いつかは、号外を
社会人になった時、最初に思ったことがある。
「号外がほしい」
内閣の解散だとか、オリンピックでメダルを取ったとか、いいニュースもよくないニュースも大々的に発表する。
新橋なんかで配っている姿をTVで放送しているのを見ると、号外をもらえる=都会に勤めている、というイメージが強くて無駄に欲しいと思っていた。
あの日、10年前のあの日までは。
志おんはめでたく都市部中央駅周辺の企業に就職することができ、その日も普通に仕事をしていた。
15時ごろ、頭が急にふわふわと揺れ始めた。
眩暈?
体はいたって健康だったはずだ。
だけどなにか、頭がぐわんぐわんと揺れる。
誰かが言った。
「え?地震??」
8階建てのビル、最上階。
耐震構造なのだろう、ゆらんゆらんと揺れていた。
結構大きい、ような気がする。
よく見たら課を示すプレートも、左右に振り子のように揺れている。
ご存じの方も多いと思うが、耐震構造の建物は上の階に行くと大きく揺れる。
仕組みや理由はわからないが、法隆寺の五重塔の構造がそれにあたるらしい。
まさか南海トラフじゃなかろうか。不安がよぎる。
上司からは、物が落ちてきたりすると危ないので、机の下に入るように指示される。
しばらく机の下で揺れが収まるのを待っていた。
5分くらいはゆらゆらと、体なのか脳なのかわからないが、ゆらゆら揺れていてまるで船酔いをしているようだった。
もう大丈夫だろうか、指示のもと机の下から顔を出した。
ははぁ、ドラえもんとはこういった気分なのだろうか。
やけに明るいビルの窓から差し込む光を見てそう思った。
あの時までは。
その日、その後は何事もなかったかのように、仕事を終わらせ、帰る準備を進めた。
当時、志おんの勤めていた会社は10日までが繁忙期で、前日にようやく終わったことに安堵しつつも、ようやく定時で帰れるありがたみを味わいながら駅へと足を進めている途中。
「「「「「「号外です!!!!!!!!!!!!」」」」」」
どこからともなく声が聞こえた。
「「「「「「号外!!号外です!!!!!!」」」」」」
うっそ!やったーーー!ラッキー!でもなんの号外だろう?
そう思いながら配られる新聞に手を伸ばした。
政治家の汚職でも、スポーツ選手の活躍でもなく
ごちゃりとしたゴミが水に浮いていて、煙を上げている写真。
頭は混乱している。
え、なにこれ。新手のCG?
意味の分からない写真が大きく掲載されている号外のタイトルは「東日本で巨大地震」
さっき合った地震が、実はあんなに大きいものだったなんて。
仙台に支店と取引がある会社が30社ほどあり
「昨日送った請求書は無事だろうか」などと
現実を受け入れたくなくて他人事のように別のことを考えていた。
家に合えればそのニュースばかりだったし、東京では帰宅困難者が大量にいることも取り沙汰されていた。
幸い、志おんの知人・友人は東北にいなかったが
近所のおたあさん(と呼んでる人がいる)のご実家が福島だと聞いた。
人が亡くなったとか、ライフラインが、とかいうことはなかったようだが
ご存じの通り、フクシマ(あえてのカタカナ表記です)とおたあさんの最悪はここからだった。
翌日、会社へ行くと昨日の地震の話があった。東京支店の人間が帰宅困難者になったらしい。
禪院に歩いて帰れるよう運動靴を置いておくこと、または歩きやすい靴でしばらく出勤するように言い渡された。
幸い会社には備蓄用の飲食物がいくつかあったようで、もし何かあれば2日はなんとかなる旨を聞かされたものの、会社から近い人間は、自力で帰るようにと指示があった。
志おんはわりと近場に住んでいたので(と言ってもバスで30分程度)、徒歩帰宅者扱いになり、何かあれば徒歩で帰るよう指示され、緊急連絡先も登録させられた。
ネットを開くたび増えていく行方不明者・死亡者数。
未曽有の事態とはこのことだろう、でも志おんには何もできなかった。
唯一したこと、できたことと言えば、募金くらいだった。
そこからも、嫌なニュースばかり続いた。
フクシマのメルトダウン。
おたあさんのご親族への中傷。
おたあさん自身へも。
あれから8年後の2019年11月。
舞台・ハイキューを見るために初めて宮城の地を訪れた。
空港も当時は甚大な被害を受けていたけれど、その跡形もなかった。普通に飛行機は離着陸していたし、仙台駅まで行く直通の電車も何事もなかったかのように動いていた。
電車から見えた景色は
全てを飲み込んだ跡地だけだった。
あの日からもう10年。
最悪なニュースと最悪なカタチでもらってしまった号外。
原本はもう何処に行ったのかわからないけど
この日と、初めてもらった号外のことだけは、忘れたくない。
絶対に。
追記
ジャンプ+で連載中の「お迎えに上がりました」が3.11を題材にしたものが公開されています。自分はこういった経験はないけど、逝ってしまった方、残された方、どちらも後悔や自責など負の感情しかないと思います。それを救い上げる幽冥推進課の二人に涙が止まりませんでした。
リンクはこちらから↓(ねとらぼ様より)
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2103/17/news030_2.html
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