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【8050問題の深層】自己満レビュー

こんにちは。

本日は、先日読み終えた本のレビューをしたいと思います。

レビューと言っても、要約やまとめをしてくれる人は既にたくさんいると思うので、自分が感じたことを自分視点で書かせていただきます。



まず簡単な概要ですが、「8050問題」とは、成人した子が壮年になっても”ひきこもり状態”などで、親に依存して暮らし、親の介護の介護が始まり親が子を支えきれなくなったり、親と死別し子が完全に世間から孤立してしまうような問題。

2019年に実際に起きた、練馬区での児童殺傷事件や「近所で行われている運動会がうるさい」と自宅で暴れ出した息子を父親が殺傷した事件などを機に、この問題が注目され書籍化されている。


私が、「8050問題の深層」を読んで重要に感じたポイントは2つ。

1. 核家族社会とNPO・地域社会の役割

2. ”親”の役割の線引き


1. 核家族社会とNPO・地域社会の役割

大家族で暮らしていた過去に比べ、近年は核家族と呼ばれる”親と子一世代”からなる家族単位での居住が増えた。

都市部での生活や、仕事の都合での転居のし易さなど、核家族で暮らすことへのメリットは大きい。しかし、大家族で暮らしていた過去と頃と比べ、地域コミュニティーとの関わりは薄くなっている。核家族の多くは、両親が共働きの場合も少なくない。そうすると、地域の人とのコミュニケーションが必然と少なくなる。

ここで起こる問題が、地域支援団体からの情報が遮断されること。

「5080問題」に対応できるような、地域支援制度は実際に各自治体で用意されているのにも関わらず、その詳しい支援内容を知らず、”ひきこもり支援”などという名前に引け目を感じて、なかなか支援を受けるのに踏み込めないケースが多いそう。

これは何事でもそうだが、ある情報を知っているだけでも人生がスムーズに、ちょっと有利に進んだりする。

障害を持つ人や低所得者などを助けるための支援がしっかり用意されているのにも関わらず、それがその人たちに届いていないのならなんの意味もない。

少しでもスムーズに人生を進めるために、自分の知らないことや助けてほしいことに関しては、すぐに自分よりも詳しい人に聞けるような環境があればいいと思う。

最近、「個人の時代」「コミュニティーの時代」の次は「村社会」のような助け合い・共依存の社会になっていくのではないか。という未来予想の話を聞くことがある。「村社会」に戻る魅力があるとすれば、このような点なのかな〜と思い、その話を思い出した。

核家族化した家族が、家族内では支えきれない問題を抱えるようになれば、それは地域社会が率先して支援をしていく必要があり、地域のコミュニティーでも困っている人がいれば、助けやすい環境があると望ましい。


2. ”親”の役割の線引き

そして、もう一つは「親の役割」に関しての問題。

「5080問題」を引き起こした理由には、親世代の長寿化や親世代の豊かさがあげられる。

以前では、兄弟も多く、成人した子供を親が支えるのは経済的にも難しかった。しかし、近年は1世帯あたりの子供の数が減り、親も長寿になったため、成人後も子供を養っていくことが不可能ではなくなっている。

さらに、近年では晩婚や未婚者の人口も増え、パラサイトシングルなどと呼ばれる人たちも増えている。

故に、ひきこもり状態などになり社会で孤立してしまった我が子を親が受け入れ、支えているという家族も少なくなく、違和感すらも薄れてきているのかもしれない。

ここで問題になってくるのが、親離れ子離れのタイミング。

成人、社会人、結婚、など明確なタイミングがなくなればなくなるほど、親と子の関係性に変化が現れにくくなるのかもしれない。

事実、自分自身も都内近郊に実家があると、なかなか一人暮らしをする必要性に狩られることがない。周りにも結構いるのだけど、親も別にすぐに家を出たいというわけでもなく、持ち家だったりすると余計に月いくらの生活費払うなら家にいてもいいよーって状態で、一人暮らししたいと思いつつも、なんだかんだ先延ばしになってる…みたいなのはよくある。

親と暮らしていたって、立派な人っているし、そこで色々言われるようなご時世でもないし、自分にあった暮らしすればいいんだろうな〜って。

とは言いつつも、やっぱり一人暮らししないとしっかり自立しているとは言えないでしょ?と、自分自身にプレッシャーをかける私もいたりして、実に難しい。(家でりゃいい話なのですが)

それにしたって、やはり親は親。

何かあった時は助けてくれるし、子供から家庭内暴力を受けていてもなかなか外部に相談できない…みたいな話を読んでいると、親は子供に甘いんだという自覚を持ち、自分で親離れしなくてはならないな…と感じ、家探しでもしようかと検討するのでした。


以上。

こんな感じです。

同じ本を読んでも、読み手によって受け取り方や響き方が全然違うのって面白いですよね♪


ではまた。




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