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(改題)職務給は、いい意味で名ばかりとなることは避けられない(1)・・・人材活用スタイルの異なる産業・職種に、一律に職務給を求めるべきではない

2023年6月7日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

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「ジョブ型雇用」から「ジョブ型人事」へ

*前号「ジョブ型雇用は、いい意味で『名ばかり』となることは避けられない(1)」をアップした5月16日、政府の「新しい資本主義実現会議」において「三位一体の労働市場改革の指針」がとりまとめられました(ホームページへの掲載は翌17日)。またこの「指針」は、6月6日に発表された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版案」に、一部追加・修正の上、盛り込まれています。

*4月発表の「三位一体労働市場改革の論点案」と5月の「指針」との違いは、
・「論点案」では、「職務給(ジョブ型雇用)」とされていたのが、「職務給(ジョブ型人事)」に変更されていること。
・「基本的な考え方」と、すでに職務給(ジョブ型人事)を導入している企業の「導入事例」が追加されていること。
ということになります。

*「ジョブ型雇用」がなぜ「ジョブ型人事」に変更されたのか、その経過はわかりません。しかしながら、年齢給だろうが、職能給だろうが、役割給だろうが、職務給だろうが、どのような賃金制度を導入していようとも、職務(ジョブ)=ポジションに人を当てはめていくのが人事ですから、「ジョブ型人事」という言葉は当たり前のことを言っているように見えます。「みそ味のおみおつけ」と言っているのと同じです。

*「指針」において「ジョブ型人事」と言っているのは、おそらく「ジョブ型人材マネジメント」を指しているのではないかと思います。「ジョブ型雇用」との違いは、雇用システム全体を変えるためには、法律も、慣習も、そして人の心も変えなくてはならず時間がかかるので、とりあえずは、企業の人材マネジメントの中でできることからやる、という趣旨ではないかと思います。

*いずれにしてもこれに対応して、このシリーズも「職務給は、いい意味で名ばかりとなることは避けられない」に改題いたします。前号と重なる内容も多く出てくると思いますが、ご容赦いただければと存じます。

人材活用スタイルは、産業・職種によって異なる

*当然のことだと思いますが、人材活用のスタイルは、産業や職種の特性、企業の経営戦略によってさまざまです。類型化すると、以下のようなものがあると思います。
①「駒」型人材活用スタイル
従業員を「駒」として非正規雇用を中心に確保し、できるだけ人件費を安くすることによって、企業利益の源泉とする人材活用スタイル。主にマニュアルに沿って仕事を進めていく職種が対象。
②「モジュール」型人材活用スタイル
従業員を「モジュール」として、必要なスキルを持つ人材を獲得し、次々と入れ替えることによって、企業の発展の源泉としていく人材活用スタイル。弁護士、コンサルタント、データサイエンティストなどのように、スキルと職務が一体化し、市場性の高い、専門的な職種に適したスタイル。従業員も会社を移動することによって、キャリアアップ、収入増を図ることができる。
③「乗組員」型人材活用スタイル
従業員は「乗組員」であり、従業員の保有する技術・技能、情報や知恵、ノウハウの蓄積が競争力の源泉となっている産業や職種における人材活用スタイル。従業員一人ひとりが得意とするさまざまなスキルを発揮し合い、サポートし合い、影響し合うことによって成果をあげており、チームワークが基本となる。

*これらの人材活用スタイルは、どれがよい・悪い、というわけではないし、古い・新しいでもありません。重要なのは、産業や職種が違っていれば、人材活用スタイルが違うのは当然であり、人材活用スタイルが異なっていれば、賃金制度も違っていておかしくない、ということです。新しい資本主義実現会議の「指針」が、「個々の企業の実態に合った」という前提つきではあるにしろ、一律に職務給の導入を求めているのは間違いです。

*もちろん、社内で複数の人材活用スタイル、複数の賃金制度が存在している場合、異なった賃金制度が適用されている従業員間で、ILO憲章で確立されている「同一価値の労働に対する同一報酬の原則」が確保されなくてはなりません。職務給でなければ、「同一価値労働同一報酬」が確保できない、ということではありませんし、むしろ日本では「同一労働同一賃金」が推進されているため、職務給が広がれば、職務=ポジションの違いということだけで差別的取り扱いがあるかどうかを判断されてしまいかねません。(注)

*このシリーズの結論から先に述べてしまうと、
①「駒」型人材活用スタイルについては、従来から職務給となっており、
②「モジュール」型人材活用スタイルについても、以前から職務給であったり、あるいは職務給への転換が進んでいるところだと思います。しかしながら、
③「乗組員」型人材活用スタイルについては、やはり職能給でなければ対応が困難で、無理をして職務給を導入しても、実体として職能給化が進むだけになると思います。
これが、本シリーズのタイトル「職務給は、いい意味で名ばかりとなることは避けられない」ということです。

*政府やその周辺の人々は、③「乗務員」型人材活用スタイルを廃止し、②「モジュール」型人材活用スタイルに転換させていくことが競争力につながる、と主張しているようですが、「モジュール型」人材活用スタイルに適した産業や職種は限定的です。「モジュール型」人材活用スタイルとなっている米国のコンサルティング・ファームなどが競争力を持っているのは事実だと思いますが、だからといって、それを日本の製造業に導入しても、競争力が高まるとは思えません。

*もし仮に、「モジュール型」人材活用スタイルが幅広く浸透すると、
・キャリアアップに成功した者と挫折した者
・ワークに偏った者とライフに偏った者
といった従業員、勤労者の二分化・二極化が拡大することになるものと思われます。

*おそらく、職務給への転換を主張する人々の真意はこの点、すなわち、キャリアアップに挫折した者、ライフに偏った者の賃金を大きく下げるということにあるのではないかと思います。

*しかしながら生産年齢人口の減少が続く中で、従業員の二分化・二極化を容認する余裕など、企業にはありません。どのような従業員も、スキルを向上させ、活躍し、報われ、ワーク・ライフ・バランスが確保できる、全員野球の人材マネジメントが不可欠となっています。

職務給を柱とするジョブ型人材マネジメントとは、どのようなものか

*職務給を柱とする「ジョブ型人事=ジョブ型人材マネジメント」とはどのようなものか、「指針」の「基本的考え方」や、紹介されている「導入事例」の記載内容から整理すると、以下のようになると思います。
①それぞれの職務=ポジションについて、職務内容と必要なスキルなどを明示した職務記述書(ジョブディスクリプション)を作成する。国内外のグループ企業で共通の制度とする。
②個々の企業の実態に応じて、職務が賃金に紐づく職務給を導入する。
③職務記述書に基づいて、職務と、それに必要なスキルを持つ人材とのマッチングを図り、人材を最適配置する。ポスティング制度も活用する。
④社員は、自分の希望する職務への異動やキャリアプランの実現をめざし、自分の持つスキルと要求されるスキルとのギャップを埋めるため、上司と相談しつつ、自分の意思でリ・スキリングに励む。
⑤社外からの経験者採用にも門戸を開く。転職により賃金が増加する者の割合が、減少する者の割合を上回るようにする。

ジョブ型人材マネジメント導入のロジック

*「指針」において、このような「ジョブ型人事=ジョブ型人材マネジメント」の導入を推進しているロジックは、次のようなものです。

我が国の賃金水準が、長期にわたり低迷。同じ職務であるにもかかわらず、日本企業と外国企業の間に存在する賃金格差。

産業の勃興・衰退のサイクルが短期間で進む中、誰しもが生涯を通じて新たなスキルの獲得に務める必要。しかし現実には、働く個人の多くが受け身の姿勢で現在の状況に安住しがち。

年功賃金制などの戦後に形成された雇用システムがその背景。
・職務やこれに要求されるスキルの基準が不明瞭。
・評価・賃金の客観性と透明性が不十分で、個人がどう頑張ったら報われるかがわかりにくいため、エンゲージメントが低く、転職しにくく、転職が給料アップにつながりにくい。
・やる気があっても、スキルアップや学ぶ機会へのアクセスの公平性が不十分。

「キャリアは会社から与えられるもの」から「一人ひとりが自らのキャリアを選択する」時代となっていく。将来の労働市場の状況やその中での働き方の選択肢を把握しながら、生涯を通じて自らの生き方・働き方を選択でき、
自らの意思で、企業内での昇任・昇給や企業外への転職による処遇改善、更にはスタートアップ等への労働移動機会の実現のために主体的に学び、報われる社会を作っていく。

ジョブ型人事=ジョブ型人材マネジメントが可能なのか、実現するとどうなるのか

*職務給を柱とする「ジョブ型人事=ジョブ型人材マネジメント」の内容や導入のロジックからすると、次のような論点を挙げることができます。
①職能給を中心とする従来からの賃金制度が、
・日本の賃金水準の低迷、海外企業との賃金格差
・働く個人の多くが受け身の姿勢で現在の状況に安住しがち
・エンゲージメントの低さ
の原因なのか。
②職能給をやめて職務給に転換すれば、
・職務やこれに要求されるスキルの基準の不明瞭さが解消され、
・評価・賃金の客観性と透明性が十分確保でき、
・個人がどう頑張ったら報われるかが分かりやすくなる
ことになるのか。職能給でこれらを実現することはできないのか。
③とりわけ「100年に1度」という大変革において、職種や職務、職務内容、作業内容が様変わりとなってきており、「誰しもが生涯を通じて新たなスキルの獲得に務める必要がある」中で、スキルを基準として賃金を決定する職能給から、職務を基準として賃金を決定する職務給への転換は、むしろ時代の流れに逆行するのではないか。
④生涯を通じて自らの生き方・働き方を選択でき、 自らの意思で、キャリアアップの実現のために、主体的に学び、報われる社会が本当に実現可能なのか。

*このシリーズでは、これらの論点を中心に、議論を整理していきたいと思います。

(注)ILOでは、同一価値労働を評価するための要素として、以下のものを掲げている。
*教育、訓練あるいは経験を通じて獲得された技能及び資格
*備品、金銭、人々に対する責任
*業務量(肉体的、精神的、社会心理的なものを含む)
*物理的側面(騒音、塵埃、気温、健康障害など)及び心理的側面(ストレス、隔離性、頻繁な中断、同時に複数の要求への対応、顧客からのクレームなど)を含む労働条件
資料出所:ILO『同一価値労働同一報酬のためのガイドブック』

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