【高野病院】異世界放浪記①
みなさーん、高野病院のじむちょーです。今は理事長になっていまーす。今私は、みなさんの頭の中に直接語りかけていまーす。聞こえていますかぁ? 私たち高野病院は、今なんと、20年先の未来にいまーす。ここはラノベでいう「異世界」でーす。9年前の原発事故で高野病院は、いきなり20年先の異世界に飛ばされました。異世界といっても、ここは日本の地方都市の未来のようです。原発事故で故郷がなくなり、高齢化、過疎化が急激に進み、働き手がいなくなり、地域の医療や介護は絶滅危惧種のようになっています。
いきなり飛ばされた9年前は、時間軸だけがドーンと進み、未来に備えた病院の整備をしようと計画していたことも、すべて無になりました。残念ながら小説のように若返ったとか、魔法が使えるなどもなく、食料もない、水も電気もない、病院の周辺は瓦礫で埋め尽くされ、残ったのはその時病院にいたスタッフと患者さんだけ。突然時間軸が動いた高野病院は、ないない尽くしの中、すべてにおいてマイナスからの異世界生活スタートでした。
幸い直接襲ってくるような生命体はいなかったのですが、私たちがここにいることに気が付いてくれる人は多くありませんでした。もしかしたら、時空のひずみで見えていないのではないのかしら? 異世界お約束の記憶操作でもされているのかしら? と心配になることもありました。毎日の報道では、この地域には「病院がない」とされ、ここに住んでいた人たちにも、「病院がずっととどまってたなんて知らなかった」と言われました。逆に一部の病院が見える人たちには「金儲けしているのだろう」と言われ、私たちは外から飛んでくる心無い言葉と、無視、無関心という直接的ではない攻撃に、心が疲弊していったことを覚えています。
更にここでは、同じ日本人でも、国という名の人たちと、東京電力という会社名が付く人たちとでは、私と使う言葉が違うようで、いくら話し合いの場を設けても、言葉の意味が理解できず、途方にくれました。正確には認識の違いが、発する言葉にでてしまうから、どうにもならないのかもしれません。未来なのだから、猫型ロボットがポケットから翻訳機をだしてくれてもいいじゃん、と思いながら、いくら伝えても通じない言葉、一方的にまくし立てられる、理解不能だけれども悪意を感じる言葉に、何度悔し涙を流したかわかりません。
9年たった今でも、「カンジャハシンデモシカタガナイ」、「トウデンノセイデハナイ」、「フッコウ」など、いくつかの言葉が理解できないので、だれか最新の翻訳機貸してください。あ、私のほうが未来にいるのだった。そういえば最近も「ビョウインハコロナデヒトモウケデキテイルカトオモッタラソウデハナインデスネー」なんていうのも全く理解できなかったなぁ。
今私が、みなさんの頭の中に直接語りかけているのには理由があります。それは、私たちがいきなり異世界に飛ばされて、歩んできた道が、間違いなくこれからの日本が、地域の医療が、歩む道だからです。9年前のあの日以降、各地で様々な災害が起こり、「被災地」が増え、「被災者」と呼ばれる人たちが多くなっています。災害はいつ起こるかわからないのです。そしていつ自分の身に同じことが起こるかわからないのです。そしてそれが突然起こった時、そこはまさに異世界です。
これから1年間、高野病院がみなさんを異世界へとご案内します。ではみなさん出発です!
たかの・みお 1967年生まれ。佛教大学卒。2008年から医療法人社団養高会・高野病院事務長、2012年から社会福祉法人養高会・特別養護老人ホーム花ぶさ苑施設長を兼務。2016年から医療法人社団養高会理事長。必要とされる地域の医療と福祉を死守すべく日々奮闘。家では双子の母親として子供たちに育てられている。2014年3月に「高野病院奮戦記 がんばってるね!じむちょー」(東京新聞出版部)、2018年1月に絵本「たかのびょういんのでんちゃん」(岩崎書店)を出版。
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