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(浅井茂利著作集)結社の自由・団体交渉権に関わる海外労使紛争を防止するために(上)

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1567(2013年6月25日)掲載
金属労協政策企画局次長 浅井茂利

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 新しい『労働と経済』の、新しいコラムの出発にあたり、グローバルな企業活動の中で、頻発する日系企業の労使紛争について、とりあげてみようと思います。
 世界各地の日系企業(製造業)における常時従業者の数は、2012年3月末時点で、経済産業省に報告のあったものだけで約411万人に達しています。こうした中で、海外現地法人で労使紛争が頻発し、金属労協にも海外の現地組合、とくにアジアの労働組合から、頻繁に紛争の報告や支援要請が寄せられています。労使紛争は本来、当事者が交渉で解決すべきものですが、結社の自由・団体交渉権のような「中核的労働基準」に関わる紛争については、日本の労働組合としても、放置しておくわけにはいきません。
 様々な国で、色々な業種で、紛争が発生していますが、パターンはいずれもよく似ています。本欄では、今月と来月の2回にわたり、典型的な海外労使紛争のパターンを紹介し、中核的労働基準に関わる労使紛争の防止について、考えてみたいと思います。                   

中核的労働基準に関わる海外労使紛争

 海外労使紛争といっても、賃上げ交渉が決裂してストに入ったというような事例は、よくあることです。もちろん、ストなしで満足できる回答を引き出すのが一番ですが、場合によってはストに訴えることも必要です。金属労協も現地組合に対し、仲間として応援する場合はありますが、解決に向けた直接的な支援活動は行わないのが基本です。賃金・労働条件は、あくまで当事者である労使が、対等の立場で交渉の上、決定すべきものであって、日本の親会社や組合が介入するような筋合いのものではないからです。
 しかしながら、中核的労働基準に関わってくるような労使紛争であれば、話は全く違います。中核的労働基準というのは、ILO(国際労働機関)の基本8条約に定められている、
*結社の自由・団体交渉権
*強制労働の禁止
*児童労働の廃止
*差別の排除
の4項目のことです。労働基準と言っても、日本の労働基準法とは異なり、労働に関する基本的人権プラス労働基本権と言えるでしょう。なお、日本では労働基本権として確立されている争議権は、明確なかたちでは中核的労働基準に記載されていませんが、結社の自由・団体交渉権の中に包含されるものとILOでは解釈されています。労使対等は、争議権を背景として確立されるものなので、当然と言えるでしょう。(この解釈については、使用者側に異論があります)
 ILOに限らず条約というものは、合意・調印しただけでは不十分で、国内の議会が批准して、はじめて効力を持つことになります。しかしながら、4つの中核的労働基準については、1998年にILO総会で採択された「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」において、基本8条約を批准していない場合でも、ILO加盟国であるという事実そのものにより、「尊重し、促進し、かつ実現する義務を負う」と規定されました。また、日本国憲法第98条では、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守する」とされており、中核的労働基準は間違いなく「確立された国際法規」のひとつです。
 中核的労働基準遵守が求められるのは、第一義的には「国(政府)」ということになりますが、ILOが政労使三者構成の機関であることからすれば、国が企業に中核的労働基準を守らせるだけでなく、企業も(そして労働組合も)自ら中核的労働基準を遵守していくことが求められます。
 このため中核的労働基準は、国連が提唱する企業行動規範「グローバル・コンパクト」にも、OECDの「多国籍企業行動指針」にも、社会的責任に関する規格「ISO26000」にも、盛り込まれています。
 そして重要なことは、多国籍企業の場合、親会社(母国の本社)で遵守するのはもちろん、海外現地法人をはじめ系列企業やサプライチェーンを含めたバリューチェーン全体で遵守することが求められているということです。従って、日本企業の海外現地法人で中核的労働基準に関わる労使紛争が発生すれば、日本の労働組合としても、無関係ではいられません。

結社の自由・団体交渉権に関わる労使紛争

 中核的労働基準に関わる労使紛争とは、具体的にどのようなものでしょうか。日本企業の現地法人が児童労働や強制労働を使用していた、という事例はあまり聞かれませんが、サプライチェーンを遡れば、そうした場合がないとは断言できません。
 例えば、コンデンサー、インプラントなどに使われるタンタルの原料であるコルタンは、強制労働や児童労働によって採掘されている場合があります。自社も含めたバリューチェーン全体において、強制労働、児童労働が使用されていないかどうかをチェックし、万が一使用していた企業があれば、すぐにやめさせるか、取引を中止する必要があります。単に児童を解雇しただけでは、生活できなくなってしまいますから、生活支援の必要な場合も出てきます。しかしながらこうした過程で、労使紛争が発生する可能性は、あまりありません。
 中核的労働基準に関わる労使紛争のほとんどは、結社の自由・団体交渉権に関わるもの、具体的に言えば、現地の使用者が、組合結成・組合加入を進めようとする従業員、ストを指導する組合役員、ストに参加した組合員を、何らかの落ち度を理由にして解雇したり、軽作業に配置転換したりする場合です。
*会社の器具に八つ当たりして壊した。
*就業時間中に組合活動を行った。
*有給休暇届を出して組合活動をしようしたので、会社が拒否したら、そのまま欠勤した。
*スト突入の手続きに蝦庇がある。
などが具体的な落ち度の事例で、組合側の脇の甘さは否定できませんが、そうせざるをえない状況に追い込まれていたという事情もあるわけです。解雇は明らかに行き過ぎであり、少なくとも、労使の信頼関係を大事にしている企業であれば、解雇はしないだろうという場合がほとんどです。中には具体的な落ち度がなく、勤務成績不良という理由の場合もありますが、実際には、解雇されるのは、職場のリーダー的な優秀な従業員である場合が多いようです。
 これらのケースは、表面上の理由はどうあれ、会社側の本音としては組合つぶしのための解雇、組合活動を理由とした解雇と見られますから、結社の自由・団体交渉権に関わる問題ということになります。発端となったストが通常のストであっても、それによって組合役員、組合員が不当に解雇されれば、中核的労働基準の問題になるのです。

労使紛争の背景

 結社の自由・団体交渉権に関わる労使紛争の背景には、その国の法律や制度上の不備ということがあります。ILO加盟国では、基本8条約を遵守しなくてはなりませんが、国内法が基本8条約に則したものになっていなかったり、あいまいな法律だったりすると、そこを会社側が利用したり、労使で見解の相違が生じやすく、紛争の種になります。
 日本では、2人集まれば労働組合が結成でき、会社側は団体交渉に応じなければなりませんが、海外では、例えば従業員の過半数の支持がなければ、組合結成や団体交渉ができない場合が少なくありません。日本では、会社側に知られないうちに、一気に組合を立ち上げるということがありますが、組合認証選挙を行う場合には、会社側に時間的余裕ができるので、従業員に対し賛成しないよう圧力をかけることがあります。暴力的な脅迫もあると言われていますが、日本から現地の会社に問い合わせると、無関係とか、対立組合の仕業といった回答が多いようです。どちらにしろ証拠が出てくる可能性は少ないので、真相を確認することは困難です。
 認証選挙でたとえ組合支持が過半数となっても、投票の分母、すなわち有権者の範囲について、会社側が異議を申し立て、選挙結果を無効にしようとする場合もあります。投票をできるだけ多くの者に認めれば、管理職の比率が増えてくるので、認証は否決される可能性が強くなります。
 マレーシアでは、かつて電子産業において、企業別労働組合しか認められておらず、現在でも、全国レベルの産別組織に加入することができません。こうした制度は、それ自体、結社の自由の侵害ですが、それだけでなく、単に製品の中にマイコンが組み込まれているだけで、わが社は電子産業だとして産別組織への加入を認めないような企業も出てきて、労使関係を損ねることもあります。

日本人出向者の姿勢

 現地法人の社長も含め、日本人出向者が労務管理に対して、どのような姿勢でいるのかも、労使関係のカギとなります。
 第一のパターンとして、日本人出向者が、労務問題は現地人の経営者、人事部長、コンサルタント、弁護士などに任せ切り、言いなりにしてしまう場合です。現地法人に出向する日本人が、必ず労務に精通しているというわけではありませんし、現地の事情にも暗いので、労務のような専門的で微妙な問題は、現地の人にまかせるのが一番、と考えてしまいがちです。
 しかしながら、現地の人事部長などは、人員削減したり、人件費を削減したりすれば、社内の評価が高まる場合もあるので、組合や従業員に対して過酷な対応をする人もいます。労務コンサルタントなども同様ですし、問題が発生しないと存在感を示せないということもあるので、建設的な労使関係とは反対の方向に動いてしまうかもしれません。責任ある立場の日本人が労使交渉に出てこなければ、それだけで組合や従業員の不満は高まりますし、日本人のほうも、人事部長や労務管理に対する現場の不満を察知することができません。
 第二のパターンは、日本人出向者が海外の組合は過激だ、怖い、と考えている場合です。この場合も、現地の人々に任せ切りになりがちですし、そうでなくとも、組合ができそうだったら、とにかくつぶしてしまえ、ということになってしまいます。
 日本の組合と海外の組合が同じでないのは当然であり、海外に出ていく以上、それを受け入れなくてはなりません。しかしながら、会社が組合と真撃な姿勢で向き合い、組合に積極的に情報提供し、説明や協議、意見交換を重ねれば、従業員だけでなく、会社にとっても、組合は不可欠な存在となっていくはずです。
 第三のパターンは、日本人出向者が日本のやり方を早急に押し付けてしまう場合です。日本人が出向した場合、現地の労務管理や生産管理に不満を感じることがあるかもしれません。しかしながら、それまでの経過も踏まえず、組合・従業員への説明や労使協議もそこそこに、早急に改革を進めようとすれば、組合・従業員の反発が大きくなり、スト突入 → 組合役員・組合員の解雇へと発展しがちです。
 日本人出向者の労務管理への関与は非常に重要ですので、良好な労使関係が長く続いていた現地法人でも、組合・従業員から信頼されていた日本人出向者が交替した時に、あっという間に労使関係が悪化する場合もあるのです。

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