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いにしえの花 《詩》

「いにしえの花」

其処に住む様になって間もない朝

僕は階下のバスルームで
髭を剃っていた 

ねぇ こっちに来てキスしてよ   
君の声が聞こえる

僕は君の頬に
軽く触れる程度のキスをした


君はいつだって現実よりも
ファンタジーに引き寄せられる

僕は君を軽く腕に抱き

正確な輪を描く様に踊り続けている

心地良さの感じられる沈黙と
安らぎの温度が其処には満ちている

黄昏の風と傾きかけた陽の光

琥珀色のウィスキーの入った
クリスタルグラス

邪気の無いキラキラとした輝き

僕は君の幻想をひとつとして
間違い無く継承する


ちゃんと愛してるって言ってよ

今直ぐにメイク ラブしたい 
そんな顔してる様に見えた

貴方アレは得意? 

そんな事を訊かれたのは
始めてだった

僕は
そうありたいと願ってると答えた

確か其れが君と交わした
最初の言葉だった


僕等は喜んだり怒ったりする
基準がよく似ていた

堕落の匂いと其の気配

感情的破産の中であれ 

僕は以前にも劣らず君を愛している

執着も拒絶も無く

ただ君だけを誰よりも
強く求め続けている

始めての夜に君は 

貴方に強姦されたって言いふらして
あげるわ

そう言って笑っていた

其の言葉の言い方と
仕草が愛しくて可愛かった

一日も欠かす事無く
君に贈り続ける愛の言葉

僕等を拒絶した世界 

僕等が同化する事の
出来なかった世界は

影を潜め

僕と君の奏でる幻想曲は
終わりなく流れ続けている


ふたりはタイタニック号の船上から

遥か対岸に輝く街の明かりを
見つめていた

いにしえの花の香りがする 

確かに花の香りがしていた

数え切れないくらいの人達が

今日は彼女と一緒じゃないの?

そう僕に訊く

そして今夜も愛の言葉を君に贈り 
其の名を呼ぶ

Photo : Seiji Arita

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