個人のwillこそが、企業の“想定外の未来”をつくる|企業研修「SOTEIGAI」を知る【前編】
NPO法人青春基地(以下、青春基地)は、「教育の再定義」をミッションとして、全国の公立高校を対象に、PBL型の授業づくりをしたり、学校改革をしかけたりしています。公立高校を舞台に、地域の大学生・社会人・企業など多様なメンバーが参画。学校内部の変化もさることながら、参画した外部の人々にも想像以上のフィードバックがもたらされる刺激的な活動が特徴です。
その青春基地が、企業研修プログラムとして「プロジェクトSOTEIGAI」を立ち上げて2年が経ちました。“公立高校をフィールドにした企業研修”という他にはない取り組みはどうやって生まれたのか? その意味と広がりを、青春基地の代表と社会人プロボノ(※1)に伺いました。
※1 プロボノ(Pro bono)とは、民間で働きながら、それぞれの関心や、知識やスキルをいかしてソーシャルセクターに参画するボランティア活動のこと。
インタビュイー紹介
●写真中央:石黒和己(いしぐろ・わこ)
NPO法人青春基地代表理事。1994年愛知県生まれ。2015年学部時代に青春基地を創設。中高時代にシュタイナー教育という教科書も試験もない自由な教育をうけたことを原点に、公教育の学校改革を通じて、未来の学校づくりに取り組んでいる。2017年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。2020年、東京大学教育研究科修士号取得。
●写真右:桑原正義(くわはら・まさよし)
リクルートマネージメントソリューションズ主任研究員。新人若手育成を専門領域とし、“個を生かす”を研究テーマに、これからの時代の育成や学習手法の研究開発に取り組む。青春基地には2018年秋から社会人プロボノとして関わっている。
●写真左:古屋晃司(ふるや・こうじ)
エプソン販売株式会社人事部育成採用チーム。青春基地には2018年5月から社会人プロボノとして関わっている。
企業研修のための「プロジェクトSOTEIGAI」とは?
――研修名がユニークですね。一言でいうと、どのような研修なのですか?
石黒 ”will”と呼んでいる、一人ひとりの興味や関心をもとにプロジェクトを企画し、アクションして生まれる出会いや経験のなかで、会社組織の中では得にくい学びや力を育んでいくようなプログラムです。
私たちの団体のビジョンとして、「生まれ育った環境をこえて、一人ひとりが想定外の未来をつくる」を掲げているのですが、「想定外の未来をつくる」というのは、すごく大事な言葉だと思っています。「学び」の本質は何かと考えたとき、ひとは誰しも生まれ育った環境や今置かれている環境に左右されるところがあると思いますが、学びとは、そこを超えていける新しい人や世界、そして自分自身の可能性と出会える契機だと思うんです。自分のwillと向き合いアクションすることで、「どうせ私なんか」「どうせ無理」という考えをこえて、思ってもみなかった”想定外の未来”をつくることができるということを届けたいと思っています。
――企業研修というと、会社から必要とされるスキルを習得する場というイメージがありますが、個人のwillに焦点をあてているのですね。
桑原 企業のニーズが変わってきているということがあります。私はいろんな企業の研修をお手伝いしていますが、従来の「会社に適応する」から、「ひとりひとりの持ち味や多様性を生かす」にシフトしている企業が徐々に増えているんですね。VUCAと言われる正解がなく不確実性の高いビジネス環境の中で、一人ひとりの個性を生かし創造性を発揮していく必要性が背景にあります。この流れは今後確実に強まっていくので、そういう志向のある企業にはぴったりなプログラムだと思います。
古屋 「will(意志、願い)・can(できること)・must(しなければならないこと)」というフレームワークがあるんですが、多くの企業ではまずcanとmustが求められ、willはいちばん後回しになっているのが現状です。だから、「あなたのwillは?」と尋ねても「チームの目標達成です」という「それは、本当に“あなた”のwillですか?」と確認したくなるような答えが返ってきてしまう。もちろん、本人にはそれが苦しいという意識はありません。
企業としても、個人のwillをどう生かすかは重視したいポイントです。企業側がレールを用意できれば良いですが、新しいレールをつくるハードルは確実に上がっており、一人ひとりのwillから価値を生み出す必要性が増しているからです。
このプログラムは、はじめから見えている課題を扱うわけではありません。私たちから見ると個人のwillをもっと掘り起こしたほうがいい状態でも、企業はそれに気づいていないことがあります。個人は個人で、このプログラムを体験してはじめて「自分のwillにフタをしていた」ことに気づく。そういったある種の“わかりにくさ”をふまえて、企業のニーズと個人の潜在的な感覚をどう扱っていくかがポイントだと思っています。
――なるほど。「青春基地」は、学校現場に大学生や社会人が入っていくことで、学校や生徒に変化をもたらす活動を続けていますが、企業研修という分野に進出したのはなぜですか?
石黒 青春基地で取り組んでいることは公教育だけでなく、企業人にとっても大きな学びに繋がっていると気づいたからです。
きっかけは、3年前くらいから社会人がプロボノとして関わってくれるようになり、学校の課題と社会の課題が共通していると気づいたことです。やらねばならないMustに追われ、主体性や創造性が失われていること。結果的に一人ひとりの自己肯定感や幸福度が下がってきていることなどです。
最初は学校の課題は特有のものだと思っていたんですが、その構造や現象は実は社会のあちこちにあることに、プロボノのメンバーと話しをする中で気づかされました。プロボノ自身が、そういった構造や現象に由来する課題に日々悩んでいるわけです。構造的に似ているけれどテーマが違うと、課題に向き合いやすくなるんですね。それで、学校の課題に触れることは、社会人の学びにも力になると感じました。
学校や高校生をサポートする社会貢献としてだけでなく、それぞれのプロボノが持っている仕事上の課題と照らし合わせ、自分自身のために楽しんで学んでいる姿を、最初は不思議な現象だと受け止めていました。学校は、大人にとってもたくさんの発見や変化がもたらされる場だということに、その姿を通して気づかされた感じです。
それと、学校の中に“社会”を持続的に持ち込む方法を見出したかったというのがあります。学校や高校生と社会との接点をつくりいかに学校を開かれた場所にできるか取り組んできました。それと同時に、「学校や生徒の力になりたい」という大学生や社会人が思いのほか多くいることも分かってきました。でも、学校を変えるために力がほしい学校と、力になりたいと思っている人の接点はほとんどない。その懸け橋になれたらと思ったんです。
――社会人プロボノがもたらしたものが大きかったのですね。
石黒 それまで、青春基地は学生インターンだけでやってきました。社会人プロボノが入ったことで、立場や役割は関係なく誰にとっても、生徒たちと接することは学びがあることが分かりました。
じゃあ、その価値はどうやったらもっとつくっていけるんだろう? というところから、走りながら生み出したのが「プロジェクトSOTEIGAI」です。
――桑原さんと古屋さんは、「プロジェクトSOTEIGAI」にどのように関わられたのですか?
桑原 私が仕事でやっているインタビュー企画で石黒さんに会ったのが、青春基地との最初の接点でした。プロボノを募集していると聞いて、これは面白そうだと手を挙げました。「プロジェクトSOTEIGAI」がスタートするタイミングで入ったんですが、何をするのかまったく分からない状態でしたね。
古屋 私は人事の仕事をしていて、その関係の知人がすでに青春基地のプロボノとして活動していたんです。ちょうどプロボノを募集していて、調べてみると職場から徒歩3分のところに青春基地の事務所がありまして(笑)。ご縁を感じて説明会に行き、やっていることとメンバーに魅了されたのがきっかけですね。
いきなり「プロジェクトSOTEIGAI」に関わることになって、最初は戸惑いもありました。高校の授業に参加するといっても、何がどう起こるのかが私自身まったく分からない状態だったので。石黒さんは「だいじょうぶですよ」とポジティブに言うんですが(笑)。そうはいっても、提供する側として最悪の事態とかイレギュラーとか想定しないといけないんじゃないかと、ソワソワしていました。企業から参加された人たちの初日の反応が「めっちゃ楽しい!」という感じだったので、ホッとしたのを覚えています。
――このプログラムの内容を教えてください。
石黒 約5ヵ月の期間で、前半と後半に分かれます。
まずは、対話と実践から始まります。「プロジェクト参画」として公立高校の授業に参画していただきます。授業といっても、いわゆる教科教育ではなく「PBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)」といって、教科書を使わずに、高校生自身の「やってみたいこと」を形にしたマイプロジェクトを立ち上げ、実践するもの。会いたい人に取材をしたり、実際に1日限定のお店をひらいたり、アプリ開発をしたり、プロジェクトは様々あります。子どもたちとアイディアを練ったり、壁や悩みにぶつかったチームの相談にのったりと、高校生たちのメンターとして関わります。
後半に入ると、参加者自身にも興味関心や、今ぶつかっている壁から「マイプロジェクト」を生み出してもらい、実際に取り組んでもらいます。マイプロジェクトは、会社に関わることも、関わらないことも自由に考えてもらっています。
これらの実践の間には、何度も何度も対話を重ねたり、クリエイティビティを引き出すワークショップをしたり、一人ひとりの「will」と向き合い、リフレクションを深めることも、とても大切にしています。
企業人が学校現場に入ることが、なぜ企業研修になるのか
――この研修を通して得られるものが分かりやすく明示できない分、得られるものにリミットがない。想定外の気づきや成長を得られる可能性が大いにあるということですね。
桑原 企業でもよく言われる「自主・自律」の概念には、ふたつあると思うんですね。今までは、与えられたものを主体的にやってほしいという期待値に基づいた自主・自律。これから求められるのは、「こういうことをやりたい」「もっとこうしたらいいんじゃないか」というゼロ地点からの自主・自律ではないでしょうか。後者は最初こそ戸惑いますが、やっていくうちに自己決定の面白さに気づいて、いろいろ変化も出てきて……そのプロセスを体験してもらうのが、「プロジェクトSOTEIGAI」だと思います。
石黒 「内発的動機・外発的動機」という言葉があります。桑原さんが言った今までの自主・自律は、外発的動機に基づいていると言えると思います。一方、私たちがやっているのは、徹底的に内発的動機を耕すことです。
well-being(※2)の研究で、こどもを対象とした内発的動機と外発的動機に関する実験を行った科学者がいます。その実験結果では、外発的動機を使うと内発的動機が損なわれることが分かっているそうです。外発的動機は便利なのでつい使いたくなるんですが、弊害が科学的に証明されてきていますね。
※2 well-being(ウェルビーイング)とは、個人・集団の状態を指す概念。1948年にWHO(世界保健機関)が出した憲章で使われ、「身体だけではなく、精神面・社会面も含めた新たな"健康"」の概念として広まった。
まとめ)
最初から対価が明示されている消費行為的な企業研修(つまり既存の企業研修)、という枠には収まらないプログラムというのが最初に感じたことでした。
それにしても、「プロジェクトSOTEIGAI」は、青春基地が続けてきた学校でのPBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)から自然に生まれてきたというのは、とても意外でした。
一般的には、「学校」と「企業研修」の間には相関関係が見いだせないからです。
通常は繋がりを見いだせない両者は、学校の課題と社会の課題が相似形であること、学校からたくさんの発見や変化を得る社会人プロボノの姿など、これまた意外にも複数の“線”で繋がっていました。
そして、「個人のwill」「自律」「内発的動機」というキーワードが出てきました。
中編では、新しい学び、新しい企業研修の核心に迫っていきます。また後編では、実際にSOTEIGAIプログラムに参加した人たちに体験談を語ってもらいます。
ぜひ、「企業研修とはこういうもの」「学びとはこういうもの」という枠をとっぱらって、お付き合いください!>>中編はこちら!
編集:くりもときょうこ(kurimoto.kyouko@gmail.com)
編集サポート:伊達綾子(ayako.date.pi@gmail.com)
現在、2020年秋冬の応募をしています。
今年は法人での参画だけでなく、個人もはじめました。
<企業研修「SOTEIGAI」を知る>
【前編】個人のwillこそが、企業の“想定外の未来”を創る
【中編】学校という“究極の組織”は、大人にとって無限大の学びの場|企業研修「SOTEIGAI」を知る
【後編】今までの自分の枠を外すことで、見える景色が変わる