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(浅井茂利著作集)結社の自由・団体交渉権に関わる海外労使紛争を防止するために(下)

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1568(2013年7月25日)掲載
金属労協政策企画局次長 浅井茂利

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 アジアを中心に、日系企業で労使紛争が頻発しています。賃上げ交渉に伴うストであれば、労働組合の交渉力を高めるための正当な手段であり、当事者の交渉によって解決すべきものですが、結社の自由・団体交渉権のような「中核的労働基準」に関わる紛争については、日本の親会社やその労働組合として、放置しておくわけにはいきません。今回は、結社の自由・団体交渉権に関わる紛争が発生した場合の解決の道筋をたどることを通じて、その未然防止の方策を考えてみたいと思います。

事実関係の確認がまず第一

 海外の日系企業で、組合を結成しようとする従業員、ストを指導した組合役員、ストに参加した組合員を解雇するような、結社の自由・団体交渉権に関わる労使紛争が発生した場合、金属産業を例にとると、現地の組合から、まず金属労協に第一報が入ります。金属労協は詳細な情報収集に努めるとともに、支援が必要と判断した場合には、日本国内の産別・単組を通じて、親会社に情報を提供します。この時点では、親会社には情報が来ていない場合が多いので、親会社は現地法人に報告を求めます。組合経由の情報と現地法人からの情報を突き合わせると、かなり違っているのが普通なので、確認作業を重ねていくと、次第に事実関係が明らかとなっていきます。
 例えば、組合から委員長が解雇されたという情報が入り、現地法人からは解雇していないという報告があった場合、重ねて情報を求めると、いったん解雇したが、組合員になれないパートタイマーとして再雇用した、というようなことになってくるわけです。組合の情報が100%正しい、と断言するつもりはありませんが、経験則からすると、やはり組合側の情報のほうが事実に近いように思われます。親会社がもし、通り一遍の問い合わせで済ませていたら、結果的には、事実関係に頬かぶりすることになって、問題が大きくなり、長期化し、事業活動に影響が出てくることもあります。現地や、場合によっては日本でも、マスコミにとりあげられたりします。国際的な労働組合組織が非難決議を発表したり、キャンペーンに発展する場合もあります。
 団結権・結社の自由に関わる労使紛争が、組合や従業員にとって大打撃となるのはもちろんですが、会社側にとってもブランドが傷つくのは避けられません。織烈なグローバル競争、とりわけ新興国・発展途上国市場の争奪戦を繰り広げている中で、従業員を大事にしない企業というイメージが広まれば、大きなマイナス材料となってしまいます。

解決に向けた協議

 事実関係が明らかになったら、次はいかに解決するかということになります。
 日本の親会社から現地法人への指示によって速やかに解決すればよいのですが、親会社に海外労使紛争の経験がなく事態を甘く見てしまった場合、組合側にも多少なりとも弱みがある場合(前回参照)、組合が現地法人の社長の更迭を求めたりして会社側が引くに引けない場合、裁判所で会社側勝訴の判断が出ている場合などは、迅速な解決は難しくなります。
 そうした場合は、金属労協や産別・単組の役員が現地に赴き、現地の組合や日本人経営者と個別に、あるいは一堂に会して話し合ったり、日本において、これらの人々に親会社も交えて協議することによって、解決を図ります。裁判で判決が出ても、それで終わりではありません。判決が確定するまでには、長い時間がかかります。解雇されれば、収入が途絶えるので、長引くとあきらめて転職したり、故郷に帰ったりする人が増えてきます。会社のほうも、いつまでも悪いイメージを背負っていくことになるので、やはり労使の合意による早期解決が不可欠です。
 さらに重要なのは、そもそも国内法が中核的労働基準を満たしていない場合には、会社側勝訴の判決が出たとしても、中核的労働基準違反という批判は免れないということです。

中核的労働基準遵守の方策

 団結権・結社の自由に関わる労使紛争を防止するためには、企業グループ全体、さらにはサプライチェーンをはじめとするバリューチェーン全体で、中核的労働基準遵守を徹底することが、何よりも重要となります。
 当たり前の抽象的な指摘のように思われるかもしれませんが、ここで肝心なのは、進出先の国内法が中核的労働基準から見て問題がある場合の会社の行動です。前回触れたとおり、4つの中核的労働基準(結社の自由・団体交渉権、強制労働の禁止、児童労働の廃止、差別の撤廃)については、ILO(国際労働機関)の当該の条約を批准していない場合でも、「尊重し、促進し、かつ実現」することが求められています。従って、国内法が中核的労働基準に抵触していたり、中核的労働基準から見て不十分だったりする場合は、現地法人の行動が国内法的には問題がなく、裁判になっても勝てるという場合であっても、中核的労働基準違反という批判を招く可能性があります。
 組織の社会的責任に関する国際規格ISO26000では、国内法が中核的労働基準などの国際行動規範とそぐわない場合の企業行動のあり方について、詳細に記載しています。例えば、
*国内法で適切な保護手段がとられていない場合は、国際行動規範を尊重する。
*国内法が国際行動規範と対立する場合は、国際行動規範を最大限尊重する。
*国内法が国際行動規範と対立しており、国際行動規範に従わないことによって重大な結果が予想される場合、その国での活動について確認する(review)。
*国内法と国際行動規範の対立を解決するよう、関連当局に影響力を及ぼす。
*国際行動規範と整合しない他組織の活動に加担しない。
とされています。
 国連の「グローバル・コンパクト」でも、「政府が人権(職場での権利を含め)の尊重を認めていないか、労使関係と団体交渉について適切な法的・制度的枠組みを提供していない国においては、労働組合とその指導者の秘密性を保護する」ことを企業に求めています。労働者の団結を特定の組織にしか認めていない国で、非合法の労働組合結成の動きがあった場合には、企業は当局に知られないようにしなくてはなりません。
 マレーシアでは、電子産業の労働組合は全国組織の結成や加入が認められていません。こうした規制は、結社の自由の侵害となりますが、もともと外資誘致策であり、政府が自ら摘発するわけではないので、会社も当局に訴え出るようなことはしない、というのが中核的労働基準遵守に則った対応となります。結局、
*組合結成の動きがある場合、従業員に圧力をかけず、その意思に委ねる。
*組合認証選挙の結果についても、積極的に受け入れる。
*どのような名目であれ、真の狙いが組合つぶしや組合活動の弱体化であるような解雇、配置転換を行わない。
*国内法で認められていても、中核的労働基準にそぐわない行為は行わない。
*そうした行為に対して、見て見ぬふりをしない。
*社内のことは、まず社内で徹底的に協議を尽くし、安易に当局や裁判に解決を求めない。
といったことが重要となります。

日本人出向者の対応

 日本人出向者が、労務管理や労使交渉を現地の経営者、人事部長、コンサルタント、弁護士などに任せ切り、言いなりにしていると、労使紛争が発生しやすい、ということは前回指摘しました。日本の労働組合と海外の労働組合では、思考や行動で違う部分があると思いますが、基本は、日本国内で労働組合と接するのと同じように、海外でも接するいうことだと思います。
 国内の賃金交渉では、会社側は組合に対し、事実に基づいて経営状況の詳細な説明を行うはずです。賃金制度や勤務体制、生産体制を変更しようとする時も、労使で協議を重ね、合意した上で実施するのが普通です。こうした手順を踏まなければ、日本でも労使関係は険悪なものとなってしまいます。
 海外の労使関係は対立的だから、組合に対して対立的な姿勢で臨むという考え方ならば、4S(整理・整頓・清潔・清掃)とか、「カイゼン」とか、社内が一体となった生産性向上、品質向上の取り組みなどは、期待できないのではないでしょうか。そうなれば、中国系や韓国系、あるいは現地資本の企業に対する日系企業の「強み」を失うことになります。
 ある日系企業の日本人経営者に、反政府ゲリラとの関係が噂されている組織への対応についての話を伺ったことがありますが、緊張感をもって接する必要はあるものの、真撃に対応すれば問題はないということでした。結局、国内であろうと海外であろうと、経営者が組合と真撃な姿勢で向き合い、積極的に情報提供し、説明や協議、意見交換を重ねることによって、労使の信頼関係を構築する以外にないということだと思います。
 もちろん、国内と同じように、と言っても、日本的なやり方の押しつけは厳禁です。労使のコミュニケーションを積み重ねていく中で、長期的にそして自然に、その国の風土の中での日系企業としての適切な労使関係が醸成されていくということになるのではないかと思います。

日本の親会社と組合の役割

 日本の親会社としては、海外への出向者に対し、労務管理や労使関係の重要性、中核的労働基準遵守の必要性、具体的な姿勢・行動などについて、教育を行っていくことが必要です。日本人出向者が現地の人に任せ切りにしてはいけないのと同様、親会社も現地に任せ切りにせず、労使関係におかしな芽がないかどうか、つねにチェックしていくことも必要です。
 経団連も、「現地法人への派遣者に十分な事前研修を実施することは無論のこと、本社サイドが日頃から現地法人との連絡を密にし、現地法人の労使関係を正確に把握するよう努めなければならない。また、トラブルの芽が生じた際には現地法人任せにせず、早期対応を図るなど全社体制を整備しておくことが有益」と指摘しています(2013年版経営労働政策委員会報告)。
ISO26000では、「デューディリジェンス」という概念を採用しています。投資関係で使用されていた言葉をCSRに転用したものですが、中核的労働基準にあてはめれば、
*中核的労働基準遵守の方針を、企業グループとして明確に打ち出す。
*企業の行動が中核的労働基準に関わる問題を引き起こすことのないよう、注意を怠らない。
*中核的労働基準に関わるような問題が発生しないよう、予防策を講じておく。
*それでも発生したら、迅速に解決し、再発防止策を強化する。
などによって、「中核的労働基準、よし!」と確認することだと言えるでしょう。
 金属労協では、日系企業における建設的な労使関係構築に向け、国内外において、労使を対象としたセミナー、ワークショップを開催しています。また、国際産業別労働組合組織インダストリオールの方針に基づき、同じ企業グループで働く日本と海外の労働組合のネットワークづくりにも取り組んでいます。日本の組合が海外現地法人を訪問する際、現地の組合の人々と懇談するところからはじめ、2国間交流、アジアのネットワーク、グローバルなネットワークへと拡大していくことをめざしています。
 仲間の抱える課題を互いに共有し、解決に向け協力し合っていく、グローバル経済の下で、そうした国際連帯が労働組合に対し求められています。

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