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だれでもいいけど/君が良い

 水曜ゲームがある週は楽しくもせわしない。そのことを久々に思い出しながら、昼前になって人通りの増えてきた空港内のカフェで、私はスマホを充電しながら抹茶フラッペを啜っている。
 沖縄行きの飛行機が飛ぶのは14時過ぎで、まだ3時間もある。今夜沖縄アリーナのナイトゲームに間に合うギリギリの便だ。なんとまあ賃労働者(それも子持ちの)としてのかつての常識からすれば信じられないことに、私ははるばる沖縄までバスケを見に行こうとしている。

 今季現地観戦は、第2節ホーム群馬戦GAME2⚪︎、第4節ホーム仙台戦水曜ナイトゲーム⚫︎に続き3回目になる。子供を連れて行くと長時間の試合に耐えるのがまだキツいので、土日よりも平日夜に一人で出かける方が楽しめる。夜の数時間不在にするだけなら飲み会と変わらないので家族にも頼みやすい…そんな計算も働きつつ、沖縄行きの直接の後押しになったのは、澁田選手がファンクラブのインスタライブで、沖アリ観戦を強くお勧めしていたことだった。初めて選手のファンクラブに入ったばかりのウキウキも手伝って、気づけばその前後に職場が超繁忙期になりそうなことから意識をそらしつつ、エイヤーと飛行機のチケットをポチっていた。

 後先考えず飛行機とホテルを確保してからのちの2ヶ月は、予想以上にめちゃくちゃな繁忙期だった。プライベートでは遠足、運動会、習い事の発表会と子供イベントが複数重なり、毎年この時期はただでさえ気忙しい上に、配偶者は出張でほとんど毎週末不在、子3人抱えて数日間のワンオペも久々にやりました。。一番上が中学に上がり、一番下は小学生と未就学児もいなくなり、巷では時短勤務の対象から外れるすなわち子育てが多少楽になるとされる状況ではある、が、しかし。諸先輩方から伝え聞く通り、中学に入って給食がなくなり、複数の学校のスケジュール管理、参観日面談部活体育祭文化祭その他諸々イベントをこなさねばならず、楽になることなど決してないのである。さらに職場のオフィス移転と展示会が重なって(当初予定していた繁忙期はこれ)、久々に仕事が立て込んで残業がかさみ、追い討ちをかけるように上司と対立して折り合いも悪く、嘴の黄色い小娘でもあるまいしと平静を保とうとしたところでやはり気持ちは沈みがちに。一時期はどのSNSも触る気にならない日が数日続いた。中毒に片足つっこんで久しい身としてはこれはかなり重症だ。

 そんな殺伐とした毎日の潤いになるのが毎週末の試合と言いたいところだけど、どうも気持ちが上がりきらない日が続いた。いや、ハンナリーズは強い(多少負けたって去年鍛えられたから全然大丈夫)。初っ端から連敗が続いた昨シーズンよりも格段に勝てているし、負けた試合も素人目に粘れているものが多く、面白い。なのに10月末まであまり気持ちが乗らなかったのにはいくつか理由がある。

 本当はどんな遠い席でもいいから全ホームゲーム参加したいところだけど、諸事情によりバスケにばかり時間を割いていられないこと。バスライを見れば最前列が定位置の常連さんや、ホームでもアウェーでもよく顔の見えるお客さんがちらほら目につく。生活とお金をどんなふうにやりくりしてるんだろう。もし自分の稼ぎと時間を趣味に全振りできたら…。いや、がんばればアリーナ前列の良いチケットをとれたり、平日に沖縄弾丸遠征旅行に行けている時点で、すでにあらゆる面で自分がかなり恵まれた側なのはよくわかっている。流石にSNSでもカッコ悪くて・申し訳なくてこんなことは書けないからここで書く。要はないものねだりだ。上を見ればキリがない。

 もう一つが澁田選手だ。断じて自分の気分を彼のせいにするつもりはないけど、気がかりというか心配というか…つまり第4節の仙台戦まで、澁田選手のプレータイムがほとんど伸びなかったことが、チームの成績以上に気になっていた。PGは昨シーズンも競争の激しいポジションだったのに、ベテラン&元スティール王の肩書を持つ川嶋選手がやってきてタイムシェアはますます過酷に。二番手として流れを変えるべく投入されても、気合いが空回りしてかミスして下げられてしまうシーンも目立った。また川嶋選手がめちゃくちゃ良いもんだから、どうしても他の存在感が薄くなってしまう。もしかしたら今シーズンはこのまま、シーズン通してずっとベンチの試合ばかりになってしまうのかもしれない…などと早々に・勝手に諦めのような気持ちが頭をもたげてきて、それも辛い。ファンクラブのインスタで「プレータイムを勝ち取れるようもっと頑張る」と意気込んでいるのを見るとなおさら。

 そんな気分がいくらか払拭されたのが10月後半の仙台との水曜ゲームだった。出場16分、8得点の活躍だった。シーズン初勝利を渇望する仙台を捉えきれず黒星となったものの、澁田を起爆剤にした終盤の追い上げは楽しかった。この日ちょっと奮発した良席でビール片手に観戦した私は、負けてガックリしつつも、コートを走る推しに思い切り声援を送ることができたことに、久しぶりの充実感を感じることができた。「吹っ切れた」「いいきっかけになるような試合だった」とは、その夜インスタでの本人談。コメント欄には活躍を待ちかねていたファンの祝福コメントが溢れた。(もちろん私も書きこみましたよね。昨季終盤ベンチから外れて以来ずっと待ってたもんよ。)

 そうは言っても、そんなに急に状況が変わることがあるんだろうか。

 応援している選手の奮起をまだ信じきれずにいる信心の足りないファン(私)の横っつらを張り倒すような活躍を、澁田君は続く渋谷戦、茨城戦でも見せてくれた。単にシュートタッチが良いだけにとどまらない。外からのスリーも、ドライブからの得意のフローターも積極的に打って得点に繋げていく。澁田選手が流れを変えているのがわかる。「スタッツに残らない部分」とか「エナジーを与えてくれた」とか、そんな定型文はもう聞き飽きたわい!と言わんばかりのオフェンシブなプレーで、なんかもう、溌剌とコート走る姿が光り輝いている。

 “きっかけを掴む“ってこういうことなのか。逆に今までプレータイムを得られなかったのも、ほんの少し何かが足りなかったり、機が熟してなかっただけなのか。勝負の世界で切磋琢磨している人たちには、当然こちらからは見えない部分や、常人には計り知れない何かがあるのかもしれない。茨城戦GAME2後の岡田侑大のコメントがまた泣けるじゃないか…この二人は同学年でおそらく10代の頃から見知った仲のはず。どんな関係なのかあまり窺い知れないけど、お互い信頼しあえている様子が垣間見える。
 澁田君を応援してきてよかった。(ファンクラブ運営の動きがこれまであんまり…よくなかったのもあって…いやいや最近になってやっと追いついてきましたから、これから頼むよ…)少し前までファンクラブ、そろそろ辞めどきかなとさえ考えていたくせに本当に現金だけど、そう思い、思わせてくれた澁田選手に感謝した。

 ファンクラブに入ってるくらいなのでまぁ有り体に言って澁田選手が私の推しなんですけど、正直言えば、はじめは誰でもよかったのだと思う。そしてこないだまでの自分がそうなりかけていたように、ファンはいつでも"降りられる"のだ。("降りて良い"とも言える。)彼らが彼ら自身をやめられず、私が私をやめられないのとは違って。
 『君じゃなきゃだめなんだ』なんて、そうそう起こる奇跡ではない。地元のチームだからとりあえず応援してみた。元気がよくて目を引く選手の名前をまず覚えた。そこから悔しさや嬉しさを共有して、人となりを知って、既成事実の積み重ねが愛着を生むということが今はよくわかる。澁田選手だけじゃない。スキャンダルの話が先行してはじめ白い目で見ざるを得なかったエース岡田も、得点に結びつくようなプレーよりもディフェンスが得意でどちらかと言うと地味な小西も、選手全員の良さが今はわかる。自分の力が全然及ばない相手に、必ずしも完全無欠の超人でも善人でもない他人に、愛着と呼ぶしかない気持ちを持っている。

 10月半ばまでは飛行機キャンセルするか割と迷っていたけど、とっておいてよかった。沖縄アリーナでバスケを見るのも楽しみだし、今の澁田君とハンナリーズを身軽に思いきり応援できるのは最高の贅沢だ。

 沖縄への出発前、迷った末にカバンに入れてきたのは去年買った24番(ラッシー)のユニだ。今シーズン買った澁田のオーセンは置いてきた。「次」はラッシーだからだ。ずっとベンチにいて、勝ち試合のあとのハドルが映った時の顔は、チームの勝利を喜びながらいつもどことなく悔しそうに見える。彼が去年の茨城戦で大活躍した時に見せた笑顔はずっと忘れられない。私はあの顔がまた見たい。
 敵地、もといW杯からバスケ観戦にハマった私にとっての聖地に乗り込む本日の出で立ちは、34の文字がデカデカと入ったトート(選手行きつけのお店のやつだ)に澁田のファンクラブ会員証バッジ、ユニベアはラッシー、リストバンドはゴリさんとジェロ、タオルはJとサトルを持ってきたのでめちゃくちゃ節操ないファンになってしまった笑。
 みんな怪我なく頑張って、心から笑ってほしい。いい試合が見られますように。


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