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明日の夜空 ASU・NO・YOZORA(ボカロ/SF/連載小説)

アスノヨゾラ哨戒班 
https://www.youtube.com/watch?v=XogSflwXgpw


※これはOrangestarさん作の曲「アスノヨゾラ哨戒班」を元にした小説です。ご本人との関係はありませんので、迷惑な行為はおやめ下さい。
※ピアプロキャラクターズは直接登場しません。
※Pixivやnoteで公開されている同名の小説とは関係ありません。
※他のボカロ曲や作曲家(ボカロP)、noteの作品などのオマージュが含まれています。(全部見つけれたらボカロマスターだ!)
※不適切な言葉や表現が出てくる場合があります。
※本書のアスノヨゾラ哨戒班は正規軍に所属していません。

本書のベースとなった曲

アスノヨゾラ哨戒班

混沌ブギ

夏と少年の天の川戦争

炉心溶融

深海少女

メズラマイザー

Something Comforting

未来創造日記

始めに


この本を書こうと思ったきっかけ
作者が2024年に日本に一時帰国した際に東京で見た光景が“パンとサーカス”ならぬ“パンもくれないサーカス”で友人間でネットから取った情報を信用している人が多々おり、物価が上がりまくって、貧すれば鈍する状態だった。しかしその中で日本のテレビで放送されていたアニメやボカロ曲アンテナ39、本当か分からない情報、政府の弾圧に反発しない国民、“普通にいる“劣等生を見て今まで以上に日本を腹立たしく思った事が本書の始まりである。

この小説をエンターテイメントとして、それか本当に起こり得る事として、はたまた反日小説として、それとも、もう起こっている事として捉えるか。
この作品の捉え方は読者の皆様次第だ。

しかし、これだけは覚えといていただきたい。

作者は反日ではない。
ただ思ったこと、伝えたいことを本書に書いているだけだ。

作者Seiより

プロローグ


かつて栄光を放っていた文明が崩壊した22XX年。今や人類が住めなくなったニホン国の首都“トウキョウ”は大規模な洪水に襲われ、放射線によって汚染された。
その影響で突然変異した生物を管理するための部隊が作られたのであった。

栄光と残骸

ドッドッドッドッ

エンジンの調子の良い音が虚な建物に反響している。
他には音は全くない。
はるか下のアスファルトの海底は太陽の光を浴びて澱んで見えた。
その上を目玉がテニスボールほどもある魚が横切ると、まるで宇宙に浮かぶ星のようにきらめくのだった。

「そのうち見飽きるぜ。新米。」
アフロヘアーの男がタバコを吹かしながら笑った。
彼の肌は褐色で歳は30前後ぐらいだ。手には銛のよう物を持っている。

「なあミゲル。新米じゃなくて名前でよんだ方がいいんじゃないかな?」
船尾の方から禿頭が覗いた。だがミゲルのように褐色の肌では無く真っ白な肌だった。
どうやらエンジンのハンドルを握っているらしい。

「うるさい、ヴェルケ。コイツを立派なアスノヨゾラ哨戒班に鍛え上げるには“新米”と読んだ方が良いんだ。」
ミゲルはタバコの灰を船縁から海中に払い落とした。
灰はパラパラと水の中を舞い、静かに海底に着地した。

「大丈夫だよ、フィロ。ミゲルは良い人だから。」
ヴェルケが慰めるように苦笑した。

フィロは心配そうな顔で二人を見比べた。
こんな人間が本当に元自衛隊所属の特殊作戦群第15アスノヨゾラ哨戒班の隊員なのだろうか。
そもそも世界中の政府が崩壊したこの世界では自衛隊自体が意味をなさない。
このアスノヨゾラ哨戒隊だって北ニホン政府と南大日連邦の国境線に当たるトウキョウの国境警備隊のようなものだ。
国境警備隊でありながらパスポートもないし、飯は自給自足などほぼ原始人と同じ生活を強いられている。

フィロの視線はまた海底に戻った。

アスファルトの上に白い線が海藻の間に見え隠れしている。
どうやらアレは横断歩道というものだったらしい。
はるか昔。人類が地面を席巻していた頃にはたくさんの人々が横断歩道を使ったらしい。
だが今は海藻と珊瑚に覆われ、200年前の混乱以来その上を歩いた者はいない。

突然軽自動車程もある魚影がヌッとフィロの視界に入って来た。

「ピルコグだ。」
ミゲルはタバコを投げ捨てるとフィロと同じように水面を睨んだ。

「新米。水面から離れた方が良いぜ。やっこさん、俺たちのボートを獲物と勘違いしてやがる。」
ミゲルの警告を聞くとフィロは頭を引っ込めた。

「どうだい?」
ヴェルケが聞いた。

「やつだ。」
そう言うとミゲルはパッと顔を上げた。
「新米!そこのライフルを持ってこい!」

フィロはボートの舳先に立てかけてあったGew98ライフルを手に取った。ドイツ製のこの銃器は未だ十代のフィロには重すぎるようだ。ヨロヨロとミゲルにライフルを渡した。

ミゲルは銛を投げ捨てるとライフルを手に取った。そして素早く何か四角い物がついた銃弾を込めると銃を構えた。
パァンと静粛を破って発砲音が辺りのビルに反響した。
銃弾は勢いよく飛び出し、やがてスピードを失いってポチャリと海に落ちた。
するとそこからドス黒い煙がモウモウと海中に立ち込めた。

ミゲルは銛を持つとカチリッと横にあるグリップを押した。
今度は銛の尖った部分がパカッと先端が分かれてまるで爪のように変形した。

「今からバカでかい釣りをやるんだ。新米、よく見とけよ。」

大魚影

魚影はゆっくりと煙の方に移動し始めた。
ヴェルケはそれに合わせて今度はオールで漕ぎ始めた。

黒い煙に十分に近付いた次の瞬間

バシャ!!!

物凄い水飛沫と共にナマズのような醜い顔が緑色の水中から姿を現した。
それと共に物凄い悪臭がフィロ達の鼻を突いた。

「銛を突き刺せ!!」

荒れ狂う水飛沫の舞う中でヴェルケの怒鳴り声が聞こえた。

ミゲルはパッと飛び跳ねると銛をバカでかいナマズの目に突き刺した。

「フギャーーーーー!!!!」

ナマズは叫び声を上げると目に飛びついた奇妙な物体を振り払うためにミゲルごとザブンと海の中に潜った。

「クソ!もぐった!」
ヴェルケが怒鳴った。
「フィロ!コレを!」

そう言って彼がフィロの足元に投げて来たのは何か硬い箱型の物だった。

「そいつは音波放出装置だ!!!」
ヴェルケが辺りをキョロキョロ見回しながら叫んだ。
「海に投げ込め!そうすりゃあ、アイツはそれに反応してそれに食い付くはずだ。」

その時、ボートから少し離れた海面からアフロヘアーがヒョッコリ顔を出した。

「早く!投げろ!!」
ヴェルケに急かされてフィロは装置をアフロヘアーとは反対の方向に放り投げた。

ポチャっと辺りに心地のいい音が反響した。

ミゲルは船縁に手をかけると素早くボートによじ登った。
そして次の瞬間、装置は緑色の海中に引き摺り込まれた。

「ひゃー。一丁前が台無しじゃないか。」
ビチョビチョに濡れた戦闘服を脱いで、下着姿になったミゲルが言った。この状態でもなんとかタバコのライターを付けようと苦戦している。

「タバコより計測器は?!」
ヴェルケがライターを引ったくった。

「ちゃんとあるぜ。まったく......浄化剤の意味は無かったってことだ。」
そう言いながらミゲルは紫色の血がついた銀色の円筒を突き出した。
横幅は30センチメートルであり、太古に使われていた物らしく所々錆び付いている。中央には赤い文字で[ガイガーカインター]と書かれていた。

「北日軍の奴ら......。あの薬のせいで変異がどんどん加速してやがる。おまけに魚も水質も以前より澱んでいる。」

「大体こんなのになったのは太平洋の向こうにあったアメリカとかいう国のせいじゃないか。ニホンに核兵器を持ち込ませて.......。」

「確かSky Arrowていう[AVDRS\アヴドロス]だろ。」

「そいつのせいで大災渦が.......。」

二人が意味のわからない事を喋っている時、フィロの喉が急にカッと熱くなった。
まるでナイフを突き立てたような熱さだ。
フィロが吐き気を覚えた時

「ウッ!!」

物凄い目眩が襲い、フィロはグッと目を瞑った。
何かムラムラした物が腹からクワッと上がって来た。
フィロは口元を必死に押さえたが、そのうち耐え切れなくなり

「オェエエエエ!!!」

吐いてしまった。

「おい!大丈夫か?!!」
ヴェルケの声がぼんやり聞こえた。

もちろん自分の汚物を見たくは無いが人間とは好奇心が抑えられない生物だ。
フィロは薄く目を開けた。

視線に飛び込んで来たのはグロテスクな見た目をした汚物でもなく、白っぽいベチョベチョした痰でもなく、真っ赤な血で染められた自分の手だった。

「放射線にやられたな!」
ミゲルが慌てた様子で立ち上がった。

フィロはそんな声はよそに自分の手をボーッと見つめていた。

-昨日もそうだった。だけどこんな量じゃなかった。
やっぱり日に日に自分が衰弱しているのが分かる。
皮膚の細胞を貫いて遺伝子を木っ端微塵にする目に見えない恐ろしい放射線.......。
「これが承知の上で入ったんだろ。」
そう自分に言い聞かせるも返ってくる返事は

「このまま放射線の餌食になりたく無い!!!俺の明日はどうなるんだ!!え!??なんか答えろ!!!お前が己の未来をどぶに捨てたんだ!!!」

その度に言った自分は思うのだ。

「.....未来なんか嫌いだ........明日なんか来なければ良いのに............もう来ないでよ......。」

「大丈夫か?!おい!」
ヴェルケが体を揺さぶった。
その揺れで口の中に溜まっていた残りの血が流れて来た。

「とにかく帰.......。」
ミゲルの声が聞こえたと思った瞬間、フィロの意識は下へ落ちていった。

下へ......

下へ.....

天使

北日軍の科学責任者サムイル・”セルゲイヴィッチ“・ヴァイマン教授はまるで虎のように笑っていた。
今彼が手渡された報告書にはまったくバカけた事が書かれていたのだ。

「天使だって?!ハハハハハハハハハ!!!」
彼のニホン語は流暢でロシア人のハーフという事を除けば完璧なニホン人だった。

「本当です!」
マリー・J・シャウベルグ。このドイツから引っ張ってこられた29歳の生物学者は赤面しながら叫んだ。

「こんな、ほら話は幼稚園児でも信じないぞ。」
サムイル教授はさらに詰め寄った。

「い......生け取りに.....したんですぅ.......。」
マリーは俯いてしまった。もうこれは負け確定だ。虎の餌食になるしかあるまい。

「生け取りだと?」
突然、サムイル教授の圧力が緩まった。彼もこれは意外だと思ったらしい。

「はい.........。ホッカイドウ上空でレーダー網に引っかかり、F35戦闘機が撃墜しました。現在は治療を受けて良くなりましたが......。」

「なりましたが?」
サムイル教授は身を乗り出した。

「その......“羽”を取られたんです。」

「羽?」

「はい。撃墜した後に落下した地点がカラフトで........。我々が墜落地点についた時には羽は、もぎ取られた状態でした。おそらくロシアの仕業でしょう。」
マリーが説明した。
「ともかく天使の本体は明朝、ニイガタに到着します。」

「空輸かね?」

「はい。輸送機で輸送します。」

「わかった。」

サムイル教授は窓の外を眺めた。

「..........綺麗な星空だな。」
窓の外では水上滑走路の範囲を表すブイが点灯しており、車輪の代わりにジェットスキーをつけたF35戦闘機が堤防に横付けにされていた。

あの堤防だって大災渦の前までは鉄筋コンクリート製のビルの屋上だったのだ。

全てあの大災渦のせいだ。

大災渦......。
ザ・メインストルムとも呼ばれた人類が犯した最大の罪であり神が下した決断......。
事の発端はSky Arrowという[AVDRS\アヴドロス]列島警戒防衛報復システムをアメリカがオキナワに設置したのが始まりだ。

20XX年。八月一日18時20分
Sky Arrowの自動感知システムにエラーが発生。西側諸国の領土に核ミサイルを発射した。
皮肉にも目標にはニホンも入っていた。

八月九日20時57分には世界中が混乱に巻き込まれた。
アメリカの自動報復装置も作動しロシアへ自動的に報復を開始した。
こうして大災渦は始まったと伝えられている。
神は決断したのだ。人類を地上から抹消する事を。

福島上空 高度4万5000フィート地点

B78ストラトヘルパーはかつてアメリカのボーイング社が製造した全長47.45メートル、四発エンジンを積んだ大型輸送機である。
2095年に設計されたこの“成層圏の助け人”はたった三機しか製造されなかった。
そのうちの一機が今福島上空を舞っていた。

「こちらNJA91ナランハ・エストエラ。乱気流を抜けた。これよりオートパイロットに切り替える。」
操縦室からの無線が貨物室まで丸聞こえだ。北日軍の兵士たちは戦闘服を身に付けて貨物室の真ん中に置いてある檻のような物をジロジロと見つめていた。

「おい、あれなんだよ。」
一人の兵士が同僚を小突いた。

「分からねえ。」
小突かれた兵士は目を細くした。
「だけど、白い物が入っているぜ。」

確かに檻の頑丈そうな鉄格子の間からは何か白い布のような物が中にあることが確認出来た。

「お前ら。あの事については喋ってはならない。」
一際目立った戦闘服を着た男が注意した。
おそらくこの部隊の隊長だろう。

貨物室はまた静まりかえった。

不気味なぐらい静かだ。

「まるで......。」
兵士の呟き声が反響した。
「嵐の前の静けさだなぁ」

予想は的中した。

突然機体がガクンと揺れたかと思うと爆発音が響き渡った。

「緊急事態発生!緊急事態発生!ゲリラの.....。」
操縦室から無線が聞こえた次の瞬間、今度は前から爆発音が聞こえ操縦室に通じるドアから黒煙がドッと貨物室に流れ込んできた。

「自爆ドローンだ!!!」
兵士の一人が窓を見ながら叫んだ。

外はだんだん夜が明けて来ているのか、紺色の空が段々と紫色に変わり始めていた。
それを背にして一機の戦闘機がまっしぐらに突進している所だった。

目を凝らすとコックピットには人の代わりに円筒形の物が載せてある。

爆弾だ。

赤いランプが点灯して警告音をけたたましく鳴らした。

「メーデー!!メーデー!!」
サイレンの中、誰かが叫んだ。
「現在トウキョウ方面に迷走中!!操縦室大破!!」

機体はゆっくりと旋回していた。

「ターレットを使え!!」

掛け声と共に数人の兵士がハシゴを登って天井にくっついているガラスドームのような物から頭をひょっこり出した。

このガラスドームには強力なパルスガンが備わっていたのだ。

パルスガンは一斉に自爆ドローンに狙いを定めた。

「撃て!!!」

銃口から赤い発光した三十センチメートルばかりの光線が発射されるとドローンめがけて飛んでいった。

1発目はドローンの機首に命中して爆発を起こした。その次に命中した光線は尾翼をもぎ取った。
それでもドローンは突進して来た。

「現在トウキョウ上空!!」
また誰かが叫んだ。

「バッテリーを装填しろ!!」

「急げ!!」

「貨物室から出ろ!!」

「だったらどこに逃げりゃ良いんだよ!!」

「知るか!!」

ドローンはもう目前まで迫って来ている。
騒ぎはいっそう大きくなった。

「わー!!」

「とにかく積荷を守れ!!」
隊長が拳銃片手に叫んだ。
だが突っ込んでくる戦闘機相手に拳銃なんて効果があるのだろうか。

「おい!衝突するぞ!!」

「衝撃に備えろ!!!!」

鉄がひしゃげる音。

爆発。

誰かの叫び声。

頑丈な檻はペチャンコに潰れて中身は空中に放り出された。

それは白い服を着て、日の出の光を浴びて輝いていた。
白い髪の毛が風に靡いてまるで龍のように靡いた。

それは.....

女の子だった。

フィロは物凄い爆発音で目を覚ました。
地面が呼吸したような鈍い音が明け方のトウキョウに轟いた。
音は緑色の水を伝い、虚な建物の間を飛ぶように反響した。

第16前哨基地は小さなはしけにコンテナを乗っけたような水上基地だ。
大災渦の時に唯一生き残った物だ。その時までは海上自衛隊の移動基地だったらしい。

フィロが目を擦りながら自室から出るとミゲルが双眼鏡片手に走って来た。

「新米!起きているか?丁度いい。今向こうの方に何かが落ちたんだ。一緒に来い。」

ミゲルに連れられるままにフィロは昨日のようにボートに乗せられた。
そこには、もうヴェルケと女性が乗っている。

「君がフィロ君か?」
女性が握手を求めた。
「私は考古学者の綸子・ニシキだ。よろしく。」

「なあフィロ。お前だいじょうぶか?」
ヴェルケが心配そうにフィロを見た。

フィロは頷いた。

「なら行くぞー。」
ミゲルが元気よく言い放った。

その日は晴天だったが、青い空を塗りたくるように黒煙がシブヤの方から登っていた。

「多分北日軍の奴らだろう。」
ミゲルはポケットに手を入れたかと思うとリボルバーのような変わった拳銃を取り出した。
「コイツはキアッパ・ライノのライセンス生産品。一二年式回転式自動けん銃だ。」
そう言うとフィロの方に放り投げた。
フィロは慌ててこの銃器をキャッチした。

「大日軍の奴らがごまんと持ってやがる代物だ。今から墜落地点に行くから護身用に持っときな。」

フィロは拳銃を胸ポケットにしまった。

「もうすぐだ。」
ニシキ博士がブローニングHP拳銃に弾を装填しながら言った。

飛行機の残骸は沈澱した古い瓦礫の島周辺に散らばっていた。

「こりゃあ酷いな。」
ヴェルケはエンジンを止めた。
ボートは日に光を浴びて光る緑色の海面を切るように進み、瓦礫の島の前で止まった。

「おかしいな。遺体がないぜ。」
ミゲルがボートから降りながら呟いた。

ヴェルケやニシキ博士、フィロも島に上陸した。

辺りは黒くなっており、変な匂いが充満していた。

「やっぱり北日軍の輸送機だったらしい。」
ニシキ博士が端が焦げた残骸を拾い上げた。
そこには桜をあしらったマークが微かに書いてあった。
「なんでこんな所に飛んで来たんだろう?」

「なんかを輸送していたんじゃないか?武器とか。」
ヴェルケが辺りをウロウロしながら言った。

「その割には武器が少ねえ。」
ミゲルはどこから取って来たのか分からないがHK433アサルトライフルと数個のグレネードを見せ付けるようにした。

フィロは手じかの鉄板を持ち上げてみた。
鉄板の下には何か筒状の物が転がっていた。

筒状の物をグッと引っ張り出すと、フィロはビックリした。

なんとそれはRPGだったのだ。

ヴェルケがこちらを見て目を丸くした。
「RPGじゃないか!」

ミゲルやニシキ博士もフィロの見つけた“殺傷兵器”の周りに集まってガヤガヤと話し始めた。

フィロはしばらくRPGを持って話に耳を澄ましていたが、突然またあの目眩が襲った。
今度はもっとひどい。物がグニャグニャと曲がっているように見える。
あのムラムラした物が今度は前と比べ物にならないほどの勢いでクワッと上がって来た。
RPGをニシキ博士に預けると猛スピードで島の反対側にある大きな残骸の反対側に走った。

ここなら安心して吐ける。

そう思った次の瞬間、目眩も治る事が起こった。

緑色の水面が揺らいだかと思うと何か白い物が海底から上がって来た。
最初はボロ切れかと思ったが、段々水面に近づくにつれてその形が取れて来た。

人間だ。それも16歳ぐらいの女の子だ。

仰向けの状態で浮かんで来た彼女は白いワンピースを着て髪の毛は透き通るような白色でショートヘアだった。

ー死んでいるのか?

フィロはジャブジャブと水の中に入って島の岸の方に引きずって行った。
起きる気配は全く無い。

島のなだらかな岸に引っ張り上げると、脈を測ってみた。

生きている。
血管がヒクヒクと動いているのが鮮明に分かった。

どこから来たんだ?

まずフィロは一眼見てロシア系ではないと確信した。彼自身が日系ロシア人だからだろう。

ならヨーロッパ系か?

ミゲルはスペイン人、ヴェルケはドイツ人だが違う。

アジア系?

ニシキ博士は日系中国人だ。だけど違う。

その時彼女は目をゆっくり開けた。色はまるで深い海を思わせる青色だった。

フィロは驚いて後退りした。

「ここは..........。」
その声は透き通った着飾ってない綺麗なものだった。

「おい!!フィロ!ソイツ誰だ!!」

突然背後から怒鳴り声が聞こえた。
振り向くとミゲルとヴェルケが立っていた。
ミゲルは例のアサルトライフルを構えて、ヴェルケはグレネードを片手に持っている。

「北日軍の奴か?」
アサルトライフルの銃口が女の子の方に向けられた。

「それか捕虜かもな。」
ヴェルケが付け足した。

「まあ待て。相手は女性だ。」
二人の後ろからニシキ博士が現れた。

「話し合おうじゃないか。男はもっと女性に紳士的に接するべきだ。」

「今はそんな場合じゃないだろ!」
ミゲルが怒鳴った。

ニシキ博士はグッと顔をミゲルに近づけた。

「ばかやろう。大災渦の前は女性の立場が男どもより低かったんだよ。」
押し殺した声がミゲルを圧倒した。
「私も男に付けられた深い傷をおっているんだ。そんな秩序はこの“無秩序”の世界に持ち込んで何になる。」

ミゲルは銃口を下に下げた。

ニシキ博士は前に向き直るとフィロと女の子の方に歩み寄った。

「フィロ君は離れてくれ。」

フィロは言われた通りにミゲル達の方に戻った。

「ったく........。あれだから俺は博士を嫌っているんだ。」
ミゲルがボソリと呟いた。

「そうかなぁ。僕はタイプだと思うぜ。」

「タイプだって.......ん?」
ミゲルがヴェルケの方を向いた。

「お前なんか喋った?」

「え?」

二人は同時にフィロを見下ろした。

「なにか?顔になんか付いている?」
フィロが口を開いた。

「うわあああああああああ!!!」
ヴェルケは叫び声を上げた。

ミゲルも目を見開いて口をポカーンとあけたまま突っ立っていた。

「どうして.......あれ?」
そこでフィロもハッと気付いた。

「「「喋った!!!!!」」」

「お前喋れたのか?新米?」
ミゲルは驚きを隠せてない様子だ。

「僕も知らないよ!」
フィロも信じられないようだ。
「いきなり出来たんだ!!」

「緘黙じゃなかったのか?!」
ヴェルケはパニックになりかけていた。

「なんか急に糸がほぐれたような感覚がして.......そしたら喋れた。」

「なんじゃそりゃ。」

そう言ったのも束の間

「え?!!!天使!??」

今度はニシキ博士が叫び声を上げた。

ぶっ放せ

「天使って.......あの天使?!」

「みんなに聞こえるでしょ!黙って!」

「だけど皆んなに説明しなくちゃ.........。」

女の子は俯いた。
すると何処からかモーターの反響音が聞こえた。

「ええい!!今度はなんだ!!」
ミゲルがヤケクソに怒鳴った。しかしその顔はすぐに青ざめた。

建物の陰から現れた“それ”は小型のモーターボートだった。
だが甲板や船体が黒く塗りつぶされていて妙に角張っていた。

「何だあれ?!」
ニシキ博士が叫んだ。

そう言ったのも束の間、ミゲルが叫び声を上げた。

「逃げろ!!あれは大日軍の小型PBRだ!!」

それと同時に機関銃の連射音が聞こえ、フィロの頬を鉛弾がヒュッとかすった。

ニシキ博士は女の子を守るためにうつ伏せになり、ミゲルは咄嗟にアサルトライフルを撃ち返した。

しかしアサルトライフルが防弾のPBRに効くわけがない。ミゲルが3発ほど撃ち終わった時には、再び数え切れないほどの鉛玉がフィロ達目掛けて突っ込んできた。

「早く、ボートへ!!」
ニシキ博士が叫んだと同時にアスノヨゾラ哨戒班の隊員は走り出した。

全員がボートに辿り着いた頃には機関銃の連射音は前より酷くなっていた。

「エンジンをかけろ!」
ミゲルがアサルトライフルを撃ちながら叫んだ。

すぐさまヴェルケがスターターハンドルを狂ったように回しだした。

PBRもそれに気付いたのだろう。そうはさせないと言わんばかりにエンジンを付けると、ゆっくりとボートに近づき始めた。まるでフィロ達の恐怖を舐め回すようにだ。

「このやろー!!」
ミゲルはアサルトライフルを迫ってくる船首に撃ち続けた。だが弾は火花を見せたかと思うとペシャリと潰れてしまった。

「エンジンは!??」
ニシキ博士は女の子を抱き抱えながらパニックになっていた。

「クソ!こんな時にエンストだ!!」
ヴェルケの顔が真っ青になった。

「ええええええ!!!!!」
ニシキ博士が女の子を潰れんばかりにギューっと抱きしめた。
かわいそうに、女の子は酸欠になりかけていた。

PBRはボートのギリギリまで近づくと、船首に付いた機関銃のターレットがグッとフィロ達を見下ろした。

ー撃たれる。

全員がそう思った時だった。

カチッ!!

軽い金属音が聞こえた。

カチッ!!

「このポンコツが!!」

船首を見上げるとターレットがパカリと二つに分かれ、ガスマスクをつけた兵士が身を出した。
手にはM28光線けん銃を構え、銃口は女の子の方にきっちり向けられていた。

「さあ、手を上げろ。」
ガスマスクを通して聞こえる声は不気味なぐらいこもっていた。

「ははー。アメリカご自慢のM2機関銃が弾詰まりか?そしてそんなピストルで俺達を脅そうと?」
ミゲルがニヤリと笑った。

「ふん。俺たちはお前のような小汚い国境警備員には用はねぇんだよ。」
兵士は以前と拳銃を向けたままだ。

「何が小汚いだ!!」
ニシキ博士が怒鳴った。
「お前らが無断で侵入したじゃないか!!この西側の豚が!!」

「アジア人は黙っとけ!!」

「この!!」
彼女が拳銃をホルスターから出す前に、女の子がニシキ博士の腕に噛みついた。

「俺たちはその嬢ちゃんに用があるんだ。」
噛みついて離れない女の子を振り落とそうと奮闘しているニシキ博士を見ながら兵士は言った。

「売春か?」
またミゲルが笑った。
「大災渦前のニホンでは相当の数の若い子らが被害に遭っていたとか.......。だけど残念。その“子うさぎちゃん”は“売り物”じゃねえよ。」
そう言うと彼はライターでタバコに火をつけた。

「馬鹿野郎!こっちは政府の許可があるんだぞ!」
兵士は怒り狂ったように叫んだ。

「政府の許可が何だろうが、お前らの目標がこんなか弱い女の子だろうが、誰が迷子の子供を不審者に引き渡したい?!!このロリコンが!!!」
ミゲルも負けじと怒鳴った。

「発砲の許可は出ているんだぞ!!」
ピストルの銃口がミゲルの方に向いた。

「へ!!ならその光線銃で俺を撃ち抜いてみろ!!俺は誰かが助かるなら喜んで射殺されるぜ!」
ミゲルは大声で笑った。
「実感しろよ!!人の命がどんだけ重いのか!!そしてどんだけ軽く吹き飛ぶのか!!!」

ニシキ博士と女の子は固唾を飲んで見守り、ヴェルケは失神寸前だった。

「.......なら殺してやる。」
兵士の指がピストルの引き金にかかった。

突然フィロの手が勝手ににポケットに伸ばされた。ミゲルからもらったピストルが手に当たる。

それを持つと今度はグッと引き出し、兵士の方に向けた。

「フィロ!何を!??」
ヴェルケが手を伸ばした。

「いいぞ新米。」
ミゲルが叫んだ。
「そのままぶっ放せ!」

しかしフィロは一瞬見てしまった。
誰が自分を操っているのかを。

あの女の子だ。その子がフィロと同じ体制になっているのだ。しかもその子と動きが連動している。

突然女の子がこちらを見た。
そして笑いかけたのだ。

ーなんだ?あいつ.......

バァン!!!!!

弾丸は兵士のヘルメットを貫通した。
撃たれた兵士はそのまま真っ逆さまに緑色の水に転落した。赤い血がもうもうと水中に広がった。

「やったら出来るじゃないか!!!」
ミゲルは歓声を上げた。

フィロは拳銃を持ったまま放心状態だった。
頭の回転が付いていけない。
しかし混乱してもある事は変わらなかった。

人を殺した。

自分は人を撃ったのだ。
多分頭に命中したからもうとっくに死んでいるだろう。
しかし拳銃を取り出したのは自分の意思ではない。

拳銃が音を立てて手から落ちた。
自分の手をフィロはボーッと見た。

今この瞬間、平凡な自分の手から人殺しの手になった手だ。

この手で自分は今人を一人殺めたのだ。

この手で撃ったのだ。

この手が勝手に撃ったのだ。

「フィロ。大丈夫か?」
ヴェルケの声が聞こえた。

「いいか新米。」
ミゲルはフィロの顔を見た。
「アイツらは俺達より人を殺してるんだ。そいつらを撃って何が悪い。神さんも許してくれるだろうよ。」
そして最後に
「まあ一人殺したってこの世界には何にも影響がないっつう事だ。」
と付け足した。

テン

「やっぱりなんの反応もないな。」
ヴェルケはソファーにもたれてパソコンをいじっていた。

「何やってんだ?」
ミゲルがコーヒーカップ片手に現れた。
戦闘服は脱いでシャツ一枚になっていた。

「インドールアルカドのダウンロードだよ。衛星は生きているから数週間前から試しているけどなかなか出来ないんだ。」
パソコンの画面の真ん中には半分くらいで止まった一向に動く気配のないバーがあった。

「それってWebミーティングツールの“すりぃ”シリーズの4部作だろ?確か大災渦前には“ネットのアルカロイド”って呼ばれていたヤツだったけな?なんでお前がそんなのを?」

「ニシキ博士がデータをくれたんだよ。だから遊んでみようと思って。」
ヴェルケは画面を睨んだまま言った。

「大災渦前のダウンロード数は3000万を超えた代物だ。で、その殆どが“エゴ(自分)ロッカー(閉じ込める)”いわゆる“ひきこもり”だった.........。」
ミゲルはシガレットケースからタバコを取り出した。
「火持ってねえか?」

「持ってないよ。あとタバコやめな。」

ミゲルは舌打ちをするとタバコを戻した。

「まったく新米のヤツ。面倒な客人を発見しやがって。」
ブツクサ言いながらミゲルはヴェルケの隣に腰を下ろした。

「あの娘にとっては不幸だな。こんな“命に嫌われた”連中に拾われるなんて。」

「ヘッ、“命に嫌われた”か........。」
ミゲルはコーヒーを啜った。
辺りは静かだった。時々波の音が聞こえて艀は揺れた。

「あの娘の世話は誰がやる?」
突然ヴェルケがミゲルの方を向いた。

「ああ、分かっているさ。もう決めている。」
ミゲルはニヤリと笑った。
「あの“別品さん”を誰が世話するのか。」

「誰だ?もしかしてニシキ博士?」

「いや。性別は同じでも年齢は同じじゃない。だから.......。」

「ん?ちょっと待て。お前もしや......。」

「そうだ。新米に任せた。」

ヴェルケは口をポカーンと開けたままミゲルを見ていた。

「冗談じゃないよな?」

「いや本当だ。」
ミゲルは即答した。

「今頃新米はニシキ博士に説明受けてるだろうよ。」

この会話はフィロの耳にも聞こえていた。
なんせ壁が薄いから広場の声が筒抜けなのだ。

「大丈夫。あんなこと言っているけどミゲルの嫌いなものは女と酒だから。」
ニシキ博士がご飯を乗せたプレートを運びながら言った。

「なんで嫌いなんですか?」
フィロは牛乳瓶を持っていた。

「聞いたとこによると.......虐待らしいぜ。あと彼女が男作って駆け落ちしたって事もあるな。」
博士が答えた。

「彼女がいたんですか?!」
フィロが思っているミゲルのいかついイメージが崩れかけた。

「まあ悲惨な最期を遂げたらしいけどな。それよりホラ、“別品さん”の部屋に着いたぞ。」
ニシキ博士はドアを開けた。

部屋は他の隊員達と同じように簡素だった。
壁は朱色に塗られた鉄板張り、そしてその壁側にはハンモックがかかっていた。

ハンモックの中にはあの女の子が寝ていた。
しかし違う点が一つあった。

髪の毛が黒色なのだ。

光の加減かと思ったその時、女の子が目を覚ました。

「紹介しよう。」
ニシキ博士が言った。

「テンだ。」

ふたりとひとり

ニシキ博士が出ていくとテンは物凄い勢いで食べ物に食いついた。

「助かったー!飢え死にしそうだった!」
茶碗一杯の米を5秒で食い尽くしながらテンが言った。
相変わらずあの透き通った声だったが、その様とは似合わなかった。

「うめー!!これなんていうの?」

「え....?白米だけど.......。」

「へー!白米って言うんだ!!もっとある?」

「あるけど.......。」

ここでテンはやっとフィロの違和感に気づいた。

「どった?」
唐揚げを齧りながらテンはフィロを見た。

「いや........ その......まず自己紹介しない?僕の名前はフィロ・エフレムヴィッチ・ヴォルフ。アスノヨゾラ哨戒班の新人。君は?」
フィロが言った。

「私はテン!」
テンは味噌汁を啜った。
「天使だよ!」

「いやいや。冗談はよしてよ。」
フィロが笑った。
「天使なら何か奇跡でも起こ.......。」
そこでハッとした。
「笑った......。僕笑えたんだ。」

「ねっ?奇跡でしょ?」
テンはクスクスとイタズラっぽく笑った。

フィロは覗き込むようにテンの顔を見つめた。
醜くも美人でもない程よいバランスがとれた顔は澄んだような美しさだった。
体のどの部分を取ってもまるで計算され尽くしたように完璧のバランスだ。
まさに“最高傑作”だった。

「何見ているの?」
テンの声がフィロを我に返らせた。

「いや.....別に.......。」
その時あの吐き気がフィロを襲った。
口をグパァと開けて吐く体制になった時、額に柔らかいものが触れた。そして身体中を温かい何かが巡った。

柔らかいものはテンの人差し指だった。
そこから温かい何かが出ているらしい。
しばらくすると徐々に温もりは身体中から抜けていった。

「これで一時的には大丈夫だよ。」
テンがまた笑った。

温もりが無くなると同時に吐き気も消えていた。
フィロは不思議そうにテンを見た。

「何者なんだ......?テン......。」

「自分が天使って事は分かるんだけど.....私にもよくわからない......。気づいたらここにいたから.......。」
テンは俯いた。

「ざっくり言うと“神っぽい何か”。」
突然後ろから声が答えた。

振り返るとニシキ博士がパソコンを抱えながら立っていた。

「もっと詳しく言うと“我々の次元の常識を超えた者”だ。」

ニシキ博士はパソコンの画面を見せた。
そこには変な文字が画面いっぱいに書かれていた。

「これは一体......。」

「大日軍がアラブに送った文名だ。奴らの衛星の電波を友達のクラッカーに盗聴してもらった物。」

「違います。この文字は一体何語ですか?」
フィロは目を凝らした。

「これは、ニホンゴだ。」
ニシキ博士が答えた。

「ニホンゴ?」

「ああ。大災渦前に統一されていたニホン国で使われていた死語だ。」

「そしてこれは?」
テンも興味を持ったらしい。画面の左下に書かれてあるまた別の文字を指差した。

「エイゴだ。一時期は世界のほぼ全土で話されていた言語。だけどコレも死語になっている。それより内容を翻訳してあげよう。」
そう言うとニシキ博士は文を読み始めた。

<報告書。昨夜墜落したNJの航空機の積荷回収に失敗。積荷の詳細は明らかになってはいないが[WITG]の情報によると次元を超えた何かを輸送していたもよう。一方ロシア軍は積荷の一部“羽”の回収に成功した。フィクテゥスの指示を待つ。>

<Failed to collect the cargo of NJ's aircraft that crashed last night. Although the details of the cargo are not known, the WITG said they were transporting something beyond the dimensions. On the other hand, the Russian army succeeded in collecting part of the cargo's "wing". Wait for FIKUTEXUSU's instructions.>

「色々な事を聞きたいんだけど.......まずWITGって何?」
フィロが歯切れ悪そうに聞いた。

「世界情報売買グループ。まあ様々な情報を集めて売るっていう変わった民間の諜報機関で秘密結社だ。この世界は情報が大事だからな。」

「そいつらが今回の件に関与しているの?」

「さあ......今はなんとも言えない。ただ世界各国にパイプを持っているらしい。あまり関与してはいけない連中っつう事は分かるな?」

「あと羽って........。」
テンは自分の背中に手を伸ばした。
「私の羽がない!!え?!アレもしかして私の羽の話だった?!」

「そう.....だよ。気づいてなかったの?」

その時、広場からミゲルの怒鳴り声が聞こえた。
「いい加減寝ろ!!明日続きを話せ!」

フィクテゥス

USSドミナリーはアメリカが合衆国だった時に作られた最初で最後の核動力第五世代目のハワード・W・ギルモア級弾道ミサイル搭載核融合潜水艦である。

艦番号SSBN839
全長180.00メートル
全幅13.1メートル
排水量約49,000 トン
安全潜行深度1,000メートル
最大潜行深度1,250メートル
最大速力水上35ノット水中55ノット
CVX社製CV01原子核融合炉
NEL社製Mk89弱音推進機関
仙桜重工業製音波巡回ソナー
仙桜重工業製装甲自動修復機能
乗員110名
兵装 DECO27魚雷発射管6門
   核弾頭24発

まさに世界の“戦争をする為”の技術を集結した潜水艦だ。
しかしその特徴はなんといっても世界初の核融合炉を搭載した潜水艦という事だ。
この炉は従来の原子炉とは違い、海水から核融合に必要な重水素と三重水素を取り出し永久に発電できるのである。

「フィクテゥスさん。そんな潜水艦を発見するなんて困難ですよ。」
サムイル教授はテレビの画面を見ながら言った。
「いくら貴方が投資しようとも不可能です。」

テレビの画面には何も映ってなく、ただ黒い画面が広がっていた。

「なるほど........そうですか。」
真っ黒な画面から声が聞こえた。
「しかし、サムイル教授。僕が誰なのか覚えてもらいたいね。」
その声は合成されており、トーンもバラバラになっていた。
「やろうと思えば貴方の情報を世界中にばら撒けるんですよ?」

サムイル教授は眉を顰めた。

「私たちは、全力を注いで潜水艦を探しております。しかしながら、やはり不可能です。今まで各国が潜水艦を捕まえる為に軍艦を送りました。だが奴の積んでいる[CASAIはいかなる方法で近づいても感知し、即座に撃沈する能力を持っています。」

「分かりました。」
フィクテゥスが言った。
「だけども貴方を信用しているからこの事は任しているんです。何としてでも入手して下さい。」

「分かっています。」
サムイル教授が答えた。

「そうそう。そういえば.......。」
フィクテゥスが付け足した。
「天使について新しく情報が入りました。それによると奴は人類にとっては危険だそうです。早く見つけて殺した方が良いでしょう。」

「分かりました。それでは。」
そう言うとサムイル教授はパチリと瞬きをした。

画面には<通話終了>と白い文字が浮かんだ。

「やれやれ。あのWITPのCIOめ。我々を使いよって........。」

彼は空中を見つめた。そして人差し指で空中を指差した。

「またC-チップの調子が悪い。」
彼の手は空中を撫でるように動いた。まるでキーボードを叩くように。

コンコン

誰かがドアをノックした。

「入れ。」
サムイル教授は後頭部に手を伸ばすと銀色の500円玉ぐらいの大きさのチップを外した。

使命

「と、まあこんな感じだ。フィクテゥスの発信場所はアラブ首長国連邦。」
ニシキ博士は再生ボタンを止めた。

アスノヨゾラ哨戒班の隊員全員が会議室に集まっていた。

「盗聴できたんだな。C-チップって。」
ミゲルが言った。

「それよりテンは本当に危ない奴なの?」
フィロはテンを見つめた。

「私も何でここに来たかは分かんない。」
テンは肩をすくめた。
「だけど昨日寝てちょっとだけ分かったかも........。」

「どう言う事だ?」
ミゲルが身を乗り出した。

「私には何か“使命”がある事。そしてその使命を果たすにはあの“羽根”を取り返す必要がある事.......それだけは分かった。」

「その“使命”って何?」
ヴェルケが恐る恐る質問した。

テンは考え込んだが返ってきた答えは

「.........分からない。」
だった。

「まあだけど、どの道羽根を取り返さなきゃいけないっつう事は変わらない。」
ミゲルが笑った。
「なんてったって俺たちはアスノヨゾラ哨戒班だ!!!困っている人を助けるのが俺たちの仕事だろ?!な?」

ヴェルケは困った顔をした。
「だけど僕たちはパスポートも持ってないんだぜ。どうやって飛行機に乗るんだよ?」

「偽造パスポートを作ってもらった。」
そう言うとミゲルは5枚の大日のパスポートを机の上に置いた。

「なら武装は?飛行機で行くから銃器は持っていけないんじゃ......。」

「私が現地で腕利のガンスミスと友達なんだ。現地で揃えれば良い。」

「チケットは?」

「もう取った。」

フィロはテンと顔を見合わせるばかりだった。こんなにも奇跡が起こるとは思っていなかったのだ。

「フライトは?」

「明日だ。荷造り開始。」

全員が作業に取り掛かった。
フィロは小さな荷造りをすると、特にする事も無かったのでミゲルの部屋に行った。
ノックしようとすると、革ジャンに作業ズボンのミゲルがダッフルバッグを抱えながら出てきた。
いつも戦闘服を着ているイメージがフィロには有ったが、あまり気にしなかった。

「カッコいいだろ?」
ミゲルは革ジャンを見せつけながら笑った。

「やっぱり戦闘服は脱いだ方がいい?」
フィロが質問した。

「まあ.....そうだな。俺の服、何枚か貸してやるよ。」

フィロの格好はTシャツにM1ジャケット、短パンになった。

「何か変な感じ。」
フィロはTシャツを見ながら言った。

「我慢しろ。民間人として装うんだ。あと念のため戦闘服は持ってけ。」

外ではヴェルケがモーターボートの準備をしていた。

「よし、皆んないけるな?!」

「おう!!行こうぜ!!」

モーターボートは全員を乗せて出発した。

アラブ首長国連邦

昔から中東ではよく争い事が起きていた。

しかし大災渦時、中東だけが唯一核弾頭が1発も落ちなかったのだ。

そして今はアラブやイラン、トルコ、インドなどが指導して中東の大規模なインフラ改善が行われ、皮肉にも“世界一安全な場所”と呼ばれるようになった。

アフリカは西側の支援が無くなり、自給自足が出来ず、殆どの民族が餓死した。

イスラエルは強力なバックアップであるアメリカが無くなったことにより一気に中東各国に追い詰められ、たった一週間で呆気なく消滅した。

北朝鮮は崩壊した韓国、ニホンに中国やロシアの残兵と攻め入ったが、ロシアの支援が無くなったため国力が弱まり、中国に吸収されてしまった。

このようにバックアップがある国は次々とその歴史に幕を下ろし、歴史の遺物と化した。

イギリスは異例だ。
彼らはどうにか政府を立て直したが、今まで輸出品に頼っていたため、物価の高騰に痺れを切らしたイギリス軍の残兵がクーデターを起こした。
結局政府は2年で陥落した。

アメリカは東西に分断され、国力を取り戻そうと石油を求めて中東に攻め込んだ。
だが世界中の企業が避難して、バックアップに付いている中東各国に彼らの旧式の兵器はかすり傷さえも付けれなかったそうだ。
最終的には返り討ちにされた。

そして一番不思議な点は“西側が崩壊してから一度たりとも中東では戦争が起きてない”のだ。

「よし、通っていいぞ。」
国境警備員がフィロ達を見た。

「放射線検査はしましたか?」
別の警備員が優しく聞いた。

「はい。」
ミゲルが答えた。ここら辺のやり取りは全部彼がやってくれる。

「どこから来たんですか?」

「大日から......。」

「ああ。あの国ですか。僕も知っていますよ。」
そう話しながら警備員はパスポートにハンコを押した。
「それでは、皆さん。アラブ首長国連邦へようこそ。」

空港から出るとムーンとした暑さがフィロ達を襲った。
しかしフィロはそんな事より呆気に取られているところがあった。

「人が.......いる!」

人が出歩いているのだ。防護服なしで!

「そりゃあ中東だからな。放射線汚染はされていない。」
ニシキ博士が自慢げに説明した。

「それにしても暑いねー。」
テンが汗を拭きながら言った。

「とにかく此処では色々な人種がいる“秩序”の世界だ。今からさっさとタクシーを拾うぞ。」

「あれ何?!」
テンがビルにくっついている巨大なテレビを指差した。

画面にはスーツを着た男と、バカ長い髪をツインテールにし、ピンク色のワンピースを着た女性が向かい合って座っていた。

「えー、本日はインタビューよろしくお願いいたします。」

「はい、よろしくお願いします。」

「では、軽く自己紹介を。」

「Vチューバーかつバーチャルアイドルの
ファレレでーす。よろしくね♪。」
トーンはバラバラだった。まるで合成されているように。

「あれはAIだ。存在しない。」
ミゲルが言った。
「大災渦前のニホン人も“存在しない者にペンライト振っていた”らしいがな.....。」

フィロは信じられなかった。
あの人が存在していないなんて!
あの笑顔、あの目、あの皮膚は人間が作った“産物”なのだ。

「それにしてもおっそろしい時代だぜ。
存在しない.....いわゆる幽霊を作れてしまうんだから。
しかも、それを使って情報操作で人を惑わすこともできるんだからな。
つまり“ご主人様を騙せる奴隷”だ。
だけど結局、アイツはただのプログラムの文字列でしかない。」
ミゲルがインタビューに答えているバーチャルアイドルを見た。

フィロは冷たい物を背中に押し付けられた気がした。
AI。
人間に使われ、人間を使う、22世紀の奴隷。

「今日は何か食べましたか?」
スーツ男が質問した。

「何も食べてないですね。」
ファレレが答える。

「好きな本はありますか?」

「それは、な・い・しょ♡」

「趣味はありますか?」

「何を聞いてもノラリクラリしている。」
テンが言った。

「そりゃあアイツはあくまで“推し”を演じるための奴だからな.......。奴らにとって人間を騙すなんて朝飯前さ。
アイドルなんか、“まやかす”者だ。
“目を背けたい、あるいは背けさせたい事から意図的に人の目を背け、甘い汁を飲ませる者”それがアイドルだ。」
ミゲルが静かに言った。

ニシキ博士はスマートフォンを睨んだまま止まっていた。

「このクソ野郎!機種が古すぎるとよ!!」
そう怒鳴るとニシキ博士はテンの手を引いた。
「タクシーが呼べないから、電車で移動だ!」

C-チップ

電車に乗ると、フィロ達は手直の席に座った。

そこでフィロは奇妙な光景を目にした。

車内には人が点々と乗っているのだが、その全員がボーと空中を見つめているのだ。
時々、手をちょっと動かすだけで、まったく動かないのだ。

虫でも飛んでいるのかと思ったが、羽音さえもしない。

「C-チップだな。」
ミゲルがフィロとテンに説明しだした。

「人間の脳に埋め込んで使用するスマートフォンみたいな物だ。確か中脳に映したい情報を伝えると、本人にしか見えない画面が現れるらしい。詳しい仕組みは機密にされているけどな。」

「すっごい、うろ覚え。」
テンが突っ込んだ。

「しょうがないだろ。なにしろ情報が少ねえし.........。WITGの奴らなら知っているかもしれんが......。」

「よし。着いたぞ。」

一同がニシキ博士と一緒に降りた場所は絵に描いたようなスラム街だった。
綺麗な建物が立ち並んでいた空港周辺とは一変し、砂埃まみれの家が立ち並んでいた。

「ここに本当に友達がいるの?」
テンは相変わらずニシキ博士に手を握られている。

「ああ。すぐそこだ。」

こうしてアスノヨゾラ哨戒班が向かったのは裏路地にある如何にも怪しいシャッターの前だった。

ニシキ博士はシャッターの横に付いているドアを3回叩き、少し間を空けてから2回叩いた。

「誰?」

「ニシキだ。」

最後に名前を言うと鍵が外れる音が聞こえ、ドアが開いた。

「ニシキだ!!おねーちゃーん!!ニシキが来たよ!!」
中なら顔を出したのは二十代ぐらいの若い女性だった。
Tシャツに作業ズボン、カーキ色の作業作業エプロン。頭には赤いスカーフを巻いていた。

「久しぶりだな。ソフィー。」
ニシキ博士はソフィーと呼ばれた女性の頭を撫でた。
アスノヨゾラ哨戒班の中で1番背が高いニシキ博士がソフィーと同じ年頃とは思えなかった。

「この人達は?」

「コイツらはちょっと用事があるから連れてきた。エリーフの所に案内できるか?」

シャッターの中は工房のようになっていた。コンクリート製の壁には釘が打ち付けられており、大小様々の銃が掛けられていた。
真ん中には作業机が陣取って、その上で何か組み立てている女性がいた。

「おい。エリーフ!!」
ニシキ博士が怒鳴った。
「お前の幼なじみが来たぜ。」

エリーフと呼ばれた女性はパッと顔を上げた。

しかしその顔ときたら、ソフィーと全く同じなのだ!
服装もエプロンがモスグローンの事とスカーフの代わりにゴーグルという事を除けばソフィーとは瓜二つだった。

「来たか、誰にもつけられていないな?」

「大丈夫だ。エリーフ。」
そう言うとニシキ博士はフィロ達に向き直った。

「この二人は私が知る中で最高のガンスミス。エリーフ・シュピーゲルトーンと
ソフィー・シュピーゲルトーンだ。」

エリーフとソフィーの二人が並ぶとフィロは一瞬どっちがどっちか分からなくなった。
こんなに瓜二つの人が存在するだろうか。
体型、輪郭、眼の色から髪の色、身長から全て同じだ。

「さて、ニシキ。要件は何だ?うちの店に迷惑がかからない方が良いが.....。」
エリーフが腕組みをしながら言った。

「それは大丈夫.......。」
そこでニシキ博士はパッと工房の一角を見た。そこだけ機械などの影で暗くなっている。
「他に誰かいるな?」

「ああ。後でサプライズとして言おうとしていたけど.......バレちゃったから仕方ないか。」
ソフィーは暗闇からまた別の女性を引っ張り出してきた。
服装として工房の人間じゃない事は分かった。

「ベルじゃないか!!」
ニシキ博士は驚いだように言った。

「やー、ニシキか。はろー。」
ベルと呼ばれた人物はアスノヨゾラ哨戒班の方に向いた。
「こんにちわー。ウチの名前はローラ・ベル・ヴォルカでーす。趣味はシンセサイザーでーす。よろしゅー。」

その声は如何にも面倒くさがり屋な、まるで伸びた麺のような感じだった。

「ベルはこう見えて凄腕のクラッカーだからな。」
ニシキ博士が言った。

「えー。べーつーにー、ウチはただの無名ボカロPだからー。」
ベルは照れているつもりのようだが、フィロには面倒くさがっているようにしか聞こえなかった。

「良いじゃん。」
ソフィーはベルを小突いた。

「それじゃあ、本題に戻ろう。」
エリーフが言った。

何モノかの思考

やれやれ、情報を操るのはやっぱり労力使うな。
それに声も変えなくちゃならないし........。意外と大変だな。

「フィクテゥスさん。電話です。」

僕だ、フィクテゥスだ。どうした?
ん.......ほう...........なるほど..........。
で、奴らはC-チップを?.........持っていない?

場所の特定は無理か?スラムに?..........ほう。
.......天使は?アイツはどうだ?..........本来の目的を失っているだと?

よしよし。それで良い。そしてスラムで何を?.....見失った?防犯カメラもダメ?

どういうことだ?.......え?.........奴らが通るタイミングで邪魔が入る?

それもあの天使が原因だ。奴らはスラムにいるんだろ?徹底的に絞り込め。
分かったか?

<通話終了>

USSドミナリーの発見には至っていない。
しかも、あの天使が邪魔をしてくる。

しかし僕は奴の羽を持っている。それをアイツが手に入れない限り、本来の目的は忘れたままのはずだ.......。

フフフフ、フィクテゥスが何者なのかは誰も知らない.......。

自分への返信
「まあ僕がメズマライザー(魅惑的)で腐れ外道で、頭脳炸裂野郎だから?」

今、世界中の軍隊が僕の為にドミナリーを探している。地球上の人間の一人がその事に気づき掛けても、僕には蜘蛛の巣の振動が伝わるようにすぐ分かる。

そして甘い汁を吸わせればソイツは、すぐ目を背ける。

こんな時代に誂えた  見て呉れの脆弱性
本当の芝居で騙される 矢鱈と煩い心臓の鼓動

まさにpanis et circenses。パンとサーカス

しかし世の中は再び“秩序の世界”に戻りつつある。僕はそれを望んでいない。
二つの超大国が歪みあったあの時代へ.......。

かと言って“無秩序の世界”も望んでいない。

人間は己の欲望の為に生き続ける生物.......。
人間が存在する限り地球の生態系は元には戻らないだろう。

はるか昔。第二次世界大戦だったけな?
アメリカという軍事国家は原子爆弾をニホンに投下した。

1945年8月6日午前8時15分

1945年8月9日午前11時02分

あの日、あの時、合計24万6千人の命が吹き飛んだ。

合計246000人

男性、女性、子供、味方の捕虜

街、工場、人間、そして未来..........。

全てが一瞬で消し炭になった。

世界は思い知った。

「核は恐ろしい物」

世界は考えた。

「核は力を持つ物」

世界は持った。

「核を」

どんなに血が、どんなに涙が流れたのだろう。
.........いや、血も涙も流れなかっただろう。
6000°の熱線で全てはなくなった。

原爆の恐怖も”時間“という物で歴史の中の出来事になってしまった.........。

そして21世紀が到来した。

人達が願った

”ミセカケ平和(ハーモニー)の時代“

二つの国が対立する

”啀み合いの時代“

情報を操作し、目障りな物は隠し、催眠術のように人を操る

“まやかしの時代”

そんな事が出来る

“トンデモない時代”

純情?なにそれ?
愛情?ないそれ?
もういい。聞き飽きた。

世界中は騙されて、騙した。

僕もそんな時代に生まれた。

虐め、性暴力、詐欺、パワハラ........。
身の回りの色々な所に人間の野蛮さが散りばめられていた。

自分への送信
「ねえねえ、昔は言葉で人を殺せたんだぜw。」

自分への送信
「ねえねえ、学校、会社では虐めで自殺する人がいたらしいw。」

自分への送信
「ねえねえ、草w。」

自分への送信
「ねえねえ、ニホンはどうなったの?w」

自分への送信
「ねえねえ、答えてよ..............ダレカw。」

自分への送信

「ねえねえ、壊レちゃうヨ.......イルなラ返ジし.........w。」

そして20XX。ついにニホンが一線を越した。

憲法改正。核を持った。

国民は情報の糸で踊らされた。

“ロシアが、中国が、北朝鮮が攻めてくる”

“武装しなくては........”

“北朝鮮が弾道ミサイルを試験発射........“

そして票を入れる。

反抗する者→処罰の対象

デモ→テロとみなす

結果:Sky Arrowが沖縄に設置された。

しかし20XX年8月9日午後18時20分
ニホンは自分が持った核というナイフを自分の動脈に突き刺し、他の国にも斬りつけた。

世界中で自動報復警報がなり、核ミサイルが飛び立った..........。

............................神死んだんか?
Ist Got tot?

..............................................Ja?

現実だな。

まあMeta(目標)に向かっているから良いな......。

で........に.....終......り........だ.....。

情報収集

「WITGのビルはオフィス街で一番高いビルだ。」
ミゲルが言った。

「社長室は最上階にあるって事は分かった。さて、どうやってそこに到達する?」
ニシキ博士はビルの写真を見せた。

「隣のワールドブルー株式会社の屋上からワイヤーをかけて、渡っていけば良いんじゃないか?」
ヴェルケが隣に建っているビルを指差した。

「ただでさえ人が多いオフィス街だよ。すぐバレと思うよ。」
ソフィーが意見を出した。

「なら忍び込むのはどうだ?」
今度はミゲルが言った。

「身分証明書を作るのに時間がかかる。あと大体、C-チップを持ってないじゃないか。」
と、ニシキ博士。

「ならもう、銀行強盗みたいに……」

「んー?!みんなー?!ちょっと来てー!!」
パソコンをいじっていたベルが叫んだ。

画面には電話のマークが表示されている。
ベルがそれを押すと

「こんにちは。このパソコンの持ち主さんがた。誰か代表で僕と会話して下さい。」

ミゲルが目でベルに「これ何だ?」と聞いて見せた。

ベルは肩をすくめた。

「すいませーん。居留守しないでください。
今、僕はわざと音声だけにしているんですよ?」

「分かった。何のようだ?」
ミゲルが答えた。

「こんにちは、僕の名前は@initialiです。あなたの名前は?」

名前を聞いて皆んな顔を見合わせた。

「知らない奴に自分の名前は言わない。強いていうならばMだ。」

「Mさんですね。好きな食べ物はありますか?」

ここでベルがスマートフォンのメモ機能に何かを打ち込んだ。

個人情報を特定しようとしている

こう書いてあった。

「ないです。」
ミゲルは慌てて答えた。

「趣味はありますか?」

「ないです。」

「すいません、年齢は?」

「言えません。」

「渋いですね。悩みはありますか?」

「ありません。」

「それも人生ですからね。」

ミゲルは「何じゃこりゃ。」という顔をしていた。

「あの、人間ってどう思います?」

「え.....あ、んー、なんか存在していて?うっ......ウケる?」

ヴェルケはやれやれと言うように首を振った。

「ウケるんですか?そうなんですね...........。」

それから@initialiは黙ってしまった。

「あの.....。」

ミゲルが何か言おうとしたその時、ニシキ博士が叫んだ。

「フィロ!!!Wi-Fiのケーブルを抜いて!!!」

一同とは少し離れた所にいたフィロは咄嗟にWi-Fiルーターのケーブルを全部引っこ抜いた。

すると微かに

「......チッ。まあ......世.....界が終わっ......ている......って......い.....うけど.......人間も.....みん.....な......終わり......ます......からね..........。」
と聞こえ、電話は切れてしまった。

「よく気づいたねー。あやうくー、発信場所を特定されそうだったー。」
ベルが呑気に言った。

「あっぶね!」
ミゲルは額の汗を拭いた。

「だけど、声の高さとかで年齢は特定されているだろうな。」
ニシキ博士が言った。

「これは早めにアイツを捕まえた方がいいよ。」
今まで黙っていたテンが口を開いた。
「私、すっごく嫌な予感がする。」

「そう言えばアイツの名前<@initiali>ってラテン語で仮っていう意味だったぜ。」
ヴェルケが言った。
「絶対アイツ、WITGの奴じゃないか?」

「という事はスラムにいる事はバレている。早めに襲撃しないとまずいぞ。」
ミゲルが頭を掻きながら言った。
「一週間後に襲撃する。みんな充分だな?」

「武器はここに揃っている。改造を急ピッチで進めるよ。」
エリーフが付け足した。

「情報は任してー。」
ベルが言った。

そんな中、フィロは黙っているしか無かった。

6日前:射撃訓練

フィロは地下の射撃練習場にいた。

「私はいつものだな。」
ニシキ博士はブローングHPをエリーフから受け取ると部屋の奥に設置されている的を撃ち抜いた。

「やっぱ、いいよな。」
エリーフは同情した。

フィロには拳銃の良さなんてどうでも良かった。

「あとは..........。」
そう言うとエリーフは傍にあったライフルを手に取った。
金色のメッキが施された発射機関は電球の放つ暖かな光に反射され、鈍く冷たく光っていた。

「これは、M1866“イエローボーイ”じゃ無いか。」
ニシキ博士はイエローボーイと言われた銃を手に取った。

「ニシキはレバーアクションライフル好きだろ?狙撃がしやすいように折りたたみ式スコープも付けといたぜ。」
エリーフは得意そうに言った。

「おい。」
今度は地下室に通じる上蓋から声が聞こえた。フィロが振り向くとミゲルが顔をひょっこり上蓋から出しているところだった。
「人は殺すなよ。もし俺たちが捕まって殺した事がバレたら死刑だぜ。」

「大丈夫だ。コイツはゴム弾を発射出来るように改造してある。警察の足止めにはなるだろ?」
エリーフはイエローボーイをポンッと叩いた。

「俺たちはフィクテゥスを“捕まえる”事が目的だからな。殺すわけでは無いぞ。」
そう言い残すとミゲルは上の階に引っ込んだ。

「他の奴らには銃を与えるのか?」
ニシキ博士はイエローボーイを構えた。

「中東連合警察がどんな武器を持っているかによる。今、ベルがスパイ衛星を使って調べているぜ。」
エリーフが答えた。

「中警の奴らか?主力装備は確かAKだっただろ?」

「それはもう20年前の話だ。今はXM7の改良版を使ってやがる。しかも詳しいスペックは分からないんだ。」

「だけど、CASAIが旧モサドのバージョンだったら役に立たないだろ。大体モサドのCASAIは諜報員用の情報収集タイプなんだから。」

「それが最近更新されたんだよ。新型に。」

「じゃあ旧モサドのCASAIは?処分されたのか?」

「それが噂ではWITGに持ち込まれたらしいぜ。」

フィロは二人の会話に耳を傾けていた。
ーCASAIは指令戦略人工知能。今の軍隊にも大災渦前の軍隊でも重要な存在だ。
そんなのをWITGが持ち込んで何を........。

フィロは自分の頭の中にある情報を漁りまくった。

モサドは確かかつて存在したイスラエルという軍事国家の諜報機関だ。奴らのCASAIは大災渦前は世界一の性能を誇っていた。
だけど大災渦後にバックアップがなくなった事で、中東各国によって崩壊させられた。
その時にモサドのCASAIは持ち出されたんだったけ?

考えれば考えるほど奇妙だ。

なぜWITGは旧型のCASAIを必要なのだろう?

何モノかの過去

「〇〇〇!」

名前が呼ばれた。

講義机から立ち上がって、真ん中の窪んだ所に立っている顰めっ面の教授の方に繋がる階段を一歩一歩降りて行く。

周りからの目線が辛い。

「〇〇〇君だ。また変なこと書いたんじゃない?」

誰かがヒソヒソと呟いた。

そして数人がクスクスと笑った。

真ん中の窪んだ所に足を下ろした。

教授がツカツカと歩み寄ってくる。

かの学会に名を轟かせた南野教授だ。

「君は一体何を考えているのだね?君の分野は心理学じゃないか。ITのレポートを出しても私は採点も出来ないぞ。」

マルもバツも付けられていないレポートを受け取る。

「人間の頭脳のデジタル化」

そう表紙に書かれてあった。

皆んなから見ても間抜けそうな顔をしていたのだろう。

講義室中に笑いが起こった。

俯き加減に講義室を出ると、レポートを悔しさのあまり手直のゴミ箱に突っ込んだ。

そして立ち去ろうとした時、誰かにポンッと肩を叩かれた。

振り返ると“完全体”こと山田先輩が捨てたレポートを押し付けてきた。

「落としたぞ。〇〇〇。」

彼はスポーツも出来て成績もピカイチ、こないだなんかは科学コンクールで一位の座を奪った。

そして何より下級生思いだ。まさに”PERFEKT山田“だ。

「あ.......はい。」

くしゃくしゃになったレポートを受け取ると、そそくさと逃げようとした。

「〇〇〇。お前のレポート、ちょっと覗いたけど普通に良いぜ。」

先輩の言葉を聞いて立ち止まる。

「本当ですか......?」

「ああ、俺は嘘はつかない。あの石頭の南野教授の目が濁ってやがる。見る目がないな。」

「なら僕はこのレポートをどうすれば........。」

「まず詳しく見せて。俺だって少ししか見てないから。」
そういうと山田先輩と一緒に食堂に向かった。

天野若国立大学
旧帝大の中でもかなりマイナーな存在だ。
唯一のキャンパスは東大と共有。

八大学の中では最も小規模な国立大学でもあるが戦時中は物凄いエリート達を出していたり、大日帝お墨付きの軍事開発部門が存在したり、戦後は一時期日本赤軍の残党が潜んでいたりとかなり勢いはあったらしい。

しかし20XX年の今ではすっかり勢いは失われ、学生数はたったの10,002人まで落ち込んだ。

「何で〇〇〇は心理学の方に入ったんだ?ITの方が向いていると思うぞ。」

先輩は食堂の椅子に腰を下ろしながら言った。

「それよりレポートを見せて。」

山田先輩はレポートを受け取ると、パラパラとページをめくった。

「人間の脳のデジタル化?」

「はい。人間の脳は脳細胞の集合体です。そして神経伝達物質が、次のニューロンの細胞膜にある受容体に結合すると、電気信号が生まれ情報が伝達されます。僕はこの電気信号をデジタル化してコンピューターに移植する事が出来れば、人間は肉体は要らなくなる、つまりコンピューターの中で電力が供給されるまで半永久的に生き続ける。」

山田先輩は真剣に話を聞いていた。

Cogito ergo sum.  Ich denke, als ich bin.

「出来そうにもないな.............だけどやっぱり無理だと思うよ、〇〇〇。それはSFの世界の話だ。“とんでもワンダース”だよ。」

「...........................................。」

「君の一家が放火によって亡くなったのは知っている。気が動転するのも当然だ。だけどな、〇〇〇。現実を受け入れなくてはならない。大体不死になったら、もうそれは人間じゃない。化け物だ。」
そういうと山田先輩は席を立った。

「自分でよく考えてみたどうだ?」

先輩の姿は食堂に溢れる人の中に消えていった。

1人残された中で呆然と机を見つめていた........。

「........なら化け物になれば良い。」

5日前:情報

ベルがタブレットを持って工房に飛び込んできたのは明け方だった。

「じょーほうが入ったよ!!」
そう言いながら興奮した様子の彼女はタブレットをエリーフの方に放り投げた。

タブレットはエリーフの顔に命中すると天井に吹っ飛び、音を立てて落ちた。

「武器のスペックが分かったのか?」
ニシキ博士が言った。

「それ以外の事もー分かったー。」

ミゲルは下に落ちたタブレットを拾い上げると画面をみた。

「ゲシュペンスト?何だこれ?」

「どーやらWITGの特殊部隊らしいー。むるすれんぽーから派遣されたー。」

「ムルス連邦?!」
ミゲルが驚いた。
「大災渦の時に無くなった国家だろ?そんな所から派遣?」

「大災渦後、ムルス連邦は再建はされたがどの道トルコの手駒だ。満洲みたいにな。」
ニシキ博士がため息混じりに言った。

「確か当時は世界最高峰の幻の兵器を保有していたんだろ?」
ミゲルはエリーフが立ち上がるのを助けながら言った。
「だけど大災渦に時に世界に流出してお終いになってってな。」

「“The Thing”だ。別名モルテム計画。」
ニシキ博士が口を開いた。

「モルテム?ラテン語で“自殺”っつう意味だろ?ニシキ博士、お前なんか知っているのか?」
ミゲルがニシキ博士を睨んだ。

「もともと大災渦前NATOが極秘に研究していたのを20XX年代にW-Bが兵器として開発した物だ。私は元東中華国家国防軍の軍事考古学者だったから少し知っているぞ。」

「何なんだ?核兵器か?」
エリーフはベルに近寄るとゲンコツを喰らわした。

「自主学習特務工作コンピュータウイルス。CASAIの中で選りすぐりの物を使って作られた。元々はサーバー管理用の物としてNATOで開発されていたが、W-Bが敵の弾道ミサイル発射システムに忍び込めるように再プログラムしたんだ。だけど.........。」
ニシキ博士は自慢げにペラペラと説明した。
「情報が何故か流出して今に至るまで発見されていないらしい。」

「奴らは何を始めようとしているの?」
ソフィーは怖がっているようだ。

「一つ心当たりがある。」
そう言うとニシキ博士は椅子にどっかり腰を下ろした。長らく座れれてなかったのか砂埃がムワッと空気中に舞った。

「数十年前に東中華国家国防軍の奴らが東中政府からの密命を受けて東海(東シナ海)やニホン海、釣魚台(尖閣諸島)を調査した時に私は同行したんだ。その時、私はロシアのクラスク国立軍事考古学大学からの留学帰りで疲れていたから何で同行したかは覚えていない。」

「何を探していたんですか?」
フィロが口を開いた。

「鐵鯨。ニホン語で“鉄の鯨”。大災渦の前に建造された旧アメリカ潜水艦だ。
旧人民解放軍の大災渦を免れた少数の資料にはUSSドミナリーと記載されていた。
どうやら大災渦前にオキナワの那覇港湾施設から出港し、そのまま中華民国(台湾)の領海に侵入した。何をしたかったのかは分かっていない。
しかし皮肉な事に米軍によって餓鬼作戦用に設置された第二次世界大戦時のMk26機雷に接触。電気系統がショートし乗組員もろとも海の底に沈んだ。で軍が狙っていたのはその沈没した潜水艦なんだ。」

ヴェルケはその話を聞いて何か思い当たる節があった。
「もしや...........核?」

「正解だ。」

「核って何?ご飯のおかず?」
テンが興味津々に隣にいたフィロの肩を叩いた。

「核っていうのは...........................大災渦って知っている?大昔に起こった人災なんだけど。」
フィロは自分が知っている情報を全て組み合わせた。
テンは綺麗な深海色の眼をフィロに向けていた。
しかしフィロはその瞳が少し濁っているような気がした。

「その時に世界中に落とされた恐ろしい物らしいんだけど.........僕も、いや大災渦後に生まれた人は皆んな核がどんな形をしているか知らないんだ。何しろ大災渦の時に世界中の核は使われちゃったから。」
フィロはいつの間にかテンの眼を見つめていた。
「あ..........ごめん。僕そこまで詳しくないんだ。」
そう言うと赤面しながら俯いた。
テンはイタズラっぽくクスクス笑った。
それは無邪気で純粋な美しい笑い声だった。

「フィロの言った事全部分かりやすかったよ!」

その顔を見た時、フィロは奇妙な感覚に襲われた。
何かが胸の辺りで揺らぐような、不思議な気持ちになった。そしてテンの顔が前よりもずっと可愛く感じられたのだ。

「.......ん?どうしたの?」
テンは首を傾げた。

「へ?...あ?!疲れただけだよ!」

「本当?」

「だいじょうぶ!ちょっと寝てくる!」

余りにもぎこちない自分の行動に驚きながらもフィロは急足で工房から出ていった。

4日前:買い物

「新米!テン!ちょっといいか?」
ミゲルが突然叫んだ。

フィロとテンがやってくると彼は紙切れを二人に渡した。

「ちょっと買い出しに行ってくれないか?俺たちは今ちょっと手が離せないからな。」
ミゲルは変な筒にビスを捩じ込みながら言った。

その“買い物リスト“には走り書きが三つ書いてあった。

「Channel製のタバコとドーナッツにネギ?」

「ああ。買いに行ってきてくれるか?」

フィロはテンと顔を見合わせた。

その頃...................。

「メルト隊長。動きを探知しました。」

メルト・P隊長はレーダー探知機に張り付いている隊員を見た。

「よくやった、マトリョシカ。狙撃準備を進めろ。」

アハト・マトリョシカは顔をメルト隊長に向けた。しかしその顔は人間というよりはロボットのように強張っていた。

「モザ・クロールの野郎に連絡しときますか?」

「いや。新人にやらせろ。」

「了解。」
そういうとマトリョシカは機械的にマイクをひったくった。

「ベノム。聞こえるか?」

ベノム・シュタルクベアはモスクの塔の上で64式狙撃銃を構えていた。

「はい。」
しかし彼の手は小刻みに震えていた。

そう。自分は今から人を撃つのだ。
訓練で撃った的ではない。

メルト隊長はマイクをマトリョシカから受けとった。
「忘れるな。我々は“神話”だ。今から君が殺そうとしている奴は我々の“神話”を崩壊させようとしている。決して失敗るな。」

ベノムは汗を拭うとスコープを覗き込んだ。
ダイヤルを回すと景色がグッと目の中に飛び込んでくる。
視線と銃口を人混みのある商店街の方に向けた。

「いた。」

”目標“が一瞬見えた。
さらにダイヤルを捻る。

人混みに揉まれながら男の子の手を引いて黒っぽい髪の毛の女の子が見えた。

「いいか。丁度真下に来るまで待つんだ。」

砂塵がベノムの口と64式にかかった。

64式小銃
ニホンがイスラエルへの“支援品”として大災渦前に仙桜重工業が製造を再開した銃だ。
しかし材料費が高騰している中で自衛隊の隊員からも「最低」「戦争が出来ない」と呼ばれ、“武装放棄した国”が作った銃が役に立つはずがない。
これはイスラエルにとっては飛んだ迷惑行為だった。”支援“という形で”スクラップ“が自国に送られてくるのだ。
結局、イスラエルは敵であるはずの中東各国に”支援品“を売り飛ばした。
だが中東各国も”機関銃という名の単発銃“を使うはずもなく、予備武器に回されてしまった。

少女は呑気に射程地に進んだ。

「引き返してくれ!!」
という気持ちと
「来い!!」
という二つの気持ちが入り混じっていた。

「失敗るな。」
メルト隊長の声が頭の中で反響した。
バッカヤロウッ!!
ブレるだろ!照準が!!

ただでさえ4.300gもあるんだぞ!

しかしベノムの思いも虚しく、彼女はスコープの照準の真ん中に入って来た。

「...............................................................よし。撃つぞ。」
そうベノムが重いトリガーを引き掛けた時だった。

突然その女の子がハッとベノムのスコープを見上げた。
男の子は何か心配そうな顔をして何か言っている。

「!!いや!撃つんだ!!」
しかし力が入らない。

「俺の体だろ!!!!うごげ!!トリガーを引くんだ!!!!」

しかし神経は麻痺したようにグリップを握った状態で止まっていた。

「ひけ!!!!トリガーを!!!!!!」

そう思った次の瞬間女の子が急に涙目になった。

「!!........................................。」

しばらくの間ベノムはトリガーに指をかけたまま止まっていた。

しかし突然

「ベノム!ターゲットに命中したか?!」

驚いた拍子にフッと人差し指に力が入ってしまった。

「あっ!!」

ガキ!!

弾は銃口から出なかった。

代わりに金属が擦れ合ったような音が銃の機関部から聞こえた。

ベノムは驚いて排莢口を覗いた。

「弾詰まりか....................。」

彼はガッカリしたようなホッとしたような気分になりそのままヘナヘナと座り込んでしまった。

「こちらベノム。」
ベノムは無線機を口の前に持った。

「銃器にトラブルが発生。現在射撃は出来ない。」

彼は返事を待つ間に狙撃銃からスコープを切り離すと女の子が無事か確かめようとした。

だが彼女の姿はもう無かった。

しかしベノムには何故か分からないが女の子が無事ということは分かった。

ネコ

「大丈夫?」
フィロはテンを心配そうに見た。

「いきなり止まったら泣いたりしてどうしたの?」

「ただあのモスクをみていただけだよ。」

二人はあまり話さなかった。
普段はよく話すのだがいざ二人っきりになるとフィロは気まずく感じた。

昨夜、あの奇妙な気持ちが気になってニシキ博士と話した事をフィロは思い出した。

「それは思春期だな。」

「何ですかそれ。」

「簡単にいうと大人になる段階。声が変わったり、異性を意識する、性欲を求め始める時期だ。」

「え?だけど僕はテンの事が好きなのかな?」

「まあ..........私は一様考古学者だからそこまで知らないけどな。だけど君はテンの事をどう思っている?」

「..........................可愛いし僕より賢いから守ってあげたい。」

「それはもう、テンに恋しているっていうんだ。」
ニシキ博士はブローニングHPの手入れをしながら言った。

「だけど守ると言っても好きって事じゃないんじゃ無いですか?」

「なら君の目の前でテンとピッチピチの美少女が付き合ってと言って来たら君はどちらと付き合うかい?」

「.................................テン。」

「な?やっぱり好きじゃないか?」
そういうと彼女は分解してあったブローニングHPを組み立て終わり、ジャキッと壁に向かって構えた。
「まあ、守りたいものを守れば良い。」

フィロは今一度テンを見た。

深海のような瞳、白い肌、黒い髪の毛........。

「あ!ネコだ!」

「ヘ?ネコ?」
フィロはネコという単語で魂が自分の体に戻されたような気がした。

テンが見つめる方向を見るとそこには三、四人の若者が輪になって集っていた。
そしてフィロには若者の足の隙間から一瞬だけ赤い物が見えた。

「おい!見ろよ!血が流れているぜ!」
若者の一人は棒でツンツンとその“物”を突いた。

「いつも魚を盗んでいるからな!この罰当たりネコが!」
もう一人の若者が笑った。

その時テンがトコトコとその輪の前に歩いて行った。

「テン!」

フィロもその後を追って輪の手前に歩み寄った。

しかし飛び込んで来たのは悲惨な光景だった。

輪の真ん中には頭部が原型を留めないぐらいグチャグチャになった親猫が力無く横たわって周りには肉片が散乱していた。
その横には小さな子猫がミイミイと突然動かなくなった親猫に擦り寄っていた。

「コイツはどうする?」
若者が子猫を摘み上げた。

「路地の犬にでも食わせようぜ。」

そして全員が路地の方に向かおうと歩みかけた時だった。
突然テンが子猫を掴んでいる若者に走り寄ると彼の足を蹴り飛ばしたのだ。

「いてっ!!」

若者の体は地面に叩きつけられ、捕まっていた子猫は宙を舞い、すかさずテンがキャッチした。

「この子は悪くない!そのお母さんが盗んでいただけで!」
子猫を持ちながらテンが若者に言った。

叩きつけられた若者はうめき声を上げると物凄い形相で立ち上がった。

「この野郎!人前で俺を転ばしたなぁ!?」

この若者は歯軋りをしながらテンに近寄った。

「生かしておけねぇな!」

そう言うと彼は手の骨をゴキゴキ鳴らした。

「やっちまえ、アニキ!!」

後ろにいた小柄なチンピラが囃し立てた。

フィロからはチンピラの動きがスローモーションのように見えた。
ゆっくりと腕が後ろに引かれ、しばらく止まった。
そして徐々に拳骨がテンに向かって発射された。

フィロにはもう考えている暇は無かった。

サッと拳を振り上げながらチンピラとテンの間に飛び込んだ。

テンは見た。

飛び出した少年の背中を。

テンは聞いた。

人が殴られる鈍い音を。

テンは感じた。

少年に特別な思いを。

フィロのパンチはチンピラの顔面に銃弾のごとく発射され、見事に鼻の頭に命中した。

チンピラは鼻血を噴水ように宙に撒き散らすと、そのまま後ろに仰向けに倒れ込んだ。

「アニキ!!」
小柄なチンピラは自分の親分が16歳の少年に倒された事に混乱しているようだ。

フィロ本人も混乱していた。
自分はテンを、女の子を守る為にチンピラを殴ったのだ。しかしまさか自分にこんな力があるとは思ってもいなかった。

「いい度胸じゃねえか。」
小柄なチンピラの後ろにいたもう一人の長身のチンピラがフィロの前に歩み寄った。

「お前、俺たちをそれで倒せるとでも?」

フィロは少し後退りした。

見るからに長身のチンピラはガタイが良く、勝てる希望は薄かった。

「どうした?!怖気付いたのか?全くコレだから厨二病は......。」
チンピラがそう言いかけた時、フィロの口が何か見えない力によって開けられた。

「いや、僕は青春バカです。ハイ。」

何言っているんだ?!僕は?

「青春バカ?ハハハハハ!!」
チンピラは声をあげて笑った。
「イエローモンキーどもが青春だってさ!」

仲間のチンピラもゲラゲラと爆笑した。

しかし彼が油断している隙にフィロは長身のチンピラの股間を思いっきり蹴り上げた。
これも自動的にだ。
フィロ自身はそのまま逃げようと思っていたのだ。

「ウグッ!!!!」
長身のチンピラは奇妙な叫び声を上げると、股間を押さえながらその場に力無く座り込んでしまった。

その直後に今まで倒れていたチンピラの親分がムクリと起き上がり、フィロを物凄い形相で睨んだ。まるで赤い布を見た闘牛のようだった。

「てめえ.......................。」
そう言うと怒り狂った牛は上着の内側に手を入れた。
そして懐から銀色に輝くナイフを取り出したのだ。
「ぶち殺してやる!!!!!」

そして次の瞬間、チンピラのナイフがフィロめがけて突っ込んできた。
すかさず避けるフィロ。しかし横腹をナイフの刃が撫で、サッと紅い一本の切り傷をつくった。
傷口から血が溢れてTシャツの左側の横腹の部分を赤く染めた。

「っ.......!」

傷からまるで波紋のように痛みが広がった。
フィロは唇を噛み締めた。

「ハハハハハ!!そんな事で痛がるのか?」
そう聞こえたのと同時に親分チンピラが拳を握ると、フィロの腹を殴った。
「弱虫が!!」

「グッ............!」

不意を突かれたフィロは一瞬意識が朦朧とした。
しかし少年は倒れることは無くそこに踏みとどまった。

「それで強いと思ってやがるのか?!」

フィロは戦いたく無かった。
今すぐこの場からテンを連れて逃げたかった。
そこで彼の脳裏をとある言葉が横切った。

「守りたいものを守れば良い。」

「................................気分次第だ!僕は!!」

そう怒鳴るとフィロなナイフの刃の部分を鷲掴みした。手のひらが切れて血が出たが、もうそんな事はどうでも良かった。

彼は親分チンピラが呆然としているうちにナイフの刃をそのままグニッと折り曲げてしまった。

「あ!この.......。」
ナイフを折られた中坊兵はその後にも何かを言いたげだったが、次の瞬間フィロの前蹴りが腹に命中した。

「グハっ..................。」

チンピラの身体はエビのように曲がり、そのまま後ろの部下たちの方へ吹っ飛んだ。

ズザッ!!と砂煙が上がりモウモウとフィロとテンたちの周りに立ち込めた。

「何をやっている.........!オメエら....!奴らをぶっ倒せ!!」
そう親分チンピラの苦しそうな声が聞こえると二人の中坊兵が飛び出して来た。
一人は緑色の金属バットを持ち、もう一人は錆びついたコルトM1911A1を持っていた。

「皮肉だな。」
コルトチンピラが虚な銃口をフィロに向けた。
「またこれがイエローモンキーを撃つことになるとわよ!!!」

フィロには次に何が起きるのかは予想は付いていた。
非正規部隊の新兵とアメリカ海兵隊が残していったコルトをたまたま拾ったアラブ人とどちらが強いだろう。

パァン!!!

乾いた金属音が響いた瞬間フィロはテンの身体を地面に押し付け、自身も同じようにした。

銃弾はそのまま通りを突き進むと奇跡的に雨樋の中に突っ込んだ。

すかさずフィロはそのままムクリと起き上がると金属バットを振り上げてきたチンピラに体当たりを喰らわした。

チンピラは金属バットを握りしめたまま倒れてしまった。

パァン!!!

また発砲音が轟いた。今度は地面を狙って撃ったらしい。

しかしフィロにはそんな事お見通しだった。
ヒラリとムササビのように銃弾を避けると、チンピラの持つコルト1911A1に組みついた。
中坊兵は組み付いたフィロを突き放そうとアメリカ製の拳銃をむちゃくちゃに乱射した。

突然取っ組み合いの真っ只中にまるで審判のホイッスルのように獣の唸り声が両方の耳に轟いた。

「げ!!起きてきやがった!!」
チンピラの顔が青ざめたのがフィロにはわかった。
中坊兵は慌てて拳銃を投げ出すと、逃げ出そうとしたが、フィロに組み伏せられて身動きが取れない。

次の瞬間、唸り声がしたかと思うと路地から何か黒い獣が飛び出した。

一瞬フィロにはオオカミに見えたが、それはオオカミには似ても似つかない悍ましい生物だった。

毛が全て毟り取られ、浅黒い地肌が剥き出しの体には肋骨が迫り出していた。
目は白眼を向き、食いしばった歯からは涎が川のように流れ出ていた。
まさにその”獣“は絵に描いたような狂犬だった。

狂犬は少年に組み伏せられているご主人様を見ると、次にその上に乗っかっている16歳の少年を白い目で見た。
しかしどちらも美味しく無いと判断したのか二人に背を向け、テンの方を見た。

「これはこれは。ディナーコースじゃ無いか。」

そう言っているように狂犬はテンと子猫を見ると舌舐めずりをした。明らかにあの怪獣には子猫をスナックで食べようとしていた所にテンがメインディッシュとして現れたように感じたのだろう。

「食いちぎっちまえ!!」
組み伏せられたチンピラが叫んだ。

フィロはテンと狂犬を見比べた。
テンは涙目になって子猫を抱えながらジリジリと後退りし始めた。

狂犬もそれに釣られて一歩一歩その骨貼った足を踏み出した。

不意にテンが石につまずいた。そしてそのまま仰向けで転んでしまった。

狂犬は待っていましたと言わんばかりに、ニヤリと笑うとテンに飛びかかった。

フィロには考えている暇は無かった。
まるで黒い旋風のように電光石火の勢いで傍に落ちていたコルトM1911A1に飛び付いた。

テンは子猫を抱きしめると、彼女の上に覆い被さるように立っている狂犬を睨んだ。

「食べないで!」

しかし怪獣は人間の言葉は分かるはず無く、ガバリと巨大な黒い口を開けると、テンの喉に牙を突き立てた。
テンは子猫を抱きしめたまま目を閉じた。

パァン!!!

バキッ!!グチャ!!

首に浅く刺さった牙の力がフッと羽のように無くなった。
テンは何が起こったのかと目を開いた。
狂犬の目には驚きと怒りと恐怖が写っている。
不意に狂犬の右側のこめかみからツーッと血がテンの顔の真横に流れ落ちた。

「あ.........。」

テンは何かを言いたそうだったが、怪獣の身体はよろよろと力なく揺れると、バッタリと横にゴム人形のように倒れてしまった。

フィロはピストルを構えたまま突っ立っていた。一か八かで撃った弾がテンを食おうとしていた狂犬の頭を撃ち抜いたのだ。

狂犬のこめかみには強力な45口径の銃弾がぶち開けた穴がポッカリと口を開き、辺りには血と脳みその破片が散らばっていた。

しばらく二人は時が止まったように見つめ合っていた。

「怪我は........ない?」

フィロはピストルを投げ捨てた。

「う.....うん。」

そういうとテンはフィロの前にたった。
二人とも目は見つめ合ったままだ。

「ありが.......とう。」
テンは俯いた。恥ずかしさに顔がどんどん赤くなっていった。

「どう.......いたしまして。」
フィロもじっと相手の眼を見つめる事は耐え難かったのかテンと同じように俯いてしまった。

しかしそんな気まずい時間も長くは続かなかった。

パトカーの甲高いサイレンが遠くから聞こえてきた。

「警察だ!!」
フィロはそう叫ぶとテンの手を取って来た道を急いで走っていった。

異常発生

ミゲルの心配は大きくなった。
もちろんタバコを吸ってないからでは無い。

工房を行ったり来たりしながらフィロたちが帰ってくるのをジリジリと待った。

「やっぱり何かあの子達にあったんじゃ無い?」
ソフィーは銃底を機関部にくっつけながら姉の方を見た。

ミゲルはテーブルの上に置いてあったS&WM28ハイウェイパトロールマンの四インチモデルを手に取った。
電灯の光を受けてギラギラとその冷たいベークライト製の殺人兵器はミゲルを見つめているようだった。

「俺が今から見にいってくる。」
決心したようにミゲルは言った。そしてM28を腰のホルスターに差し込んだ。

「やめとけ。」
ヴェルケが止めた。
「お前が警察に追っかけられたらどうするんだよ?」

「大体俺がお使いに出したんだ。自分のやった事は自分で片付けなければならねえ。」

ミゲルはドアノブに手をかけた。
すると、どうだろう。外から何者かがノックしたのだ。

ヴェルケは「ほら。言わんこっちゃ無い。」というような顔をするとモーゼルC96を片手にミゲルの横に立った。そして一斉にドアを開けた。

二人が予想していたのは向けられた銃口か飛び込んでくる鉛弾であった。しかし彼らの目に飛び込んできたのは更に悲惨な光景だった。

フィロはテンを背負っていた。しかしその顔にはなんとも言えない表情が浮かんでいた。
テンはグッタリと力なく身を任せ、時々ガタガタと震えている。

「お.......おい。何が.........。」
ミゲルが言い終われないウチにテンが喘ぎ、血が滝のように口から流れ出た。

「オェェェ.......。」

「っ?!」

ネチョネチョした液体はフィロのTシャツを更に赤く染めた。
ミゲルとヴェルケが呆気に取られている間にフィロはヨロヨロと工房に入るとグッタリとしたテンを手直のソファーに寝かせた。
Tシャツの背中は度重なる吐血でオリーブレッドのシミが覆い被さるようについていた。

「テンが.........テンが.......。」
まるで陸に上がった魚が空気を求めて喘ぐようにフィロがしゃくりあげた。

「博士!!大変だ!!」
ミゲルが怒鳴った。

「医者を呼べ!!」

それからドアが再びノックされたのは1時間半ぐらい後だった。その間テンは吐血を繰り返し、顔はワインレッドのねっとりとした液体で埋め尽くされ、ソファーの周りには飛び散った血の斑点が点々とついた。遠くから見たらまるで少女の顔が滅多刺しにされたように見えただろう。

レオン・ティーフトーンはソマリア統一海軍の看護兵で左腕にAKの刺青を彫ったで壁のような男だった。

ソマリア統一海軍は海賊上がりの集まりかと思うかもしれない。しかしインド洋が彼らに守られていなければ今頃中東はアメリカ人がひしめく土地になっていたのかも知れないのだ。

そんな屈強な“看護兵”が工房のドアをくぐって入って来たら誰もがきっと特殊部隊所属だと思うだろう。
しかしこの男は戦場では銃ではなく救急箱片手に走り回るメディックなのだ。

「やあ、ミゲル。傭兵時代から変わってねえな。」
そうレオンは言うとミゲルと握手をした。

「そちらこそ、レオン。相変わらずの“特殊部隊”所属だな。」
ミゲルはニヤッと笑った。
「思ったより早かったな。」

「なぁに。アメリカの工作船を三隻しばき上げた報美に休暇をもらっていたんだ。ところで患者は何処だ。ソファーの周りに吐血した跡があるが........。」
レオン医師はチラリと血塗れのソファーを見た。

「吐血が治ったら上で寝かせている。」
二階からの階段を降りながらニシキ博士が現れた。

「分かった。すぐ行く。」

筋肉の塊である看護兵はノシノシと二階へ通ずる階段をニシキ博士とミゲルと一緒に昇って行った。

フィロには長い時間が経ったように感じた。
一分一分がジリジリと自分を見つめながらゆっくりと通り過ぎて行く感じがした。

しばらくするとミゲルとニシキ博士が2階から暗い顔をしながら降りて来た。

「なんか検査をやるから降りていてくれだとよ。」
ミゲルが吐き捨てるように言った。

それから十分後にレオンが階段から巨体を揺さぶりながら降りて来た。

「テンは、どうなったの?!」
フィロの心配は爆発した。しかし叫ぼうとしても瀕死の七面鳥のような掠れた声しか出ない自分に驚いた。

「詳しい検査器具がないから分からないが......。」
レオンは机にもたれかかった。
「あの娘は重度の被爆をしている。」

部屋全体がシーンと静まった。
何一つ動かない。
そしてその静粛を最初に破ったのはヴェルケだった。

「てことは、お前はか弱い女の子の全裸を見たってことだな?検査の為に?」
ヴェルケは屈強な看護兵を睨んだ。
「うらやま.....いや、犯罪だぞ!」

「落ち着け。そして何より君達がもしおっ始めても君達は子孫を残せないだろう。」

「なんでだ?!」
ミゲルが叫んだ。

「どうやら見たところ君達はすでにかなりの量の放射線を浴びている。多分6グレイは軽く超えているだろう。これは生殖器官を失ってしまう量だ。」
レオンは辺りを見回した。

「おいおい.........。」
ミゲルは頭を抱えた。
「つまり俺は........子供を産めないわけか?」

「ああ、お前は傭兵時代から放射線に当たりまくっている。はっきり言ってミゲル、ヴェルケの精巣はボロボロになっているだろう。」

「ならニシキ博士は?」
ヴェルケは何故かあまりショックを受けていないようだ。

「私は被爆の事は承知で軍に入ってから子宮を取っ払った。」
ニシキ博士がブローニングHPを点検しながら言った。

「なら......アスノヨゾラ哨戒班の中で子孫を残せる奴は......いないのか?」
ミゲルは顔を手で押さえたままだ。

「フィロ君は多少希望がある。一時的に精子の数が減少しているだけだ。だけどテンとか言う子は...........。」
そう言うとメディックはハァとため息をついた。
「そもそも地球上の生物には多少免疫力はある。例えばバクテリアなどのだ。しかしこの娘は免疫を持っていないのだ。素っ裸の状態で蛇の群の中に飛び込むような物だ。」

「エデンの園から来たとでも?」
ミゲルが言った。

「さあ。分からない。」
そう言うとレオンは検査器具を鞄の中にしまい始めた。

20XX年 8月9日 18時19分 
東シナ海

マーティ・マキシマイザー大佐はドッシリとした樽のようなドイツ系アメリカ人の大男であり、潜水艦USSドミナリーの艦長であった。
そして何より彼は飛んだオタクであった。
USSドミナリーの処女航海中でこの艦初めての任務中あっても暇さえあれば漫画を読んでいた。

「艦長。まもなく石垣島を通過します。水深100m。」

一等航海士ロウワー・ダルダ中佐はこの“オタク艦長”の事はあまり好ましく無いと思っていた。
もしマーティ艦長が指揮している艦の船長室を見ればロウワー航海士の気持ちに同情するだろう。彼が指揮すると威厳ある船長室はオタク部屋に早替わりしてしまうのだ。

至る所にバンダイのフィギュアが飾られ、書類棚が漫画で鮨詰めになるとロウワー航海士は気分が悪くなるのだった。
この前なんか艦長から青色のツインテールをしたスレンダーな女性のフィギュアをおみあげとして渡された。

「よし。任務は順調だな。」
マーティ艦長は読んでいた漫画を海図の上に置きながら言った。
「パイロット。速度を20ノットに下げてくれ。」

「はっ!」
操縦桿を握っていた船員は返事をした。

「我が“司令”の様子はどうだね?」
マーティ艦長はロウワー航海士を見た。

「物静かなものですよ。」
ロウワー航海士は苦笑いをした。
「ところで今日はどんな漫画を読んでいたんですか?」
この質問はマーティ艦長の機嫌を取る為だった。

「“このすい”っていう異世界系漫画だ。」
そう言うと艦長は漫画の表紙を見せた。
そこにはかなり露出度の高い服を着た女性が描かれていた。

「“この素晴らしい環礁に水爆を!”?面白いんですか?」
ロウワー航海士はしばらく表紙を見つめていたが慌てて艦長を見た。

「最近のニホンの若者は異世界転生や召喚系が人気らしくてね。ほかには“転職したらブラック企業だった件“、”進行のクリーマーヴァンデル“、”ゼロから始める就活“などなど他にも沢山ある。これらはアニメ化もされているぜ。」
艦長はペラペラと喋った。

「艦長は7つの海よりも二次元の事を知り尽くしていますね。」
そう機嫌を取りながらロウワー航海士の心の中は黒いベトベトしたモノが渦巻いていた。

漫画か。
イエローモンキーどもが描くクソエロい同人誌だろ?
気持ち悪い。反吐が出る。
ただの現実逃避用のやつじゃないか。
死んで異世界に転生して無双する訳ないじゃないか。

彼がこう思うのは殆どの外人がアニメ、漫画=エロいと考えている事が原因であるのでは無く、彼自身が白人主義の家庭で育ったからであろう。
しかしロウワー航海士はアフリカから奴隷として連れて来られた先祖の血が彼の中に流れているとは知る余地も無かった。

「そろそろ“司令”を解き放ちますかね?」
ロウワー航海士は話題を逸らす為にソナーマンを見ながら言った。
「船影は?アル?」

ソナーマンのロナルド・アル・パールマスターはソナーに釘付けになっていた。
かの訓練潜水艦“バックスター“で優秀な成績を収めていた彼なら水中のどんな音も手に取るように分かるだろうとロウワーは思った。

「現在周りに船影はありません。」
アルはロウワー航海士とマーティ艦長の方に振り向いた。
「澄んだように綺麗です。所々漁船の音が聞こえますが..........。この近くにいる軍艦といえば半年前の騒動で出動して港で指令待ち中のニホンの海上自衛隊所属はつね型イージス艦「かがみね」「めぐりね」「めいこ」「かいと」ですね。海自の最先端艦勢揃いだ。」

「なら良い。」
マーティ艦長は漫画を置くとコンピュータ技術者のレッド・ラミウスに命令を出した。
「“司令”を解き放て。」

「了解。」
そう言うとラミウスはコンピュータのキーボードに何か文字を打ち込んだ。
スクリーンに文字列が流れると突然船内に声が響き渡った。

「こんにちは、皆さん。私の名はインペリウムです。」
女性のハイトーンな声だった。

「ほう。会話が出来るのか。」
マーティ艦長は興味深そうに顎をさすった。
「従来のCASAIとは比べ物にならないな。それにしても何でボーカロイドの声なんだ?」

「そりゃあ、人間の話し相手になるように設計されていますから。」
コンピュータにへばり付いた技術者は画面を睨んだままだ。
「ヤっている時の喘ぎ声もやろうと思えば艦内に流せますぜ。あとはボカロ曲も国家のように爆音で深海で流せますぜ。どっかの漫画みたいに。」

「いや、結構。」
ロウワー航海士はすかさず拒否した。彼はこのニホン人どもがつくった変な“ボーカロイド”を毛嫌いしていた。電子楽器から出るキイキイした声はロウワー航海士が海軍に入隊した時に初めて乗ったバージニア級原子力潜水艦シャドーモセスがベーリング海でロシアのアクラIII級攻撃型潜水艦ツェリノヤルスクと衝突し、防水壁の向こうに取り残されて溺死、圧死した仲間の叫び声を思い出させた。

しかしこの事故で彼は功績を認められ、その勢いで中佐まで上り詰めたのだった。
「それより試験の内容をさっさと終わらそう。敵の領内でAIが潜水艦を運転出来るのか。」そう彼は言うとブルッと身震いをした。

ラミウスはまた何かを打ち込んだ。

「オートパイロット。これからは私が操縦士、ソナーマン、機関長、艦長を賄います。船員の皆さんは休憩に入ってください。」
声が言った。

「こいつは我が国の領内で実験済みなのかね?」
マーティ艦長は緊張した様子でコンピュータ技師の船員を見た。

「バックスターで実験済みです。その時の結果は良好でした。」
ラミウスは画面を見たまま答えた。

「さーて。俺も休憩に入るかな。」
そう言うと我がソナーマンのアルが椅子から立ち、司令室からドアを通って出て行こうとした。

「待てハル!」
ロウワー航海士が彼を呼び止めた。
「万が一のために君は残れ!」

「えー?」
アルは面倒くさそうにソナーに前に戻った。

しかし彼らは知らなかった。アルがソナーを離れた瞬間に一瞬だけ赤い点が表示され消えた事を。

「我々の任務はこの“司令”のテストと台湾領海に侵入したまま消息を絶った中国海軍の096型原子力潜水艦の捜索だ。」
マーティ艦長は漫画に目を通しながら言った。
「つい先日台湾軍の永靖級掃海艇三番艦永巫が謎の爆発を起こして沈没した。表向きは機雷が誤発したと報じられたが、実際には周辺から中国軍の魚雷の破片が見つかっている。」

「やはり奴らは台湾侵略を遂に開始するのでしょうか?」
ロウワー航海士は温度計測器の計器をチラリと見た。これは彼がコロンビア級原子力潜水艦にいた頃の名残で、このUSSドミナリーが暴走する核分裂反応ではなく安全な核融合反応で動いていても炉内の温度は何と無く気になるのだった。

そう。これは核融合潜水艦なのだ。
彼は何度となく自分に言い聞かせた。
外観は通常の潜水艦とは変わり無いが、こんな黒鉄の鮫が世界の技術の集合体だと言われると驚くだろう。
ロウワー航海士はこの最先端の潜水艦の航海士を務めれる事を少々誇りに思っていた。

「いや、それは分からない。多分今回は偵察なのだと..........。」
マーティ艦長が言い終えようとした時、艦内に物凄い音が轟いた。まるでこの潜水艦が呼吸をしたようだ。

「右舷後方で爆発!第一装甲破壊!」
操縦桿を握っていた船員が怒鳴った。

「ソナーには何にも写ってなかったぜ。ついにチャイニーズが無音ステルス魚雷を腑に打ち込んだのか?」
アルは目を瞑り注意深く水中の音を聴いた。

「第一装甲なら問題ない。自動修復装置が直してくれる。何が爆発したんだ?」
艦長は余裕そうな顔をした。

「機雷です!」

次の瞬間、艦内の赤いライトが点滅し、警報が鳴り響いた。

「火災が発生したらしいです。」
ロウワー航海士が冷静に言った。

「CASAIがどうにかしてくれるだろう。我が“司令”がどう動くのか見てみようじゃないか?」
マーティ艦長はニヤリと微笑んだ。

突然壁にかかっている艦内電話がなった。
すかさず艦長は電話をとった。

「こちらブリッジ。どうした?」

「こちら機関室!直ちにCASAIを止めろ!!さもないと..........。」

「火災発生。」
機関室からの電話はインペリウムの女性のような合成声でかき消された。
しかし艦長には最後の一句まで何とか聞き取れた。

「さもないと配線発火防止のために二酸化炭素が放出されるぞ!!」

電話は途切れ、CASAIの機械的な声が艦内に反響した。
「鎮火シーケンス開始。場所:艦内全域。」

「CASAIをリセットしろ!!」
マーティ艦長の顔は急激に青ざめた。
「緊急浮上........。」

「二酸化炭素放出。」

これがUSSドミナリーの殆どの船員が最後に聞いた声だった。

シューッと蛇の舌ような音が聞こえると白い煙が天井から行き良いよく噴き出した。
そして徐々にそして静かに船員の命を刈り取っていった。

ロウワー航海士は背を低くしハンカチで鼻を抑えた。

無線は?!無線は何処だ?!!

彼は朦朧とする意識の中下に落ちた無線機のマイクを手探りで探し当て口に押し付けた。

「こちらUSSドミナリー!!!」

ロウワー航海士はクラクラする頭をどうにか戻そうとしたが無理だ。
二酸化炭素という死神は彼の背後に立ち、鎌を振り上げた。
航海士は最後の力を振り絞って叫んだ。

「至急救援をよこしてくれ!!」

鎌は彼の命を刈り取った。
そしてロウワー航海士はうつらうつらと虚無に沈んでいった。

死神は全ての命の収穫を終え、ニヤリと笑うと空気循環装置の中に静かに消えて行った。

「消火完了。」
インペリウムは屍たちに報告した。
「被害状況を確認しますか?」

しかし答えるものはいなかった。

主人を殺したことも知らないでUSSドミナリーはその国家機密レベルの金属製の回る尾鰭を回転させながら冷たい水の中を突き進んだ。

その頃地上では、SOS信号がペンタゴンに届くや否や五角形の特徴的な建物は塵と化した。その一秒後にペンタゴンから六マイルほど離れたホワイトハウスがあった場所にキノコ雲が立ち昇った。
そしてそれと同時にアメリカ国内全ミサイルサイロの覆いが背伸びをする様に開くと冷戦時代からウズウズしていた核の種がロシアへ向かって核の花を咲かせる為に飛び立った。
それと行き違いになってニホンからは更にミサイルが発射された。

20XX年 8月9日
関東地方

18時19分
甲府

もし潜水艦内で死神が鎌を使ったのなら今回は馬力のある芝刈り機を使っただろう。

伯方・皆戸はボーッと過ぎていく電柱や線路の残像を見ていた。
部活が終わって飛ぶ様に電車に乗ったが取り止めも無いことが彼の心の中に浮かんでは消えて行った。

腕時計を見る。
18:19

時間の流れが遅く感じるのは何故だろうと功夫はふと思ったが考えるのをやめた。
変な奴だと思われかねないからだ。

また時計に眼を落とした。
18:20

突然窓の外が白くなった。
そして数秒後、様々な事が同時に起こった。
電車が緊急停止したかと思うと轟音が空に轟き、電車の窓ガラスが粉々に割れた。

鉄が擦れる音がすると功夫はそのまま座席から放り出された。
同時にドッという鈍い音が聞こえると耳鳴りが功夫の耳の中で発生した。
微かに叫び声が聞こえ、宝石のようなガラスの破片が彼に降り掛かった。

耳鳴りが治ると彼は即座に立ち上がった。
そして窓の外を呆気に取られて見つめていた。
他の乗客も同じ方向を呆然と眺めていた。

彼ら瞳に写ったのは、夏の黄昏時を背にして立ち上るキノコ雲だった。

18時20分
小田原

田中・匠はタワーマンションの建設現場の足場をドラバー片手に歩いていた。

ふとスカイラインに視線を向けると、白い流れ星がヒュンッと空を横切った。
呆然としている間にキーンと耳鳴りがすると辺りは白い光に包まれた。

それから耐え難い痛みが彼を襲った。

熱い............熱い..........。

皮膚がビロビロに引き裂かれる中で彼が最後に見たものは青白い半球、核の花だった。

その夜

フィロはガサゴソという音で眼を覚ました。
まだ夜中の一時なのに誰だ?
そう思い眼を扉の方に向けた。

なんとそこにはテンがいたのだ。
黒い髪、白いワンピース、深海のような眼。
それぐらい新兵のフィロでも暗闇で見分けれた。

「テン?」

しかしテンはそのまま幽霊のように扉を開けると屋上に通ずる階段を登り始めた。

フィロは本能的に静かにその後を追った。

工房は一階は工房、二階は自室、三階は倉庫と言う構造になっており、フィロ達は仮部屋として三階の部品倉庫で寝ているのだ。

突然階段の先からビュッウっと風が降りてきた。そして屋上のドアが閉まる音がした。

フィロは慌てて屋上に通じるドアを開けた。

薄らぼんやりとした紺色の世界には星が瞬いていた。屋上は殺風景で何もなく、ある物といえば角に押しやられたドラム缶だけ。

そんな中テンはフィロに背中を向けながらスラム街のさらに向こうに延々と広がる夜の砂漠を見つめていた。

「テン?」
フィロはドアを閉めながら囁き声のような怒鳴り声のような微妙なボリュームで砂漠を見ている天使に声をかけた。

「キレーだね。夜の砂漠って。」
そう言うとテンは振り向いてニコッと笑った。それは“本当”で“程よい”笑顔だった。
月明かりが二人を照らした。

彼女には街の明かりより月光の方が似合うとフィロは思った。

しかしこんな真夜中に屋上に行くって何のためだ?
アスノヨゾラ哨戒班の新兵の心臓は早鐘のように打った。

「くーちゃんは寝ている?」
テンは一歩フィロに歩み寄った。

「くーちゃん?」

「助けたネコの名前。食われそうになったからくーちゃん。」
テンはまた純粋な笑いを見せた。

「あ........あのネコね?」
フィロはテンが吐血中も離さなかった子猫の事を思い出した。確かその猫はミゲル達がドアを開けた瞬間に彼女の手から飛び降りるとミゲルとヴェルケの間をすり抜けて中に入っていったのだ。
「うーん。多分寝ている。」

「良かったー。」

フィロはフッと地平線の向こうに広がる青い砂漠を見た。廃高速道路を境に広がるそれは月明かりをうけて、これまで何世紀にも渡って人々の命を飲み込んだこの世に存在する地獄とは言い難い殆どの美しさだった。
そしてその水平線からは宝石をバケツ一杯空にぶち撒けたように星が藍色のような紫色のような夜空に散らばっていた。

「ここ良いでしょ?」
テンがウィンクして見せたのでフィロはビクッとした。
考えてみればテンほど親しくなった人はミゲルかフィロの親父エフレム・ナウムヴィッチ・ノイニコフぐらいだ。それに全員男だった。

エフレム・ナウムヴィッチ・ノイニコフか........。

フィロは永らく会ってない自分の父親の顔を思い浮かべた。

確か階級は中尉だったけ?ミゲルが言っていたような。

しかし浮かんできた顔はどれもボヤけていた。

「あったりまえだ。」

フィロは夜の砂漠を見つめながら自分に呟いた。

「オヤジに最後に会ったのは僕がまだ5歳の時だ。」

そう言うとフィロの胸にグワッと込み上げてくるものがあった。
悲しさ、悔しさ、虚しさ、怒り........。
色々な感情が彼を飲み込んだ。

「泣いているの?フィロ?」
テンの言葉にフィロは自分の目から涙が出ているのに気付いた。

「泣いてなんかいないよ。」
そう言うとフィロは慌てて涙を拭った。
「そういえば何で屋上に来たんだ?」

「これで歌う為。」
テンはニコッと笑いながら傍に落ちていたマイクを掴むと息を吸い込んだ。

フィロはまだ何か言いたげだったが黙ってテンの歌を聴いた。

その歌声は生物的なものでも機械的なものでもない人間が出せない美しいものだった。
ムラがなく、着飾ってない純粋な歌声は夜にこだました。

大災渦前はこの様な歌で地球上はいっぱいだった。しかしそれが核弾頭で無とかしたのだ。

テンはまるで楽譜の音符の一部になったように歌った。彼女は何も考えてなかった。
頭に浮かんでは消えていく歌詞を歌った。

フィロはウットリと時間という概念を忘れてテンの歌に聴き入った。

二人は静かに、しかし楽しんでいた。

テンは最後の文字まで歌い終えると、ペコリとフィロに向かってお辞儀をした。

200年前以来のコンサートは終わったのだ。

「ねえ、フィロ。」
テンはマイクを置くと彼に歩み寄った。

フィロからは彼女の顔が赤くなっているのが暗闇でも見て取れた。

「今.......今だよ?」

自称“天使”の少女はしばらくムズムズと何かを迷っている感じだったがやがて心を決めたようにアスノヨゾラ哨戒班の新兵に向かって言った。

「私が好きって言ったらどうする?」

「え?」

フィロはどう返事して良いのか分からなかった。彼の頭の中では辞書を引ったくると有り余りの言葉を口の中に装填して発射した。

「付き合う........。」

二人はそのまま無言で見つめ合っていた。
昼間のように照れることもなく、ただお互いの眼を見ていた。

「付き合う............じゃねえだろ!気まずいな!」
突然場に合わない怒鳴り声が響き渡った。
その声はフィロとテンが聴き慣れた声だった。
「新米!もっとあるだろ?!そのままベットに連れて行くぐらいの勢いで言わねえと伝わらねえぞ!!」

フィロは声のする方向に振り向いた。

丁度月光が当たらないドラム缶の陰に声の主はパイプ椅子の上に座り、ニヤニヤしながらタバコを吸っていた。
そしてその横にもう一人の人影があった

「ならミゲルは告る時に『一緒に寝てくれませんか?』って言ったのか?」
パイプ椅子の隣に胡座をかいていた人影がミゲルの方を見た。

「...るっせーな、ヴェルケ!経験者が言ってんだ。経・験・者!!全くこれだから若い奴は.........。」

「僕はお前より一歳年上だぜ?」

「それがどーした?!テメーは告られた事も告った事もないのによ!!」

パイプ椅子に座っていた人物はミゲルだった。そしてその隣の人影はヴェルケだ。

「あー!!もう!すんとこねーな!」
ミゲルはタバコを踏み消した。

「酔っ払っているんだよ。」
ヴェルケがすまなそうにフィロとテンを見た。
「彼女に捨てられた事を忘れる為に嫌いな酒なんか無理やり飲むから....。」

「アイツはバカじゃない!!」
ミゲルはまた笑った。
「俺が子供を産めないって事で失望しな為にわざと別れたんだ!!」

笑いながら彼はシガレットケースからまたタバコを取り出した。

「ガハハハハハ!!全く俺はバカな奴だぜ!!女一人守れない奴なんだから!笑えよ皆んな!ガハハハ!」

一瞬だけ顔が月光に照らされた。
ミゲルの顔は様々な感情が入り混じってクシャクシャになっていた。

「おい、僕はもう寝るぜ。」
そう言うとヴェルケは暗闇に消えていった。

20XX年 8月9日 18時22分 中華民国 基隆港 

まるで漁船と背比べをするようにはつね型イージス艦の四隻は港に横付けにされていた。
しかしニホン政府からの指示がないものだから半年前から立ち往生しているのだ。

二番艦「かがみね」は他の艦と比べて小型だった。しかしどの艦も一番艦「はつね」の設計を元にしているのだ。
「かがみね」の艦長、佐々木・智洋はこの立ち往生の原因はアメリカではないかと睨んでいた。
そもそもの始まりが数年前の万博でロシアのソビエト懐古主義の過激派による同時多発テロが発生。現場となった万博人工島「みらい」は水中の固定支柱が破壊された事によって瀬戸内海の底へ陥没し、丁度同じ頃ネオ・TOKYOドームシティホールが爆破され崩壊、その一分後に京都の新設テーマパーク「セカイ」で同過激派グループの立て篭もり事件が発生し、日露関係に亀裂が生じた。
そしてその数ヶ月後、ベーリング海でロシア潜水艦と米潜水艦の衝突事故があり、西側と東側の対立は深まった。
半年前に中国軍が台湾を取り囲むように演習を開始した時には全世界が肝を冷やし、日本政府はSki Arrowを設置し、彼率いる第39イージス艦隊も中国艦隊を蹴散らすために駆り出されたのであった。
もし台湾侵略が始まった時の盾として第39イージス艦隊は使われるであろう。

智洋は彼の船である「かがみね」を美しいと思っていた。
今日も彼は艦橋から眼下に広がる前甲板と港を眺めていた。

全長190 メートル
全幅25 メートル
標準排水量12,00トン
最大速力約30ノット
ロールス・ロイス社製MT30ガスタービンエンジン
仙桜重工業製CV02ガスタービン発電機
仙桜重工業製イージスシステム
仙桜重工業製RIN/REN-14レーダー
乗員240名
兵装 5インチ砲1基
   ファランクス機関砲2基
   30mm機関砲1基
   08式SUM 2基

実験艦として造られた今は亡き一番艦「はつね」を元に建造されたこのイージス艦は艦橋はまるで城のようにどっしりと構えているが、船体は滑らかな流線型という不恰好な軍艦だ。
しかし智洋が美しいと感じたのはその操縦性だった。
まるで大海原を劇場ごとく美しいフォームを取りながら踊るように航行する姿はどんな船乗りが見ても惚れ込む事だろう。

さすがは仙桜重工業の天ノ川兵器開発部門だ。

そう思うと智洋はいつも決まって微笑むのだった。

私の従兄弟がそこに就職が決まったんだったけ。だけど引き篭もりになったらしいが...........。名前なんだっけな?あ.......そうそう。アカ.......。

「艦長。日本総領事館から連絡です。」

智洋は急に自分の魂が肉体に押し込まれた気がした。
声の下方向を見るとそこには若い自衛官が背筋をピンと伸ばしながら立っていた。

「何だね?」

智洋はふと帰還命令なのかと思った。しかし自衛官が口にした言葉は衝撃的なものだった。

「トウキョウに核ミサイルが撃ち込まれたと..........。」

「核ミサイル?!」
「かがみね」の艦長の顔は驚きに包まれた。
「おいおい、悪い冗談はよしてくれよ............。」

智洋が言い終わらないうちに、水平線の向こうがピカッと光ったと思うと数本の白い光線が夜空に向かって発射された。
次の瞬間、別の方角から飛んできた光線彗星ごとく星空を掠めると白い光線の発射地点に突っ込んだ。

ドドォ.........。

鈍い奇妙な音が母なる海にこだました。そしてこだまがまだ空気中で踊っている間に水平線に巨大なキノコ雲が浮かび上がった。

「あ...........。」

港全体の視線がキノコ雲に向いた。皆一言も喋らない。どう反応して良いものか分からない。
今や人類が最も恐れていたジェノサイドが始まったのだ。

そして基隆港の人々は、まさかつい先ほど発射された光線が中国軍の核ミサイルでその一つが十秒後に港に着弾し、自分達が統計犠牲者数の数字になるとは知る余地もなかった。

捜査網

10歳ぐらいの少年が工房のシャッターを叩いたのは、明け方の人々が通勤しだした時間帯だった。

エリーフは慎重に扉を開けると少年は何かフィロ達には分からない言語で工房の主人に話しかけた。しかしその口調から物凄く興奮した様子だ。

エリーフは少年と同じような言語で二言三言言うと扉を閉じ、別の言語でソフィーに話しかけた。
しばらく二人は何やら話をしていたが、何かが決まったように頷きあうとソフィーは改造し終えた銃器を傍のダンボールから出し始めた。

「中東警察がお前らの事を嗅ぎつけたらしい。」
エリーフがニシキ博士と向き合った。
「10分後にはここの工房に押しかけてくるはずだ。あの小僧の話だと各中東国の戦力をここに集めるらしい。」

「あの小僧が警察とグルの可能性もあるぜ。」
ミゲルがソフィーからクリス・ヴィクターを受け取るとガチャリとロングマガジンをその特徴的な膨らんだ機関部に差し込んだ。
彼は戦闘服を着込んでおり、いつもの見慣れた姿だなとフィロは思った。

フィロ自身も戦闘服を着用していた。しかし慣れない肩に覆い被さる防弾チョッキの重さには耐え難かった。

「アイツはグルじゃないよ。もしそうだとしたら今頃ここら辺に住んでいる奴らのAKMの銃弾で肉片にされているだろうよ。」
エリーフはゴム弾を入れたマガジンをアスノヨゾラ哨戒班の隊員に配った。
「そもそも、ここのスラム街は膨大な情報網で成り立っている。だから警察が来てもすぐに分かるようになっているんだ。」

「あー、あとーこれー。」
ベルは何か小さな箱をフィロに渡した。丁度小型ラジオのようだ。しかしそれは洗練されたフォルムではなく角ばっていた。
「それはワタシが作ったジョーホー端末だよー。旧世界の短波通信機を改造したヤツだよー。わたしがさぽーたーにつくよー。」

その時ソフィーがアスノヨゾラ哨戒班に向かって叫んだ。

「裏口にトラックがある。急いで!」

裏口の路地裏にポツンとあったそれは白い妙にカクカクした小さなトラックだった。
ドアには見慣れない文字で何か書いてある。それはもうペンキが剥げて全体は読み取れないが、かろうじて「豆腐」というニホン語文字は読み取れた。
よほど古いらしくヴェルケがモーゼル片手にエンジンをかけるとバンッと変な音がした。
幸い何も吹き飛ばなかったが、テンは不思議そうにこの小さなトラックを眺めた。

「このオンボロは走れるのか?!」
ミゲルは荷台に乗りながらヴェルケに向かって叫んだ。

「仙桜重工業製の大災渦前の軽トラだ。何台かはトヨタのランドクルーザーと共々今だに中東の治安維持の為のテクニカルになってやがる。」
ヴェルケはもう一度エンジンをかけた。
またバンッという音がしたが今度はエンジンが咳き込むように排気管から煙を噴き出し、まるで鼓動のように車体にエンジンの動きを伝えた。

「やったー!動いた!」
そう言うとテンはニコッとフィロに向かって微笑んだ。

「おい。」
ニシキ博士が路地の向こう側を見ながら叫んだ。そして彼女は助手席に座った。
「やっこさんのお出ましだ。」

路地の向こう側に見える通りが騒々しくなったと思うと一台の白と緑色のバイクが現れた。運転手は路地裏に停まっている“豆腐屋トラック”を見ると回転灯を点灯した。

「んじゃ、ズラかるか。」
ヴェルケはアクセルを踏み込んだ。

ラブカ

「連中が動き出しました。」
マトリョシカはコーヒーを啜るとモニターに写っている映像をメルト隊長に見せた。

そこには猛スピードで通り過ぎる豆腐屋トラックが写っていた。

「よし。行動予測は?」

「方角的にはスラムを突破し、”ラビット-ホール“に入ると思われます。」
マトリョシカは壁に掛かっていた地図の上の方にある屋根が密集した部分をトントンと叩いた。

「あの“売春区域”か?そんな所に入ったらただでは済まんぞ。たちまち、あそこら辺の連中のトカレフが火を吹くぞ。中警も恐れているんだから。」

「だから我々は空から攻撃するのですよ?」

「ラブカを送り込むのか?」
メルト隊長は怪訝な顔をした。

「逆に他に何の手があります?」
マトリョシカの機械的な目がグリッとメルト隊長を見つめた。
いつみても、その鋭い目線は何かしら見えない圧があった。まるでナイフをジリジリと目に近づけられているような感じだ。

「..............分かった。ラブカに攻撃を許可する。」
メルト隊長はため息混じりに言った。

スラム街上空 高度300m
ムルス連邦軍 Mi-24VハインドE
“ラブカ”

昔から航空機の操縦席は小さかった。それは今も変わらない。
設計から二百年がたったこのハインドのコックピットは簡易トイレ並みの狭さだとズマイン・ゼルフヴィッチ・ドルーワ少尉は思った。31歳でルーマニア系ロシア人のパイロットはひしめき合う計器に囲まれて“アイマスク”ことVRゴーグルを着けていた。
このVRゴーグルはコックピット外部に付いている無数の小型カメラとセンサーの映像を繋ぎ合わし、まるで自分が機外に出ているように辺りが見渡せるのだ。

「こちら指令部。ハインドに攻撃許可が下りた。」
後方サポーターのマトリョシカの声が響いた。機械的な声は無線機を通っても少しも違和感がない。

「こちらズマイン。了解。」
そう言うと彼は赤いピンが立つ方向にジョイスティックを傾けた。
「リーロ。聞こえるか?」

リーロ・ウォワカ・ルーガンホークは本来、ズマインのいるコックピットの前にあるもう一つのコックピットにいるはずだが、VR操縦モードを起動した今では彼女の姿は見えない。

「ん?」
リーロの声が無線機を通して聞こえた。

「失敗るなよ?」
ズマインはエンジンの出力を上げた。

「分かっているぜ。」
カチリと音がすると赤い“戦闘用意”と言う文字が画面いっぱいに点滅した。
「ボッコボコにしてあげる♪。」

ズマインはクックックッと無線機越しに笑った。
「そこは してやんよ だろ?」

大追跡

フィロは驚いていた。
200年前には山賊同然だった中東の警察が今や世界最強の警察になっていたのだ。

出発して三分も経たないうちに、警察バイクが追跡してきてはニシキ博士の撃ったゴム弾で蹴散らされていた。

いわゆる下見なのか?

フィロはテンを見た。
彼女は安全の為に防弾チョッキをワンピースの上から着させられ、最初は不謹厳だったが、今はゴム弾で次々と張り倒されていくバイクを呆然と見ていた。

「ちくしょー!キリがねえ!」
ニシキ博士はゴム弾をイエローボーイに込めた。

「だいじょーぶ。ラビットホールに着けばあそこら辺の奴らーが根絶やしにしーてくれるよー。」
ベルの声が短波無線機から聞こえた。
「しーかーもー、コーソウということで片づくからー、いーことずくめ。」

「こっちの状況を見て言え!」
今度はミゲルがクリス・ベクターをフィロの真横で乱射した。テンは耳を塞いだ。

「あとラビット-ホールまでどのくらい!?」
フィロはヴェルケに向かって怒鳴った。

「10分......。」

ヴェルケが答えかけた次の瞬間通りの前方に警察のバンが現れた。丁度バリケードのように砂埃を撒き散らしながら突進してくる豆腐屋トラックに向かって横向きに停車している。

そしてその前にはコンクリート製のブロックが置かれ、後ろには警官達がF2000ブルパップアサルトライフルやスーパーノヴァ散弾銃、カラカルF拳銃をピッタリと構え、いつでもフィロ達をミンチにする用意は万全だった。

「まるでボニーとクライドの最後みたいだな。」
そうニシキ博士が呟いたのがフィロには聞こえた。

「到着がもう10分遅れるぜ。」
ヴェルケはアクセルを踏み込んだ。

「え!?ちょ......。」
フィロは何かを言いたげだったがミゲルが彼に向かってウィンクをしたので言うのをやめた。
何か考えがあるということだ。

「こっちには二つ味方がいる。一つは凄腕の運転手。」
ミゲルがニヤッと笑った。

トラックはもう警官達の表情が見える距離まで近づいた。しかし彼らは一向に逃げようともせず、虎のような眼で豆腐屋トラックを照準の中に捉えた。
流石は数々の侵略を乗り越えてきた種族だとフィロは思った。彼らの根性には脱帽だった。

「そして二つ目は........。」

よく見るとバンの一つ手前に小さな路地への入り口が見えた。だが、あそこはもう既に射程内だ。
中警の勇敢な警官達は引き金に指をかけた。後は引き金を引くだけだ。

「運だ!!」

次の瞬間、丁度バリケードの目の前でトラックが砂埃を巻き上げながら急で華麗なドリフトをした。
砂埃は警察官に降りかかり、煙の向こうからは叫び声や怒鳴り声が聞こえた。

「衝突したのか?!!」

「違う!!逃げたぞ!!」

視界が晴れた警察官は路地の向こうへ遠ざかって行く豆腐屋トラックを睨んでいたが、トラックが視界から消えると全員がゲラゲラと爆笑した。

トラックは追手が来ないと分かると徐々にスピードを落としていった。

フィロはニシキ博士がブローニング・ハイパワーのカナディアン・モデルの撃鉄を起こす音で少しビックリした。
やはり彼女も本能的な何かを感じ取っていた。

テンもまるで警戒するように路地のあちこちを見回した。

妙に静かなのだ。

普通ならバリケードを建てて置く場所なのに、まるで罠のようにポッカリと欠陥があったのかフィロには不思議だった。

そう、まるで罠のように..........。

ウィーン!!

突然油圧エンジンの音が路地にこだました。

「やっぱり罠だったな.....。」
ニシキ博士はハイパワーを構えた。

「キーをーつーけーテー。」
今まで黙っていた無線機のベルがしゃべった。
「チューケイの奴らだよー。」

不意に気配を感じたと思うと路地の片隅に置いてあったゴミ箱から勢いよく何個かの箱が飛び出した。
よく見るとその箱には足が二本ついており、宙を待った後にがっしりとその鋼鉄の脚で立ったのだ。

「ありゃ........。」
ニシキ博士は眼を丸くした。
「4T Янге/シテヤンヨだ!!」

社長オフィスにて


「奴らはどうだ?ミァハ?」
フィクテゥスは言った。

「罠にかかったようですね。」
ミァハと呼ばれた女性秘書は書き物から顔を上げた。
「そういえば、フィクテゥスさん。午後からウォルピスカーター社との商談がありますが............。」

「君がいってくれるか?何しろ僕は今日、ライブに出なくちゃいけないからね。」

「またライブですか?いい加減、ファレレさんとの付き合いも考えて下さいよ?」
ミァハが怒ったように言った。

「ハハハハハ。僕とファレレとは切っても切れない関係なのさ。」
フィクテゥスはニッと笑った。
「とか言っても性行為は出来ないし、彼女にも会えないけどな.....。」

ミァハはため息を吐くと、書類をまとめ、ファイルの中に丁寧に入れた。

紙。
今の世代は知らない大災渦前の遺物だ。
しかしビジネス界にとっては今だに重要な契約の際に使われる。
この薄い木繊維の集合体はデジタルよりは遥かに情報が消失する可能性が低い事やサイバー攻撃やクラッキングを受けても情報が盗まれない事からこの古代の遺物は今でも信頼度が高い。

フィクテゥスにはこの紙は原子炉や火を軽く超える人類最大の大発明に見えた。

人間は何事をする事にも欠かさない物がある。それは“食べ物”や“水”以前の物だ。

それは”情報“
正確には情報伝達/コミュニュケーションというがその”伝達“間で使われているのは
”情報“だ。

情報を伝達せずにどうやって”食べ物“や”飲み物“を貰うのだろう?

人間は進化の過程で“情報”を素早く伝える方法、“声”を選んだ。
しかしそれにも限界があった。確実性に欠け、長年記録できないからだ。
そこで次に確実性に優れ、長年記録できる文字が発明された。だが仮に文字があったとしてもそれを伝達したのは“紙”だった。

情報は人を楽しませる事も、殺める事もできる。

やがて“情報”はそこら中に溢れかえった。そして遂に“紙”の限界を超えてしまった。
それでも人間は確実性、記録性、そして伝達性を求め始めた。

なら次はなんだ?

インターネット。
元を辿れば軍事用の通信網だった。
ここからフィクテゥスは人間は誤った選択をしたのだと思った。
その“情報の図書館”は誰でも書け、誰でも読めた。

それまで“紙”や“声”だけだった物が次々とインターネットという新天地に進出した。
善悪関係なく.......。

その中でも密かに進出したのが“情報操作”と“統制”だった。
”声“や”紙“の時代は人間の管理していた嘘のカーテンに空いた小さな穴から真実を覗けた。

その真実の穴を塞ぐのにはどうすれば良いのだろう?

それはその嘘のカーテンの後ろにもう一つの嘘のカーテンを敷けば良いのだ。
しかしそのカーテンも人間が敷いたものだ。必ず何処かには抜け穴がある。

だが時代は変わった。
権力者がインターネットという川の上流を抑え、別の情報を流せば下流にいる人間たちはそれを本当の情報だと思うだろう。

人間はそれで満足してしまったのだ!!
上部だけの“まやかし”を舐めて、中身は毒だという事を知ろうとしなかったのだ。

そうなってしまったらもう人間はマリオネットだ。権力者に踊るだけ踊らされる。

「パンとサーカス」という言葉は古代ローマの詩人が挙げた情報操作の例だ。

「権力者がパンとサーカスで市民を満足させ、政治的な関心を無くす」とう意味だ。

やがでそれは「パンもくれないサーカス」に発展した。
サーカスを見せ、偽りの情報を流し、その間にエゴイストの権力者が憲法や法律をイジる。
もちろん庶民にも影響はあった。
例えば手取りが少なくなったり、共働きが多くなったり、給食費が払えなくなったりと反乱を起こせる理由はごまんとあった。

Qなぜ反発しなかった?

Aそれは外部に敵をつくったから。

卑怯な事に世界の国々は国民の不安の吐け口を外部に向けたのだ。

まるっきりどっかのオーストリア人がユダヤ人虐殺を始めた時と同じだ。
元々はユダヤ人を国外追放するとう事だったに、徐々にエスカレート。
結局は国民が率先してユダヤ人の大虐殺をヨーロッパで行った。

「まったく.........。だけどそれもじきに終わる。」
フィクテゥスは一人ニヤリと笑った。
しかし彼の声は今はハイトーンな女性の声になっていた。

シテヤンヨ

「シテヤンヨ?!」
テンが叫んだ。
「何あれ?!気持ち悪い〜!!」

「はーやーく、にーげーてー!!」
ベルが叫ぶや否やシテヤンヨに付いたレーザーポインターのような物が豆腐屋トラックをとらえた。

「まさか?!」

ババン!!ババン!

鉛玉は唸り声を上げながら荷台に当たり、火花を散らすとペチャッと潰れた。
しかし人に当たれば容赦無く人体を引き裂くだろう。

「うるさ〜い!!」
テンが耳を塞いだ。

「早く車を出せ!!」
ミゲルの怒鳴り声と共にヴェルケはアクセルを踏み込んだ。
豆腐屋トラックのエンジンは再び咳き込むと、そのオンボロモーターを回転させながら猛スピードで走り出した。

「あれは確か旧ロシア軍の試験偵察二足歩行機シテヤンヨだ。」
ニシキ博士が言った
「中警が購入したとか噂には聞いていたが本当に運用しているなんて.........。」

シテヤンヨはまるで狩った獲物が突然生き返ったのを見たような狩人のように一瞬、何があったのかわからないように止まったが、直ぐにその箱の下に生えている二つの脚をジャッコン、ジャッコンと動かしながらバレリーナ並の滑らかさと軽やかさで豆腐屋トラックを追いかけた。

「あの野郎!」
ミゲルはクリス・ヴェクターをみるみる近づいてくるシテヤンヨに向かって構えた。
「鉄くずに戻りやがれ!!」

シテヤンヨの回避能力には敵であるフィロも感心してしまった。
ミゲルの放った10x22mm弾をその奇妙なロボットはまるで未来が見えているように正確に、しかし無駄なく避けると再びPK機関銃を乱射した。
7.62 × 54 mm弾は運転席の後部窓を粉々にし、左側のバックミラーを木っ端微塵に撃ち砕いた。

あれが自分の頭蓋骨だったらと思うとフィロはゾッとした。

「アイツらの目標はテンだ、新米!!お前も戦え!!」
そう言うとミゲルは自分のホルスターからベレッタ92FS拳銃を取り出し、フィロに渡した。

フィロはベレッタを片手に持つと震え上がっているテンの手を反射的に持った。

「怖いよ.......フィロ.......私怖いよ。」
テンは涙目になりながらフィロを見た。

「大丈夫だよ!僕とミゲルが倒すから!」

それだけしか言えなかった。いや、逆にこの状態で他に何か言えるか?

「う.......うん。」
少し落ち着いたようにテンが呟いた。

「うっしゃ!!かかけってこいや!!」
ミゲルが嬉しそうに怒鳴った。

フィロは深呼吸をすると鼓動に耳を澄ました。
緊張する状況なのに今は心臓は川のせせらぎのように静かだ。

「よし、奇跡を起こしてやる。」
そう彼は思うとベレッタM9拳銃のハンマーを引いた。

次の瞬間、シテヤンヨがピョンッと行き良いよくウサギのように跳ねた。

「乗り移るつもりだぞ!!」
ミゲルがクリス・ヴィクターのマガジンを取り出した。
「こっちは弾切れだ!」

その足に生えている三本の鉤爪は日の出の光を浴びてギラギラと輝いた。もしあんなのに切り刻まれたらテンや僕や皆んなは..........。

「させるか!!」

フィロは落ちてくる箱形ロボットの左側についている箱を狙って、二発の鉛玉をそこに撃ち込んだ。

一瞬何も効果が無いかと思ったが、彼の放ったパラベラム弾はPK機関銃の弾庫を直撃し、爆発した。
シテヤンヨ内の電池が誘爆し、鉄板の繋ぎ目を引き裂いて、炎の手が仰いだかと思うと、小型ロボットは空中で爆発四散した。

「やれやれ、派手に爆発しやがった。」
ミゲルが呟いた。

「だけどついさっきの判断はナイスだったぜ。新米。」

登場人物
アスノヨゾラ哨戒班 隊員

フィロ・エフレムヴィッチ・ヴォルフ
16歳
日系ロシア人
コルサコフ生まれ
ラテン語で哲学的を意味するphilosophicaから由来する。
初めはかなりシャイな性格で緘黙だったがテンのキセキによって表情が豊かになり心を開けるようになる。左目は放射線の色素の異常で少し白くなっている
好きな物は特に無く、嫌いな物も特に無い。
服装は戦闘服かTシャツにボンバージャケット、短パンである。
小ネタ:フィロ・テイラー・ファーンズワースという同名の実在する人物がいる。
そしてなんとこの方は世界初の完全電子テレビを発明した事で知られるが、他にもフューザーという核融合装置の研究を行っていた。
そして明日の夜空のベースの一つなったボカロ曲“炉心融解”の歌詞に核融合炉という単語が出てきたり、作中に核融合潜水艦が登場したりと偶然とは言い難いぐらい核融合との関連する物が登場する。(そもそも明日の夜空のテーマが“ボカロ曲の集合体”と“核と情報操作“である。)

テン
本名:大体本名あるか?コイツ?
16歳?
モチーフは“完璧”
今作のヒロイン
国籍:不明
出身地:不明
大食い
目の色を深海色と表現するのはボカロ曲深海少女のオマージュも兼ねているが、本当の元ネタは初音ミクのイメージカラーでもなくガンマ線をモデルにしている。(ちなみに本書に”潜水艦”が登場するのも深海少女のオマージュである。)

ミゲル・ヴァレンティーノ・ハルコン
31歳
ラテン系フィリピン人
愛煙家でありChannel製のタバコとジッポーはいつも持ち歩いている。本人曰く「慣れればリコリスのようにクセになる。」(ちなみに作者もリコリスは好き。)(なおこの世界ではChannel製のタバコは変な味のするタバコだと認識されているがそれをわざわざ吸っているミゲルは変わっている。)
元は傭兵であり、脱走した際に初代アスノヨゾラ哨戒班を継いだ。
なんと階級は少佐
好きな物はChannel製のタバコ、射撃競技、カプレーゼ、コイン収集
嫌いな物は女と酒
服装は戦闘服かキューバシャツにジーパン
小ネタ:ミゲルがタバコを吸うのは作者によるネット中毒者の投影である。
小ネタ:モデルは作者がファンの小説シリーズ「ダーク・ピットシリーズ」に登場する主人公の相棒アル・ジョルディーノ。しかしジョルディーノがイタリア系なのに対しミゲルはスペイン系である。苗字のハルコンは同作者のシリーズ「NUMAファイル」の作品「コロンブスの呪縛を解け。」での悪役ハルコンから取られている。

ロルフ・ユング・バウムヴェルケ
32歳
フィリピン系ドイツ人
階級は中尉
ミゲルより一つ年上で穏やかな性格。整備士資格と爆発物取り扱い免許をアスノヨゾラ哨戒班の中で唯一持っている。
好きな物は酒と機械いじり。
酒はミゲルと対照的で好きであり自分の部屋でムギを育てている。
恋愛には興味を持っているが被爆の影響で禿げてしまいあまりモテてないと本人は思っているが..........ニシキ博士曰く魅力的な男だとの事。
タバコは嫌いでありミゲルに止めるように言っている。
服装は戦闘服かジャンパー
追伸:レオナチでは無い。

綸子・ニシキ
26歳
日系中国人
モチーフは“アオサギ”
軍事考古学者
階級はない。しかし博士号をとっているほどアスノヨゾラ哨戒班の中では頭がいい。
美貌を持っているが化粧を嫌う。
ロシアに留学してた経験があり、そこでマリーと会っている。
その時の恩師の教授の影響を受けてかなりの毒舌家。
好き物は寝る事と絵を描く事であり、かなり意外な物となっている。
愛銃のブローニングHPは大切にしており、いつもホルスターにさしている。
各国の友人達と偶に衛星をハッキングしてコンタクトを取ってる。
服装は戦闘服にモッズコート

協力者 
小ネタ:アスノヨゾラ哨戒班の隊員と協力者を合わせると8人になる。そしてアスノヨゾラ哨戒班の曲が収録されているアルバムの名は未完成エイトビーツである。

ソフィー・シュピーゲルトーン
20歳
アメリカ系アラブ人
ガンスミス
名前の由来は作者の友人の日系イギリス人の双子の名前から取られた。なおシュピーゲルトーンはボーカロイドの鏡音リン・レンの鏡音をそのままドイツ語に直した物である。

エリーフ・シュピーゲルトーン
20歳
アメリカ系アラブ人
ガンスミス
作者の友人の日系イギリス人の双子の名前から取られた。なおソフィーとエリーフを双子にしたのはボーカロイド鏡音リン・レンのオマージュである。

ローラ・ベル・ヴォルカ
25歳
アルバニア系イタリア人
腕利のクラッカーでボカロP。
ローラはイギリスのZERO-Gから発売されていたDTMソフトのLOLAから。
ベルは1961年にベル研究所でコンピューターで初めて歌った歌”Daisy Bell“から。
ヴォルカはボーカロイド(略ボカロ)をもじって与えられた。

北日軍

サムイル・セルゲイヴィッチ・ヴァイマン教授
42歳
日系ロシア人
コルサコフ生まれ
北日軍の軍事考古学者
作者のアルバニア人の同級生ザムエルから由来する。
セカンドネームや苗字は作者の顔見知りのロシア人に直接聞いて付けた。

マリー・J・シャウベルグ
29歳
フィリピン系ドイツ人
サムイル教授の助手
ボーカロイドの製品の一つMIRIAMから名前は取られている。セカンドネームのJ(Jung”ユング“)は作者の親友のセカンドネームから取られている。
なおシャウベルグとは作者が影響を受けた伊藤計劃作の小説“ハーモニー”の登場人物 オスカー・シュタウフェンベルグのオマージュ。

WITG

フィクテゥス
今作の“悪役
年齢不明、国籍不明のWITGのCEO。
顔を見た者はいない。
会議の時や会見の時もビデオ電話で出席している。
しかし“造花が好き”らしい.......。

ゲシュペンスト

メルト・P(ペーター)隊長 
52歳
イタリア系アフガニスタン人
ゲシュペンストの隊長で階級は中佐
モデルは神話入りしたボカロ曲メルト
好きな物はミゲルと同じようにChannel製のタバコを愛煙している。
また愛酒家でもあるが最近禁酒している。
ヴィーガンである。(そもそもイスラム教信者だから豚を食べれない。)

アハト・マトリョシカ
34歳
ウクライナ系イラク人
ゲシュペンストのサポーター、通信兵。
階級は少尉
モデルは神話入りしたボカロ曲マトリョシカ
なんと6カ国語をマスターしており、アラビア語、ロシア語、英語、ドイツ語、ラテン語を話せる(しかしラテン語が話されている国はバチカン市国以外全く無いが本人はロマンだと言っている。)
普段は硬いロボットのような顔をしているが、イラクにいる家族に会うと人が違ったように喜ぶらしい。
ユダヤ教を信仰している。
好きな物は家族と過ごす時間であり、ボトルシップを組み立てる事ができるほど手が器用。

ベノム・シュタルクベア
26歳
アルバニア系トルコ人
ゲシュペンストの新人狙撃兵
モデルは近年神話入りしたボカロ曲ベノム
作中ではテンを撃たずに助けようとした。

モザ・クロール
本名コルッカ・モザルカクロールイ・シィバルツ
43歳
ポーランド系ブルガリア人
ゲシュペンストの狙撃手、マークスマン。現時点では未登場。
モデルは神話入りのボカロ曲モザイクロール
射撃の名家シィバルツ家の末っ子であり、幼少期からモシン・ナガンを使って鳥を狩っていた。

ズマイン・ゼルフヴィッチ・ドルーワ
35歳
ルーマニア系ロシア人
ハインドの操縦士。
階級は少尉。
モデルは神話入りのボカロ曲ワールドイズマイン

リーロ・ウォワカ・ルーガンホーク
31歳
ギリシャ系トルコ人
ハインドの攻撃手。
モデルは神話入りのボカロ曲ロンリーガール

その他

ファレレ
16歳
モチーフは“造花”
国籍無しのバーチャルアイドルでVチューバー。ツインテールでピンク色のワンピースを着ている。AI(人工知能)である。
余談:余談:チャンネル名はライヒス・メードヒェン。これは帝国少女をドイツ語に翻訳したもの。
小ネタ:何故ツインテールなのかというと初音ミクのオマージュ......も兼ねているが本当のモデルは放射線注意標識
☢️の左右についている扇形のパーツをツインテールに、真ん中のマルを顔に、下の扇形をワンピースに見立てた。
ワンピースの色がピンクなのもピノキオピーさん作のボカロ曲“魔法少女とチョコレゐト“の影響もあるが原子表のアクチノイド系の色がピンクで描かれていることに由来する。
小ネタ:作者が何故Vチューバーにしたかというと誰が“それ”を動かしているのかが分からないというインターネットという海の気持ち悪さを出したかったから。これはネットを通じた犯罪をモデルにしている。

USSドミナリー

アメリカが合衆国だった時に作られた最初で最後の核動力第五世代目のハワード・W・ギルモア級弾道ミサイル搭載核融合潜水艦。

艦番号SSBN839
全長180.00メートル
全幅13.1メートル
排水量約49,000 トン
安全潜行深度1,000メートル
最大潜行深度1,250メートル
最大速力水上35ノット水中55ノット
CVX社製CV01原子核融合炉
NEL社製Mk89弱音推進機関
仙桜重工業製音波巡回ソナー
仙桜重工業製装甲自動修復機能
乗員110名
兵装 DECO27魚雷発射管6門
   核弾頭24発

小ネタ:元ネタは「海底二万マイル」のノーチラス号の要素も入っているが実際は「レットオクトーバーを追え。」に登場するソ連潜水艦レッド・オクトーバーが元ネタ。その為今作では一瞬だけコンピューター技師としてレッド・ラミウスという元ネタ意識のモブが登場する(ラミウスとはレッド・オクトーバーの船長マルコ・アレクダンドロヴィッチ・ラミウス大佐から取られている。)。

小ネタ:ソナーマンのロナルド・アル・パールマスターの元ネタはロナルドは作者が付けた名前、アルは作者がファンの小説「ダーク・ピットシリーズ」また「NUMAシリーズ」に登場する主人公の相棒アル・ジョルディーノがモデル。パールマスターも同作品の準レギュラーキャラの歴史的文献の収集家サン・ジュリアン・パールマターから。(追伸:この小説は冗談抜きで面白い。特に海底二万マイルを読んでハマった人にオススメ。)

小ネタ:艦長のマーティ・マキシマイザーの元ネタはマーティは作者が大ファンのSF映画バックトゥーザフューチャーの主人公マーティ・マクフライから、マキシマイザーとはボカロ曲マーシャル・マキシマイザーから取られている。

小ネタ:航海士ロウワー・ダルダはボカロ曲ロウワーがモデル。

かがみね

仙桜重工業で建造されたはつね型イージス艦の二番艦。

全長190 メートル
全幅25 メートル
標準排水量12,00トン
最大速力約30ノット
ロールス・ロイス社製MT30ガスタービンエンジン
仙桜重工業製CV02ガスタービン発電機
仙桜重工業製イージスシステム
仙桜重工業製RIN/REN-14レーダー
乗員240名
兵装 5インチ砲1基
   ファランクス機関砲2基
   30mm機関砲1基
   08式SUM 2基


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