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『素直学』

私はもう少しばかり素直になりたい。
せっかくのうまれかわった気分をば、素直に受けいれて押し進めていきたい。それが『素直学』

とつぜん変なことをいうが、私の素直学によると「邪馬台国は九州にあった」、でいい。それが素直だろう。それが澄みわたる思考というものだ。魏志倭人伝の元となる大陸からきた一行が南と東を間違うことはない。古代の旅人というのは日読みや星読みのプロだ。案内人だっている。日や星につうじてる者がそんな愚かなちょんぼはしない。それが『素直学』。距離感をちょんぼることはある。それは、ある。けれど断じて方角はちょんぼらない。ちょんぼりようがない。それが素直だ。

ちょんぼるとしたら資料の編纂過程でしかありえない。編纂過程でちょんぼっていたらごめんなさい。素直に謝ろう。けれど、素直に考えるなら神武東征もあるし、九州にくにぐにのまとまりがあり一大勢力があったのは事実なのだ。だから『九州説』を私はとりたい。

だって『近畿説』じゃおかしいじゃん。九州に天孫降臨してんじゃん。九州から東征してんじゃん。何年もかけて近畿に辿りついたの信憑性あるじゃん。それだけ日本列島に騒乱があった証拠じゃん。倭国大乱じゃん。それじゃ大陸一行だって近畿にいけないじゃん。
だから、九州の者らはもっと頑張ったほうがいい。近畿に押されているのが哀れでならない。丸め込まれる寸前ではないか。もっと素直になるのだ。『素直学』をひろめるのがよかろう。それが九州説の一助となろう。

あとは時代か。建国が二千六百年前はないだろう。素直になろう。それはやりすぎというものだ。「かむやまといわれびこのみことさん、ねえ、そうでしょう?」。あとは、邪馬台国と『かむやまといわれびこのみこと』とのつながりか。血縁関係はわからない。しかし仲間だろう。九州の一大勢力の何者かが、『かむやまと』に推挙されてサクッと成った。偶さかそれが『いわれびこのみこと』であった。それが素直学だ。


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せいのほう
もしそうならば、あ~りがとうございま~す、です。たすかりま~す、です。