2023年春闘労使交渉一問一答(3.消費への影響について)
2023年1月31日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利
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「2023年春闘労使交渉一問一答」は、調査会レポート「2023年春闘の論点」にこれまで掲載してきた論考を、一問一答形式で整理するとともに、掲載後の状況も踏まえ、さらに補強したものです。
なお、賛助会員のみなさまには、ご希望に応じて、バックデータなどを提供いたします。
3.消費への影響について
(1) 個人消費の回復が遅れており、今後の景気動向については慎重に判断する必要があるのではないか。
*個人消費の回復が遅れていることは、否定できません。日銀の「消費活動指数」を見ても、「名目」では拡大傾向となっているものの、「実質」では一進一退が続いています。2022年11月の前年同月比を見ると、名目では4.4%増となっていますが、実質では▲0.4%、実質の「旅行収支調整済」では▲0.8%、実質耐久財は▲4.9%となっています。(季節調整値の指数から前年同月比を算出している)
(注)旅行収支調整済は、インバウンド消費を除き、アウトバウンド消費を加えたもの。
*経済活動の動向を敏感に反映する現象を観察できる業種の適当な職種の人に対するアンケート調査である内閣府「景気ウォッチャー調査」を見ても、総じて好不況の判断基準である50を下回る水準で推移しており、なかでも家電量販店の低迷が目立つ状況となっています。
*経産省の「鉱工業指数」を見ても、2022年12月の消費財の出荷は、全体としては回復傾向にあるものの、2015年を100とした指数で93.8、うち耐久財は89.3に止まっており、自動車を除く耐久財は66.2に低下しています。また、自動車を除く耐久財の在庫は、同じく2015年を100とした指数で115.4に達しており、2019年3月以来の高水準となっています。
*2022年4月以降、実質賃金は前年同月比でマイナスとなっており、2022年11月には▲2.5%、なかでも製造業・一般労働者の所定内給与は▲4.4%となっています。実質賃金が回復できない状態が続けば、
物価上昇 ⇒ 実質賃金・実質可処分所得の減少 ⇒ 節約、倹約、買い控え ⇒ 消費不況
という経路をたどることになりかねません。とりわけ、節約、倹約、買い控えがしやすい耐久消費財に対する打撃はより大きなものとなる可能性があります。耐久消費財をはじめとする消費の回復に向けて、実質賃金の回復がきわめて重要な局面にあると言えます。
(2) 賃上げをしても消費拡大は見込めないのではないか。
*消費不況を回避し、耐久消費財を含め消費の回復を図っていくためには、賃上げ(ベースアップ)が不可欠ですが、賃上げは、単に可処分所得を増加させるだけでなく、可処分所得に占める消費支出の割合(平均消費性向)を高める、という効果も期待できます。
*消費は、
・恒常所得、すなわち安定的に得られる所得
・生涯所得の見通し
に従って行われる、と考えられています。こうした考え方を、恒常所得仮説、およびライフサイクル・モデルと言います。「仮説」とは言いますが、異端ではない、標準的な経済学の世界では定着した考え方であり、「世界で一番で読まれている大ベストセラーテキスト」と言われるグレゴリー・マンキューの経済学の教科書でも、次のように記載されています。
・家計が財・サービスを購入する能力は、おもに通常の場合に受け取る、あるいは平均的に受け取る所得である恒常所得に依存する。
・多くの経済学者は、人々は彼らの恒常所得に応じて消費をすると信じている。
・人々の生活水準は、どの時点においても、年々の所得よりも生涯所得のほうにより依存している。
*消費が、まずは恒常所得に依存するとすれば、消費拡大にとって、一時金の増額ではなく、恒常所得である基本賃金の引き上げが必須であることは明らかです。実際、総務省統計局「家計調査」を用いて、賃上げの取り組みが再開された2014年度以降の「実収入に占める定期収入の割合」と、平均消費性向との関係を見ると、定期収入の割合が高くなればなるほど、平均消費性向も高くなることがわかります。逆に、実収入に占める一時金(賞与)の割合が高くなればなるほど、平均消費性向は低くなっています。
*厚生労働省の『平成27年版労働経済白書』では、
・恒常所得仮説に基づけば家計はより安定的な所得水準を基に消費を決定することが予想され、恒常所得として捉えられる可能性の高い所定内給与が増加した場合、人々は消費行動を変化させ、その多くを消費に回す一方で、所定外給与や特別給与が増加しても消費行動は大きく変化せず、その多くは貯蓄に回るといった消費行動が起きる可能性がある。
・試算によれば所定内給与が1%増加した場合にマクロの個人消費を0.59%増加させる影響がある一方で、所定外給与が1%増加した場合は0.09%増、
特別給与が1%増加した場合は0.13%増の影響しかないことが分かった。すなわち、賃金上昇の中身が所定内給与であった場合、家計は積極的に消費を増やすものの、賞与等の特別給与の増加による場合は消費への影響が限定的であることが分かる。
との分析を行っています。
*次に、消費水準が生涯所得の見通しに依存するというライフサイクル・モデルに従えば、成果主義賃金制度の下で顕著に見られた中高年層の賃金引き下げは、平均消費性向の高い中高年層の消費抑制につながるだけでなく、若年層の消費抑制を招く恐れがあります。現在の若年層が将来、中高年層になった時に、子どもの教育費を賄う賃金が得られないのではないかという将来不安があれば、若年層のころから消費を抑制せざるをえません。
内閣府の『平成29年版経済財政白書』でも、
*賃金カーブのフラット化が進む局面では、若年層は生涯所得を低く見積もるため、結婚や出産といった将来のライフイベントや老後に備えて貯蓄する動機が強まる。さらに、若年層が、終身雇用を前提とせず、将来離職する蓋然性を高く見積もっている場合、予想生涯所得に対する不確実性が高くなり、予備的貯蓄動機から現在の支出を抑えようとする。
と指摘しています。
*2021年度の内閣府「国民生活に関する世論調査」において、「日常生活での悩みや不安」の内容を年齢別に見ると、20代後半、30代前半、30代後半では、「今後の収入や資産の見通し」が他の項目を大きく引き離して1位となっています。また20代後半、30代前半では、「毎日の生活を充実させて楽しむ」と考える者が2割強にすぎず、残りの8割弱が「貯蓄や投資など将来に備える」と回答しています。
*5年ごとに実施されている総務省統計局「全国家計構造調査(2014年までは全国消費実態調査)」では、2009年から2019年にかけて、平均消費性向が全年齢平均で12.4%ポイント低下していますが、世帯主が35歳未満の若年層では、これを上回る15.2%ポイントも低下しています。実収入に占める定期収入の割合は、全年齢平均よりも35歳未満のほうが低下幅が若干小さくなっているので、原因は、恒常所得というよりは生涯所得、すなわち中高年層の賃金抑制を見据えた将来不安が、若年層の平均消費性向の低下をもたらしている可能性があります。
(このレポートは、お知らせなく内容の補強を行うことがあります)