夜はどん底
(日記)
好きだよ結婚しようって何度も言ってきたくせに、結局付き合おうとは一度も言ってくれなかった人が、他の人と付き合い始めたことを知る。
もう随分前になるけれど、たしか、あなたの思想とか好きなものとか生活とか、もっと知ってから返事をさせてほしい、って言ったわたしの、それは私なりの誠実さだったのだけど、拒絶に見えただろうか、それとも最初からべつに私じゃなくてもよかったのかな、なんて思う。
思えば今年、恋人のいない夏を過ごすのは9年ぶりで、なのに最初の夏以来、愛してるなんて言われたことがない。
去年の夏わたしの彼氏であった人は、当時、飲み会で「〇〇ちゃんのどこが好きなん?」みたいな弄りをされていて、話が合うところ、気遣いができるところ、みたいなことを答えてて、私はそれをヘラヘラしながら聞いていた。ほんとうは話だってけっこう合わせていたし、会う度気を遣ってしまうから、デートの翌日は寝込むことも多かった。
何より、それって私じゃなくてもいいんじゃないかな、って気持ちが大きくなって、次に二人で会った時つとめて明るく、私の本当に好きなところどこ?って聞いた。彼は飲み会で答えたのとおんなじようなことをモゴモゴと答えて、答えた後に、私を抱きしめて、胸を触りながら、「あと、体型」と言ったのだった。
わたしは私の肉体が嫌いで、でも精神的な繋がりだけで選ばれるほど魅力的な人間でもない。
女の子だからマシな待遇を受けていて、だから、きっと、どうしても寂しくなったら、望めば誰かの肌に触れて眠ることくらいはできる。そんな立場で「自分は孤独だ」なんて言うのは傲慢だと思う。
言葉や勉学はわたしにとって唯一孤独さから逃れて闘える場所だった。言うほど頭は良くはないしセンスも甲斐性もないのだけれど、恋愛や人間関係と違って、ペンは不細工にも平等に持てる。
小学校の時、クラスみんなでドッヂボールをしましょうの声を無視して図書室に篭っていたのは、だからやっぱり正しかったと思うことにしてるし、親が私の背中を蹴ったり押入れやベランダに閉じ込めたりしながらも勉強をさせようと躍起になったのは、多分この容姿で生まれた娘の将来を憂いてのことなのだと、辞書で殴られたときに歪んだ何かを、そう思って受け入れることにしている。
いまは毎日真面目に生きることでしか、前借りされた恩も返せないし、自分にできることは他にないって思って、必死に揃えた単位は3年終了時点で158単位、数はとっくに満たしてるのに、卒業要件のルールがあんまり分かっていなくて、気付いたらなぜか留年一歩手前に立っている。ビョーキなのかもしれない。
親の意向もあってなんとなく女子大に通っているけど、もともと男嫌いどころか精神的に恋愛依存気味の私は、「彼氏いない歴=年齢のうちらやばくない?」みたいなこと言いながら恋に恋して現実の男性を過剰に見下したり嫌悪したりしてるような子達のことも、逆にマッチングアプリや合コンで女子大の名を巧みに使って花盛ってる子達のことも、あんまり理解できなくて、結局すこし、すこし浮いてる。
だから高校の時の女友達を恋しく思っていたけど、久々に会った彼女らは、知らない男とのセックスや浮気の話をするようになってた。
そういえば、中学の時ハブられて教室に居られなかった私の心の支えになってた先輩は、今ではTikTokのフォロワー1万人の女と付き合ってるらしい。止せばいいのに私はその子のアカウントを、閲覧垢でこっそり覗く。東京の女子大生です、03line、「顔面国宝!」「可愛いの塊!」なんて言葉が並ぶコメント欄、フィルムカメラ風の他撮りとディズニーランドの思い出、夏フェスで広げるタオル、ヤングスキニー、マルシィ、Mt.ふぉるて、髭男、ONE OK ROCK、My Hair is Bad、マカロニえんぴつ、Saucy Dog。そのうちクリープハイプ、あいみょん、ZOC、ヨルシカ、yonigeの曲まで入った「邦ロ好きが選ぶ〇〇選」に、ひらいて/大森靖子の文字が入ってるのを見た瞬間、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す!って気持ちでいっぱいになって、気付いたらスマホを壁に投げつけて、泣きながら腿の傷を増やしている自分がいる。
こんなわたしは間違いなく、世界で一番醜いと思う。ごめんなさい。
なりたかった顔も身体も綺麗な女の子にはずっとなれなくて、その上、その劣等感からくる卑屈と人間不審が精神までも濁らせている。
TikTokで流行りの音楽や自分の顔を消費して、そうやって得られる好意になんの疑問も持たないことも、「世の中はやく見つけなよ私のこと」って言葉と共に自撮りを載せられるその図太さや傲慢さのことも、わたしは内心馬鹿にしながら、なのに羨ましくて仕方がない。
むかし「君のことを見てると知恵ちゃんを思い出すよ」って言ってくれた人がいた。
でもね私、ほんとは何もわかりたくなかった。
何もわからないままニコニコと笑っているだけで愛されたかった、付き合うとか付き合わないとかはどうでも良くて、ただもう一人で生きていかなくていいって、だから何も考えなくていいんだよって、頭をわるくしてもいいんだよ、って抱きしめていてほしかった、ほしかったんだよ。
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