中国語文はSVOとは限らない
先日、次のような文章をポストしました。
すみません。これについて。
— 明天会更美好 (@zhongwenfanyi) December 22, 2023
新光三越「は」、と訳してしまう人を死ぬほど見てきた。
だからこの場を借りて声を大にして言いたい。
中国語は「S(主語)+V(述語)+O(目的語)」の並び「だけ」とは限りません。 https://t.co/KF7jhgGnP4
中国語の文構造で最も基本的なのは「S(主語)V(述語)O(補語)」であるのは間違いないでしょう。私もそこには賛成です。
しかし実は「すべてSVOだ」と思い込んでしまうとそこには落とし穴が存在します。特に台湾にはこの手の文が多いですね。
そもそも中国語の単文は、主語が存在する「主述文」と、主語がそもそもない(または冒頭に来ない)「非主述文」に分けられます。
主述文はわれわれが中国語を勉強した時に勉強した、あの典型的な「SVO」構文ですね。例を挙げると
我吃饭(私は/ご飯を/食べる)
となります。それに対して、「非主述文」とはそもそも主語が冒頭に来ないタイプになります。
例としては天候を表現するもの。
刮风了(かぜが/吹いてきた)
下雨了(雨が/降ってきた)
祈ったり願ったり禁止したりする場合も主語は省略されます。
愿大家平安回国!(みなさんが/無事/帰国できることを/祈ります)
◇◇
ここまでは、「主述文」や「非主述文」という文法用語を知らない人でも中国語の授業で勉強したことがある文ばかりなので、理解できると思います。
ただ実は何気なくSVOで使っている「主述文」にも、「完全主述文」と「不完全主述文」の2種類存在します。
「完全主述文」とは「前後の脈絡とか関係なく、文脈の助けなしに独立して一つのまとまった意味を構成する文」です。平たく言えば、先ほど「主述文」として紹介したSVOの文型で、「我吃饭」がそれに当たります。
これに対し、「不完全主述文」とは「前後の文脈を前提として始めて相手にその意味が伝わる文。文脈を離れてしまうとその意味が不完全になってしまう文」です。
これは裏返して言うならば、前後の文脈を読み手が理解している前提である文です。すなわち、主語を省略できる文になります。「省略されている」ということは要するに、「自分で主語を補うことも可能だ」とも言えます。
分かりにくいと思うので、先ほどの「新光三越就刷CUBE卡」を例文として解説していきましょう。
この広告板が設置されているところは屋外であるため、この広告を見ている人は「新光三越」を訪れたお客さんである「あなた」であるはずです。「あなたがこの広告を見ていること」を前提としているため、「あなた」という主語が省略されているというわけです。
この文型が見抜けず、完全主述文だと勘違いしてしまうと、「新光三越が主語だ」と思い込んで新光三越「が」と誤訳してしまう落とし穴にはまってしまう。
ちなみに先ほどの文言に主語を補うならば、「你们在新光三越就刷CUBE卡」となるでしょうか。意味は「新光三越ならキューブカードを」とできるでしょう。
◇◇
私は先ほど「不完全主述文は台湾の文章に多い」と書きましたが、大陸のニュース記事にも出てきます。例として次の記事を見てみましょう。
国連の中国代表代行が安保理でパレスチナ・イスラエル情勢の決議草案採択の後に行った発言です。この中に次のような文章があります。
因为众所周知的原因,这项决议草案在一些重要方面做了不少调整
この文章、皆さんならどう訳しますか。ひょっとしたら次のように訳す人がいるかもしれません。
「皆さんが周知の理由により、この決議草案はいくつかの重要な分野で少なからぬ調整を行った」
でもよく考えてほしいのですが、「決議草案」が「調整を行う」はずはないのです。「決議草案の調整を行う」のは安保理のメンバーであるはずですから。
決議草案の調整を行ったのが誰かはこの文面からは分からないですが、中国代表代行の戴兵さんは直後に「これはわれわれの努力の方向と一致しない」と言ってますから、「中国(とそれを支持している国)の方向」とは真逆の考えを持っている国=米国であると推測されます。
中国代表代行の戴兵さんはそのことをあえて伏せて、「演説を聞いている安保理の出席者は理解している」ということを前提として話をしています。だからこそ、省略されていると言えます。
以上のことをふまえて私なら、こう訳します。
「皆さんが周知の理由により、この決議草案についてはいくつかの重要な分野で少なからぬ調整が行われた」
どうでしょうか。主語に「米国」を持ってきてもいいのですが、はっきりしたことは文面からは読み取れませんし、主語を明示することは中国代表代行の戴兵さんの発言の意図からは少し離れることを考慮して、元の主語を明示しなくてもいい受動態で処理してみました。
このように、不完全主述文を見分けることは難しいともいえるのですが、「主語が物や人以外なら疑ってみる」を励行してみるとうまくいくかもしれません。
あと重要なのは、前後の文脈をしっかり把握して「誰が」「何を言いたいのか」をしっかり理解して文章を読み込むよう心がけることです。これを実行するだけで、不完全主述文がどこに潜んでいるかを見分ける嗅覚を身につけることができます。
参考にしてみてください。
◇◇
最後に補足を。冒頭の「新光三越就刷CUBE卡」なのですが、今になって「~しよう」文の可能性もあるのではと思うようになってきました。「~しよう」と訳すと結構しっくりくるからです。
「新光三越ではキューブカードを使おう」
もし「~しよう」文なら「不完全主述文」ではなく、純粋な「非主述文」であるということになりますね。訂正します(祈ったり願ったり禁止したりする場合)
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