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「不」と「没有」(再び)

ユニクロ社長である柳井さんの発言が、中国国内で波紋となっています。発端はBBCのインタビューでした。

実際に柳井さんのインタビュー動画があるのですが、記者はそのなかで日本語で、「今新疆から買った綿を使っているか」と質問しました。
これに対し柳井さんは同じく日本語で「新疆の綿は使って『いません』」と答えたのです。

この発言が歪曲して翻訳され、中国のネチズンの逆鱗に触れたのです。

当ノートは政治的な問題を議論する場ではないのでこの発言の是非は一旦横に置いておくとして、誤訳が生まれた原因は何だったのでしょうか。

やはり、日本語の理解不足に起因するBBCの英訳担当翻訳者の誤訳、そしてこれを中国語訳した中国人が、原文を十分確認しなかったことから来たと言えるでしょう。

ただ、中国語訳を見た日本語が分かる中国のネット民も、日本語の原文を見ているはずです。彼らもおかしい所をみつけることができませんでした。これは、中国語の「不」と「没有」にあたる日本語がどれなのか、彼らが正しく理解できていなかった結果だともいえるでしょう。

「不」と「没有」の違いについては、実のところ4年前に、既に当ノートでもこれを取り上げています。

ここで私は「不」と「没有」の違いについて、次の通りに解説しました。

「不」→「過去も」「今も」「未来も」否定。つまり「しない」
「没」→「過去(現在)は否定」。つまり「していない」

では柳井さんの発言を元に、「不」と「没有」を使って中国語文を比較してみましょう。

我们没有使用新疆棉

上記の定義では、「没有」は「過去と現在は否定」です。しかし実はこの文でいうならば、(過去は使っていなかったけど)「今後は使うかもしれない」というニュアンスも言外に含まれているのです。ここが重要。

だからこそこの文の日本語訳は、「われわれは新疆の綿はつかっていない」となります。柳井さんの発言に沿った言い方ですね。

つまり「没有」には、動作(ここでは使うという動作)が起こる以前の過去、そして現在の動作は否定するのですが、事後の未来については「肯定も否定もしない」というニュアンスが言外にあることをしっかり頭に入れる必要があります。

我们不使用新疆棉

これに対して「不」には明確な違いがあります。

この場合。上記の定義でいうならば、「過去も」「現在も」「未来も」否定ということになります。この例文の言外の意味としては、「これまでも、現在も、使っていないし、今後も使うことはないだろう」ということになります。いわば完全否定ですね。

だからこそ、これを原意通りに日本語訳すると「新疆の綿は使わない」となるわけです。

「我们不使用新疆棉」は要するに、考えようによっては「金輪際つかわない」というニュアンスとも取れます。このため、「絶対使わないのか!傲慢だ!」と、中国ネチズンの逆鱗に触れたということですね。

◇◇

ちなみに、「没有」の動作の時間点は現在だけとは限りません。過去を表す副詞によって過去のある時間点になる可能性もあります。

多分説明しても分からないと思うので、例を出しましょう。「中国語文」→「日本語訳」=「言外の意味」の順で解説していきます。

我不吃饭。

→私は食べない=私はこれ以前も、今も食べていないし、この後も食べないことにしている

我没吃饭。

→私は食べていない=私はこれまでも、今も食べていないが、この後は食べるかもしれない(or 食べないかもしれない)

我刚才没吃饭。

→私は先ほどまで食べていなかった=私はさっきまでは食べていなかったが、その後は食べた(or その後も食べていない)

比べて見るとわかると思うのですが、「食べる」という動作の時間点が、「刚才(さっき)」という時間を示す副詞によって過去に移りました。このように「没有」は少し複雑であるということを覚えておきましょう。

◇◇

どうでしたでしょうか。「不」と「没有」は簡単そうで難しい語句であるということが分かるでしょう。この話題だけで一冊本が書けるという人もいるくらいですから、翻訳する際にも慎重に慎重を期すべき語句だと言えると思います。

◇◇

最後に。先週金曜日に外交部の定例記者会見でもこの話題が出たようなのですが、外交部記者会見の実録にはしっかり、「没有」と書かれていたことをお伝えしておきます。

路透社记者:据英国广播公司报道,全球时尚连锁店优衣库董事长称,优衣库没有使用来自新疆的棉花。外交部对此有何评论?


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