東大阪の公園ダッシュしてたうさぎを引き取った話
うちの夫はAVを見るのが好きだ。
いいAVを見つけるや否や、「ねえねえコレ見て」と嬉々としてスマホ画面をこちらに向けてくる。
ちなみに私もAVは大好きだ。
なので負けじと「コレやばくない?」と夫に見せつけている。
えっ、何、なんでそんなに引いてるんですか。
え?違う!違う違う違う!
AVってあれ!Animal Videoのことなんですけど。
ここで9割の人がページを閉じた気配を察知したが、私の記事を読みにくる人など10人いるかどうかというところだと思うので、ここからはたった一人残った心優しいあなたに語りかけることにする。
まるで人のようにしゃべる猫。人間の子をあやす犬。上手に歌う鳥。スケボーで走る亀。
この世は美しき「AV」で溢れている。
そんな動画見せ合いっこの延長で、ある日夫が「うさぎ飼おうよ」と言い出した。しかも最初に見せられたのは、身寄りのない動物とペットを迎えたい飼い主をマッチングする里親募集サイトだった。たまたまSNSで動物保護団体の活動を知り、興味を持ったらしい。
私はそのとき保護うさぎなんてものが存在するということを初めて知ったのだが、保護犬・保護猫がいるなら残念ながら保護うさぎもいるわいな、と自然と受け入れた。
サイト上で「うさぎ」と打ち込み、応募可能な都道府県を入力すると、ダダーッ!と結果が並ぶ。どの子もかわいかったものの、いっちばん目を引いたのは、おててをちょんと前に揃えてお座りしているグレーの毛並みの子。
募集しているのは、奈良県の動物保護団体だった。名前は「とうこ」。そしてページに掲載されていた「AV」が、これまた信じられないくらいかわいかった。
前足で一生懸命お顔とお耳をキレイにしようとするのだが、手が短くて耳に届かない。がんばれぇ〜と心の中で応援していると、撮影者さんの手が画面右側から伸びてくる。そのまま鼻筋をひとなで、ふたなで。トロン、と気持ちよさそうに目を細める。
「かっわいいいいこの子にしよぉ!」
夫は白いうさぎがよかったようなのだが、私があまりにも興奮しているのに気圧されたのか、いいよ〜と頷いた。
次に応募だ。
「里親希望動機と終生愛情と責任を持って育てる覚悟を掲載者に伝えてください」という質問があった。
いまこそ、読書感想文京都府知事賞の実力を発揮するときである。
小さいころからうさぎを飼ってきたこと、家族として迎え育てる覚悟、うさぎへの愛、とうこちゃんが目に入れても痛くない美ウサであり、ヨシヨシペロペロしたい旨をしたためた。
数日経って、団体の代表から連絡があった。ぜひ施設にとうこを見にきてほしいという。
あっ、そうか、見に行かにゃいかんのか。考えたら当たり前なんだけど、応募者としては「連れてきてもらうこと」ばかりを考えがち。
当時は名古屋付近に住んでいたので、はるばる奈良まで会いに行った。
いざ、保護団体へ
当日、指定された場所に到着して電話をかけると、団体のボランティアさんが迎えにきてくれた。
「うさぎさん希望の方ですね」と確認されて、木の茂みの間を分け入る。と、一軒の古い民家があった。
わんわんわん、と犬の鳴き声が響いていて、たくさんのボランティアさんたちが立ち働いていた。1階にいるのは保護犬で、それ以外は2階です、と説明を受けて階段を上がったところに、ケージが並んでいる部屋があった。部屋の中は狭いながらも掃除が行き届いており、まったく無臭だったが、それよりもなによりも、
うさぎ、めっちゃいるやないかい。
しかもその横にいるのはハムスター…?
後で知ったことだけど、保護団体は「犬だけ」「猫だけ」「うさぎだけ」といったように専門分野を決めて保護するのが一般的なようだ。でも、ホームページをよく見直したら、私たちが訪問した保護団体はどうやらあらゆる動物を保護しているらしかった。
当時部屋にいたのは、たしか保護インコと保護ハムスターと保護ハト…外に出たら保護ヤギがのんびり草を食べており、保護カメがひなたぼっこをしていた。
ムツゴロウ王国(仮)と名付けたくなる。
いや、(仮)というのはあながち間違いじゃない。だってみんな仮住まいなんだもの。飼い主さんを探してるんだもの。
さて、肝心の保護うさぎだけれども、とうこの他に2羽保護されていた。
「これでも減ったほうなんですよ」とボランティアさん。
「コロナ禍以降、保護の数がすごく増えたんです」
在宅で暇だからと猫を飼って飽きたから捨てたというトンデモない人間の話が一時期話題になっていたが、うさぎたちも同じパターンの被害に遭っていたらしい。
どないやねん。
無責任な飼い主は、今すぐ地獄に落ちてくれ。
さて、お目当てのとうこはというと、びっくりするくらいかわいかった。
ケージから出された彼女はこちらには見向きもせず床の上をとんとんと歩き回っていたが、そんな姿さえかわいかった。
見惚れているところへ、電話で話した代表さんがようやく登場。
今日も譲渡が決まった動物のお届けがあるようで、とても忙しそうだった。
「この子には他の方からも応募が来ていまして。別のうさぎはどうですか?」と聞かれたものの、このとき私たち夫婦はすでにとうこに心臓を撃ち抜かれていたため、「できればとうこちゃんで…」とお願いした。
その後、家の玄関とケージを置く予定の室内の写真を見せ、アンケートに答えて見学は終了。
外に出て、帰りにちょっとカメとたわむれた。甲羅が30cmくらいあるでっかいやつだ。こんなマニアックなカメ、貰い手があるのだろうか。そもそも、誰が捨てるのだろうか。
見れば見るほど、謎は深まった。申し訳ないけれども、動物を捨てる心理は一生理解できそうにない。
それからしばらく、団体からは音沙汰がなかった。ダメだったか。心のどこかで諦めつつも、うさぎと暮らしたい欲が高まりすぎた我々夫婦は、独自の手法でうさぎの飼い方を勉強し始めた。
「うさぎさんは頭を撫でられるのが好きやねん。だから鼻先から背中へ向かってこう…」
飼育経験ゼロの夫に対し、私が床に四つん這いになってうさぎ役をやるというニュースタイルで演習を始めたときに電話が鳴った。
「もしもし、お久しぶりです」
代表だった。思わずスマホを握りしめて正座する私の耳元で、待ちに待ったセリフが聞こえた。
「とうこちゃんを、もらってもらいたくてお電話しました」
やったー!
ばんざいする私の様子を見て、夫もガッツポーズを決めた。
「ありがとうございます!」
ついについに、あのとうこがうちの子になる!
この後は、代表がとうこを連れてきてくれると聞いていた。期待に胸膨らませていついらっしゃいますかと食い気味に聞けば、数週間後、と言われる。
えっ、そんなに先なの。
「あの、できれば来週とか…」
クソ忙しい保護団体の代表さんによくこんなお願いをしたな私。でも、心優しいその人はしばらく考えてから言った。
「じゃあ、今週末はいかがですか」
なんでも同じ愛知県内に犬を届ける予定があるらしく、そこへ向かう前にうちへ寄れるようスケジュールを組み直してくれるという。
ときは火曜日。とうこが来るまであと3日。
夫は以前から調べていた最新式の飼育グッズを光の速さで買い揃え、牧草は子うさぎ用、ラビットフードも獣医師推薦のやつを購入した。
私は横で「すご〜い」と誰の得にもならない褒め師と化していた。なんかしろよ。
とうこがやってきた
さて、待ちに待った土曜日。
朝の、6時半。
代表とボランティアさん1名が、小さなキャリーを持って家にやってきた。
飼育環境が整っていないと判断されると、この時点でキャンセルになると聞いていたから、私はお茶を淹れながらドキドキしていた。帰っちゃったらどうしよう。
そんな私の心配をよそに、代表さんは夫が調べまくって購入したケージを見るや、とてもうれしそうな顔をした。
「まあ、大きいのを買ってもろて」
そしてキャリーをケージの前に置くと扉を開けた。とうこが中からのんびりと姿を現す。怖がりなうさぎさんが多い中で、その貫禄たるや、まるで荒野を行くライオンのよう。
とうこはケージに降り立つと、まずはトイレに乗って用を足した。次に、しゃくしゃくとレタスを食べたので、我々はおぉっと歓声を上げた。すっごい肝が座ってる。まるで何年もうちで暮らしていたかのように…あるいは、この家に来ることがずっと前からわかっていたように…
代表が、心なしか目元を潤ませながらつぶやいた。
「よかったねぇ、幸せになったねぇ」
譲渡契約書にサインしながら、とうこの保護の経緯を聞いた。あらゆる動物を保護している団体には、他府県からも応援の連絡が来る。で、なんととうこは、東大阪の公園を走り回っていたらしい。もちろん野うさぎではなく、誰かがペットとして飼っていて、捨てたのだろうとのこと。
よ、よくぞ無事で…!
言うまでもなく、野を駆ける飼いうさぎの命は短い。天敵に見つかるまでの間に保護してくれた誰かさん、ありがとうありがとう。
とうこを見つけた人に感謝。
大事に施設でめんどうを見てくれた代表とボランティアさんに感謝。
受け取ったばかりの命のバトンを抱きしめて、あらゆる人を拝み倒した。
あれから
あれから早くも4年の月日が流れようとしている。
とうこは過保護な私たちのおかげで少々神経質な娘に成長したが、ペレットと牧草をもりもり食べてすくすく育っている。
彼女のお気に入りは夫の顔をべろべろなめることと、あぐらをかいた私の足の前でゴロンと寝転がること。近づいていくと、「なでてー!!!」とひねり飛びしながら走ってくるし、鼻先をカリカリと強めになでてやると、目をトロンとさせてうれしそうにする。
そして私はと言うと。
一年ほど前から、とうこを譲り受けた保護団体の里親募集サイトの更新と、Googleマップのビジネスプロフィール管理を手伝っている。
なんでか知らないが、急に代表から「助けてほしいんです…」と連絡があった。こっちも他県なので通うのは難しいものの、「オンラインで手伝えることがあればいつでも」と言っていたので、それを覚えていてくれたのかもしれない。
動物の写真・動画と情報をもらって紹介文を書き、里親募集サイトを更新する。応募があったら電話番号を聞いて、代表へつなぐ。そんな感じの作業内容だ。
あの日見た里親募集サイトの文章を、今は私が書いている。
何となくエモいシチュエーションだけど、現場は必死だ。
保護犬、保護猫、保護うさぎ、保護インコに保護ヒョウモンリクガメ、つい最近だと保護チンチラ……。
あと、いま大量に保護ヒヨコがいる。動画を見たらピヨピヨしていた。かわいい。かわいいけどどうするのこれ。困惑していても仕方がないので、ひたすら手を動かす。
保護犬・猫の存在そのものは、テレビ番組のおかげもあって有名になってきていると思う。でも、その他の保護動物は、まだまだ認知度が低いと感じる。
実際、犬猫は一定のスピードでもらい手がつくのに、小動物や爬虫類にはあまり応募がない。
知り合いに元捨てうさぎだったとうこの話をすると、9割方「保護うさぎなんてはじめて知りました!」と驚かれるし、私自身もとうこを迎えるまで「里親になる」という選択肢はなかったもんな。
でももし、とうことの生活が終わっても、私たちはまた保護動物を迎えるだろうな、とも思う。
愛しい愛しい私たちの娘。
ペットショップのうさぎたちとは違って、血統も生年月日もわからないけれど。
誰かに捨てられ、かつて野を走っていたこの子を全力で幸せにしているというその事実だけで、白飯3杯は食べられる。エゴでも何とでも言ってくれぃ。でも、とうこという存在は、我が家のアイデンティティであり、誇りなのだ。
さてさて、AVなどというしょうもない小ネタで始まった本記事をここまで読んでくれた人がいたのなら、図々しくももうひとつだけお願いがあります。
動物と暮らそうかなあと思ったら、ペットショップへ行く前にネットで検索してみてほしい。
キーワードは、「保護 うさぎ」とか「保護 インコ」とか、「保護 (動物名)」で。その後にお住まいの地方や都道府県名を入れると、より近場の情報が出てくると思うので。
全ての命が、幸せに暮らせますように。
かつて自分の楽しみのために見ていた「AV」を、今は動物たちのためにサイトへ掲載しつつ。