見出し画像

中国の政治家から学ぶ中国語(6)──指導者の講話から見る故事成語

われわれニュース翻訳者が手を焼くものの一つとして、「指導者が過去の文献から引っ張って引用する成語や故事」があります。これを原文通りに表記して、(カッコ)付きで意味を注記するのか、それとも読み下し文で書くのか。

そのように悩んでしまうぐらい、現在の指導者は過去の偉人や歴史上の人物の名言を引っ張ってきて、国内の重要講話やスピーチで披露するのが好きなようです。実際に、習近平総書記がこれまでのスピーチの中で引用した過去の偉人や歴史上の人物の名言を専門解説するテレビ番組が、中国中央テレビで特集で放送されたくらいですから相当なものなのでしょう。

そこで今日は指導者が過去に引用した名言の中で、私自身特に重要だな、覚えておいて損はないなと思えるものを幾つかピックアップしてご紹介しましょう。

◇◇

天下之本在国,国之本在家 

この言葉。習近平総書記が初めて取り上げたのは2018年の春節祝賀会のときでした。習近平総書記オリジナルの言葉だと思われがちなのですが、実はこれはもともとは孟子の著作「離婁上」から引用した言葉です。読み下し文にするならば、「天下の本は国にあり。国の本は家にあり」となるでしょうか。

孟子の原典はこれに、「家之本在身」(家の本は身にあり)と続きます。

習近平総書記がこの言葉を取り上げた真意は「国を形作るのは人民を構成する家族だ。立派な国を作るためには、まず立派な家族を作るところから始めなければならない」ということだと思われます。ここから、習近平政権は「国の基礎となる人民」「人民が帰属する国」(=人民は国と一体となっている)を大々的に訴えることになるのです。

ここから習近平総書記は「家国情怀」()などと言った造語を作り、盛んに「家族レベル」からの国への帰属感をアピールしています。

◇◇

“咬定青山不放松”

これも習近平総書記がスピーチの際に度々口にする詩歌の一句です。もともとの出典は清代の詩人鄭燮の律詩「竹石」です。「咬定青山不放松」の後は、「立根原在破岩中」と続きます。

書き下し文ですと「青山(せいざん)に咬定(こうてい)して、放松(ほうまつ)せず」となるでしょうか。

習近平総書記の過去の言葉を紹介するCCTVの番組「《平“语”近人——习近平总书记用典》」によると、習近平総書記は文革時に農村に下放された時にこの詩歌に出会い、大変な感銘を受けたと言います。

元々は過酷な環境の中にも大地にしっかりと根ざすたくましい生命力の竹のことを表現した詩であるのですが、下放された過酷な環境の中で、末端の重要性に気づき、「全身全霊人民に奉仕する意思を固めた」、とCCTVの番組は解説しています。

のちにトップに上り詰めた習近平総書記は第2の100年の目標を達成する上での末端の重要性を何回も訴えています。その中でこの一節は、「末端という重要な環境にしっかりと根ざして頑張り、目標を達成しよう」という文脈で何回も提起してきました。

と・・まあイデオロギーは横に置いておくとして、習近平総書記のこのような背景をあらかじめ頭に入れておくのは、ニュース翻訳者として役に立つ場面が来ると私は思っています。

◇◇

最近の指導者のスピーチで頻繁に引用される詩歌や成語で忘れてならないのは毛沢東氏の言葉でしょう。

習近平総書記は毛沢東氏の絶対的な地位に憧れを抱き、毛沢東氏を追い越したいと常々考えているといわれており、同氏創作の詩歌や故事などは習近平総書記のスピーチの中で度々引用されています。

ここで引用したい詩歌はいろいろあるのですが、その中でも最も皆さんに印象深くて身近、かつ分かりやすいと思われるものと言えば、「愚公移山(愚公、山を移す)」でしょう。

実は故事、毛沢東氏が創作したものではなく、元々、戦国時代の典籍「列子」の「湯問」編からのものです。

これを毛沢東氏は1945年に演説の中で日本軍と国民党を2つの山に例え、「粘り強く努力すれば人民はわれわれ共産党に味方するだろう」という文脈で「愚公山を移す」という故事を取り上げました。

時代は下り、習近平政権になった2010年代以降、特に2012年開催の第18回中国共産党大会以降、習近平総書記はこの「愚公山を移す」の故事を、自身のスピーチで頻繁に使用するようになりました。

習近平総書記は「毛沢東同志が述べた・・」という枕詞を使うことはないのですが「わざわざ」「愚公山を移す」という故事を引用してくるところからして、毛沢東氏を意識しているのは間違いありません。

もちろん、習近平総書記が主張するところの「山」は、当時の毛沢東氏が指すところの「日本」と「国民党」ではありません。

習近平総書記は就任以降、「中華民族の偉大な復興」を「中国の夢」と位置付け、その「中国の夢」を実現することを「ライフワーク」としています。そしてそのためのさまざまなハードル(経済対策、官僚の腐敗などなど)を「山」に例え、「『愚公山を移す』の精神を大々的に発揚しなければならない」と訴えたわけです。

実は私も中国語を学び始めのころ、「愚公山を移す」の故事をテキストとして先生から教わったことがあります。皆さんも、これを機会に「愚公山を移す」の故事を中国語で読んでみてはいかがでしょうか。




いいなと思ったら応援しよう!

明天会更美好
サポートしていただければ、よりやる気が出ます。よろしくお願いします。