知らない女 最終章 《小説》
知らない女 最終章
美鈴をあの川で見送ってから三回目の冬が訪れた
前科者の投獄者にまともな仕事は無く
身元保証人なんて誰も居ない
毎日 汚れた作業服でコンクリートの塊を崩しては運び
汗と埃でむせかえりながら日銭を稼ぐ生活に追われていた
それ以外の時間は
紙とペン、相変わらず売れもしない文章を書き続けていた
小さな頃には沢山の夢があって
子どもの頃は画家になりたかった
自分の描いた絵にストーリーを書いて
絵本を作る夢を見ていた
中学生になったら
写真に目覚めた
将来は有名な写真家になるって夢見てた
今の現実はいったいどうなんだ
絵を描く画材すら買えないほど 金が無い
絵を描く時間だって無い
写真家だって…カメラなんて持って無い
カメラを買う金も写真を撮りにいく時間だって無い
今の僕に許されてる事は文章を書く事くらい
紙とペンがあれは何処でも書ける
金もかからない
他に僕に何が出来る?
何も無い 何も無い
もう疲れたよ
生きてる意味を教えてくれよ
時々 美鈴の残した詩集を読んでる
金子みすゞの あの詩集
余りにも優しすぎて
ふたりで過ごした日々の傷口が口を開ける
もう良いよね
十分に頑張ったよね
もう終わりにしようね
僕は詩集に話しかけた
大量の睡眠薬
美鈴が選んだやり方と一緒だ
どうやったらいい?美鈴
そう呟きながら
手のひらに乗せた薬を口に放り込みガリガリと奥歯で噛み砕いては酒で流し込む
二度、三度と繰り返す
純度の高いアルコールがツーンと鼻に抜けて身体の力が抜けて行くのを感じた
過剰摂取で僕は心の傷口を塞いだ
寒い凄く寒いよ
床に横たわった身体は鉛の様に重く
床に溶けて沈んでいく
もっともっと下の方まで静かに沈み堕ちていく感覚に包まれていた
寒い凄く寒いよ
しばらくして目が覚めたんだ
淡い光りを閉じた瞼に感じて瞳を開けた
キャンドルの灯り
ライトアップされた冬の高原
空には沢山の星が輝いていた
何処かで見た事ある場所だった
白い雪が降り注ぐ星空の下
僕の吐く息が白く溶けて行くのを見ていた
「此処は天国みたいだね」
そう何処からか声が聞こえた
懐かしい声だった
知らない女のあの声を
僕は確かに聞いたんだ
Photo : Free Pic