ルロイ修道士
ルロイ修道士という修道士がいたことは覚えているけれども、その修道士が何をした人なのかは全く覚えていない。
そして修道士がどういう役職なのかも全く理解していない。
国語の教科書に出てきた物語のような気もするが、そうじゃないような気もする。
そうじゃないとしたら、俺はいつリロイ修道士と出会っているのだろうか。
あれは、6年前の夏。
大学生だった俺は、アルバイトとして夏休みの間だけ塾講師をしていた。
担当したクラスは中二。
すでにしっかりと受験を意識しているというほど、優秀なクラスでもなかったので、どこか穏やかで夏休みの遊びの一環というような雰囲気の時間を過ごしていた。
1日三教科、国語、数学、英語という順番で1時間の授業をして解散する。
それを週に四日間。
全く夏休みだというのに、学校とたいして変わらない時間を過ごしているんだなぁと、感心する気持ちと、かわいそうだなと思う気持ちが心の中に生まれていた。
夏休みの最後の週に今までの総決算としてのテストをして、クラス全体がある程度の結果を残せた。
俺自身、学生たちと良い関係性を保ちながら、教師としても一定の結果を出せたことに良い達成感を覚えていた。
生徒たちも俺のことを信頼してくれて、夏休みだけで別れるのが寂しいと口々に言ってくれた。
そんな俺たちの別れの寂しさを察してか、塾長から、1日だけ生徒と先生という関係を忘れて楽しく遊ぶ時間を作っても良いという許しが出た。
大学生の兄さんと、中学生の数人が夏の思い出を作る許可が出たのだ。
ちょうどその週末に市内で大きめの花火大会があった。
クラスの10人のうち、6人が俺と一緒に花火大会に行くことになった。
俺だけではなく、同じくひと夏の塾講師を体験していた大学の同級生のハマダも一緒だった。
ちなみにハマダは俺と同じ生徒たちに、社会と理科を教えていた。
2人の大学生と、6人の中学生という若干異質ではあるが、まるで親戚の集まりのように楽しげなグループは、川辺の花火が綺麗に見える位置にブルーシートをひき、花火を待ちながら、夏の最後の雰囲気を楽しんでいた。
かき氷を食べるやつ、チキンステーキを食べるやつ、ヨーヨーを掬うやつ、輪投げをするやつ。
それぞれが祭りを満喫していた。
お金は全部俺たち大学生持ちだったから、多少財布も心配ではあったが、夏の間でしっかり働いたことと、楽しい時間を過ごせていることで、お釣りが出るくらいの満足度だった。
あの瞬間までは。
「あれ、野本は?」
ハマダがそう言ったのは、花火が打ち上がる5分ほど前。
花火が上がる10分前までにはブルーシートに集合して皆で待機しようと決めていた。
その時間になっても、中学生の1人である野本の姿が見えなかった。
他の生徒に聞いても一緒にいなかったということだったので、俺は1人野本を探しに行くことにした。
もしも他の生徒だったらそのまま待っていたと思う。
野本の場合は携帯を持っていなかったということと、そしてクラスで一番、いや、その年代の中学生の中でも相当な度合いの落ち着きのなさだったので、もしかしたら何かに巻き込まれているのではないかと嫌な予感がしたのだった。
さすがに人混みの中から中学生1人を見つけるというのは至難の技で、なかなか野本の姿は見えなかった。
待ち合わせ場所に戻ってきたら連絡をくれるように伝えていたのだが、俺の携帯には連絡がない、ということは野本はまだどこかにいる。
ずっと探し続けた。
ふと思い当たる場所があった。
「俺花火を見る穴場知ってるんだぜ。」
野本がそう言っていたのを思い出した。
危険が伴うからそこはやめることにしたのだが、野本は近くの山の上から毎年花火を見ていたらしく、そこは人の少ない穴場だったというのだ。
周りのことが見えていない野本なら、1人そこに向かってしまっているに違いない。
俺は走った。
嫌な予感がしたからだ。
花火大会当日は午後過ぎくらいまで大雨が降っており、中止になる可能性もあったくらいだった。
雨が上がり天気が良くなったとはいえ、大雨の影響は随所に見られていた。
そして、整備の行き届いていない山の中となればさらにであろう。
大丈夫、大丈夫。
そう心に言い聞かせながらとにかく野本が言っていた場所まで急ごうと思った。
人混みをかき分け、山の麓につき、真っ暗な道をただ駆ける。
何度も滑り、転びながらなんとか例の場所まであと少し。
その時、
足元に何か変ん感触があった。
何かを踏んだ。
ゆっくりと足元を見た。
人だった。
悪い予感が的中した、雨で足元が悪くなった山道で、野本が足を踏み外してしまったのだ。
「おい野本!しっかりしろ野本!」
「うーん、うるさいなぁ。ん?あれ、あもうこんな時間じゃん。花火始まっちゃうよ。」
野本じゃなかった。
知らない人が寝転がっていたみたいだ。
「ん?ていうかお兄さん誰?僕のこと起こしにきてくれたの?」
「あ、いやすみません。人違いで。」
どういうことだと思いながら、ふと携帯の画面に目をやる。
するとハマダからの写真付きのメール。
「さっさと戻ってこいよ。始まるぞー」
野本も含めた全員が集まっている写真だった。
メールも確認せずにただがむしゃらに走り続けていた。
「よかったぁ」
とにかく安堵が大きかった。
最悪の事態を免れたからだ。
「てか、まさか俺以外にもこのスポットを知っていた奴がいたなんてびっくりしたよ。おにいさん、名前は?」
「あ、ルロイです。ルロイ修道士です。」
「そうか。俺は大島。仲良くやろうな。」
修道士って、塾講師?
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