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『世界時々フィクション(No.13)』どうなるニューヨーク市長選!?

ニューヨーク市長選に向けた討論が行われている。ニューヨークという、アメリカを代表する州を率いるのは誰になるのだろうか。争点は、犯罪抑止にどれだけ貢献できるか、これまでどれだけの実績があるか。経済を回復させ、教育を発展させるビジョンはあるのか、こういったところだろう。若者に人気のベーシックインカムについても議論されるだろう。銀行家、警察官、大学関係者、起業家、弁護士、バックグラウンドも様々、実績も様々だ。

この港町、マンハッタン、クイーンズ、ブロンクス、ブルックリン、ワールドトレードセンターやエンパイアステートビル、自由の女神、ウォール街、5番街、セントラルパークを擁する、世界の大都会のリーダーを決めるわけだ。

その日は雨だった。朝からトラブルだった。携帯に電話が入った。私の仕事は時々、そんなことばかりになる。

「悪く言うつもりはないですが、周囲の人間がいる前で、私が能力がないと」

「それは傷つきますね」

若い社員だった。開発部門だった。マネージャーに任命されて、それから潰れてしまった。鬱病の症状だ。現場を離れた方がいい。すぐに上のマネージャーに連絡して、休ませるように話をした。

システムの開発現場は過酷だ。技術的な問題もあるし、予算的な問題もある、時間の問題もあれば、人間関係の問題もある。そして、品質も求められる。ユーザーの満足も求められる。これらをハンドリング立場は過酷だ。

「会社に行こうとすると頭痛がするんです」

「家を出て途中の駅までは行けるんですが、そこから、もうダメなんです」

身体の拒否反応だ。こうなるとドクターストップだ。診断書を回収して、現場に説明をして休ませることにした。

ニューヨーク市長選に関する記事を読み進めた。アメリカの討論会は面白い。汚職、女性問題、実績、コロナ下で取った行動、ビジョン、ありとあらゆる角度から互いの弱点を見つけて、それを指摘する。

ニューヨークと言えば、ジュリアーニ市長が有名だ。割れ窓理論は私も知っていた。ゴミの分別など、軽微な違反を取り締まることでモラルの低下を防ぐのだ。パトロールで警官がたくさんウロウロしていれば、街に犯罪が少なくなる。確かに、それはそうかもしれない。犯罪が多く危険な街だったニューヨークを、ジュリアーニは変えたとして有名になっている。

そんな街の市長になりたいとは、一体どんな人たちなのだろうか。犯罪と闘い、経済を回復させ、評判を向上させ、多くの人が住みたいと思う街にすること。この仕事に立候補するというのは、すごい覚悟だ。

英単語が目につく。ストップアンドフリスク。これは警官が通行人を呼び止めて、衣類の上から身体を軽く叩いて武器を探す行為のことだが、どうだろうか。よく六本木なんかで警官が通行人を呼び止めているが、ニューヨークでは日常茶飯事なのだろうか。

警官の雇用を増やし、パトロールを強化し、ストップアンドフリスクを徹底すれば、確かに街の犯罪は減ることになるだろう。だが、そんな物々しい街は、過ごしやすいのだろうか。ニューヨークと警察組織は非常に密接に結びついているということが、よくわかる。

午後、システム部門長との今後の話しをひた。

「まだ若い。仕事なんていくらでもあるさ」

ニューヨーク州法では、警官は非番の時も銃を携帯し、どんな犯罪にも24 時間対応できるようにしておかなければならないとなっている。アメリカの銃社会と警察組織の関わりの深さもここにある。

「診断書はでたのか?」

「鬱病でした」

「休みなさい。それがいい。もう忘れろ。仕事のことは」

「引き継ぎは?」

「考える必要はありませんよ。残りの者にやらせてください。、

「予算とのバランスで、現場の声を聞きすぎても出来ないものは出来ない」

周囲にヒアリングをすると、開発現場の苦しむ声が聞こえる。みんな必死だ。誰も誰かを傷つけたいとは思ってない。だが、結果的に誰かが辞めている。

「すごく優秀なんだ。でもだから、ダメなのかもしれない。真面目過ぎるのかもしれないんだよ」

私はメンバーとの話を終えた。そのメンバーは作業や業務の立て直しに、この後奔走することになるのだ。一人離脱して、誰かに皺寄せが行き、その皺寄せで誰かが駄目になっていく。私はエンジニアではないし、プロジェクトマネージャーでもない。この負の連鎖を眺めていることしか出来ない。自分はなんと無力なのだ。

多くの若者が、大人に潰されていく。それがこの国だ。大人は必死だ。自分の席を奪われまいと、あの手この手で下を潰す。ある者は知識で、ある者は態度で、ある者は経験で。そんな様子を私は腐るほど見てきた。限られたパイの奪い合いをする以上、そこには分け前に与れるものと、そうではない者ができる。押しのけて、蹴落として、そうやってやっと席に座る。それが現代の日本社会だ。本質的に陰湿だ。今日もまた一人、若者が潰される。人を活かすことが出来ない人間が上に立ち、人を潰す。

東京はどうだ。霞ヶ関、丸の内、六本木、浅草、表参道、渋谷、新宿、池袋。金融の中心、行政の中心、ファッションや文化の中心。しかし、ニューヨークのように、人種差別や銃、警官と市民の対立が極端に多いようには思わない。皇居の周りをランニングしたり、桜を見物したり、長閑で牧歌的だ。スリに合う心配も、アジア人差別に合うことも、恐喝や暴行を目撃することもない。同じ都会でも、同じではない。

帰りの電車でニューヨークタイムズ記事を眺めながら思った。ニューヨークを良くしようと言って、具体的に何をするのだろうか。予算は?スタッフは?品質は?重要項目は?何故それが必要と思うのか?会社じゃ、パソコンをどうやって使わせるかに頭を絞って、それから壊れていく労働者に、何かしてやれることなんてあるのか?社会が悪いのか、本人が悪いのか、上司が悪いのか、なんなら人事が悪いのか?答えは出ないで電車は走っていく。

私は犯罪の取り締まりについて常に話し合っておかなければならないアメリカも、上司に絶対服従で苦虫噛み潰して生きている日本も、どちらも嫌いだ。私が求めている社会や居場所はどこにあるのだろうか。

ニューヨークを新しく良い方向に導きたい。変化をもたらしたい。生活を良くしたい。安全な街にしたい。教育環境が整った場所にしたい、さまざまな立候補者がビジョンを語っている。それは何も選挙だけの話ではない。ああなりたい、こうなりたい、ああしたい、こうしたい、選挙に出なくとも、我々はいつもそんなことを考えて、希望を持っていきていくのだ。

家に着くと、妻がシチューを作っていてくれていた。

「シチューにご飯はつける?」
「うーん、つけて食べようかな」

シチューにご飯。つけるだろう?
そうやって、今日も終わっていった。

とにかく、若い人間が働けなくなるなんてことがないように、何ができるか、それを一番に考えることにしよう。

(続く)

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『世界時々フィクション(No.13)』どうなるニューヨーク市長選!?

参考記事:By Katie Glueck, "Crime and Qualifications at Issue in Heated N.Y.C. Mayoral Debate", “The New York Times”, Published June 2, 2021 Updated June 16, 2021

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