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愛の外郭 《詩》

「愛の外郭」

波の砕ける音がする 
あれは海なのか

正義の道を踏み外さない様に 

真っ直ぐと防波堤は伸びている


僕は随分と長い間 
彼女の事を描写していた

そう 
描写と言う言葉が一番的確な表現だ

彼女の横顔 仕草 
指先の動きまでも克明に

彼女の微笑みは僕個人に
向けられたものではない

その事はわかっていたが

僕は彼女の微笑みに
合わせる様に微笑んだ

世界を終末に導く悪しき事柄など
全く考えてはいない

無戦略的で無意図な
極めて純粋な微笑みだ

世の中は常に優れたものと
劣ったもの

そして 
偉大なものと単に優れたもの

そんな選り分け作業を
永遠に行っている

貧弱な分類システムが示す

各個人の位置付けが
全ての基準とされる

膝の下まで浸かった水は

僕の好みの温度よりは
明らかに冷たい

慰めにもならない様な

小さな緑の葉と薄紅色の造花は
枯れる事無く埃を被っている

月夜は悲しげで知的な淡い光を放つ


直ぐ其処の角を曲がった
ところにある自由市場

その一角にある「社会の排泄物」
と書かれた看板のあるエリアに

僕の書いた小説は並べられていた

それは 
また造花と同じ様に埃を被っている

文学的夢想家だろう…

僕は心の中で小さく呟く

恐るべき未熟者めが! 
何処で誰かが そう叫んでいる

僕は静かにそれを無視し続ける

人々が欲するものとは

…… 僕はこんな素晴らしい女性達と
恋に落ちたのです ……

そんな架空の恋物語なんだろう


しかるべき時に この世界を
去る事が出来る権利の保持と

僕が意識の中で象徴的に
殺した人達と

僕の事を意識の中で
殺した人達の顔を思い浮かべていた

そうだよ 誰もが孤独で怯えている

僕は我慢出来ずに彼女の事を
描写し始めた

瞳を閉じて 
深く彼女を見つめている 

愛している

僕は彼女の全ての愛の外郭に触れる

抽象的なるものに
具体的な形を与える様に

人生に対する讃歌を未だに
歌い続ける事は愚か者なのだろうか

人生は短く悲しみに満ちている

誰の目にだって明白だ

だからこそ讃歌が
必要とされてるんだ

一度だけでも構わない 

僕の名前を呼んでくれないか

だが 僕がその事を口にする前に
彼女は消えた 

もう直ぐ朝が来る

死人の様な朝がやって来る

波の砕ける音が聞こえるかい 
あれは海なのか

人ばかり見ていると海が見たくなる

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