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(浅井茂利著作集)2021年闘争にかける思い
株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1658(2021年1月25日)掲載
金属労協政策企画局主査 浅井茂利
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2021年闘争が幕を開けました。金属労協「3,000円以上」、連合「2%程度」の闘争方針に基づき、各産別が要求基準を決定しつつあるところですが、闘争方針策定の段階では、本当に賃上げが獲得できるのか、賃上げに取り組むことで、産別は単組の信頼を、単組は組合員のみなさんの信頼を損ねることにならないか、心配する声も聞かれました。
経済情勢については、先々月号の本欄でご紹介していますが、業種などによるばらつきは大きいものの、景気指標の回復ペースは速やかとなっており、すでにコロナ発生前の水準近くに達しているものも少なくありませ
ん。 2020年12月以降、英国・米国を皮切りにワクチン接種が始まったのも好材料です。
2008年に発生したリーマンショックは、金融システムの毀損という「システミック・リスク」であり、わが国の潜在成長率もゼロとなってしまいました。しかしながら今回、新型コロナの場合は、人や企業の行動が物理的に制限されているだけで、少なくとも現時点では、システムが毀損しているわけではありません。潜在的な成長力も引き続き1%弱程度と見られています。
2020年度という単年度では、大幅マイナス成長が避けられません。しかしながら、こうした非常時こそ、 2014年以降の賃上げの継続性を維持し、わが国の潜在的な成長力を反映した賃上げを行うことによって、生活の安心・安定を確保し、持続的な成長軌道への回復を果たしていくことが重要です。本稿では、 2021年闘争における賃上げの重要性について、筆者の私見も含め、整理したいと思います。
われわれの置かれている状況
わが国経済は、米中新冷戦や消費税率引き上げの影響により、 2018年10月くらいからすでに減速傾向に転じていました。2020年に入ると、これに加えて新型コロナウイルスの感染拡大、 4月初旬の緊急事態宣言の発令によ
り、4、5月には人や企業の活動が著しく制限され、経済はまさに大打撃を受けることになりました。 2020年度の実質成長率は、リーマンショック時(2008年度)のマイナス3.6%を上回るマイナス成長が見込まれています。
ただし、緊急事態宣言解除後の景気回復ペースは速やかで、 2021年度にはプラス成長が予測されています。すでに、鉱工業生産指数、景気ウォッチャー調査(景気の現状判断・水準)、小売販売額、輸出額といった指標は、コロナ発生前の水準、もしくはそれに近い水準まで回復してきています。
雇用については、 2020年前半には、バリューチェーンの途絶や輸出の縮小、そして緊急事態宣言の影響により、一時帰休などが行われました。全社レベル、事業所レベルでの一時帰休はなくなってきていると思いますが、
部署単位では、その後も継続的に実施しているところが少なくないようです。有効求人倍率は悪化が続いており、非正規雇用が前年に比べ100万人を超える規模で減少しているなど、雇用情勢はいまだ回復の兆しが見られま
せん。ただ一方で、正規雇用は増加が続いており、医療・福祉関係における採用増の影響だけでなく、企業の人手不足感が基調として変わっていないことを示しているのではないかと思います。
2020年度の企業業績予想は、総じて減収減益となっており、 2019年度に比べ大幅悪化は不可避となっています。しかしながら、中間決算発表時点での予想は、それまでよりも上方修正の傾向となっています。 2020年7~9月期の財務省「法人企業統計」を見ても、製造業では、資本金2千万円未満の企業では営業赤字となっているものの、資本金10億円以上の企業では2.9%、 1億円以上10億円未満の企業では3.8%の売上高営業利益率を確保しています。人件費は規模計で前年同期比6.7%減少していますが、一方で、現預金は
15.5%の大幅増となっています。
リーマンショックは、金融システムの毀損という「システミック・リスク(個別の金融機関の支払不能等や、特定の市場または決済システム等の機能不全が、他の金融機関、他の市場、または金融システム全体に波及するリスク)」であり、わが国の潜在成長率もゼロとなってしまいました。しかしながら今回、新型コロナの場合は、人や企業の行動が物理的に制限されているだけで、少なくとも現時点では、システムが毀損しているわけではありません。潜在的な成長力も引き続き1%弱程度と見られています。
内閣府では、「潜在成長率」の試算をしていますが、 2020年4~6月期、 7~9月期とも0.7%となっています。それまでの0.9%に比べやや鈍化したものの、労働投入量の減少が原因なので、行動制限が解かれれば、回復するだろうと思います。民間調査機関による2020年代前半の経済予測を見ても、 2021年度以降は1%弱を下回るような成長率予測は見られず、この点からも、わが国の潜在的な成長力は、引き続き1%弱程度で維持されていることが裏付けられます。
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わが国産業・企業はDX (デジタル・トランスフォーメーション)の全面的な展開、長期化が想定されている米中新冷戦への対応、カーボンニュートラル(脱炭素)の2050年達成に向けた技術開発など、まさに大変革の渦中にあります。産業・企業として、こうした大変革に積極的に対応していくことにより、成長力を高めていかなければなりませんが、大変革を担うのはまさに企業の「現場」、生産現場はもとより、研究開発部門、営業部門、間接部門などを含めたすべての「現場」で働く「人」でしかありえません。 「人への投資」の重要性は、いくら強調しても、しすぎることはないと思います。
「雇用の維持・拡大」と「成果の公正な分配」
政労使で確認してきた「生産性運動三原則(雇用の維持・拡大、労使の協力と協議、成果の公正な分配)」では、「雇用の維持・拡大」がまず第一に掲げられています。産業動向・企業業績が厳しい状況では、雇用調整助成金
などさまざまな支援策を活用しながら、「雇用の維持」を最優先に「労使の協力と協議」を尽くしていかなければなりません。
そして生産性運動の目的は、「国民の生活水準の向上」にあります。そのためには、「生産性向上の諸成果は、経営者、労働者および消費者に、国民経済の実情に応じて公正に分配されるものとする」という「成果の公正な分配」を実践していかなければなりません。個別企業の状況はさまざまですが、賃金水準や引き上げ幅は、わが国の経済力、生産性などのマクロ経済を反映して形成される「社会的相場」を意識しつつ、産業動向や労働力需給、企業業績などの諸要素を加味して決定していくというのが基本です。
わが国では、長期にわたって労働分配率の低下傾向が続いてきましたが、これは生産性の向上に見合った成果配分が行われてこなかったことを示しています。こうした配分構造の歪みにより、日本経済は供給力過剰・需要不足が続き、長引くデフレ、バブル崩壊後の「失われた20年」を招くこととなりました。
リーマンショックは欧米発祥でしたので、本来であれば、わが国の受けた打撃は欧米諸国より小さくてしかるべきだったと思います。しかしながら現実には、欧米を上回る打撃となり、その原因のひとつに、配分構造の歪みとそれによる消費の大幅な縮小があったことは間違いないと思います。コロナ禍において、いま再びこの轍を踏むことがないようにしなければなりません。
賃金引き上げによる生活の安心・安定確保と「人への投資」
「生産性運動三原則」に基づいて「雇用の維持・拡大」を図り、「成果の公正な分配」を確保していくことは、
①働く人の生活の向上と安心・安定の確保のため、
②わが国金属産業が「現場力」をさらに強化し、大変革を勝ち抜いていくための「人への投資」として、
不可欠です。これは同時に、個人消費の拡大により経済の底支えを果たし、迅速な景気回復を促し、個人消費を中心とする安定的かつ持続的な成長軌道を実現することにもつながります。
JC共闘では、マクロの生産性向上に見合った賃金への配分という考え方を基本に、2014年闘争以降賃上げに取り組み、最近5年間は「3,000円以上」の要求基準を掲げてきました。「成果の公正な分配」を永続的に確保していくため、こうした賃上げの継続性維持がきわめて重要となっています。
2020年度はマイナス成長、消費者物価下落が避けられない模様です。労使交渉では、経済情勢について、過年度のデータを中心に検討を行うことが多いため、経営側からは、2021年の春闘では成果配分の余地はない、という主張があるかもしれません。しかしながら、たとえ一時的にマイナス成長、物価下落の状況であるとしても、このような非常時においては、1%弱程度と見られるわが国の潜在的な成長力に見合った賃上げを実施することにより、潜在的な成長力と経済の実勢とのギャップの縮小を図り、経済の底支えを果たしていくことが不可欠だと思います。
2020年12月からは、英国・米国を皮切りにワクチン接種が始まり、早晩、わが国でも開始されるものと思われます。国民の多くが免疫を獲得するまでには、数カ月かかるとしても、これによって人や企業の行動制限が徐々に解かれ、経済活動はおのずと活発化していくことになります。賃上げをしなくとも経済は回復する、という見方ができるかもしれません。しかしながら、がまんから解放されて、一時、消費が盛り上がったとしても、家計が傷んでいれば継続的な消費回復・拡大にはつながりません。
消費以外の政府支出や輸出、設備投資について見ても、
*政府は、GoToキャンペーンなどをはじめ財政支出を拡大させているが、一時の支援にはなっても、継続的な消費拡大策というわけではない。これまで先送りされてきた財政健全化がさらに遠のき、将来不安にもつながりかねない。
*輸出は、プラス傾向に転じてきているが、米国・EU・東南アジア向けなどのバランスがとれた回復・拡大とは言い難い。中国向け依存が続くようであれば新冷戦の下ではむしろ将来に禍根を残すことになる。
*企業の設備投資は、回復が遅れている。日本工作機械工業会の工作機械受注額を見ると、コロナの前、2018年10~12月期以降に急速な落ち込みとなっており、 2019年には2018年の3分の2まで縮小している。新冷戦を宣言した米国・ペンス副大統領演説が2018年10月なので、これを契機に企業の投資姿勢が一気に慎重になったものと推測される。2020年に入ってコロナ禍が追い打ちをかけたが、その後、コロナによる落ち込み分は取り戻してきているものの、新冷戦による落ち込み分を回復するには至っていない。
*日本企業は、中国市場や中国の生産拠点に依存したビジネスモデルを続けてきたことから、すぐに脱中国に舵を切ることができず、様子見の状況になっているものと思われる。日本企業が脱中国の決断を下すには、少し時間がかかりそうなので、設備投資の回復は、当面、国内需要頼みにならざるをえない。
といった状況だと思います。
売上高人件費比率が15%の企業では、人件費が1%増加すれば、単純計算で売上高利益率が0.15ポイント低下することになります。
しかしながら、売上高の0.15%の負担によって、マクロ経済の底支え、継続的な消費回復・拡大を図ることができれば企業として、まさに社会的責任を果たすことになります。もちろん、支出した人件費は、需要=売上として企業に戻ってきますので、業績の回復にも寄与します。短期的なマイナス成長や物価の下落にひるむことなく、継続的な賃上げを実現していくことが、不可欠です。