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Kくんのルーティン

年中さんのKくんが遅刻してくるという。すでにクラスのみんなも先生たちも園庭に出ている時間だというので、Kくんがみんなに合流するまでの間、私が付き合うことになった。お父さんに連れられて30分遅れで玄関に到着。私にバトンタッチして保育室に向かう。年中さんだから動作は遅い。ゆっくりと上履きに履き替える。あちこちに気が散る。保育室までの10mを行く間にもポスターに見入ってしまう。
 保育室に入るとクリスマスの飾りが気になって仕方がない。しかしそれでも彼は何度も中断しながらではあるが、きちんとルーティンの活動を始める。私はいっさい指示しない。見守るだけである。
 カバンからノートを取り出し、カレンダーのその日の場所にシールを貼る。出席の印だ。ノートをカバンに戻し、流しに向かう。手を洗い、うがいをする。手をふき、お盆を手に取る。その上にコップと水筒を置き、棚の上の自分の場所に持ってくる。ここで一息。クリスマスの飾りについて彼の見解が述べられる。もちろん私には理解できない。
 次は上着だ。ハンガーに上着をかけ、床に広げファスナーをていねいに閉め、壁際のポールにかける。最後にカバンを自分の棚の中にしまい準備は完了。連絡用の黄色い紙をどうしようかと一瞬迷ったようが、そのまま持ってデッキに出ると、担任を見つけ走っていった。
 私が口を出したのは、シールを貼るとき、彼の質問に答えて、今日は何月何日だよ。と言ったことだけだった。
 1年半も幼稚園にいれば、こんなことができるのは当たり前だと思われるかもしれない。だが、私はこういうルーティンができるようになるまでの膨大な時間とそこに注がれた愛情の深さを思わずにはいられない。何度も何度も繰り返しながら身についた習慣はそう簡単には揺るがない。彼を支える基礎の力となっている。
 こういうことが日本という国の質を高めていると、私は感じている。社会が幼児にどれだけ手をかけられるか。教え、練習させ、褒め、やり直させ、繰り返させ…いつからできるようになったのかも思い出せないほどの貴重な時間。成城幼稚園はもちろんのこと、日本中のほとんどの幼稚園や保育園やこども園でおこなわれている日々の活動こそが、教養と常識を兼ね備えた日本国民をあまねく生み出す土台となっている。

筆者:成城幼稚園園長 石井弘之
2024年12月3日公式ウェブサイトに掲載