ド・ヴィルパンにド・ビックリ ―平和は難しい
ド・ヴィルパン復活
ドミニク・ド・ヴィルパン(1953-)というフランスの政治家がいる。
2003年にアメリカがイラク戦争をはじめようとしたとき、国連安全保障会議で戦争反対の演説をして一躍脚光を浴びて「時の人」になった人物である。
最近、妙に元気である。
おそらくフランスの内政の混乱のせいだ。
この夏、大統領マクロンは議会を解散して選挙に打って出た。極右を封じ込めるためであった。ところが左派、中道派、右派のいずれも過半数を得ることはなかった。少数政党乱立状態だ。しかしそれでも、獲得した得票数で第一党は、諸左派政党の連合「シン人民戦線」であった。ところが中道派のマクロンは「シン人民戦線」から首相を採ることを望まなかった。最終的にマクロンは、極右からの黙認(忖度)を得るかたちで、中道派から首相を選出した。なんと皮肉なことだろう。極右を封じ込めるために選挙は始まったのに、そしてたしかに極右に政権をわたすことは避けることができたのに、極右の黙認がないと政治がたちゆかない状況に、マクロンは追いやられたのである。
首相はどの派から採られるべきかという問題に対して、ド・ヴィルパンは、マクロンは第一党の「シン人民戦線」から首相を採るべきだと発言した。大統領と議会のコアビタシオン(ねじれ体制)を是認したのだ。
驚いた。
だってヴィルパンはシラクのもとで首相を務めた、中道右派のはずであった。
ところがいま左派を支持している。
ユマニテ大会
9月半ばには、諸左派の祭典、ユマニテ大会(日本で言えば「赤旗まつり」)にも、ド・ヴィルパンはゲストとして参加した。
風見鶏なのか?
否。
むしろクラシックな「左翼VS右翼」の構図が全世界的に崩壊しつつあるのだろう。
彼の話を聴いていて、幾つか重要だと思われた点を挙げておこう。
①彼には信念がある。
それが平和だ。
より精確に言えば、テロリズムに対して有効な戦争はないという信念だ。
彼は言う。ハマスによる2023年10月7日のテロは、たしかにひどいものであった。
しかしたとえ大国がテロに対して戦争をしても、最終的に大国は敗北する。
これをイスラエルもアメリカも理解していない。
②彼によれば、国家を成り立たせている基盤は、武力ではなくて、正義だ。
中東で続く混乱の原因は、武力に依存して、正義を忘れている点だ。
例えば、正義においては、死者への喪が重要である。
喪を貫徹して、怒りや憎しみを鎮めなければならない。
ところが中東では、死者について語られることがない。
あたかも死者などいないかのごとく、政治は明日の秩序を求めている。
しかし死者を見つめることのない正義に、有効性はない。
③彼は、現代世界は「戦争の精神」によって覆われていると嘆く。
さまざまな分断が現代人を民主的な議論と理解の外部に置いている。
例えばド・ヴィルパンを「反ユダヤ主義」とレッテルを貼る連中は、議論をする自由に恐怖しているだけだ。レッテルを貼って排除しようとしているだけだ。それこそが暴力であって、「戦争の精神」なのだ。
あるいは、戦争をして政権を崩壊させれば、それでOKという発想は短絡的である。間違えている。戦争で、カダフィ、フサインを倒して何がかわった?戦争で、プーチンを倒しても何もかわらないだろう。
以上のことを、ド・ヴィルパンは第二次世界大戦、中国、ウクライナなどなど、実に詳細な情報をバックに解き明かす。見事だ。
日本で
実際、僕も、2、3年前に、ある研究会で報告したとき、上智大学の先生から「修正主義者」とレッテルを貼られた。
情痴大学の先生によれば、僕の見解は教科書記述に反するから、修正主義なのだそうだ。
しかし僕は史料に基づいて、諸事実に基づいて、自分の見解を論述したので、「それならばその教科書が間違えているだけですね。いったい誰が書いた教科書ですか」としか言いようがなかった。上智大学の先生は、誰が書いた教科書か教えてくれなかった。けどその先生の言葉や態度から、僕を排除したいという暴力への意思が感じられた。
政権を倒せばそれでOKという発想は、たしかに短絡的だが、現代人が陥りやすい罠である。立憲民主党は政権を奪取すればそれでOKと思っているらしいが、なにがOKなのか、僕にはわからない。奪取したあと、何をしたいのかがわからない。
たしかにプーチン、金正恩、習近平の政権がかわらないと、どうしようもないとも思う。
でもおそらく大切なのは、外圧=戦争でかえることではないのだろう。
そこに住む人々に「かえたい」と思わせることが大事なのだろう。
そのためには日本が人権を尊び(例えば死刑を廃止して)、自由と平等を享受する魅力的な国でなければならない。
彼らに、「うちらも政権をかえて、日本みたいな国にしよう」と思わせなければならない。
ま、それは無理だわな。