門的な書籍をガツガツ読むことで歴史に接しているわけでもないだろう。普段生活している中で、「過去の時代にあったことを現在に活かしたい」という思いから、歴史に教えを乞う人も少なくない。VUCAの時代といわれる現代にあって、歴史には不確実な世の中を照らす「灯台」としての役割も期待されるようになっている。
ただ、歴史に触れようとする人が多くなればなるほど、問題も生じる。歴史を語っていると標榜しつつ、事実をおろそかにする語り口によって、他者を攻撃する材料に用いられるようなケースだ。これは一見すると、歴史に関心のある人が増えているようにも見えるのだが、大元となっている事実そのものにはたいして関心が払われていないことも少なくない。
たとえば、検察が主導し、冤罪を生み出した事例を思い浮かべてみてほしい。検察が先にストーリーを作り上げ、それに合う証拠だけを集めて起訴する――これは歴史学における論理の先走りに通じるものがある。ストーリーが先に来てしまうと、その背景にある多様な証拠や資料が見過ごされてしまう。
歴史学とは、そのような「物語」に抗い、資料を基盤とした論理を丁寧に組み上げる営みでもある。その意味で歴史学者の思考は、どちらかといえば物語に対する「ブレーキ」の役目を果たす。収集した史料は何でもかんでも自分の説に沿うように使えるわけではない。慎重に慎重を期して「この史料からは、ここまでのことは言える」と結論づける。
だから多くの場合、想像力いっぱいにアクセルを踏む作家に比べ、歴史学者の書いたものは「つまらない」といわれてしまう。どんなに歴史学者がエビデンスを振りかざし事実を挙げてチェックしても、議論は平行線を辿りがちであることも少なくない。ここの歴史学者が「専門性に閉じこもりがちだ」という批判もある。たしかに昭和の時代に比べれば、越境的で文明論な物言いがしにくくなっていることも事実だろう。けれども、一つ一つの木々や微生物、土壌の研究の累積が生態系全体の解明につながりうるように、個別的な専門知そのものが悪だというのも言い過ぎだ。リスペクトを欠いている。他方で、「専門領域以外については語り得ない。語り得ないものについては、沈黙するしかない」というのでも、一般の読者へのコミュニケーションの回路も閉ざされてしまう。求められるのは、両者の往来、バランスではないだろうか。
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あわせて、歴史を語るという行為それ自体のはらむ困難についても考えを深めてみよう。
過去の出来事を再現するには、どのような手法が必要で、そこにはどのような限界があるのか(たとえば歴史家が歴史を叙述するとき、その背後には、歴史家が組み立てようとする物語の筋書きが、どうしても混入してしまうのではないかという議論がある)。
過去の出来事を、どのように事実として認め、叙述していけばよいか。
文字として記録されなかった出来事の真偽を、どのように定めていくことができるのか(記録がないものは「なかった」とすることができるのか。語ることのできない/語りの届かない人の声を、どのように記録できるのか)。
歴史とは何であり、どのように語られるものなのか。
どのように教えられ、どのように学ぶべきなのか。
世界史を学ぶにあたって、こういった歴史の語り方をめぐる事柄にも、ぜひ関心を広げてみるとよいと思う。
【新097】野家啓一(2016)『歴史を哲学する―七日間の集中講義』岩波書店
本書で言及(応答)されている【旧097】遅塚忠躬(2015)『史学概論』東京大学出版会は高価で本格的だが、丹念にたどっていくことで、得られるものは大きい。文庫化を望みたい。
【新098】サイディヤ・ハートマン(2024)『母を失うこと—大西洋奴隷航路をたどる旅』晶文社
とんでもなくひきこまれる。
アフリカにとって独立とは何であったのか。
アフリカ系アメリカ人にとってアフリカとは何であったのか。
アフリカの人々にとってアフリカ系アメリカ人はどのように映ったのか。
大西洋奴隷貿易との距離感、つながりと断絶のありようがこんなにも複雑であったとは。
歴史との向き合い方について考えさせられる名作にして名訳だ。
歴史とエッセイを交錯させた書籍としては、ジェラール・ノワリエル(2017)『ショコラ—歴史から消し去られたある黒人芸人の数奇な生涯』もこれに似ている。こんなふうな歴史の叙述もあるのか、と知ることができるだろう。あわせておすすめしたい。
前回ここには【旧098】保苅稔(2004→2018文庫化)『ラディカル・オーラル・ヒストリー――オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』岩波現代文庫を掲げていた。「ケネディに会った」というアボリジニの語りは、「歴史」と言えるのか? 人々が共有し、継承している、過去の世界のできごとを、どのようにとらえていったらよいか。著者渾身の筆致に、ぜひ出会ってほしい。他者を内在的に理解するという点で【新098】とも同じに位相にあると思う。文学的な想像力により他者(人間以外の存在も含む)を呼び出し、世界史認識を拡張させてくれる本としては、ほかにアミタヴ・ゴーシュ(2022)『大いなる錯乱—気候変動と〈思考しえぬもの〉』以文社やディペシュ・チャクラバルティ(2023)『人新世の人間の条件』晶文社がある。
【新099】小田中直樹『歴史学のトリセツ』ちくまプリマー新書
歴史学とは一体どんな学問か。その来歴は何か。この段階では小田中直樹氏の本書がもっとも良いだろう。
史料と付き合わせながら、歴史学者が一体どのような史料の吟味をおこなっているのか、さながら大学における演習のように手ほどきを受けることのできる松沢裕作(2024)『歴史学はこう考える』ちくま新書は、もうワンランク上。ここでは史学史を丁寧にたどることのできる小田中本をとりあげることにした。
【新100】小川幸司(2023)『世界史とは何か —「歴史実践」のために』 (シリーズ歴史総合を学ぶ 3)岩波新書
前回ここには【旧100】荒川正晴ほか編(2021)『世界史とは何か』 (岩波講座 世界歴史 第1巻)岩波書店を挙げた。かつては敷居がものすごく高かった岩波講座世界史(筆者も昔、正座して岩波講座完読チャレンジをした覚えが・・・)だが、今回、3度目のリブートにあたるシリーズでは一般向けの叙述が意識されたものになっていて、とくに編集委員に歴史教育に携わる小川幸司氏が加わり、冒頭で世界史教育について論考を書いているものだ。
その後小川氏は岩波新書で、より一般向けに噛み砕いた作品を上梓した。それをここに加えたい。
「個別の時代・地域の専門家に世界史は描けない」というような不毛な議論はさておき、全時代・地域を扱う高校の先生(まあこれにも留保は必要だが、それもまたさておき)のほうが、世界史とのものの構成のあり方に対し、より日常的に取っ組み合う機会があるというのは確かだろう。これまでのシリーズにおいて歴史教育は傍論の位置付けだったが、あえて1巻の冒頭に世界史教育関連の論考が置かれるようになったところに、これまでにない編集姿勢を感じる。
小川幸司さんには、次の著作もある。小川幸司(2011-2012)『世界史との対話〈上・中・下〉―70時間の歴史批評』地歴社。授業実践をもとにまとめられた3巻本。世界史教育界だけでなく、歴史家のなかでも話題となった。過去の世界に対する「問い」を持ち、主体的に考える大切さを感じることができる。前回紹介したも【旧099】リンダ・S・レヴィスティック、キース・C・バートン(松澤剛、武内流加、吉田新一郎・訳)(2021)『歴史をする: 生徒をいかす教え方・学び方とその評価』 新評論もあわせてここに紹介しておく。
おわりに
そういうわけで「100冊」と掲げつつ、実際には200冊くらいあげるという、たいへん優柔不断な選書となってしまった。
とはいえ”まじめ”に学ぶための指針として、ここに挙げたレーベルや出版社は一つの参考になるかと思う。