2023年春闘労使交渉一問一答(4.労働分配率について)
2023年2月2日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利
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「2023年春闘労使交渉一問一答」は、調査会レポート「2023年春闘の論点」にこれまで掲載してきた論考を、一問一答形式で整理するとともに、掲載後の状況も踏まえ、さらに補強したものです。
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4.労働分配率について
(1) 個別企業の賃上げを検討するのに際し、そもそも統計上の労働分配率など意味がないのではないか。
*生産性の向上に伴う成果配分のあり方について、政労使で確認してきた考え方として、日本生産性本部の「生産性運動三原則」があります。
①雇用の維持拡大
②労使の協力と協議
③成果の公正な分配
です。このうち、「成果の公正な分配」については、「生産性向上の諸成果は、経営者、労働者および消費者に、国民経済の実情に応じて公正に分配されるものとする」とされています。(なお、ここで「経営者」とは、幅広く経営側、すなわち企業そのものと株主を示すものと解釈されています)
ここで重要なのは、「生産性向上の諸成果」は、企業の業績や体力、支払い能力に応じてではなく、「国民経済の実情」すなわちマクロ経済の実情に応じて分配される、とされていることです。日本で働く労働者である以上、*日本経済の成長に相応しい生活水準の向上を享受する権利
*日本の経済力に相応しい生活を送る権利
があります。個別企業では自覚されていないかもしれませんが、企業ごとの賃上げといえども、マクロ経済の状況に即して形成される世間相場の中で、産業の状況や個別企業の事情を一定程度反映して決定されている、というのが現実の姿です。
*そうであれば、個別企業の労使交渉においても、まずは、日本経済の成長に相応しい賃上げ、日本経済の実力に相応しい賃金水準が実現できているかどうかを確認するのが第一歩となります。労使交渉が「わが国経済は、・・・」というマクロ経済情勢の認識合わせから始まるところは多いと思いますが、もう一歩踏みこんで、マクロの配分状況について、労使で認識の共有化を図ることが重要です。
*日本経済の成長に相応しい賃上げ、日本経済の実力に相応しい賃金水準が実現できているかどうかを示すのが、マクロ経済ベース(GDPベース)の労働分配率です。
*日本経済の成長に相応しい賃上げができていれば、労働分配率は一定となりますし、日本経済の実力に相応しい賃金水準ができているかどうかは、諸外国との比較でおおむね判断することができます。
*労働分配率は分母が付加価値、分子が人件費ですが、マクロ経済ベースの労働分配率の代表的なものとして、「労働時間あたり名目雇用者報酬÷労働時間あたり名目GDP」という指標を見ると、
・1970年代後半以降、長期にわたって低下傾向を続けてきたが、
・2015年度を底として反転し、2000年代初頭の水準まで回復してきたものの、
・コロナ禍の下で横ばいとなっている。
という状況にあります。
(注)労働時間あたり名目雇用者報酬は、名目雇用者報酬÷雇用者数÷1人あたり労働時間。労働時間あたり名目GDPは、名目GDP÷就業者数÷1人あたり労働時間。(日本については、1人あたり労働時間は、分母・分子とも雇用者のものを用いている)
(2) 日本企業は厳しい価格競争の下に置かれているために、適切な価格設定ができず、付加価値生産性が低い。付加価値生産性が低いのだから、賃金水準が低くてもやむを得ないのではないか。賃上げのためには、まず付加価値生産性を向上させる必要があるのではないか。
*同じ労働分配率「労働時間あたり名目雇用者報酬÷労働時間あたり名目GDP」について、カナダを除く主要先進6か国+韓国の計7か国で比較してみると、2020年の全産業計で、韓国69.9%、フランス69.1%、ドイツ68.6%、英国 66.9%、イタリア63.2%、日本59.6%、米国59.1%となっており、日本は、米国に次いで低い状況にあります。
*分母の労働時間あたり名目GDPと分子の労働時間あたり名目雇用者報酬について、それぞれ比較してみると、
・韓国は、労働時間あたり名目GDPが日本より低いにも関わらず、名目雇用者報酬は日本をやや上回る。このため、労働分配率は7か国中で最も高くなっている。
・米国は、労働時間あたり名目GDPが他の国々に比べ際立って高いが、労働時間あたり名目雇用者報酬はドイツ、フランス並みに止まっている。このため、労働分配率が7か国中、最も低くなっている。
・日本は、労働時間あたり名目GDPは7か国中6位だが、労働時間あたり名目雇用者報酬は7か国中の最低となっている。日本は付加価値生産性が低いけれども、それ以上に人件費が低いために労働分配率が低いという、「低賃金・低生産性」の状況にある。
・労働分配率の高低は産業構造の違いの影響を受けるが、製造業、非製造業それぞれについて見ても、おおむね同様の傾向となっている。
という状況にあります。
*日本の付加価値生産性(労働時間あたり名目GDP)が低いのは、物的生産性(労働時間あたり実質GDP)が向上しても、その成果が価格の抑制に配分されてしまうからであり、価格の抑制に配分されてしまうのは、市場において、供給力に比べ購買力が小さい(供給 > 需要)ため、ということになると思います。よく、「賃上げには、まず付加価値生産性の向上が必要」という主張が聞かれますが、人件費が付加価値生産性に見合ったものとなっていない以上、まずは人件費を付加価値生産性に見合ったものに引き上げ、購買力の増強を図ることによって適正な価格設定を促し、「高賃金 → 高生産性」の経済を構築することが重要です。
(3) マクロ経済ベースの労働分配率はともかく、企業収益ベースの労働分配率はどうなっているのか。
*企業収益ベースの労働分配率については、統計としては、財務省「法人企業統計」で発表されています。全産業(金融保険業を除く)で見ると、2012年度まで70%台だったのが、2017年度には66.2%まで低下し、その後やや回復して、2021年度には68.9%となっています。ただし、この労働分配率は、分母の付加価値が「営業利益+役員給与+従業員給与+福利厚生費+動産・ 不動産賃借料+租税公課」、分子の人件費が「役員給与・賞与+従業員給与・賞与+福利厚生費」ですので、分母・分子が、企業の産み出した付加価値のうち、従業員にどのくらい配分されているかを表すのに適当な指標かどうか、という問題があります。
*ちなみに、一般的に中小企業の労働分配率は大企業よりも高い傾向にあり、このことをもって、中小企業における人件費負担の重さ、賃上げの困難さが語られることがあります。しかしながら、中小企業では労働装備率(従業員1人あたりの設備額)が低かったり、ブランド力が弱かったりといったことから、大企業に比べ従業員の力に頼る部分が大きく、労働分配率が高くなるのは当然です。労働分配率の高さが人件費負担の重さを示しているわけではありません。
*次に、「CSR会計」の考え方に立って、企業の主要ステークホルダーに対する配分の状況を見てみると、従業員、役員・株主、企業自体、政府という主要ステークホルダー4者への配分の合計を100として、それぞれの占める割合を見ると、
・「従業員への配分」は、1990年代後半の平均で62.6%だったのが、2010年代後半には57.2%、2020年代(2020、21年度平均)には53.8%に低下。
・「役員・株主への配分」は、1990年代後半の12.8%から、2020年代には16.5%に拡大。
・「企業自体への配分」のうち、「ソフトウェアを除く設備投資」は15.4%から13.2%に若干低下。
・同じく「現金・預金の積み増し」は、1990年代後半にマイナス0.7%で持ち出しだったのが、2010年代後半にはプラス3.1%、2020年代には7.3%に拡大。
という状況となっています。
*とくに資本金10億円以上の大企業では、
・「従業員への配分」は、1990年代後半に59.2%だったのが、2020年代には45.5%に低下。
・「役員・株主への配分」は、4.4%から19.3%に拡大。
・「ソフトウェアを除く設備投資」は、26.2%から18.3%に低下。
・「現金・預金の積み増し」は、マイナス1.9%からプラス6.0%に拡大。
となっており、一層顕著な傾向を示しています。いわゆる株主資本主義の伸張、「もの言う株主」の拡大などにより、配当を増やさなくてはならない事情はあるものの、それにしてもバランスを欠いているように思われます。
*海外との比較で言えば、企業収益ベースの労働分配率の比較はむずかしいのですが、OECDの統計により、製造業における売上高人件費比率を見てみると、2019年にドイツ20.3%、フランス17.2%、ノルウェー17.0%、スウェーデン16.2%、イタリア15.2%などとなっているのに対し、日本は11.3%に止まっています。
(4) 労働分配率が低下しているのは、分母である付加価値に、海外企業からの配当金やロイヤリティが含まれ、拡大しているからである。これらは海外企業が産み出した付加価値なので、国内従業員への配分原資にはならないのではないか。
海外の現地法人や関連企業から入ってくる配当金やロイヤリティは、単に金銭的な出資への対価というだけでなく、日本国内の事業活動において従業員が蓄積してきた技術・技能、情報や知恵、ノウハウなどの移転に対する対価、日本企業からの人材提供に対する対価という性格も含まれています。そうした配当金やロイヤリティが、「国内企業が産み出した付加価値」に含まれるのは当然であり、国内従業員への成果配分の原資となってしかるべきです。
(このレポートは、お知らせなく内容の補強を行うことがあります)