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坂下・大沼高校統合問題(2020年6月号より)

ガス抜き懇談会に不満の声

 坂下高(会津坂下町、生徒数118人)と大沼高(会津美里町、同230人)の統合が検討されている件について、坂下高同窓会が反対運動を展開している。県教委は少子化を見据え両高校を1つにまとめたい考えだが、丁寧な議論が行われずに策定された統廃合計画や形だけの〝ガス抜き懇談会〟に不満の声が上がっている。

 坂下・大沼両高校の統合は昨年2月に策定された県立高校改革前期実施計画(2019〜2023年度)に盛り込まれた。

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 同計画によると両高校再編後は大沼高の校舎を使用し、事実上、坂下高が大沼高に吸収される形だ。

 昨年7月には、県主催の「第1回県立高等学校改革懇談会」が開催され、会津坂下・会津美里の両町長、教育長をはじめ、坂下・大沼両高校のPTA会長、同窓会長が参加した。

 同懇談会では、参加者16人が数分ずつ意見を述べる形式で進められた。だが、当日の様子を知る男性はこのように語る。

 「あくまで県の教育審議会が決めた実施計画に沿った意見交換で『話し合いはしましたよ』という〝アリバイ作り〟の懇談会という感じだった。坂下高OBの〝ガス抜き〟のために行ったのではないか」

 これを受けて、坂下高OBで組織される同窓会は「このままでは地域の実態や住民の意見が反映されないまま統合が進んでしまう」と危機感を募らせ、昨年12月、代表者が県庁を訪れて「坂下・大沼統合」に反対する要望書を県教委に提出した。

 要望書の内容は、①「坂下・大沼統合」ではなく、坂下高と会津農林高(会津坂下町)を統合し、実業に重点を置いた特色あるカリキュラムで地域活性化を促す新総合高校を設立する、②「坂下・会津農林統合」が早急に実現できない場合は計画されている県立高校改革を前期から後期に延期してほしい――というもの。

 一方で坂下高同窓会は、要望書の提出だけでは実施計画が大幅に変更されないと判断。統合反対に賛同する小林昭一県議(3期、河沼郡選挙区)の協力を得て、6月に始まる県議会定例会に向けて「請願書」を提出する準備を進めている。

 請願が提出された場合、常任委員会などで慎重に審議した上で、本会議において採択または不採択の決定が行われる。本会議で採択された請願のうち、執行機関での処理が必要なものは知事などに送付され、処理経過や結果報告が求められる。

 それにしても、なぜ坂下高同窓会では大沼高との統合に反対し、会津農林高との統合を望むのか。

 もともと坂下高は、会津農林高の前身である会津農業高の通常課程普通科として1949(昭和24)年に設置され、1954(昭和29)年に坂下高として正式に会津農業高から分離、県立高校として認可された。両高校の距離は100㍍ほどしか離れていない。

 立地条件や歴史から考えれば、明らかに「坂下・大沼統合」より「坂下・会津農林統合」の方が合理的なのだ。にもかかわらず、坂下高が町をまたいだ会津美里町の大沼高との統合が検討されているのは、県立高校改革の方針によるものだ。

 県教委は少子化が避けられない教育現場において、望ましい学級規模を「1学年4〜6学級」と定め「1学年3学級以下」の高校を統合・再編する方針を示し、以下の5つの方針に沿った指導要綱を策定した。

 ①進学指導拠点校=単位制の高校に転換(福島、安積、会津、磐城)

 ②進学指導重点校=進学指導拠点校と連携し、進学指導体制を強化(橘、安積黎明、白河、葵、いわき桜が丘、相馬など)

 ③キャリア指導推進校=大学への進学や就職など、幅広い生徒の進路希望や生徒の学習ニーズに対応した教育活動の充実を図り、地域を支える核として社会に貢献できる人づくり(大沼・坂下統合校など)

 ④地域協働推進校=中山間地域の学習機会を確保する意味で例外的に存続(川俣、湖南、猪苗代、西会津、川口、只見)

 ⑤職業教育推進校=今後の福島県の産業振興の方向性や地域の産業構造を踏まえ、大学や地域企業などとの連携により、専門性の高い学びや技術の習得が可能となる職業教育を推進(耶麻農業・会津農林統合校など)

 要は、普通科同士、農業科同士で統合できるように科目を重視した統合計画になっているのだ。

 結果、会津坂下町にある高校同士が統合されず、地域をまたいだ統合計画が検討されるアベコベな状況とり、坂下高同窓会が反対を表明したわけ。

「名誉ある撤退を」

 ところが、請願書の提出に向けて準備を進める同窓会に対し、坂下高の松尾幸生校長が「名誉ある撤退をしたらどうか」と活動に水を差す発言をしたというのだ。

 坂下高同窓会の役員は憤りながら次のように経緯を説明する。

 「もともと坂下高は会農(会津農林高)から派生してできた高校。少子化が進み、統合されるのは致し方ないが、それなら会農と元通りになるのが自然な流れだと思います。ただ、県が主催する昨年7月の懇談会にオブザーバーとして参加したところ、議論とは名ばかりで、このままでは県教委が主張する『坂下・大沼統合』案が進んでしまうという危機感を持ちました。そこで、坂下高同窓会で独自に協議会を設け、どうしたら大沼高との統合計画を変えることができるか話し合いを続けてきました。そんな中、本来中立であるべき立場の松尾校長が度重なる妨害行為をしてきたのです」

 昨年7月に開いた1回目の協議会では、同窓会から松尾校長に校内の会議室を貸してほしい旨を伝え「新聞記者にも参加してもらってはどうか」と提案すると、松尾校長は「新聞記者は何を書くか分からない。誤解を招くから記者は入れない」と反対されたという。

 今年4月に開いた2回目の協議会の際にも、松尾校長から事前に連絡があり「コロナ問題で県は50人以上の集会は実施しないよう通達を出している。何かあっては困るので同窓会館は使わないでほしい。どうしても協議会を開くというなら、坂下高とは関係ない町内の施設を借りてほしい」と告げられたという。そして「『坂下・大沼統合』案は先が見えてきた。これ以上抵抗しないで〝名誉ある撤退〟をしたらどうか」と言われたから、同窓会は松尾校長に不信感を募らせることとなった。

 結局、協議会は小林県議の事務所で開かれたが、同窓会と松尾校長の考えは一致していないことが分かるだろう。

 松尾校長に発言の真意を確かめるため、5月初めに坂下高に取材を申し込むと、校内にいるとのことだったが、事務員を通して「コロナ禍で学校再開等が未確定であり、準備が必要なので、5月末まで取材を受けられない」という回答があった。

 食い下がって再度依頼すると「同窓会長と副会長が同席するのであれば取材を受ける」という。この条件に基づき、5月中旬、松尾校長に面会することができた。

 松尾校長は開口一番「確かに〝名誉ある撤退〟をしたらどうか、とは言いましたが『坂下・大沼統合』案は先が見えてきたので抵抗するな、とは言っていません」と強調した。

 では、どのような話の文脈で、何と発言したのか。

 「県が県立高校改革前期実施計画を発表してから1年半が経ち、県は統合に向けて計画通りに進めています。(統合校を)開校させるには、予算折衝や教職員を配置する準備もあります。そうした中で(ここに来て計画を中断させることのない)潔い判断も必要になるのではないかという意味で〝名誉ある撤退〟をしたらどうかと申し上げたのです」

 情報提供者の言葉と松尾校長の言葉に大きく異なる部分はないが、要するに、松尾校長は「県が決めた計画に従ったらどうか」と言っているわけ。

 「私は県教委の人間です。企業で言えば、県教委は本社、学校は支店で、校長は支店長みたいなもの。ですから当然、私は県教委の立場で申し上げます。知事の意向に沿った言動にも努めなければなりません。私の役割は、県教委の方針を同窓会やPTA、地域の方々にお伝えし、同窓会やPTAの意見を県教委に報告することです。同窓会にとっては耳の痛い話を前々からしてきたつもりですが、それは同窓会との信頼関係があったからこそです」

 県立高校の教員は県に採用され、県内各地の高校に赴任する。校長ともなれば、本庁(県教委)や各地の教育事務所に勤める人と比べ、地域に根差し、ある程度中立の立場で住民の声を聞く役割が求められる。にもかかわらず、松尾校長は同窓会の決定に踏み込む発言をして「私は県教委側の人間」と開き直って見せた格好だ。いくら同窓会と信頼関係があると言っても越権行為だし、せめて「私は関知しません。要望書でも請願書でも勝手にやってください」と静観するのが本来の姿ではなかったか。

町は同窓会に賛同

 こうした現状を、会津坂下町ではどう受け止めているのか。鈴木茂雄同町教育長はこのように語る。

 「学校統廃合の問題で最も優先されるべきは、未来の子どもたちにとってどうあるべきかを考えることです。その点で言うと、県が進める県立高校改革は出発点からおかしかったと思います。机上の議論で推し進めれば、地域の事情や学校の歴史がないがしろにされるのは当たり前です。これまで坂下高を盛り上げ、尽力してきた同窓会の方々に事前に話を聞く場を設けるべきだったのではないか。そうしたプロセスをきちんと経たうえで、子どもたちの夢がかなうようなカリキュラムをつくるなど、中身を充実させる議論をしてほしい」

 同窓会や同町教育長など地元の人は計画の見直しや慎重な議論を求めているのに対し、県教委や松尾校長は「坂下・大沼統合」を計画通り実現させたい意向で、双方の溝が埋まる気配は見当たらない。

 ちなみに坂下高は、県内で偏差値下位に低迷し、今春行われた入試では募集定員80人だったが、実際に入学したのは41人だった。大幅に定員割れしている。学力の高い生徒は会津若松市の高校に通うことが多いようだ。

 松岡亮二氏著『教育格差』によると、低SES(家庭の社会経済的背景)、低ランク校で働く教師は生徒に対してあまり期待しておらず、学校に対する誇りも低い。そういう意味では、県教委や校長らが「少子化」をもっともらしい理由に挙げて統合を進めようとするのは自然なことなのかもしれない。

 統合して生徒を集約するのは重要だが、さらに人口減少が進めば再び同じような問題に直面するのは確実だ。そういう意味では、地域の事情を踏まえ、まずは無理なく統合することから始めた方がスムーズで、今回のように歴史を無視した統合は反発を招きやすい。同窓会をはじめPTAや地域住民には丁寧な説明が必要だったはずだが、県教委がそれを怠り、松尾会長が県教委を代弁する言動を繰り返したことで、議論は複雑になった格好だ。

地元密着の総合高校

一連の統合案を上から押し付ける県教委だが、単に同じ科を持つ高校同士を統合させる安直(乱暴?)なやり方をするくらいなら、生徒一人ひとりのニーズに応えるため、複数の科を備えた総合高校を設けてもいいはずだ。

 大学に進学したい人、農業をやりたい人、看護師や介護士になりたい人、そのために必要な授業を、すべて自分が住む町の高校で受けられるのが究極の理想だろう。

 地元の高校に通えれば、①保護者の経済的負担が減る、②子どもの通学にかかる負担が減る、③地域の企業と連携しやすい(職場体験など)、④自治体独自の支援ができる(葛尾村では「村営塾」に予算につけ、ベスト学院が放課後学習を支援している)――などのメリットがある。坂下高と会津農林高を統合させ、総合高校として生まれ変わるのは決して悪くないと思う。

 いずれにしても、福島県の高校統合は全国に比べて大幅に遅れていることもあり、県教委は拙速に進めようとしている印象がある。

 県教委は「この間、統合について2回にわたり公聴会を開き、住民などの意見は聞いた」と説明しているが、開催の知らせはホームページに掲載されたのみだった。

 また、「県立高校改革後期実施計画はほかの高校の統合を検討していく必要があるので、後ろにずらすのは難しい」として、計画変更の考えはないことを暗に語っている。

 しかし、地元がこれほど反発している以上、当初の計画に拘泥せず、あらためて住民の意見に耳を傾け、丁寧に議論を重ねて着地点を探ることが必要なのではないか。

 なお、この問題の最大のポイントは、その学校で学ぶ生徒がどのくらいいるか、それに対して学校の運営費(人件費を含む)がどのくらいか、ということ。言うまでもなく、運営費用は税金だから、それらを総合的に判断して、統廃合すべきか、個々で存続させるべきか、ということが最も重視されなければならない。その点で言うと、費用対効果に乏しいといった判断から、統合という案に至ったのだろうが、統合計画の中で、そういった部分での県教委の〝本心〟が明らかにされていないのは、統合案の進め方としては誠実とは言えない。この点に関しては、機会を見てあらためて取材・リポートしたい。


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