それでも人とつながって 016 若者①
『でも難しいって聞いたんで』
若者はそう答えた。彼と話している中でふと気付いたことがある。
世の中は情報に溢れている。その情報の取捨選択はこちらに任されている。でも若者は種々在る情報の中から特に諦める理由を見つけて選び出す。
諦める理由がある。だから何もしようとしない今が正しい。
今回。若者が選んだ理由は「人から難しいと聞いた」というまず一つ。
それについては自分もまだ何一つしたことは無くても。
それでも若者が何かを諦めるには十分な理由になっている。
・・・いやいや。何か違うな。
どちらかというと諦める理由を探す努力を怠らない。
諦める為には。何もしない為にはどんな無理でもすることが出来る。
どこかそんな気配を感じる。在り来たりで理詰めなことではなさそうだ。
何か相当な背景を感じた。
色々な機会から人と出会う。そして思わぬ縁でつながり。続いていく。
この若者とは元々はある機会でつながった高齢の男性の息子さんだ。
この男性と息子さんには60に近い年の差があった。
今でこそ息子さんも成人しているが、初めて会った時は親子というより
祖父とお孫さんのように見えた。とても人柄の良いお父さん。
お母さんは息子さんの年齢から年相応。笑顔の素敵な外国の方だ。
ちょっとだけ日本語が面白い所はとてもチャーミングだ。
以前のお父さんの要件はある程度の年月で済んだのでここ暫く離れていた。
数年後のある日。お父さんから「相談したいことがある」と一本の電話。
大まかに尋ねると「いや、息子の事なんだよ」と困った様子。
久しぶりに顔も見たかったので、会って話を聴かせて貰うことになる。
80を過ぎているお父さん。久しぶりでも変わらず壮健で安心。感心する。
どうされたのかと伺うと「いや息子が悪くなっちゃってしようがないんだ」と心配そう。息子さんが高校に入る頃もいろいろあったのは知っていたが、高校は中退して暫くして違う高校に入り直したそうだ。その後、何とか卒業して専門学校に行くが辞めてしまい、また他の学校に入ったがそこにも行かなくなった。アルバイトもしなくなっている。
それでは。今どうしているのか聞いてみる。
「家でゴロゴロしていて昼や夕方に起きて。たまに何処かへ出かけるんだけど、帰って来たと思うと女の子を連れて来てる事が多いんだ」
その点。お父さんに似てモテてるんですねと言うと
「まだ来るだけならさ。それは良いんだけどさ」と困ったような顔をして「その娘が何日も帰らないんだよ」とても苦い表情になる。
んっ?帰らない?どういう訳なんだろう。
「変だろ?」と話を続ける。
「ウチの風呂とかも使ってるんだけど、会っても挨拶もせず知らん顔だし」
「何日も居るから親御さんの事を聞いてみたら返事もしないんだよ」
全くどうなってるのかと思ってさ。と疲れたように話す。
なんだろう。少し珍しいような気もするけど、聞いたことが無くもない。
その女の子。家出か。と一つの可能性を考えた。
・・・イヤどこか。それともちょっと違う気もする。根拠はないけど。
いまその女の子は居るのかと尋ねると、つい先日に出ていったそうだ。
家族の洗濯物にその女の子の下着まで入るようになりそれを咎めた事で。
それを機に息子さんとの親子喧嘩もエスカレートしているらしい。
そうなのか。ということは女の子は滞在できる所を点々としているのかな。
考えている最中に突然「息子に声を掛けて貰えないかな」とお父さん。
え?なにを?今ですか?ちょっとまだ何も考えてないので・・・
そう思う間もなくお父さんは大きい声で息子さんを呼び始めた。
急な展開に少し慌てた。なかなか息子さんの反応がない。
今日はこのまま反応が無くても良いかもしれない。こんな心と裏腹に。
父は1階の居間から2階の息子の部屋に向かって何度も大声で名前を呼ぶ。
いや・・・今日はまだ。そう思っていると暫くしてドアが開いて階段を降りてくる足音が聞こえた。
返事こそ無かったが足音から不服そうなその様子が窺える。しかし。
居間まで来て思わぬ来客があったことが分かると少し様子が変わった。
こちらは閃きも思いつきも何もない。もはや仕方がないと覚悟する。
「久しぶり。今度ご飯食べに行かない?」とっさに口をついて出た。
息子さんは「あ、久しぶりです」「えっ?ご飯ですか」と戸惑っている。
「すげぇ美味いらしいんだ」「前からいつか行ってみたいと思っててさ」
間を開けてはいけない。そんな気がして「行かない?」と誘ってみた。
「はい」と返事が返ってきた。よし。
その日は息子さんと後日の約束。お互いのメールやLINEの交換などをした。
息子さんの悪くもない反応にお父さんも「いやぁ。ありがとう。お前もご飯に誘って貰えるなんて良かったな」と言っている。ちょっと嬉しそうだ。
考えてみれば。突然、久しぶりに再開した人に、家でしかも親の目の前で色々聞かれたり言われたりしたところで話にならないだろう。
今日はこれで良かったかも。そんな感触で納得することにした。
帰り際に息子さんが「あっ、ガム食べますか?」と声を掛けてくれた。
小さな頃から知っているんだけど、どこか可愛いところがある。
「ありがとう。ガム大好物なんだよ」と受け取った。笑っていた。
息子さんのその顔をみて。まぁ・・・なんとかなるかなと思った。
約束の日。迎えに行って二人で出掛ける。
移動中の車内で少し話しながら、適当な飲食店の駐車場に入って行くと
息子さんは「えっ?・・・ここに前から来たかったんですか?」と意外そうな顔をしている。なんのことだろう・・・あっ!自分の言葉を思い出した。
そうそう。ほらガムが大好物なくらいの人間だから。慌てて誤魔化すように答えると笑っている。
店に入り話を聞く。
学校を辞めた理由。アルバイトをしなくなった理由。親子喧嘩。
この息子さんには姉弟がいる。その姉弟のいざこざ。家庭や生活への不満。
口は挟まずとにかく聴いた。
会話のやり取りからは本当にいい子なんだけどなと思う。
話に一段落あったので、在り来たりだが、何かやりたいことある?
それか興味のあることとか。と尋ねてみる。
「あることはあるんですけど」と少し考えるようにしている。
おっ。良いんじゃない?何でも。まさかみたいな事でも良いと思う。
「でも難しいって聞いたんで」
えっ?誰から?と問うと「人から」
ここで冒頭に戻る。
この日から。この若者との付き合いが始まる。
この若者の話は②へ続く
【余談】
ある分野で頂点を極めた方が「これになるのがこんなに大変だと分かっていたら最初からやりませんでした。知らなくて良かったです」と話していた。これを聞いて、この方はそれを知っていてもやっただろうなと思った。
これは若者の巻の一。この後に続く出来事はまたの機会に。
もし読んでくださる方がいらっしゃったなら。
お読み頂いたあなたに心からの御礼を。
文章を通しての出会いに心からの感謝を捧げます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?