消費は大丈夫なのか(2022年発表のものです。ご注意ください)
株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1681(2022年12月25日)掲載
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利
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消費者物価上昇率(総合)は、2022年10月に前年同月比3.7%となりました。4~10月の平均上昇率がすでに2.8%となっていますから、2022年度通期では3%に達するのが確実な状況となっています。
こうした物価高騰により、実質賃金のマイナスが続いています。政府は、2022年10月の「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」において、「来春の賃金交渉においては、政府としては、物価上昇率をカバーする賃上げを目標にして労使で議論いただくことを期待する」としています。しかしながら、ナショナルセンター「連合」の2023年春闘の賃上げ方針が「3%程度」ですから、満額を獲得しないと「物価上昇率をカバーする賃上げ」とはならないわけで、きわめてハードルが高いことは否定できません。
実質賃金を回復できない状態が続けば、通常であれば、
物価高騰 ⇒ 実質賃金・実質可処分所得の減少 ⇒ 節約・買い控え ⇒ 消費不況
という経路をたどることになります。
本校執筆時点では、円安はピークを過ぎたように思われますが、それでも相当な円安水準であることには変わりがなく、このような状況では、金融緩和による景気テコ入れが政治的に困難であることは否定できません。「物価上昇率をカバーする」ベースアップによる実質賃金の回復が、最重要課題となっています。
消費者物価の状況
消費者物価上昇率(総合)は、2022年10月に前年同月比3.7%となりました。2022年度通期の上昇率の見通しは、日本銀行が2.9%、民間調査機関の平均が2.7%、民間調査機関の中で最も優秀な第一生命経済研究所の予測も2.7%となっていますが、これらの予測は「生鮮食品を除く総合」であり、「総合」では、4~10月の平均上昇率がすでに2.8%となっていますので、通期では3%に達するのが確実な状況となっています。
ちなみに、総務省統計局が算出している消費者物価指数にはさまざまな指標があり、マスコミ報道でよく使用されるのは「生鮮食品を除く総合」ですが、これは、消費者物価指数の毎月の短期的な変動から一時的な要因を排除して、物価の基調を示すことにニュースバリューがあるためです。しかしながら、ベースアップ要求の策定や団体交渉の材料としては、
*消費者物価指数の短期的な変動ではなく、年単位あるいは中長期で見て、賃金が物価変動に対応できているかどうかが焦点となる。
*生鮮食品は、生活必需品の中でも最も重要なものである。
というふたつの理由により、生鮮食品を除外することはできず、「総合」を使用すべきだと思います。ただし、予測という点では、政府以外の予測、すなわち日本銀行や民間調査機関の予測では、「生鮮食品を除く総合」が用いられているので、それを参考にせざるをえません。
また、厚生労働省「毎月勤労統計」や総務省統計局「家計調査」において実質値を算出する際には、実際には家計から支出されない「持家の帰属家賃」を物価指数から除いた「持家の帰属家賃を除く総合」が用いられています。ベースアップ要求の策定や団体交渉の材料としては、本来はこれを使用すべきではありますが、
*労働運動の観点からすると、「持家の帰属家賃を除く総合」とは何か、という説明の難しさがある。
*予測数値が発表されない。
ことから、結局、「総合」を使用するしかありません。
ちなみに、「持家の帰属家賃を除く総合」を見ると、2022年10月の上昇率が4.4%、4~10月の平均上昇率が3.3%となっており、物価高騰による実際の負担増が「総合」で示された数値よりもさらに大きなものとなっていることは、強調されるべきだと思います。
また、消費者物価指数の中で、「基礎的支出項目」の物価上昇率を見ると、2022年10月が5.5%、4~10月の平均上昇率が4.8%となっています。基礎的支出項目とは、消費支出総額が1%変化した時に、1%未満の変化となるもので、節約や買い控えが困難な必需品的な品目と考えればよいと思います。そうした品目の上昇率が高くなっているため、
*家計の苦しさが一層際立つとともに、
*節約や買い控えが可能な品目の消費不振が、今後強まってくる可能性がある。
ということが言えるのではないでしょうか。
実質賃金の動向
厚生労働省「毎月勤労統計」によれば、調査産業計・就業形態計・現金給与総額では、2022年4月以降、前年比マイナスが続いており、9月にはマイナス1.2%となっています。いくつか特徴点を挙げれば、
*一般労働者の所定内給与は、調査産業計で2%近いマイナスが続いている。とくに製造業ではマイナス幅が大きくなっており、8月にマイナス3.6%となっている。
*これに対して、パートタイム労働者の現金給与総額は、調査産業計では一進一退となっている。ただし、これは製造業がプラス基調で推移しているためであり、卸売業・小売業では2022年2月以来、マイナスが続いている。
という状況にあります。
政府が2022年10月にとりまとめた「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」では、
*目下の物価上昇に対する最大の処方箋は、物価上昇を十分にカバーする継続的な賃上げを実現することである。
*短期においては、コストプッシュ型で物価が上昇する中、来春の賃金交渉においては、物価上昇率をカバーする賃上げを目標にして、中小企業・小規模事業者の生産性向上等の支援や価格転嫁の強力な推進を含め、賃上げの促進に全力を挙げる。
*物価上昇に負けない継続的な賃上げを強力に促進するため、今年度から抜本的に拡充した賃上げ促進税制の活用促進、賃上げを行った企業の優先的な政府調達等に加え、中堅・中小企業・小規模事業者における事業再構築・生産性向上等と一体的に行う賃金の引上げへの支援を大幅に拡充する。
*来春の賃金交渉においては、政府としては、物価上昇率をカバーする賃上げを目標にして労使で議論いただくことを期待する。
としています。しかしながら、「連合」の2023年春闘の賃上げ方針が「3%程度」ですから、満額を獲得しないと「物価上昇率をカバーする賃上げ」とはならないわけで、実質賃金回復のハードルがきわめて高いことは否定できません。
消費活動指数の動向
日本銀行の算出している「消費活動指数」によれば、名目消費活動指数、実質消費活動指数とも、一進一退が続いています。なかでも耐久財は、2021年秋から2022年前半にかけて、100を挟んだ水準で推移していましたが、8月は92.1、9月には95.9とレベルダウンしています。
景気ウォッチャー調査の動向
内閣府の「景気ウォッチャー調査」は、経済活動の動向を敏感に反映する現象を観察できる業種の適当な職種の人に対するアンケート調査であり、50が好不況の境目となっています。家計動向関連(小売、飲食、サービス、住宅)の職種の人の回答状況を見ると、2022年10月時点で、前月より2.2ポイント上昇して51.6に回復していますが、このうち「小売」は0.4ポイントの上昇の49.0に止まり、50に達していません。コロナ禍での消費抑制に対するリベンジ消費が見られる「飲食」が58.1、「サービス」が57.2に達しているのとは対照的となっています。また「小売」の中でも、「家電量販店」が37.5ととくに低い状況となっていますが、節約や買い控えが可能な品目の節約・買い控えを示している可能性があり、今後、注視していかなくてはなりません。
鉱工業指数の動向
経済産業省「鉱工業指数」で、耐久消費財の出荷と在庫の状況を見ると、出荷は2022年7月に改善したのち一進一退が続いていますが、これに対し、在庫は急速に拡大しており、2022年9月には、2015年2月以来の最高水準となっています。耐久消費財については、これまでは半導体などの供給制約が残っていて、製品が生産・出荷できないということがあったわけですが、在庫が拡大しているということは、出荷の伸び悩みが供給制約という生産者側の要因ではなく、消費者側の要因、すなわち実質賃金のマイナスによる節約・買い控えが生じている可能性があるということに注意していく必要があります。
ベースアップによる実質賃金の回復が最重要課題
第2次安倍内閣以降の景気回復では、「3本の矢」などということが言われていましたが、実際には、もっぱら量的・質的金融緩和頼みだったことは明らかです。量的・質的金融緩和は、公式にはいまでも継続していることになっているのですが、現実に行われている金融政策の状況を見ると、すでに金融緩和状態は終了しているものと思われます。こうした状況が、実質賃金の低下による消費不況に拍車をかける可能性があることにも注意しなければなりません。
本校執筆時点では、円安はピークを過ぎたように思われますが、それでも米国と日本との物価水準がイコールになる理論的な為替レートである購買力平価が1ドル=100円であることからすると、そこから一定程度、たとえば2割程度の振れ幅の範囲を超えた円安水準となっていることは明らかです。景気後退が見られるようであれば、本来であれば、再び金融緩和を実施すればよいのですが、こうした為替相場の水準では、金融緩和による景気テコ入れは、経済的には可能であり、必要であるとしても、「政治的に」困難であることは否定できません。
物価高騰 ⇒ 実質賃金・実質可処分所得の減少 ⇒ 節約・買い控え ⇒ 消費不況
という経路を回避するためには、「物価上昇率をカバーする」ベースアップによる実質賃金の回復が不可欠となっています。