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マーラの名のもとに。

アトランティス小説です。まったくの空想という訳ではなく、ヒーラーとして仕事をしてくる中で、たくさん見てきた人類の歴史の物語を 「the Genesis -- 地球と人類ソウルの10億年の神話」としてまとめて、手作り書籍で販売しています。そのたくさんの、無数の物語の中で、こちらの小説はアトランティス末期の主に女性性、女性たちの鎮魂のために書いています。普段は有料コンテンツとして別サイトで書き下ろしているものですが、冒頭部分を今回は、掲載させていただきます。
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第一章 モアナの気持ち

柔らかな素肌に、傾いた太陽の日差し。幼さから少女らしさへと変わりつつある少女の肌はまだ感じやすく、じりじりしたその陽光の気配に、右手の所作を止めて左の腕を何気なくさすった。やはりその街の太陽は自分には強すぎる。斜め上を見上げて、顔にかかる巻き毛の隙間から空を見る。

黄色がかった日の神はどこか強くて頼もしい、けれど見慣れた穏やかな母のような太陽が自分は好きだと思った。

手元に視線を戻して、再び先刻までの動作へと帰る。平たい滑らかな白と黒の石は、前日に神殿の裏庭で拾い集めて来たものだった。神域の石を持ち帰ってはいけないと師に諭され、元に戻すために木綿の袋に入れてその日、携えていた。

師匠を待つ間、少女、モアナは退屈して壮麗な大神殿に続く数えきれないほどある石階段の最上部の踊り場で、すべすべして気に入ったその平たい小石たちを積み上げては、自分なりの想いごと、考えごとをして時を潰した。何度か聞こえて来た神事の銅鑼の音、夕刻の時を告げる鐘の音、そして神殿の務めを終えた女性司祭たちが持ち運ぶ聖具から、風に乗って漂ってくる乳香や没薬の香りとともに。

ああ、師匠はまだだろうか。流石にそろそろ退屈を覚えた。

海に囲まれた壮麗な円形都市の、半円だけがその場所から見渡せる。海を行く大小の船、港の波止場、巨大な灯台も、既に見飽きてしまった。

眼下に、神域を移動して歩む、見たことのない人々の姿を少女は目に留め、視線をしばし向けた。紫がかった肌をした神官姿の男性たち2名。高齢な者と、年若い者に見える。その後を着いて歩む8人ほどの女性司祭たちは、大神殿の上官たちとは異なり、使用人のようないでたちに見えた。

多感な少女の目に、感性に、なぜか違和感を覚えさせる者たちだった。目を凝らしてみる。強すぎる西陽が邪魔をするが、彼らの、先を歩く男性神官の霊光は青黒い冷たさと、外周には赤い層、紫色の層が見えている。通常、人々に見える白い光、師匠が「イズ」と呼ぶ天の神性から授けられたという白銀の光の網目と、更に誰もが持っている「マナ」の宝石のような輝きが霊光の先に見えない。

そう言えば、この街には他星系から来た人々が、偉い地位に着いていることがあると、師匠から聞いていたっけ。少女は霊視するのを止めて、再び手元の丸いすべすべの石たちに視線を戻した。その時、背後から名を呼ばれて振り返った。

小柄で小さな顔の周りに巻毛がふんわりと広がる人影。自らの師匠、東の土地、アルピナのマーラ神殿の巫女である。横には、数日前に見(まみ)えたその街、都市国家ポセイディアの学府の教師、師匠が呼ぶに「エリサ様」という名の若い女性がこちらに向かい歩んでいた。

太陽の眩しさにモアナは目を瞑る。
「だいぶ待たせたわね」
「エリサ様」の声がする。

「何をしていたの?」
「まあ、神域の聖石でそのような。」師匠が続ける。「申し訳ありません、まだこちらのような大都市にも、大神殿にも慣れず。田舎で育った子ですから」

モアナは閉じた瞼の中で、よく分からない風景を見ていた。知らない土地、赤い岩山に集う大勢の黒衣の人々。何かを叫んでいる。その中に、師匠の顔を見た気がして慌てて瞼を持ち上げる。

「エリサ様」が自分を覗き込んでいた。明るい褐色、琥珀色の瞳は清らかで好ましい人物だった。光が溢れるような笑顔も優しげだ。
「石で遊んでいたの?」

「エリサ様」は屈んでいた体を戻して、師匠に笑顔で続ける。「まだ幼いですから。しきたりなどはこれからゆっくりと、こちらに来て学んでいけば良いのです。」

年長とは言え、大都市の学府で教授を務めるその人物に、師匠は敬意と遠慮を示していた。ぺこりと頷き、目尻に小皺を浮かべた愛らしい独特の笑顔を向けた。

「楽しみな子です。引き取った時から聡くて霊感も強い。こちらで学んで、磨いていただければと。」
「お任せください。秋を楽しみに待っています。」
幼い頃からの師匠、そして新たに師となるらしい若い女性、ふたりの会話を聞きながら、その笑顔と、背後の夕空を見ながら、モアナは先刻頭の中で見たものを反芻していた。何やら不安が湧いた。

淡い水色の法衣姿の若き女性教諭が、一礼した後に去っていく様子を眺めていてもまだ、未来のどこかで起こる何かの風景、人々の様子が頭の中に留まっている。

「まあ、無愛想な子ね、ちゃんと礼儀を示しなさい」
師匠の声に我に返り、既に遠ざかりつつある女性教諭の背中に向けて、軽く一礼をして見せた。師匠、セヴォアが自身の片手を握ったその感触に、幾らか安堵を覚える。

大きすぎる街。巨大すぎる神殿。広くて長い、師を待つには退屈な石の階段。空は美しく、その高みから見える都市の風景は壮観で少しはわくわくもする。けれどやはり太陽は鋭く、石の建物は壮大すぎる。早く森に囲まれたアルピナの土地に戻りたいと感じた。

師匠に手を繋がれ歩くうち、モアナは次第に安心していた。優しげな「エリサ様」を思い出す。
「秋にまたここに来るの?」
師匠は静かに頷いた。
「あの方が新しい師になるの?」
師匠であり育ての母とも言えるアルピナの巫女、セヴォアは口元を緩めてモアナを見下ろし、もう一度頷いた。
「エリサ様が先生よ。アルピナの森の知恵ばかりでなく、貴方には都市の学問を身につけてほしいの」
降(くだ)り続けていた階段もようやく終わり、地上の石畳へ。
師匠の横顔をモアナは見上げた。
「森のほうが、わたしは好き」
「師匠も」
小さく呟くように言うと、セヴォアはくすっと笑い、紫がかった独特の水色の瞳をモアサに向けていた。年を重ねてもいつまでも、愛らしさを残した丸みのある師匠の瞳は、モアナを安心させる。

先刻、見ていた見知らぬ岩山での黒衣の女性たちの姿のことを、ようやく忘れかけたところだった。師匠が足を止め、前を横切る人々に一礼したのに気づき、モアナも立ち止まり俯いた。異様な肌の感覚を覚えて顔をもたげると、はるか高い、大神殿の正面階段の上から見かけた、紫色の肌をした不思議な外見の神官たちだった。

相手はちらりとモアナに視線を返し、目を合わせた。歩みを止めることなく、一行は通り過ぎて行く。その様子を目で追ったが、師匠が姿勢を戻して自分を見やったのを感じて、冴えた銀色のようにも見える青い瞳を見返した。
「どうかした?」
モアナは言葉にならず、湧き上がった不安を口にすることなく、顔を横に振った。

少し黙してから、一行の姿が既に遠くなったのを確かめ、小声で言う。
「あの人たち、あの二人の男の人たち、肌が紫色。それに何だか、顔に鱗が..」
師匠セヴォアは軽くため息を漏らしてから言った。
「ああ、あなたは初めて見るわよね。ディフタルという星系から去年いらっしゃった使者の方々よ。我々とは少し違う肌をしている。とても知性が高く、計算や設計などの技術をポセイディアに提供している。あの方々は神殿で務めを持っているよう。」
「ディフタル…」
深い紫色の巨大な星を、モアナは感じた。「すみれ色の星なの?」
「さあ、どうでしょう。恒星だから明るい星のはず」
師匠は足元の石畳に視線を落とし、返した。
「さあ、神域の玉砂利を戻して。白いのはこちら、黒いのは..」
師匠は周囲を見渡す。既に木立に囲まれ、神殿の建物群もポツリポツリと点在するほどになり、人々の気配も少ない。その森を抜けると、滞在している他国からの客人用の館に通じる。
「黒い石は、あっちね」師匠は言うと、モアナの手のひらで袋をひっくり返して、黒い小石だけを抜き取った。モアナに、白い玉砂利の道の中に小石を戻すように指示して、自身は黒い丸い石たちを手に少し離れた場所にある、同じ小石の敷かれた場所へと足を向けた。

そこは欅の巨木の根本で、なぜかその周辺だけ、黒い小石が敷き詰められていた。モアナは前日ただ無邪気に、通り過ぎざまに石たちを拾い集めていた。白と黒。

セヴォアは軽く投げるように欅の根元に小石たちを返した。少しの刹那を経て、神事の際に起こるような神がかった気配のする強めの風が起こり来て、欅を揺らした。セヴォアは顔をもたげてその気配を見上げ、また目を閉じているようにも見えた。モアナは何故かどきどきと胸が騒いだ。

ああ、黒い石なんて拾うんじゃなかった。師匠の背中を見てただそう思った。

振り返ると、いつもの明るく人懐こい、綺麗な瞳をした笑顔のセヴォアだった。見合ってから、モアナは小走りで側に駆け寄り、手を繋いだ。

滞在する居館に向けて、木立の中の小道を歩き出した。背後で再び、風が欅の枝葉を揺らしているように感じた。

第一章 終わり




第二章 アルピナの祝宴

梢の下の車道を抜けると、草原の広がりと折り重なる丘陵に、羊たちが点々と見える。ひときわ整った形、半円の伏せた椀のような丸みのある母性的な高い丘。その上に、アルピナのマーラ神殿がある。

白鳥座を祀るその信仰は、母なる女神を遠い宇宙、白鳥座に見出す。かつてそこから、この星、テラに降り立った人々が伝えたと言われる伝承によると、桃色の恒星を母とし、その源より授かった桃色の液体の光を、地下の洞窟神殿で温存させ、長い時の間、継承していたという。

遡れば神世の時代。アトラスとともにハシスという大国が存在していた。ハシスは女王により収められる女系国家で、大陸に広がる「内陸と山」の領土を保っていた。アトラスは南北に連なる長大な島や、海路を頼りにした沿岸部の「海と川」により栄える国家であった。

桃色の母神信仰は、両国のいずれにも属さない中間地域に、母なる恒星より齎された光の泉を秘した地下洞窟の内部に、設けられていた。心の病、難病や、通常の医術では治癒できない霊にまつわる病などを、密かに癒すための施療院だった。

例により、他の母神信仰、あらゆる類の信仰と同じく、医術を施し人々を病から救い出すのは神殿の務めのひとつであった。桃色の星、白鳥座の女神の聖所はそのような、人知れず荒野の地下に作られ、存在を知る者でなければ見過ごしてしまうような岩影や、森の木の根元などに入り口が作られていた。秘された存在だったが、やはり「神殿」と呼ばれた。

都市や、集落ごと、または複数の集落をまとめる地域ごとに、白鳥座の神殿と通じる者が居て、代々受け継がれ、心や霊を病む者、毒の後遺症に苦しむ者などが居るとその仲介人が相談を受ける。そして、その者だけが知る桃色の泉の治癒を行う洞穴の聖所、隠された神殿へと患者を案内するという、いつからか自然と出来ていった慣習があった。

数万年前、両国の戦争でハシスが壊滅状態に陥ると、国境地帯も荒れ果てた。冷たい爆発を生み出す破壊兵器が使われ、周辺領域は長い間、人が近づけない危険な踏み入れられぬ禁断の土地となっていた。

悠久、と呼べるほどの遥かな時の流れを経て、その領土はようやく、健やかさを取り戻した。

テラの次元の空気に触れると溶けて消えてしまう桃色のマーラの光は、地下でのみ存在し得るものだった。そのため、ハシス壊滅と「冷たい爆発」の後は、長らく歴史からその存在は消えていた。

現存の、アトラスの後裔国家が各大陸に点在する時代になると、かつてのハシス領内の各地で、地下に湧く桃色の神なる源泉が発見された。地上に持ち出せば消えてしまう、伝説の母なる癒しの泉。人々はそれを運び出しても無駄であると古文献から知っていたため、岩石や石英などを使い、女神の波長を転写し保存、地上に神殿を建て、その中枢に置いた。

そのようにして作られた5つの桃色のマーラ神殿のうち、400年前に3つが併合され、アルピナの丘の上に石の大神殿が築かれた。神殿は丘の内部へと、地下に降りる形で通じていて、かつて実在していたという地下の「泉」を再現しようと人々は熱をもって試みを続けていた。洞穴で発見された泉は、外に持ち出すことは出来ない。一度、岩石に転写した情報を人々は再び、水の光として物質化させようと研究を続けていた。ゆえにアルピナは神殿であり、かつ研究所とも言えた。

アルピナの巫女たちは、他のマーラ神殿、アトラスの主信仰であるイシス神殿の巫女たちとは、明らかに異なるいでたちをしていた。ふんわりと膨らんだ、装飾のある襟や袖が特徴的な、純白の衣装である。頭部には白い頭巾。一目でアルピナ、桃色女神の巫女であると分かる聖衣だった。

アトラス文化圏の政治的中心都市ポセイディアへの旅から戻ったセヴォアは、普段と変わらずにモアナの手を握って、丘の上の主神殿に勤めに出た。壁のない開放的な中央祭祀場は、巫女たちが、円状に並ぶ柱ごとに一人ずつ立ち、中央の司祭長の古老を取り囲む。齢、100歳を超える長老巫女は名をタキリと言った。

人々の寿命は108歳と決まっていた時代。時に、神に選ばれた特別な使命を持つ者がより長く時を刻むこともあるが、それ以外、特別な不運や事情がない限り、誰もが108年の歳月を生きる。タキリは既に107歳の生誕日を迎えていた。

長老の司祭長は自らが彼岸への旅に出るに当たり、後任をセヴォアに託していた。セヴォアは齢、50歳になろうとしていた。司祭長や家長などが代替わりするにはちょうど良い年齢とされた。

7年前に引き取って自ら育てたモアナにとっては高齢の「母」であったが、幼い頃から神殿で育ち、巫女となる定めであることはモアナ自身にも分かっていた。それゆえに「母」というよりは呼び名の通り師匠であり、いずれかと言えば祖母のような、心地よいゆとりのあるセヴォアの養育は、モアナの持ち前の利発さを伸ばし、器を広げようとする意図のもと、愛とともに行われていた。

モアナは、師であり母であり、祖母のようでもあるセヴォアが大好きだった。背丈と同様に小さめの師匠の手、手のひら、指を絡ませて手を握る。何事も「やってごらん」と、最初はモアナの自由にさせようとする。モアナの選択、発想を静かに見届けた後、正しいこと・・アルピナの巫女として正しいあり方、方法を、粛として教え説いていく。

セヴォアは自らが司祭長を継いだ後は、モアナに後継させたいと考えていた。出会った最初から、巫女の素養と、魂の定めを感じ取り、引き取ってきた娘だ。12歳になろうとしていた。

敷石の装飾が六芒星を描く、祭祀場の中心点にタキリが立つ。天の柱を呼びおろし、丘の中央に集まる地の気脈の中へ。天と地の融合。

実際に真下には巨大な煙水晶の「源泉」があり、さらにその真下には研究所が位置する。「源泉」水晶の波動を特殊な水を張った水盤に写し、精妙に音波で水と波動を原材料として具現化する「光の水」を生み出そうとしていた。数十年を経て、まだ実現してはいないが、そこから派生し生まれた多くの「癒しの波長」と転写した秘薬を、病人の治療に実用している。

司祭長と巫女たちが丘の頂上の祭祀場で、天と地と交信する日々の祭事は、実用的な研究を目指す地下の施設にそのために必要な周波数を提供していた。

タキリはセヴォアに司祭長を継承することを宣言し、そのために必要な潔斎期間に入ることを当人に託した。セヴォアはそれを恭しく聞き入れた。

丘の高台から見える丘陵地と羊の白い点々を見渡しているうちに、ふと不安が再び湧き出した。今度は岩山ではなく、その場所、今自らが立っている神殿の丘の、まるで違う風景。神殿の建物が存在せず・・いや、土に埋まっているようだ。まるで隠されているかのように。これは、過去なのだろうか? それとも、未来?

モアナは時折、白昼夢を見る。今まで思ったことのない、その性質への不満、微かな怒りをポセイディアでは体験した。いつになく不安を感じたからだった。今日もまた、おめでたい祝祭の日に、神殿が無くなる風景を見るだなんて。嫌だな、と思いながら、ため息を漏らした。

羽ばたきの音に顔を擡げると、白鳩が群で頭の上を飛んで行った。深く青い、ポセイディアのある沿岸部の乾いた水色の空とは違う、潤った森の国の大気の中、彼らの白い飛翔が横切っていくのを見送る。今降りて来たばかりの神殿の丘の頂のほうへ、群れたちは向かっているように見えた。

視線を元に戻すと、青や紫の花が咲いた庭園の花壇の色彩と、手を掛ける人々の心意気が伝わって来て、癒しを覚えた。

二月後、セヴォアの司祭長就任の祭祀が営まれた。タキリは数ヶ月後の生誕の日に彼岸に向かうための葬送の館に移り、務めを離れた。親族や仕えの人々に見守られながらその日を待つ静かな暮らしに入る。

常世の国への旅立ちに向かう人々は、夕陽のような茜色の装束を身につけて最後の日々を過ごす。その国の人々は神殿の民の白い聖衣、それ以外の民の生成りの麻や木綿の装束で暮らしている。天幕や大理石、石灰岩の建造物や、人々の集まる白い風景の中で、天寿の最後期を迎えた長老がまとう茜色は、神々しく目に映るものだった。

セヴォアの就任式に参列、そしてタキリの彼岸への旅立ちに挨拶するため、周辺地域の村々、アルピナの大神殿の傘下にある各地の小神殿の巫女、司祭たちが麓の村に集まっていた。花輪に鮮やかに染めた色とりどりの布を垂らした祝祭の標(しるし)が、そこここの建物の柱、玄関の梁に飾られている。それらを横目で眺めながらモアナは、セヴォアに告げられた濃い紫と白い花の標で飾られた天幕を探して歩いた。そこには、モアナが引き取られた村の人々が来訪、滞在しているという。

12歳になる頃。アルピナでは大人になる手前の期間として、麓の集落の養成所で学問を収める傍ら、神殿の子は神殿、職人は職人、牧羊は牧羊の、専門の学府で知識を学び始める。医術や研究職なども、見習いとしての勤めと学びが始まる。モアナは幼い頃から既に、セヴォアとともに神殿に出入りし、祭祀の場に参列し、また師である人々から直々に、祝詞や聖典、アルピナの歴史についても学んでいた。

そのためセヴォアは、他の子供たちが中等の学問所と専門職の養成所に通い始めるその年に、モアナをポセイディアでの学びに就かせる事を考え、準備を進めていたのだった。過日、タキリと神殿から遣わされた要件でその大都市に向かう際、モアナを伴い、先方の学府で面談、入門を許可され、担当の教師となるエリサと面会させていた。入学は数ヶ月後である。

秋、ポセイディアでの学びの生活が始まる前に、故郷の村の人々に会っておくように、とセヴォアはモアナに告げていた。

モアナの生まれ故郷、キリコの町はアルピナの神殿から、船で大河の水運に乗り更に内陸へ行く。女権、母権の強い閉鎖的な町として知られ、薬草や医術に長けた女性たちが地鎮や神事を行うことで、生計を立てていた。

男子は周辺の都市から請け負った工業生産の職務で女性たちの社会を支え、母や姉が修める家に仕えた。独自の工学的な知識がキリコの職人には何故か受け継がれていたが、彼らの出自は謎に包まれて、実際に秘されていた。人々は口が固く、その秘密を守ろうという姿勢が揺らぐ事はなかった。

女性たちによる医術と地鎮などの祭祀、その息子たちによる工学の手腕・知識が優れていたため、山村では終わらずに、評判の技術・技能を求めてやってくる人々に応えるうち、キリコは川沿いの港付近まで広がり「町」となった。が、来訪する人々の数を制限するなどして、繁華になりすぎないよう規制し、彼らの特別な知識と技術を守る態度を、頑なに貫いていた。

アルピナ神殿に属してはいるものの、その存在と果たす役割は特殊であり、キリコの工学技術はアルピナの地下研究所に貢献した。また巫女たちの往来も常に有り、神がかった事象や神界からの預言・託宣について情報を交わし、時に祭祀で連動、協働していた。

広大な天幕の中は祝宴の最中で、迷子になりそうなモアナはきょろきょろとしながら、以前からセヴォアを尋ねて来ていた顔見知りのキリコの人々を探した。

「その巻き毛で分かったよ。背が伸びたね。」
深緑の職人装束の見覚えのある顔の若者が、モアナを呼び止めた。キリコの人々は「遠方から来た」、と言われている。肌の色が小麦色で、瞳は褐色や緑がかった黄土色。モアナも半分その血を引いているらしい。自分の容姿はそれほど「キリコらしく」はない。まさしく半分、という感じだ。

確かノル、と言う名の職人の青年を見上げていると、相手は天幕のさらに奥を指差した。
「母たちが君を待ってるよ。探して来いって。」
緑がかった瞳と見合い、モアナは何度か頷いた。
「着いておいで」
早い歩みに、半ば駆けるようにして着いていくと、奥まった部屋にたどり着いた。
親族の女性だけが集まっているような穏やかな話し声が漏れ聞こえるも、モアナの到来を待ち受けているせいか、幾らか緊張感が漂う。

皆、生成りや紺色の装束の上に、紅色の頭巾を被っている。ノルの母である中年女性、その姉妹に見える初老の女性、さらには二人の母で家長と思われる老女が居た。バラの刺繍を施した美しい錦を、紅色の頭巾の上に垂らしている。キリコではそのいでたちは、家長の証であるらしい。

「12歳かい。大きくなったね。」
老女は自ら「ヴァジ」と名乗った後に、側に膝を突き礼を示したモアナの前髪あたりの巻き毛を指で優しく掬いながら、言った。

モアナが頷いて微笑むと、ヴァジ老女は目尻にたくさんの皺を浮かべて、言った。
「セヴォア様に12年前、そなたを預けたのは我ら。我らの一族。」

以前何度か、使いで神殿に来ていたノルとその母とは面識があったが、モアナはその言葉を聞いて、意外に思って顔に現した。
老女は笑い、ますます皺を増やした笑顔を見せてから、
「驚いたかい」と付け足した。モアナは頷く。
老女は、部屋の入り口に近い場所で、遠慮げな位置に立ち様子を見ている、孫にあたる青年、ノルに目を遣ってから、続けた。
「そなたが生まれたキリコの町は、特別な歴史を持っている。我々はみな、遠くから来た者たちの子孫。」
「・・なぜ今、わたしにお話しするのですか。」
モアナは、後ろに立つノルと、側で椅子に座るふたり、そして目の前の老女を交互に見ながら訊いた。

ヴァジ老女はモアナの手を取り自身のほうへ近づけると、もうひとつの手の平をその上に重ねた。琥珀色の瞳でじっと見据えてきた視線に応えて、モアナは幾らかの深刻さを予感しながら、その深い瞳を見返した。

「この子にも椅子を。」ヴァジ老女がノルに告げると、既に用意していた様子の彼は椅子を持って側に歩んで来た。祖母の隣にその椅子を置いて、モアナに座るよう促してから、自身は再び後ろに下がり天幕の入り口で一礼してから、その場を去って行った。

明るい灯明の火が、硝子容器の中で瞬いた。桂皮と柑橘の皮を粉にした香の粉末を、ノルの母親が円卓の上に置かれた香炉の皿に足し入れると、辺りに甘く心地よい芳香が漂った。モアナはその香りに懐かしさを感じながら、同時に師匠であるセヴォアを感じた。

セヴォアが今、自身を案じている。こうして故郷の出自、その町で待ち受けていた何かを自分が…未だ12歳の齢で、受け止められるであろうかと案じている。そんな師匠の想いの気配が、モアナには伝わって来た。

第二章 終わり



この作品は会員制の「ソフィアブッククラブ(ソフィアの図書館)」というサイトで、他の読書記事とともに読んでいただけるよう書き下ろしで不定期配信しています。(現在第五章まで)

このたびは、企画として1・2章をお読みいただけるよう掲載しました。
読んでいただき、ありがとうございます。

また、私はエナジーヒーラーという仕事を18年、してきました。その中では、クライアントさんの過去生として「ジェネシス層」と呼んでいる、古い古い、アトランティス、レムリア、宇宙時代… などの、歴史がヴィジョンや物語として伝わってくるもので、それをひとつの神話体系として整理するという試みをしています。手作り本で、販売もしています。

宜しければ覗いてください。
Love and Gratitude,
Seri Aono

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