スタートアップ紹介⑧「Somite Therapeutics」
本記事の概要
Somite Therapeuticsは、シングルセルRNAシーケンシングデータや遺伝子発現データベースを用いて、幹細胞の挙動をシミュレーションする「デジタルツイン胚」技術を活用し、iPS細胞から特定の細胞への分化誘導プロトコルの最適化を行っている。
対象疾患は糖尿病、筋ジストロフィーなど。
2024年9月現在、$10.1Mの資金調達に成功している。
*こちらの記事は貼付のURLの記事や各種ウェブサイトを参考に作成しております。
Somiteの企業概要
設立年:2023年
所在地: Boston, MA, USA
ファウンダー:Allon Klein, Cliff Tabin, Jonathan Rosenfeld, Micha Y. Breakstone, Olivier Pourquie, Jay Shendure
事業概要:AIを活用した細胞医療製品の開発
累計調達額:$10.1M
総額$10.1Mの調達に成功
2024年4月に$5.3Mを調達後、2024年9月にはAstellas Venture ManagementとMontage Venturesの参加により、さらに$4.8Mの追加調達に成功し、総額$10.1Mの資金を確保している。
$10.1Mの資金については、Somite社のAIプラットフォームであるAlphaStemを訓練するためのデータ作成を迅速化し、SMT-M01を臨床に向けて前進させ、代謝障害を治療するために褐色脂肪細胞を使用する第2の臨床プログラムSMT-B01を開始し、低免疫細胞株の研究を開始するために使用されるとのこと。
iPS細胞から目的の細胞へ分化誘導する場合の課題
分化誘導の課題例
不完全な分化誘導
分化誘導条件下で培養しても、完全に目的の細胞型に到達しない場合があり、その結果、細胞の治療効果が限定される可能性がある。
未分化細胞の混入
iPS細胞から特定の細胞へ分化誘導する過程で、未分化細胞が残存する場合があり、腫瘍形成のリスクを増加させる可能性がある。
プロトコルの再現性の低さ
同じプロトコルを用いても、分化誘導に適した因子が特定されていない場合、分化効率にばらつきが生じ、再現性が低くなる。
プロトコルの最適化の困難さ
発生過程を模倣して適切なタイミングで分化誘導を行うために、多くの因子の導入が必要であり、そのタイミングが非常に複雑。
実体験に基づく分化誘導の難しさ
iPS細胞は一見すると均一な細胞集団のように考えられているが、実際には遺伝子発現レベルなどで違いが生じ、様々な状態の細胞が混在している。この不均一性により、同じiPS細胞株を使い、同じ分化誘導プロトコルを用いたとしても、実験ごとに目的の細胞への分化誘導効率が大きく変動する。
iPS細胞から目的の細胞へ分化させるためには、生体内の発生を模倣する必要がある。そのためには、分化誘導に必要な成長因子などを適切なタイミングで適切な量を培地に添加する必要がある。発生研究が進んでいる細胞種であれば、最適な成長因子などの添加タイミングや量はある程度特定されている。しかし、目的の細胞への分化誘導プロトコルが確立されていない場合、どのような成長因子をどのタイミングで、どれくらいの量を培地に添加するかなど、試行錯誤しながらプロトコルを構築および最適化する必要がある。
このように、iPS細胞が不均一な集団であること、そして分化誘導に最適な成長因子などとその添加タイミングおよび量を見つける必要があることから、再現性の高い最適な分化誘導プロトコルを確立するのは非常に困難である。
Somite Therapeuticsのソリューション
Somite TherapeuticsはどのようにしてiPS細胞から目的の細胞への分化誘導プロトコルを最適化しているのだろうか?
AlphaStem Platform
分化誘導プロトコルのデジタルシュミレーション:デジタルツイン胚
Single cell RNAシーケンシングデータ等から実際の胚の発生と行動を反映した計算モデルを構築し、細胞の遺伝子発現パターンから分化経路や動態を予測。
デジタルツイン胚技術を用いて、実際の細胞分化プロセスを仮想空間内で詳細にシミュレーションし、最適な分化条件を探る。
細胞の状態遷移や遺伝子発現の変化を再現し、分化プロセス全体を詳細にモデル化している。
シミュレーション結果を用いて、異なる実験条件での細胞の反応を仮想的に試すことができることで、実験前に最適なプロトコルの開発が可能となる。
デジタルツインの解説
ーデジタルツインとは?ー
物理的なオブジェクトやプロセスをデジタル環境内に正確に再現した仮想モデルのこと。現実の世界で実験を行う前に、仮想環境でその結果をシミュレーションし、様々なシナリオを試すことができる。
デジタルツインの役割とプロセス
データの収集
現実の物理的なオブジェクトやシステムに取り付けられたセンサーやデバイスから、様々なデータをリアルタイムで収集。例えば、機械の動作状況、環境条件、性能データなどが含まれる。
デジタルモデルの構築
収集されたデータを基に、物理的なオブジェクトやシステムの正確なデジタルモデルを作成。このモデルは、現実世界のオブジェクトの構造、動作、機能を詳細に再現し、リアルタイムで更新される。
シミュレーションと予測
デジタルモデルを使用して、仮想空間でオブジェクトやシステムの動作をシミュレートし、異なる条件やシナリオ下でのオブジェクトの動作を予測するために使用され、将来のパフォーマンスや潜在的な問題を予測するのに役立つ。
データ分析と最適化
デジタルツインを使用することで、実際のデータとシミュレーション結果を比較し、性能の最適化、予防保全、問題の早期検出などの改善策を導き出すことが可能。
Somite Therapeuticsによるケーススタディ
筋サテライト細胞(MSCs)の分化誘導の最適化
iPS細胞から筋サテライト細胞(MSCs)への分化誘導は、従来の胚発生プロトコルでは細胞純度が25%にとどまっていた。
デジタルツイン胚とscRNA-Seqデータ解析を組み合わせた結果、MSCsの分化に重要な特定のリガンドとシグナル伝達経路が新たに特定された。
この発見を基にプロトコルを最適化したところ、75%の純度でヒトMSCsが得られる培養系が確立された。
これらのMSCsは機能性が高く、マウスの筋肉損傷部位で筋再生と筋力回復を示した。
褐色脂肪細胞(BAs)の分化誘導プロトコルの開発
デジタルツイン胚とscRNA-Seqを活用し、マウス胚の発生過程を時系列で解析した結果、GATA6を発現する新たな褐色脂肪細胞(BA)前駆細胞が発見された。
この知見に基づき、iPS細胞からGATA6陽性BA前駆細胞を経由して褐色脂肪細胞への効率的な分化プロトコルが開発された。
生成された細胞は、効率よく機能的な褐色脂肪細胞へと分化することが確認された。
エナメル芽細胞の分化誘導プロトコルの開発
デジタルツイン胚技術を用いて、ヒトの歯の発生過程をscRNA-Seqデータで解析し、空間的アトラスを作成した。
その結果、エナメル芽細胞の分化に関与する重要なシグナル経路が明らかになった。
これに基づき、iPS細胞からin vitroでエナメル芽細胞を生成するプロトコルを開発した。
得られたエナメル芽細胞はin vivoで成熟し、石灰化組織を形成することが確認された。
所感
筆者もiPS細胞から特定の細胞への分化誘導プロトコルの開発に関わっていた経験があり、分化誘導プロトコルの開発が非常に困難であることを実感している。特定の細胞に分化させるカギとなる遺伝子(主に転写因子)が見つかっていても、その遺伝子の発現タイミングや発現量、また関連遺伝子の制御をin vitroの条件で再現することは非常に難しい。また、分化誘導後の評価も含めると、現実的に試行可能なプロトコルは限られてしまう。このようなプロトコルの最適化には多大な時間と労力が必要だ。
現在、iPS細胞は異なる体細胞種(血液、皮膚、など)から樹立されてきており、各iPS細胞が分化に対して異なる挙動を示すことが示唆されている。新たに樹立されたiPS細胞株への変更が生じた場合、分化誘導プロトコルの再構築など、研究開発自体が振り出しに戻ってしまうという大きなリスクが存在する。
これらの課題に対して、Somite Therapeuticsの技術は非常に有用だと考える。AI技術を用いることで、発生過程を模倣した分化プロトコルの候補を優先的に試すことができ、従来の試行錯誤によるアプローチよりもはるかに効率的な実験が可能になるだろう。特にSomite Therapeuticsの「デジタルツイン胚」は、発生過程における遺伝子発現のパターンを模倣するため、分化誘導の精度を飛躍的に向上させると期待される。
AIというと「新しいものを発見する」ツールというイメージを抱きがちだが、実際には「専門家の効率化をサポートする」ツールだと考えるべきである。AIの活用には、専門分野の深い知識が不可欠であり、Somite TherapeuticsでもAIのエキスパートだけでなく、発生学のエキスパートがプロトコル開発に携わっている。AIが提示する結果をそのまま受け入れるのではなく、その結果が適切かどうかを判断する専門的な目が必要だ。AIの出力に対して批判的な思考を持ち、実験計画に活かすことが重要だろう。
さらに、AIの性能を最大限に引き出すためには、インプットされるデータの質が重要である。データの質が低ければ、AIが出す結果もそれに応じて質が下がるため、データの選定や取り扱いには高度な知識と経験が求められる。
結局のところ、AIは今まで時間のかかっていたプロセスを効率化し、研究を加速するためのツールに過ぎない。しかし、AIと専門的な知識、経験を組み合わせることで、これまで到達できなかった新たな答えに早くたどり着くことができるだろう。そしてそれは、細胞治療の開発のコスト削減にも大きく寄与するだろう。細胞治療など、基礎研究にコストがかかる分野における一つの課題は、長期的に投資を続ける製薬会社や投資家がいなくなり、市場からの興味がなくなってしまい、その分野の科学技術の発展も遅れてしまうことである。Somite Therapeuticsのような技術の導入により、臨床試験までの時間の短縮と基礎研究コスト削減が実現することで、細胞医療分野に注目と期待が集まるだろう。
Somite Therapeuticsの技術は、今後、分化誘導プロトコルの構築において「基礎モデル」として重要な役割を果たすと期待している。AIを活用することで、細胞治療研究・開発がさらに加速し、多くの難病の治療につながる可能性がある。