議論進まぬ汚染水と中間貯蔵
県民に押し付けられる〝後始末〟
東京電力福島第一原発事故から間もなく丸9年。事故収束作業の中で発生した汚染物質の〝後始末〟が問題視されているが、議論が深まっていない。原発内で発生した汚染水はどのように処分すべきなのか。除染廃棄物を中間貯蔵施設で30年保管した後、県外で最終処分することが可能なのか。2つの〝後始末〟の現状をあらためて整理しておく。
双葉郡では西側の阿武隈山系から東側の太平洋に向けて豊富な地下水が流れている。大熊・双葉両町にまたがって造られた福島第一原発周辺も地下水が多いところで、核燃料が解け落ちた「燃料デブリ」がある建屋内にも水が入り、1日170㌧もの汚染水を生み出している。
ピーク時は1日540㌧発生していた。地下水バイパスやサブドレンにより建屋に近付く前に地下水をくみ上げたり、モルタルで表土を舗装する「フェーシング」により雨水が地下水になることを防いだり、建屋周辺に陸側遮水壁(凍土壁)を設置したことで、3分の1まで減少したが、いまも増え続けている。
ただ、多核種除去設備(通称ALPS)を使えば、放射性物質62核種を告示濃度(放出口の水を、生まれてから70歳になるまで毎日約2㍑飲み続けた場合、平均線量率が年間1㍉シーベルトに達する濃度)未満まで除去できる。そのため、東電は3種類のALPSをフル稼働させて、汚染水の除染処理を行ってきた。
もっとも、放射性物質のトリチウム(半減期12・3年)だけ除染されず残ってしまうため、ALPSでの処理が終わった水(処理水)や処理中の水は原発敷地内のタンクに貯蔵されている。その数は年々増え続け、昨年11月21日現在、989基、約117万立方㍍が貯蔵されている。12月末までに約137万立方㍍分まで増設されるが、2022(令和4)年には満杯になる見込みだ。
新たな処分方法を検討するため、政府は有識者会議を立ち上げ、その中で挙げられた5つの処分方法の中から、最も低コスト・短時間で処理水を処分できるやり方として、希釈して海洋放出する案を推している。原子力規制委員会の更田豊志委員長も何度も「この案しかない」と断言している。
トリチウムは水素の放射性同位体で、海や川に普通に分布しており、放射線エネルギーも極めて弱い。そのため、平常時の原発では法定基準値(1㍑当たり6万ベクレル)以下に希釈して海洋放出されている。前述したサブドレンや地下水バイパスでは、運用目標(1㍑当たり1500ベクレル以下)に準じて、希釈せず海洋放出を行っている。そういう意味では海洋放出をしても問題はないとする意見は多い。
一方で、海洋放出を行えば「福島の海に汚染水が流された」というイメージが固定化し、漁業をはじめとするさまざまな産業がダメージを受けることが予想される。また、トリチウムを排出する量が多い原発の周辺では、白血病の発症や新生児の死亡率が高まるとの研究論文もあり、安全説に疑問を投げかける声もある。
そのため、政府は経済産業省「汚染水処理対策委員会」の下に、いわゆる風評被害への対応も含めて汚染水について有識者が話し合う、「多核種除去設備等処理水の取り扱いに関する小委員会(以下小委員会と表記)」を設置した。一昨年8月末には県内外3カ所で小委員会主催の公聴会が開催され、大きく報道されたが、まだ結論は出ておらず、いまも協議を続けている。
昨年11月18日には第15回会合が開催された。注目されたのは経産省が示した、汚染水を外部に放出した場合の年間被曝線量の推計だ。
それによると、海洋放出の場合約0・052~0・62マイクロシーベルト毎時、大気放出の場合約1・3マイクロシーベルト毎時だった。国内での通常生活で宇宙線や食物からの自然被曝量は年間2・1㍉シーベルト(=2100マイクロシーベルト)というから、海洋・大気放出による被曝量は相当低いことになる。
被曝量は、海洋放出が海産物を食べることによる内部被曝、大気放出が土壌からの外部被曝や呼吸による内部被曝を計算。どの程度水産物を食べた想定なのか、海流や気象条件はどのような設定なのか、という点は次回会合で示される見通しだ。
加えて東電から、福島第一原発の廃炉完了予定である2041(令和23)年末、もしくは2051(令和33)年末までに処理水処分を終えると仮定してシミューレーションした場合、処分開始が遅れれば遅れるほど年間処分量が増えてしまうという試算も報告された。
国や東電としては「だから一刻も早く海洋放出を進めるべきだ」と言いたいのだろう。
海洋放出前提の議論に違和感
もっとも、排気筒解体工事などでトラブルが相次いでおり、今後困難が予想されるデブリ取り出しなどの作業が始まることを考えると、廃炉作業が予定通り進むとは思えない。 本誌連載コラム「ドクター熊坂の駆けて来た手紙」(熊坂義裕氏)昨年9月号分では、何をもって廃炉完了なのか法的定義が無い問題を取り上げている。そもそも海洋放出自体トラブルが起きることもあるわけで、廃炉完了予定を理由に海洋放出にこだわるのはナンセンスだ。
こうした中で、国や東電の〝海洋放出ありき〟の姿勢に反対する声も上がり始めている。昨年開催された小委員会の公聴会では、石油基地で使用実績がある大型タンクでの長期保管を訴える声があった。
さらに大学教授や原発技術者などが名を連ねる「原子力市民委員会」では、海洋放出以外の選択肢として、汚染水をモルタル化してコンクリートタンクに流し込み長期保管する「モルタル固化案」を提案している(本誌昨年11月号参照)。
一方で、大阪市の松井一郎市長は「処理済みで自然界の基準を下回っているのであれば、科学的根拠を示して海洋放出すべきだ」として大阪湾での処理水を受け入れることもあり得ると発表した。
ただ、国や東電はデブリ取り出しなどの作業用に複数の研究施設を建設する予定があることから、長期保管には否定的。敷地外に運び出すのも可能だが、輸送途中での周囲への影響などを一から調査しなければならないので、現実的ではないというスタンスを示している。
「原発構内の土砂置き場や福島第一原発に隣接する中間貯蔵施設用地をタンク用地に転用することはできないのか」という委員からの質問に対しても、「原子炉等規制法の関係で敷地内の土砂を敷地外に運び出すのは簡単なことではない。中間貯蔵施設の地権者とはそういう契約をしていないので、転用は難しい」といった消極的な回答を返していた。
敷地内から土砂を出すのはダメなのに、敷地内から処理水を放出するのは問題ないとするのも矛盾を感じてしまうが、そもそも処理水の大半は告示濃度以上の核種が含まれている問題や、それらを早急に除染しようとすると、ALPSに使われている吸着材やスラリー(核種が高濃度に圧縮されたドロドロの廃液)などの廃棄物が大量発生する問題もある。
次回以降、小委員会では取りまとめに向けた議論に入るが、処理水の具体的な処分方法はもちろん、いわゆる風評被害対策などについても答えが出ておらず、最終的には政府の判断に委ねることになる。
いくら科学的に安全であるとは言え、韓国が海洋放出に反対の立場を取るなど国際問題となっている中で、強行な手段をとれば、国内外に「福島=汚染」というイメージを決定づけることになる。それは避けなければならない。
農林水産業が復興しつつあり、新産業を集積する福島イノベーション・コースト構想が進む中で、そうしたイメージの定着化は命取りになりかねない。それなら長期保管により放射線量の低減を待ちながら、除染技術の開発を促進する方が効果的だ。また、議論を喚起し、いかに〝自分ごと〟として考えてもらえるか、戦略的に対策を講じる必要もあろう。
懸念拭えぬ〝最終処分場化〟
「結論ありき」で進められているという意味では、除染廃棄物を最長30年にわたり保管する中間貯蔵施設も同様だ。
県内各地域・施設の除染廃棄物を安全かつ集中的に貯蔵するため、福島第一原発周辺の約1600㌶の敷地に整備され、大熊・双葉両町にまたがっている。保管対象となるのは県内の除染で出た廃棄物(土壌や側溝の汚泥、草木など)や放射線濃度1㌔当たり10万ベクレルを超える焼却灰など。複数の工区に分けて分別施設や貯蔵施設などが設けられており、2017(平成29)年10月以降、順次本格稼働している。
並行して用地取得も行われている。契約は売買に加え、土地の所有権を残せる「地上権設定」も選択可能。環境省によると、昨年10月末現在、約1600㌶のうち約1121㌶(地権者1719件、全体面積の70・1%)が契約済みだ。
保管場へのパイロット輸送が始まった2015(平成27)年3月から30年後の2045(令和27)年3月には、保管されているすべての除染廃棄物などを県外に運び出し、最終処分することが法律で定められている。
ただ、現実的に考えて、大量の除染廃棄物を県外の最終処分場に運び出すのは困難かつ非効率的。セシウム137の半減期は30年なので放射線量は大幅に下がると予想されるものの、そもそも最終処分場を受け入れる自治体があるとも思えない。
加えて昨年8月5日に双葉地方市町村圏組合管理の「クリーンセンターふたば」(大熊町)が、帰還困難区域で発生した特定廃棄物(1㌔当たり10万ベクレル以下の廃棄物に限る)を受け入れることが決定するなど、双葉郡内で少しずつ放射性廃棄物の受け入れ環境が整いつつある。それだけに、なし崩し的に最終処分場となる懸念が拭えない。
11月22日にはいわき市生涯学習プラザで、地権者で組織された「30年中間貯蔵施設地権者会」を対象にした説明会が行われたが、質疑応答の時間には、地権者から「そろそろ県外のどこに運び出すか、明確に示してほしい」といった質問が上がった。だが、環境省の担当者は「まだ決まっておらず、協議している段階」と回答するのみだった。
当日は同地権者会の門馬好春会長も出席した。門馬会長は県外処分・土地返還を確約させる契約書の作成やいびつな用地補償の是正のため、先頭に立って環境省と交渉してきた人物で、本誌昨年10月号「環境省と戦う中間貯蔵地権者会」という記事でも紹介した。
門馬会長が問題視しているのは、30年分一括で支払われる中間貯蔵施設の土地使用料が低すぎるということ。累計だと除染廃棄物の仮置き場の方が多く賃料がもらえる状況のため、「これはおかしい」と調べた。
そうしたところ、公共事業の用地補償において〝国内統一ルール〟とも言うべき要綱・基準が定められ、補償基準の細則まで決まっているのに、中間貯蔵施設に限ってはそれらが一切適用されていないことが分かった。そのため門馬会長は〝環境省独自ルール〟ではなく、〝国内統一ルール〟に基づき、正当な用地補償を行うよう求めている。
この日の説明会でもそうしたルールの違いについて質問を重ね、矛盾点を指摘して、環境省が「〝国内統一ルール〟を適用しない」としている理由を一つひとつ潰していった。
10月号記事の中で門馬会長は次のように話していた。
「当会では設立当初から『中間貯蔵施設は福島の復興のために必要だ』と賛意を示し、会則にも入れています。(中略)ただ、少なくとも地権者の1人である私は、国からしっかりとした説明や正当な補償もないまま、『もう仕方ないだろう』という雰囲気の中で自分の所有地を最終処分場にされたくない。国内で同じような事故が
起きたときの〝悪例〟にしないためにも、2045年までに県外処分が決まらなかった場合、所有権を持つ者として返還請求できるよう、準備を進めておこうと考えていますし、いずれ小泉進次郎環境相にも直接お会いして思いを伝えたいと考えています」
正直いまのままでは懸念通り、県外処分場が決まらず、廃炉作業も続いているということで、福島県がなし崩し的に除染廃棄物の最終処分場となる可能性が高い。
だが、そのことと、国が2045年3月12日までの県外処分という約束を破り、双葉郡住民にさらなる負担を負わせるのは別の話。
仮に計画が変更されることになったら、「本県の原発被災者がどれだけ犠牲を強いられてきたか」という点を踏まえ、国に搬出完了が遅れるごとに違約金をいくら支払えと要求することも県が先頭に立っていまから検討しておくべきだろう。
幅広い議論はなされているか
汚染水の海洋放出に関しても、中間貯蔵施設の最終処分場化に関しても、原発事故の〝後始末〟を見ていて強く感じるのは、圧倒的に議論が欠けているということだ。地元住民や漁業関係者以外にもいわゆる風評被害が直撃するという意味では県民すべてに影響があるはずだが、幅広い住民に対する説明がなされ、議論が進んでいるとは言い難い。
海外では政策や事業によって影響を受ける「ステークホルダー」を特定したうえで、情報環境の整備、双方向の対話、ステークホルダーが直接決定プロセスに参画する「ステークホルダー・エンゲージメント」などが行われている。こうした政策・事業の進め方は「ステークホルダー・インボルブメント」と呼ばれているが、わが国の原発事故対応に関しては、導入が進んでいない。
処理水の海洋放出に関しては、大阪市立大学の除本理史教授(環境政策論・環境経済学)も「直接的に影響を受けるのは漁業関係者だし、それ以外にも観光業者などのより広い県民に影響が出る。さまざまなステークホルダーがいるわけで、当事者である国や東電はより納得できる説明をしていかなければならないと考えます」と述べる。
原発事故から間もなく9年経とうという中、「ステークホルダーを交えて話し合え」と言うと、「いまさら」と笑われるかもしれないが、説明や議論がないまま一方的に〝後始末〟を押し付けられることになれば、不信感は募るばかりだ。むしろ立ち止まり話し合った方が、課題解決がスムーズに進むのではないか。
原発政策を進めた国、事故の原因を直接生み出した東電にはあらためてそうした姿勢が求められるし、県も重要な局面では懇談会の開催を要望するなど、議論をリードしていくべきだ。特に内堀雅雄知事にはその役割が期待される。
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