歌で読み解く! アメリカ、バイデン新大統領就任式/『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』
――アメリカ合衆国大統領就任式が終わりました。式典はどうでした?
藤田正さん(以下、藤田) 現時点(日本時間・2021年1月21日早朝)で、一応、無事に終わったみたい。1月6日の連邦議会議事堂へのテロがあったから、国家の威信をかけた猛烈な警備が敷かれていた。
――ドナルド・トランプ前大統領の最後の「仕事」が、自分の極右支持者に向かって議事堂へ向かえ!の大号令だったわけですからね。
藤田 そうです。ただここでは『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』の流れの中で、音楽・文化の中から就任式があった数時間を見ていきましょう。まず就任式の直前にトランプの退任式があった。アンドリューズ空軍基地の飛行場に親族らが待っていて、ドナルド・トランプとメラニアが喋った。周囲をかためる兵士はちゃんとマスクしてるのに、親族たちはぼくが確認した限りノーマスク! トランプは、よほど悔しかったんだろうね、米国史に残るかの鉄面皮男が、演説の途中で感極まり言葉が出なかった。
――そんなことがあったんですか。
藤田 虚勢を張ることだけは天下一品の男の、絶対に負けは認めたくない!という情けなさたっぷりの「名場面」。でもこのお別れの式でバックグラウンドに流れていたのが「Y.M.C.A.」なんだよね。
――日本では西城秀樹がヒットさせた、元気いっぱいの「ヤングマン(Y.M.C.A.)」ですね。
藤田 この歌自体には何の恨みもないけど、スタッフももっと考えてあげれば良かったのにねぇ。この歌、ハードゲイと呼ばれる人たちの(かつては)テーマみたいなヒットでもあったから、性の多様性が認められないトランプ派にとってこの歌の歴史や背景を知らないはずがない。『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』に書いたけど、トランプ前大統領の自国の歌に関する無神経ぶりは、最終局面でも光っていた。故・村田英雄さんの「王将」にすればぴったりと、ぼくはパソコンのライブ画面を見ながら思ってた。
――その歌、知りません! それに、彼の国の歌じゃないし!
藤田 ああ……ネットで調べてください。勝ち負けとはどういうことか、哲学的にうたっていますから。トランプに比べてジョー・バイデン&カマラ・ハリス組の式典は良く考えられていた。
――国歌はレディ・ガガ。その次がジェニファー・ロペス。
藤田 前のnoteで触れたけど、森さんが予想したレディ・ガガは、素晴らしいヴォーカルだった。「大舞台なら私に任せろ!」という堂々たる歌唱だった。バイデン&ハリス政権樹立に貢献した女性だから登壇するのは当然としても、役割をちゃんと果たした。ただ衣装はやたら歩きにくそうだったけどね(笑)。
――女性、黒人、ラテン系、といったバランスはどうでしたか?
藤田 政権内の要人配置とも密接に関連しているけど、これもトランプ政権と正反対。女性歌手が二人も続いてうたったし、J. Lo(ジェイロー:ジェニファー・ロペス)はプエルトリカン。ラテン系。加えてプエルトリコ人ってアメリカ社会では下に見られている人たちだから、そこから大スターになったJ. Loは、存在自体がトランプのラテン系差別と対立している。
――ラテン系アメリカ人だってトランプ~共和党支持者は相当に多いですよね。
藤田 もちろんそうです。で、ここで詳しいことは書かないけど、「マイノリティの中のマジョリティ」としてのラテン系代表として、キューバン・シンガーを式典で選ばなかったのがミソだとぼくは思うな。就任式にもつまんなそうにヒゲ面で列席していたテッド・クルース(クルーズ)ね、彼はキューバ系なんですよ。クルースは共和党の上院議員。自分が大統領になるためなら何でもやるタイプの男。クルースとあのエンリケ・タリオって、広い意味での亡命キューバ人共同体の同志なんだとぼくは思います。ツーショットもある。二人は、現キューバ政権に対抗する勢力と関連が深い。
――タリオさんて白人(男性)至上主義者の集団、プラウド・ボーイズのリーダーの一人ですね。1月6日のテロとも関係が深いとされているキューバン・ブラック。『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』にもタリオさんは出てきます。
藤田 そういう意味においてもプエルトリカンのJ. Loは適切だった。ウッディ・ガスリーの傑作「我が祖国(This Land Is Your Land)」に「アメリカ・ザ・ビューティフル」を混ぜての切ないアレンジも良かったし、何より……
――ストップ! 藤田さんはプエルトリコ~サルサの話になると終わらない(笑)。
藤田 彼女、歌の途中でスペイン語で檄を飛ばしたんだよね。「神の下、一つの国、分かちがたく、すべての民に自由と正義を!」と言っていました。その「リベルター&フスティシアをすべての民に!」とは、巨大台風の被害にもまっとうな援助をしてもらえないプエルトリコ島の惨状はもとより、もう始まっている再度のラテン・アメリカ諸国からの「米国への貧者の大行進」にも向けられている。「USA」って「アメリカ大陸」の一部でしかないってこと、スペイン語だからこそはっきりする。彼女の「ウナ・ナシオーン(一つの国)」って「USA」じゃない。全体なんです。この檄は台本にない彼女独自の判断だったようだけど、トランプによるメキシコ国境との壁建設と対をなして考えるべきです。
――そんなの日本のメディアのどこも指摘してないんじゃないですか?
藤田 だから言ってるでしょ、歌を聞いていれば、あぁそういうことかとわかるって。ぼくは政治のことなんてさっぱりわからないんだから。
――白人ではガース・ブルックスが登場。
藤田 彼はカントリーのトップ・シンガー。彼は共和党支持者だけど、大統領のパートナーであるジル・バイデン博士から依頼され、報道によれば国民全体の団結のために登壇したとのこと。ブルックスは、鎮魂と神的覚醒の名歌「アメイジング・グレイス」を担当しました。ぼくの勝手なイメージだけど、これはバイデンの就任受諾演説と合致しているんじゃないかな。バイデンは、国家内の深刻な対立を認めつつ、歴史的な悲劇を乗り越えて、これからはアメリカは一つになろうと何度も訴えた。その土台にある象徴的な歌を白人歌手に任せた、とぼくは見る。
――前のnoteに出てきますが、それってカマラ・ハリスが好きなファンカデリックの「ワン・ネイション・アンダー・ア・グルーヴ」に繋がる?
藤田 そうです。その願い。実はファンカデリックの「ワン・ネイション…」って、元ネタは国家的な宣誓に登場する「ワン・ネイション・アンダー・ゴッド」(忠誠の誓い)だから。今日の就任式でもバイデン&ハリスがこの言葉で誓っていたでしょ。
――そうなんですか! 寝てて、リアルタイムでは見てないもんで(笑)
藤田 真夜中だったからね! 本日はここまで。実はアマンダ・ゴーマンさんという若い詩人が登壇して自作の「The Hill We Climb」を朗読したんだけど、これが鳥肌ものの大発見だった。ブラック・ライヴズ・マター的精神が、どんどん深化し若者たちに受け継がれていることがよくわかりました。
――ほー。日本ではまったく知られていない黒人女性文学者ですね。
藤田 トランプが欠席してどうのこうの、って言われているけど、実際にライブを観ていると、あいつがいたらそれだけで式典は気持ち悪いし、イメージが滅茶苦茶になったはず。トランプが人生で唯一、いいことをしたとすれば、バイデン&ハリスの就任式に列席しなかったその判断だね。
※トップ画像は NBC NEWS youtube ライヴ映像 をキャプチャしました。