『あざみの歌』を歌ってみる!
娘のピアノ伴奏で『あざみの歌』を歌って見た。
これまで全く歌ったことのない歌だ。
今流行りだとかいう『ワンテイク』撮りというやつだ。
横井弘作詞
八洲秀章作曲。
『あざみの歌』
NHKの『ラジオ歌謡』で放送されたのは1949年8月のこと。
この時の歌唱は八嶋秀章本人だったという。
八洲秀章は歌手としても活躍、歌手名は志摩光一。また俳優としても活動していた。北海道真狩村出身である。細川たかしさんの同郷だ。
この歌1951年には伊藤久男の歌唱でキングレコードから発売され大ヒットとなった。
作詞の横井ひろしはこの曲を長野県下諏訪町に疎開している時に作詞したのだがそれは1946年のこと。大ヒットまでは数年の歳月が流れたことになる。横井はその後三橋美智也のためにいくつものヒット曲を書いている。
例えば『達者でな』「哀愁列車』など。
2015年逝去享年88。
八洲秀章はその後『さくら貝』の作曲もしている。逝去は横井より早く1985年。享年70。
余談だが八洲先生は大船に住んでおられ私が高校時代の恩師鏑木欣作先生のお宅を訪ねる度にそのお隣の八洲先生の『表札』をみるともなしに眺めたことを懐かしく思い出す。なお鏑木欣作先生のご子息が鏑木創先生であの石原裕次郎の『銀座の恋の物語』の作曲者だ。
そして余談をもう一つ。薄倖の演歌歌手今は亡き藤圭子さんを北海道から東京にスカウトしたのが八洲秀章さんだった。
『一曲』の物語から『昭和の歌謡史』が垣間見えてくる。