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黒人史に刻まれる「8.28」を背負う男、チャドウィック・ボーズマン。2021年アカデミー主演男優賞となるか?

2021年(第93回)のアメリカ・アカデミー賞のノミネートが発表されました。授賞式は4月25日(現地時間)。今回から数回にわたり、ブラック(アフリカンアメリカン)の観点から、注目したい人物と作品について、音楽評論家の藤田正さんにうかがいました。1回目は、主演男優賞にノミネートされたチャドウィック・ボーズマンを取り上げます。
※トップ画像はNetflix『マ・レイニーのブラックボトム』トレイラーより

黒人の伝説的ヒーローを演じ続けたチャドウィック

――昨年、2020年8月に惜しくも亡くなったチャドウィック・ボーズマン。その遺作となる『マ・レイニーのブラック・ボトム』で第93回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされました。タイトル・ロールはもちろん、マ・レイニー役のヴィオラ・デイヴィス(主演女優賞候補)なので、まだご覧になられていない方は、なぜチャドウィックが?と思う人も多いかもしれませんね。

藤田正さん(以下、藤田) これからの人だったのに、本当に残念です。チャドウィックについて、簡単な経歴を紹介しておきましょう。Chadwick Bosemanは1976年、サウス・カロライナ州に生まれた黒人でした。

――出身校は名門、ハワード大学ですね。「HBCU(歴史的黒人大学)」の一つ。

藤田 知ってるね~。HBCUは公民権運動でも、現在のブラック・ライヴズ・マター運動においても欠かせません。チャドウィックもそこの出身です。ノーベル文学賞を受賞した作家のトニ・モリソン、カマラ・ハリス副大統領、中退してるけど作家のタナハシ・コーツも同校出身です。

――デンゼル・ワシントンとの関わりも知られています。

藤田 そうです。チャドウィックは若い演劇人としてよほど有望だったんだろうね。大学卒業後、彼は大先輩のデンゼル・ワシントンに願い出てBritish American Drama Academy(ロンドン)への留学費を提供してもらったそうです。すごいことだよね。歴史的にみてデンゼルの次となる黒人男性俳優のトップの座は、チャドウィックだと周囲のみんなが思っていたんだろう。

――役者として実力がある、ということだけじゃなくて、黒人として主役を張れる存在。

藤田
 まさにそういうふうに見なされて、加えて、自らの歩みでその階段を上って行ったのがチャドウィックだった。ハリウッド映画のことはよく知らないけど、かつてのジェイムズ・ディーンらと肩を並べる……いやいや、それ以上!の役者さんだったはずです。

『42~世界を変えた男~』(2013年)。これはジャッキー・ロビンソン(アフリカ系アメリカ人初のメジャーリーガー)の伝記もの。『ジェームス・ブラウン~最高の魂(ソウル)を持つ男~』(2014年)。これは、我らがソウルの父、JBを見事に演じている。『マーシャル 法廷を変えた男』(2017年)は、黒人として史上初めて合衆国最高裁判所の判事に任命されたサーグッド・マーシャルの若き日を演じて、これも素晴らしかった。

かよう、彼は多様な作品に主演として登場しているけど、どれも「なるほど!」と思わせるもんねぇ。そして、彼の姿からは「誇り高き存在」というオーラが必ず見える。これでしょ!

――2018年の超ヒット、忘れてる!

藤田
 あああ、『ブラックパンサー』を忘れていました。森さん好きなんだよね!

―――いや、これはアメリカの子どもから大人まで、人種を問わず多くの人が愛する映画ですよ! 特に黒人はスーパーヒーローものの主役にはなれないといわれて続けてきたんですから。彼は映画の中だけでなく、ブラックの人たちの本物の「キング」になった。いかに人々がチャドウィックを愛したか、また、チャドウィックがいかに素晴らしい人物か、次の動画をぜひ見て欲しいです。涙がでちゃう!


――さて、彼が主演男優賞に推された『マ・レイニーのブラック・ボトム』(2020年)は、どうでしたか? この映画は先ほど名前が挙がったデンゼル・ワシントンがプロデューサーに名を連ねます。

藤田 1920年代の、とっても古いブルース・スターの生きざまを描いた作品だけど、汚れ役に徹したヴィオラ・デイヴィスのマ・レイニーも凄味100%だったけど、準主役としてマのバックメンバー、レヴィをチャドウィックが演じています。

生意気な若造で、新時代のジャズを担うプレイヤーとして彼は自身満々。だけど、結局は白人に「才能」を盗まれてしまう。これって黒人芸能史の原点なんだけど、その微妙なニュアンスをチャドウィックは演じ切っている。だからぼくとしては、末期ガンに抗いながら瑞々しい演技を見せてくれたチャドウィックにこそ賞を取ってもらいたいと願っています。

――『マ・レイニーのブラック・ボトム』は、このnoteのインタビュー・シリーズでもすでに紹介していますし、もちろん日本で一番早く書かれたのが『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』でした。

藤田 ブルースを知っている者には、かのヴィオラ・デイヴィス&チャドウィック・ボーズマンが「マ・レイニー時代のブルース」を演じるなんて、本当に驚くべきことなんですよ。だから書かざるを得ない(笑)。

――ネットフリックス配信で、彼が出演した昨年(2020年)の作品には『ザ・ファイブ・ブラッズ』(スパイク・リー監督)もありました。こちらはアカデミー賞の前哨戦といわれるナショナル・ボード・オブ・レビューの作品賞を受賞しながら、オスカーのノミネートは作曲賞のみ。私は、『ザ・ファイブ…』のチャドウィック・ボーズマンの演技も高く評価されるべきと思うのですが。

藤田 ほんとだよね。ただ賞取りレースは演技が素晴らしいウンヌンだけじゃないからね。だからこそぼくらは、アメリカ合衆国にとっての巨大なトラウマであるベトナム戦争を、黒人問題の視点から捉えなおした本作品を高く評価したい。ここでは詳しく言わないけどさ、マーヴィン・ゲイの「ゴッド・イズ・ラヴ」がキーワードです。

――リー監督もチャドウィックが亡くなった後すぐに作品を見直して、彼の神々しさに驚いた、とあるインタビューで語ってました。『ザ・ファイブ・ブラッズ』については、『歌と映像で読み解く……』の第5章で詳しく述べているので、ぜひともそちらを読んでいただきたいですね。

チャドウィックが背負う宿命の「8・28」

――彼は大腸がんで4年も闘病していたそうですね。ただ共演者も監督も誰もが病状を知らされていなかったと。そして、2020年8月28日に43歳という若さで亡くなりました。

藤田 この8月28日というのは、アメリカ黒人の歴史において、非常に意味のある日でもあるんです。

――1955年のエメット・ティル君の虐殺、人種差別撤廃を訴えた1963年のワシントン大行進、2005年にはハリケーン・カトリーナの襲来も。奴隷解放、Please, Mr. Postman―ブラック・ミュージックの画期となった日でもある。エヴァ・デュヴァネイ監督が、8月28日をテーマにショートムービーを2017年に発表しています。

August 28:A Day In The Life Of A People(限定公開)

藤田 そして、時代のヒーロー(キング=ティチャラ)であるチャドウィック・ボーズマンが亡くなった日でもある。ほんと、チャドウィック・ボーズマンがガンで亡くなったのは、悔しい。もう1作、注目の作品がこの4月に全国ロードショーになります。ニューヨークの刑事・犯罪ものの『21ブリッジ』(2019年)。主演だけでなくプロデュースとしてもかかわっています。チャドウィックの人間性がとても良く出ている佳作になっています。

――必ずや、チャドウィックが受賞しますよ。ワカンダ・フォーエバー! 

2020年は奇しくもチャドウィックが演じたジャッキー・ロビンソン・デーが8月28日に祝われた年でもあった。(例年は4月15日)

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