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うたのシーソー 8通目

トモヨさんへ

驚くほど毎日、雨です。雨雨雨。雨の降らない日がないのです。
雨の降らない合間には風。びゅおうびゅおうと風。
毎日、雨の匂いのなかに、潮の香りが漂っています。

私は湖のある街で育ったのですが、雨や雪や霧によって、湖の向こう側が全く見えなくなる日がしばしばありました。思春期の私は、部屋の窓からその様子を眺めるたび、世界の果てのようだ思ったものです。まるで、街ごと閉じ込められているように思えました。あの、狭いとは言い難い範囲を覆い尽くすことで生まれる閉塞感には、どこか甘美な雰囲気がありました。

このところ、その景色と似たような景色を毎日のように眺めているのですが、どうも、海では世界の果てにならないようなの。なんだろな、果てしなさはあるのです。しかし、この真っ白の向こう側は……あぁ、海だなと。うん、海だわ、と。

雨の中の潮の匂いで、簡単に現実へと引き戻されます。
だから、果てしない「海」というものは、明らかな「世界」への連なりでした。

今の私は、閉塞感と縁遠い街に住んでいるようです。
海は広いな大きいな。


トモヨさんの短歌を読んでいると、童謡のようだなと感じることがあります。かわいらしさとまっとうさ、そして、近すぎず遠すぎない地点から景色を眺めているような距離感があるからです。

公園の蛇口を空へひねりあげ「せーの」で水を出そう出そうよ
猫のまねは恥ずかしいけど犬はできる 妹が遠吠えに加わる
ヤッホーと言えばヤッッとこだましてこだまの欠けたところを話す

童謡は大正時代に、多くの詩人や小説家が携わって生まれたものだと言われています。もちろん、子どもが遊びや生活の中で歌う歌というのは、大正以前から自然発生的にあったでしょう。しかし、意図的に子どものための歌を作ろうと考えたことはなかっただろうし、ましてや、思想として掲げてしまったなんて、おもしろい。

多くの童謡の歌詞は、複雑ではないけれど味わいがあり、単純そうでありながら深いです。あと、シンプルにうつくしい。大人が、しかも、何かしらの葛藤を抱えていそうな面々が、認めていた歌詞だというのに、仄暗さのないところも潔い。

だいたい、詩とか文学は、内省とは切っても切れないもので、底抜けに明るい浮かれきっている作品を作り出すことの方が至難の技というか、文学だけでなく音楽や映像、絵画など、いわゆる芸術といわれる分野に範囲を広げてみても、純粋に明るさだけで構成できた作品など、あまりないでしょう。ポップアートといわれる分野であっても、コンセプチュアルであり、批評性がなければ評価されなかったりします。

もちろん童謡だって、底抜けに明るくて浮かれている歌というわけではないし、むしろ、ちょっと怖いなって思う童謡もありますけど。ただ、内省とは一線を引いているものだなと、なんとなく思うのです。

自己表現の塊であるアートってやつは、自作を客観視することは求められるけれど、作品そのものに客観性を担保することは、なかなかむつかしいでしょう?その点、童謡はあくまでも「子どものため」の表現であったせいなのか、主観のない詩が多いと感じるのです。表現として作者の個性はでているけれども、詩のなかに作者はいないというか。

トモヨさんの短歌も、作者と作品の距離に、客観性がある気がします。あ、これは短歌の内容がフィクションかノンフィクションか…といったことでは、全然ないの。だから、作中主体が作者本人かどうか…ということでも、全然ないよ。

フィクションであっても、べったりと作者の主観が貼り付いているタイプの短歌は多いでじゃないですか。たぶんというか、どちらかといえばというか、お恥ずかしながらというか、私の短歌はそういう短歌。まるっきりの絵空事やあからさまな虚構を詠んでいても、私の歌には私がべったりとしている気がします。恐らくこれは、私が私のためにしか、短歌を詠んでいないからなのでしょう。

半分を明日に残す誕生日ケーキ 明日天気になあれ
二十年前に作った押し花のしおり 前後の記憶は抜けて

トモヨさんの短歌には、慈しみがあるなと思って。
だから、童謡みたいなのかも。

つまり、無意識なのか意識的なのかはわからないけれど、トモヨさんは自分じゃない誰かのために、短歌を詠んでいるのではなかろうか。

そんなことないよって、言うかもしれないけれど。
そんなことを思いました。


雨が降っているところに、また雨が、速さを変えて降り出すことあるじゃない?そのとき、傘や道路に当たる雨音の量と大きさが変わるでしょう?

音もないくらいの雨だったところに、唐突に一粒、大きな音を立てて落ちてきて、あ、って思う。あ、って思った直後には、ズダダダダダダダダダダダダダと物凄い音を立てて雨が降り始めるわけですけど、その、あ、って思うとき。あの瞬間。世界が一時停止する感じの、あれ。

私、好きです。

雨が当たり前のように降り続ける季節にしか味わえないので、ときどき外へ出て、あの瞬間に出会うのをたのしみにしています。

マイ

※引用した短歌の作者:椛沢知世

note:椛沢知世

中森舞 第1歌集『Eclectic』発売中


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