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ある文学少年が徒然と思ったこと3

奈美恵ちゃんからメールが届いた。無事一人暮らしを開始することが出来たとあった。よかったと思った。僕と似たような女の子だ。願わくば幸福であって欲しい。

最近以前にも増して本を読んでいた。大抵は開店と同時に本屋を訪れて、ひとしきり色んな本を漁った後、何冊か買って帰って、寝るまで読んで過ごすというパターンが多かった。文学は明治から現代まで大体有名どころを読み尽くした。今は仏教に関する本を主に読んでいる。

奈美恵ちゃんは僕に触発されたのか最近では小説を書くようになっていた。何度か彼女の作品を見せてもらったことがある。まだまだ発展途上ながらもセンスのある文章だと思った。

「ねえ、葉さん。人って何のために生まれたか分かりますか?DNAを運ぶために生まれたって説はどう思いますか?」

色々メールして僕も答えられるものは答えてあげた。この質問にはどう答えたか覚えていないけど。僕らは同年代の友人がいないから、じいちゃん達が画策したとおり、結構親密にメールでやりとりをするようになっていた。そして、機会があったら時々会ってもいた。まあ、悪いことではない。じいちゃん達も喜ぶだろう。

今日も僕は奈美恵ちゃんと共に本屋に繰り出していた。彼女の向学心は大したものだったが、やはり僕の方が2つほど年上だから、僕が本を紹介することが多かった。

「太宰の中なら人間失格の斜陽の他にこれとかもいいよ。後海外だとバルザックのゴリオ爺さんとかおすすめだ」

「ふむふむ」

「奈美恵ちゃんはいいね。まだまだこれから読むものがあって。僕は文学を読み尽くしてしまった感があるからなあ」

「私もじきそうなりますよ。早いか遅いかだけです」

「そうだろうね」

そして僕らは併設されているカフェで休憩した。僕はアイスティーを、奈美恵ちゃんはカフェオレを飲んでいた。

「ねえ、葉さん。葉さんには何か夢とかあるんですか?」

「夢?そうだなあ、特にないかな・・・」

出来れば詩人になりたいとは思っているが、夢という程大層なものではない。強いていうなれば、人生という苦行を無事に終えることだろうか。

「私は結構ありますよ。作家にもなりたいし、料理人にもなりたいし、声優にもちょっと興味があります」

「へえ。そんなにあるの」

「どう思います?」

「いや、いいんじゃないかな。未来に希望がもてそうで」

それに比べたら、僕など既に枯れきった老人のようなものかもしれない。

「私、葉さんとずっと友達でいたいな。そして、私が夢を叶える度にケーキとか買ってお祝いしてくれるの。どう?いいでしょう、そういうの?」

「いいね。そうしよう」

「約束ですね」

ニコッと奈美恵ちゃんは笑った。まだ15歳だ。僕もまだ17だけど、この2歳の間は大きい気がした。

奈美恵ちゃんと別れて、帰路に着きながら、既にセミがあまり鳴いていないと気づいた。季節は変わろうとしている。家に帰って、手洗いうがいを済ませて、パソコンに向かった。何となく、詩が湧いた気分だったのだ。僕は孤独だと思っていたが、完全な孤独ではなかったみたいだ。今日奈美恵ちゃんと話していてそう思った。そんな事を詩にとりとめとなく書いて、パソコンを閉じた。

気がつくと床で眠っていたみたいだ。体が痛い。時刻は夜の11時だった。ベッドに横たわって、もう一度寝ようとするが、上手くいかなかった。スマホを見ると、メールが着ていた。じいちゃんから一通と奈美恵ちゃんから一通。この2人は少なくとも僕の事を気に掛けてくれている。その事が嬉しくまた疑問だった。こんな僕がどうして彼女たちの心の片隅に位置しているのだろうかと。メールを開けてみた。

じいちゃんからのメール。

「葉。今度、また遊びに来いよ。奈美恵ちゃんとどうなったか聞かせてくれ」

奈美恵ちゃんからのメール。

「おじいちゃんが葉さんとまた会いたいと言っています。また四人で本屋に行きませんか?」

丁度良い。家の本も読むのがなくなってきたところだった。

「いいよ。僕はいつでもいい」と奈美恵ちゃんにメールを送って、横になった。僕は一人じゃない。そう思った。そして安らかな眠りがやってきた。

朝早く目が覚めて、僕は家の周囲を走っていた。出来るだけ速度を出すように走っていた。体を疲れさせたて、十分休息したら、日々鬱々として気分も晴れるのではないかと思ったからだ。息が切れても僕は走り続けた。

帰ってからミネラルウォーターを500ミリリットルくらい一気に飲み干して、着替えてから、ソファに座ってぼんやりしていた。動く気になれないくらい疲れた。少し休憩したら、シャワーを浴びよう。スマホを見た。メールが着ていた。

「明日はどうですか?私とおじいちゃんは午後からなら行けます」

奈美恵ちゃんからだ。

「分かった。じゃあ、明日。前回のレストランで待ち合わせよう」

なるべく前回と同じ展開を踏襲した方が良いだろうと思った。じいちゃんにもその旨をメールして、シャワーを浴びようと浴室に向かった。

さっぱりしてから、パソコンで音楽を聴いていた。ベートーヴェンやモーツァルトを主に、パッヘルベルやシューベルトも時々聴いた。読書と違って、音楽は手で捲る必要がない分手軽だ。そして僕の創作活動にも影響を及ぼすだろう。

やはり肉体の激しい疲労からか眠くなってきた。しかし、今寝ると夜寝れなくなってしまうから起きていようと思った。外出した方が良さそうな気がしたので、財布と本を持って喫茶店でも行くことにした。

何となく手に取ったものが、村上春樹の海辺のカフカだった。主人公は僕の2つ下。筋トレと図書館通いを主とする、家出少年。僕と共通点も結構あるなと思って、面白く読んでいた。家の近くの喫茶店は冷房が効いている。明日はじいちゃん達と会う。何だか楽しみになってきた。

お腹が空いたので、サンドイッチを頼んで食べていた。この喫茶店には結構来ている。しかし、お昼時とかを別にしたら誰も来ないことが多い。マスターと店員は僕の方には特に気にせず、コップを磨いたりしている。僕も気にいせず持ってきた本を読む。結局2時間ほど過ごしてから帰宅した。

例のごとく気がつくと眠っていた。傍らには寝るまで読んでいた本が転がっている。もう少しきちんと寝ないといけないなと思いながら、顔を洗って歯を磨いた。今日はじいちゃん達と4人で会う予定の日だ。鏡を見ながら身だしなみを整えて、余所行きの服に着替えた。

この間はお昼を食べた後、2人で本屋に行ったけど、今日もそうなるんだろうか?何となく別の場所に行ってみたい気もするが。まあ前回と違って初対面の相手ではないだけ安心だ。

時間になったので、じいちゃんの家に向かう。思えば奈美恵ちゃんと出会ってからじいちゃんと過ごす時間は多少減ったかもしれない。果たしてこれで良かったのかな?

「じいちゃん」

「おお、葉か。ちょっと待ってくれ。今ひげを剃っとる」

じいちゃんの家はそれほど広くない。じいちゃんならもっといい家に住めるのになあと少し思う。僕は居間にて待たせてもらうことにした。この間はカレー食べたけど、今日は何を頼もうかな。

「お待たせ。行こうか」

「うん」

何となく隣で運転するじいちゃんの事が気になった。奈美恵ちゃんと過ごすべきか、じいちゃんと過ごすべきかと頭の中で悩んでいた。別にどちらとも過ごせばいいのだが、とにかく、じいちゃんとはもうちょっと過ごすようにしようと思った。

「奈美恵ちゃんとはどうじゃ?あの子は良い子だろう?」

「そうだね。あれから何度か喫茶店とか行ったよ」

「ほう」

確かに同年代の友達が出来たのは僕の日々に大きな影響をもたらしつつあるかもしれない。

「今日はお昼食べた後、また本屋に行くか?」

「分からない。本屋にはしょっちゅう行くし、他のところに行ってみたい気もする」

「そうじゃのう。二人とも高校生らしく、どこか出かけたらいい。本屋もいいけど、神社とかどうじゃ?」

「この近くにあったっけ?」

「一駅分くらいあるが、なに、送ってやる」

そして僕らは4人での会食に臨んだ。集まったのは僕らが到着してから10分後くらいだった。今日の奈美恵ちゃんはやたらめかしこんでいた。二木さんもよそいきの格好をしている。

「こんにちわ、久しぶりじゃな、葉月さん。葉君も、お会いできて嬉しいよ」

「ええ、僕もです」

と一応答えておいた。

「あれから奈美恵も家を出て自由にやっとる。葉君に相談したらしいね?いやこの子の背中を押してくれてありがとう。やはり出会って良かったみたいじゃね、二人は」

「ええ。そうですね」

「ほう。奈美恵ちゃんも一人暮らししたのかい。それはまた随分と思い切ったの」

「大丈夫ですよ。私の目が黒い内は辛い思いはさせません」

二木さんは豪快に笑っていた。奈美恵ちゃんはただ静かに微笑んでいた。

それから僕らは食事をして、これからどうしようかという話になった。僕は本屋はいつでも来れるから別の場所がいいんじゃないかと言った。すると、奈美恵ちゃんは車で移動できるのだから地元観光がしてみたいと言った。そして僕らは4人ともじいちゃんの車に乗って観光名所を回ることになった。

最初に神社に行った。地元では有名な所で、この季節でもそれなりに参拝客が見える。甘味屋でじいちゃん達と団子を食べながら、糺の森の雰囲気に浸っていた。木の林の通り道。植物園もいいけど、こういうのもいいものだなと思った。ふと、周りから見たら自分たちはどう見えているのかなと思った。家族に見えるんだろうか?

団子を食べ終えて、一応僕らも参拝することにした。僕は願った。この4人が幸福でありますようにと。じいちゃん達が亡くなった後も、僕らのようなはみ出し者が生きてゆける事を祈った。

次は古本屋を何軒か回った。いつもは本屋に行くので、古本屋は随分久しぶりだった。僕と奈美恵ちゃんは勿論本に夢中になっていたのだが、じいちゃん達も結構熱中して見ていた。太宰全集を見つけたので、僕は片っ端から読んでいた。まだ読んでない話も幾つか収められていたので、興味深く読んでいた。

読み終えて、買って帰る本を探そうと辺りを見回すと、奈美恵ちゃんが熱心に何かを読んでいた。何を読んでいるのだろうとのぞき込むと、賢治の全集だった。いいな。僕も何冊か買って帰りたいくらいだったが、ここは奈美恵ちゃんに譲ることにしよう。2階に昇って、じいちゃんと二木さんが油絵を見て何かを話していた。

「じいちゃん」

「ん。葉か。良い本あったか?」

「僕はいいよ。奈美恵ちゃんに買ってあげて」

「ハハ。それじゃそろそろ行きますか?」

「ですな」

奈美恵ちゃんは賢治の全集を買ってもらっていた。僕の部屋にもあったはずだ。久々に読み返してみたくなった。そして、そろそろお開きにしようということで、僕らは家まで送ってもらった。

「じゃあな、葉。奈美恵ちゃんの相談には乗ってやれよ?」

「分かったよ」

買ってきた本を机の上に置いて、ソファに寝転がる。ふう。少し疲れた。じいちゃん元気そうだったな。奈美恵ちゃんも元気そうだった。いいことだ。僕らのようなはぐれ者が幸せである。それがとても大切なことだと思った。

そのままソファでゴロゴロしていたのだが、夕方になる頃、ようやく起き上がる気になった。今日は日本史の本を買ってみた。読むとするか。

歴史の本なんて学校の教科書くらいしか読まないのだが、この本結構面白い。考古学者になりたがる子の気持ちが少し分かった気がした。縄文から始まって弥生で貧富の差出来て、古墳自体に権力者が現れて、長く続く江戸時代を通り越して、明治時代辺りまで読み進めた。

せっかく買ってきた本を一気読みというのも何だし、今日はこのくらいにしておこう。そして再びソファでごろんとなった。何かに熱中するようになったら、何のために生きているんだろうなんて思わずに済むんだろうか。









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seigo
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