2022年グラミー賞に最多ノミネートされたジョン・バティステってだれよ? はじめての人のためのガイド
2022年に開催される、第64回グラミー賞ノミネート作品が11月23日(日本時間24日)に発表されました。カニエ・ウェスト、テイラー・スウィフト、ビリー・アイリッシュなど、ビッグネームの注目度の高い作品が目白押しの今シーズン、最多ノミネートを果たしたのがジョン・バティステ(Jon Batiste)です。
「ところで、ジョン・バティステってだれよ?」
実際のところ、そんな人も少なくないかもしれません。というわけで、音楽評論家、藤田正さんに教えを請いながら、彼をご紹介していきます。
※トップ画像はジョン・バティステのオフィシャルYou Tubeサイトから
追記(2022年4月4日)
日本時間2022年4月4日に行われた授賞式で、11のノミネートのうち、年間最優秀アルバム(『We Are』)、最優秀スコア・サウンドトラック・アルバム(映画『ソウルフル・ワールド』)、最優秀アメリカン・ルーツ・パフォーマンス(「Cry」)、最優秀アメリカン・ルーツ・ソング(「Cry」)、最優秀ミュージック・ビデオ(「Freedom」)の5つの受賞を果たした。
――さて、藤田さん、第64回のグラミー賞の最多ノミネートがジョン・バティステってことで話題です。年間最優秀レコード、年間最優秀アルバムなど11部門の候補にあがったそう。われわれはすでに今年の6月、彼をnoteで取り上げましたね!
藤田 そうです!! あのとき紹介したのは「Freedom(フリーダム)」。もともとはブラック・コミュニティの間だけで祝われていた6月19日の奴隷解放記念日(ジューン・ティーンス)が連邦の正式な祝日に制定されたことを伝える記事、Songs for Freedom:A Juneteenth Playlist で取り上げました。まさに自由であることの喜びを謳歌する1曲です!
――それが、年間最優秀レコードにノミネートされた、と。「フリーダム」のミュージックビデオを改めてこの記事にも貼りますが、むっちゃオシャレだし、見ていてとってもウキウキするんですよね~。
藤田 映像の冒頭で、ちびっ子たちが太鼓に見立てたバケツを裏返して叩いているけれど、ラップがニューヨークでブームになったその頃に、黒人の子どもたちが投げ銭目当てに始めた、と言われている。ぼくも現地で見ました。もちろん、いつ誰がどこで始めたかは正確には分からないにしても、新しい大衆音楽の原点を示している。バティステのニューオーリンズでも当たり前の風景(おそらくトレメ地区ほかで撮影)なんだろうね。
ちなみにバティステが踊っている後ろに見えている壁画の人物は、ニューオーリンズ・ピアノの巨星、アラン・トゥーサン。北トレイヴォーン・アヴェニューにあります。ぼくはこの壁画が出来る前に行きました。
――もうひとつのヒット作、「I NEED YOU(アイ・ニード・ユー)」でも披露してますけど、彼は歌だけじゃなくてダンスもうまい!
藤田 そう! けれど、それだけじゃない。ぼくが彼を知ったのは、ニューオーリンズや東部のジャズ専門の放送局で、だから。「プリンス」という、ニューオーリンズのパレイド音楽を下地にした素晴らしいアレンジの曲があって、今もずっとエアプレイされてるよ。
――えっ? そうなんですか?
藤田 なに言ってんの! 彼こそがニューオーリンズから花咲いた、現代を代表するジャズ・ピアニストなんですよ。 しかもダンスもできて、歌もうたえる。マルチプレイヤーなんです。1986年生まれの現在35歳。これからますます注目されるアーティストだよ。これ聴きなさい!
「What A Wonderful World」
――ひょえ~。先ほどとはガラリと変わりました。
藤田 アメリカの深夜番組「The Late Show with Stephen Colbert(ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア)」でバンドリーダー兼音楽監督を務めています。そして、雑誌「The Atlantic(アトランティック)」の音楽ディレクターであり、ニューヨーク・ハーレムにある国立ジャズ博物館の館長でもある。アトランティック誌は公民権運動の折、マーティン・ルーサー・キング牧師の歴史的な手紙「バーミンガムの刑務所から」(Letter from Birmingham Jail)も載せたほどの歴史ある雑誌です。
JON BATISTE & STAY HUMAN
――そうなんですか!
藤田 映画『Soul』の作曲で、作曲家のトレント・レズナーとアッティカス・ロスとともに2021年のアカデミー賞をすでに受賞している。
――『Soul』の日本題は『ソウルフル・ワールド』(ディズニー・プラスなどで配信)。私、それ観ましたよ! 子ども向けなんですけど、大人が見ても生きることについて考えさせられる、禅問答みたいな、切ない話でもあるんです。けっこう泣ける映画なんで、涙腺弱い人はハンカチの用意必須です。
藤田 なんだ、押さえるところは押さえてるんだね(笑)。バティステは『ソウルフル・ワールド』で、ニューヨークに暮らす中学校の音楽教師、主人公のジョー・ガードナー(声:ジェイミー・フォックス)が演奏するシーンや、「(主人公が)生きている」世界で聞こえるジャズの作曲を担当してます。グラミー賞のベスト・スコア・サウンドトラック・フォー・ヴィジュアル・メディアなど複数部門にノミネートされたのが、この『ソウルフル・ワールド』関連の作品です。
『ソウルフル・ワールド』本編プレビュー(約10分)
――冒頭にスポティファイから引用した、アルバム『We Are(ウィー・アー)』はアルバム・オブ・ザ・イヤーにノミネートされました。
藤田 「フリーダム」「アイ・ニード・ユー」も収録する同作は彼にとって8枚目のアルバムだけど、もちろん高い評価を得るのは当然のクオリティです。
ジョン・バティステは、このアルバムでも明確に分かるけど、(あくまで若いラッパーとは対照的だという意味で)クリーンな指向性を持つマルチプレイヤーです。黒人の解放、歴史的な栄光というポイントは最新作でもきっちり描かれているし、その音楽性って、アコースティックが基本なんです。もちろんスタジオでいろんな加工作業はされてはいるんだけど、根本は「生演奏」。生演奏がすごい。その土台に立って、地元のブラスバンドほか、ニューオーリンズのブラック・リズムをどんどん応用しているところが、このアルバムの感動的なところだと思います。
たとえば「ボーイ・フッド(BOY HOOD)」。このアルバムのカナメの一つ。ガキの頃のバスケや野球、音楽の黒人スターの名前をうたい込み、その栄光は引き継がれるんだという歌の構成。今やニューオーリンズ音楽に欠かすことのできなくなったトロンボーン・ショーティが、じつに美しいソロを吹いている。かつてぼくは、ショーティの初録音をした張本人なんだけど、この凛々しいメロディを聴いて大感動です。もちろん、バティステが提唱する(とぼくは思う)、ローカルを愛することこそがグローバルなんだ、という当然の定義が、このアルバムに貫かれているね。ぜひ歌詞を、あれこれと紐解きながら聴いていただきたい作品です。
「ボーイ・フッド(BOY HOOD)」