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エフェクチュエーションとマーケティングリサーチ ー 行動を通じて知を得る新たなアプローチ

はじめに

マーケティングリサーチは、企業が市場の動向を把握し、事業の方向性を決めるための重要な手段として長く活用されてきました。従来のマーケティングリサーチは、消費者のニーズを事前に予測し、それに基づいた製品・サービスを開発するというアプローチをとっていました。しかし、この「予測重視」のアプローチには限界があり、特にイノベーションを生み出す際には有効ではないことが指摘されています。
近年注目されているのが、「エフェクチュエーション」という概念です。これは、起業家が市場を予測するのではなく、行動を通じて市場機会を発見し、適応していくという考え方です。本記事では、従来のマーケティングリサーチの課題を整理し、エフェクチュエーションを取り入れた新たなマーケティングリサーチの可能性について、実際の事例を交えながら詳しく掘り下げていきます。

1. マーケティングリサーチの伝統的アプローチと課題

1.1 伝統的なマーケティングリサーチ手法

マーケティングリサーチの基本的な手法として、アンケート調査、インタビュー、販売データの分析などがあります。近年では、ビッグデータ解析やAIの活用も進んでおり、データに基づく意思決定の精度が向上しています。企業は、統計データを活用し、消費者の嗜好を分析しながら、事業戦略を決定してきました。

1.2 過去のデータに基づく予測の限界

科学化するマーケティングとその意義
企業経営において、マーケティング・リサーチは消費者やクライアントの行動・心理を分析し、経営判断をサポートするための重要な手法である。統計分析の精度が向上し、データに基づく意思決定が進んでいる現代において、マーケティング・リサーチの重要性はますます高まっています。
しかし、一部の優れた経営者はマーケティング・リサーチをほとんど必要としないように見えます。例えば、ソニーの盛田昭夫氏やAppleのスティーブ・ジョブズ氏は、リサーチよりも直感的な経営判断を重視したことで知られています。

セブン-イレブンの成功モデルとマーケティング・リサーチ
一方で、科学的なマーケティング・リサーチを駆使し、高収益を実現している企業もあります。セブン-イレブンはその代表例であり、過去の販売実績や気象データを活用した予測精度の高い発注システムを構築しています。例えば、トラック運転手が多く訪れる店舗では、夏に白いシャツが売れるといった仮説をデータで検証し、販売戦略を最適化しています。
さらに、セブン-イレブンは「成功の復讐」を避けるために、過去の成功体験にとらわれず、新たな仮説検証を繰り返す仕組みを導入しています。このプラグマティックなアプローチは、科学的手法と実践的経営を融合させたものといえます。

不確実性への対応とマーケティング・リサーチの限界
マーケティング・リサーチは不確実性のある市場で有効な手法であるが、その適用範囲には限界がある。経済学者フランク・ナイトは、不確実性を以下の三種類に分類しました。

  1. 結果は未知だが確率分布は既知:統計的分析により予測が可能。

  2. 結果も確率分布も未知:試行錯誤を繰り返すことで予測の精度を高める。

  3. 確率分布すら変動する:市場自体が変化し、リサーチの有効性が限定的になる。

サラス・サラスバシ氏は、起業家が第三の不確実性に対処する方法として「エフェクチュエーション」を提唱している。これは、データ分析ではなく、市場のルール自体を変えようとする行動戦略である。

セブン-イレブンの実践的アプローチと市場の再構築
セブン-イレブンの成功要因には、リサーチ結果を超えた直感的な経営判断も含まれています。例えば、魚フライを大量に陳列すると売上が伸びるという経験則を基に、店舗の陳列戦略を調整することで売上を最大化しています。
また、従来は若年男性をターゲットにしていたが、「コンビニは女性や高齢者にも便利であるべき」との仮説を立て、ミールソリューション型の商品を投入したことで、売上拡大につなげました。これは、マーケティング・リサーチの枠組みを超えた市場創造の一例です。

マーケターや経営者に求められる視点
マーケティング・リサーチは重要な手法ですが、それだけでは市場の変化に対応しきれないことがあります。そのため企業は、以下のような実践的課題に取り組むことが必要です。

  1. 顧客行動の変化を捉えつつ、自社の活動が市場に与える影響を考慮する。

  2. 既存のゴールを達成するだけでなく、ゴール自体を再設定することで新たな価値を生み出す。

科学的アプローチと直感的判断を組み合わせる「二刀流」の経営が、これからのマーケティングにおいて鍵となるだろう。

1.3 予測不能な市場環境と意思決定の課題

スティーブ・ジョブズが「ベルが電話を発明したとき、市場調査をしたと思うか?」と語ったように、まったく新しい製品やサービスを開発する場合、従来のマーケティングリサーチでは市場の動向を正確に捉えることができません。人々がまだ求めていない、または気づいていないニーズを発掘するには、行動を通じて市場の変化を捉える必要があります。

2. エフェクチュエーションとマーケティングリサーチの新たな形

2.1 エフェクチュエーションとは

エフェクチュエーションは、サラス・サラスバシが提唱した起業家の行動理論で、「未来は予測するものではなく、自らの行動によって創り出すもの」という考え方に基づいています。従来のマーケティングリサーチが「未来を予測する」アプローチをとるのに対し、エフェクチュエーション型のリサーチは「市場に行動を起こしながら知を得る」ことを重視します。
このアプローチでは、起業家や企業が市場に対して働きかけを行い、その反応を見ながら柔軟に事業を展開していきます。特に、B2B市場ではこの手法が有効とされています。新技術の開発において、企業は最先端の研究者や顧客と関係を築くことで、「これができたらすぐ採用したい」という直接的なフィードバックを得ることができるのです。

2.2 事例:ネスカフェ アンバサダー

ネスレ日本の「ネスカフェ アンバサダー」プログラムは、エフェクチュエーション型マーケティングリサーチの代表例です。
当初、ネスレ日本はコーヒーマシンを家庭向けに販売していましたが、市場の成長が鈍化したため、新たな市場を模索していました。オフィス向けに販売しようとしたものの、企業の総務部に営業をかけてもなかなか導入が進みませんでした。
そんな中、東日本大震災の被災地にボランティアとしてコーヒーマシンを提供したところ、仮設住宅の集会所で住民同士の交流が活発になったという事象が発生しました。この気づきをもとに、オフィス向けにコーヒーマシンを「無料で提供」し、コーヒーカートリッジの販売で収益を得るビジネスモデルを考案。試験的に北海道で導入したところ成功し、現在では40万人以上のアンバサダーが登録する一大プログラムへと成長しました。

3. トライブリサーチ:未来の市場を見つける方法

3.1 トライブリサーチとは

博報堂の社内ベンチャーであったSEEDATA社、現SEEDERが開発した「トライブリサーチ」は、未来の消費動向を先取りするための新たな手法です。「トライブ(部族)」とは、5年後に主流になる価値観や行動を、すでに体現している消費者グループを指します。

"トライブ"とは

例えば、2007年頃にアメリカで登場した「ドクターシューマー(栄養管理を徹底する人々)」を調査したことで、現在の「完全栄養食ブーム(ベースフードなど)」を予測する手がかりを得ることができました。

完全栄養食を活用して効率的に栄養を摂取する「ドクターシューマー」
SEEDATAは2025年に発見していました

3.2 エクストリーマー・リサーチとの関係

エクストリーマー・リサーチとは

エクストリーマー・リサーチは、一般的な消費者とは異なる独特な価値観やライフスタイルを持つ人々を対象にした市場調査です。例えば、都市部から離れた自然の中で暮らす人、クリエイティブな活動を生業とするインフルエンサー、極端な趣味を持つ愛好家などが対象となります。
この手法の目的は、こうした特殊な層の行動や視点から、より広い消費者層にも共感を生むような新しい価値やヒントを見つけ出すことにある。エクストリーマーは商品開発の主要ターゲットではなく、斬新な発想の起点として活用されます。

参考記事:https://president.jp/articles/-/75718

企業が求める新たな視点

多くの企業では、既存の製品を改良するノウハウには長けている一方で、新たな市場の創造に関する知見が不足しているという課題があります。
現在の市場は、デジタル技術の進展やライフスタイルの変化によって、既存の枠組みでは対応しきれない領域が増えています。こうした状況で、従来の市場分析に加え、新たな発想の種を見つけ出す手法が必要と感じている方も多いのではないでしょうか。

ニッチ市場に着目する戦略

企業の中には、大規模市場ではなく、まだ競争が少ない特定のニッチ市場に焦点を当てる戦略を採用しているところもあります。例えば、特定の趣味嗜好に特化した製品や、特定のライフスタイルを支援するサービスが挙げられます。
このような戦略において重要なのは、インタビュー対象者自体を商品やサービスのターゲットにするのではなく、彼らの生活や価値観から見えてくる潜在的なニーズや、今後顕在化する兆しのあるニーズを捉えることです。こうして得られた示唆を商品やサービス開発のコンセプトに取り入れることで、既存市場にはない新たな価値を持つ商品が生まれる可能性が高まる。
つまり、エクストリーマー・リサーチを活用することで、現時点では市場に存在しないが、今後需要が拡大する可能性のある分野に先駆けて参入し、競争の少ない独自の商品やサービスを展開することができるようになります。

エクストリーマー・リサーチの活用

ある企業では、特定のライフスタイルを実践している個人の行動を観察し、その独自の価値観から新たな商品コンセプトを発見しました。例えば、自然と共生するライフスタイルを重視する人々の行動を分析することで、アウトドア関連の新しい商品やサービスのアイデアが生まれることがあります。
このように、特定の価値観や行動を持つ人々の視点を取り入れることで、従来の市場にはない新たな体験価値を提供することが可能となります。

イノベーションのための新たな市場調査手法

イノベーションに市場調査は必要か
日本の産業界ではイノベーションへの期待が高まっている。経済学者ヨーゼフ・シュンペーターの「新結合」理論に基づけば、イノベーションは潜在的な機会を新たな組み合わせによって実現することで生まれる。起業家がこうした機会をとらえるために市場調査が重要視されてきましたが、一方で「市場調査は不要」との意見もあります。
ソニー創業者の盛田昭夫氏は「マーケットサーベイには頼らない」と語り、アップルのスティーブ・ジョブズ氏も「ベルが電話を発明したとき、市場調査をしたと思うか?」と述べている。これらの発言は、従来のアンケートや販売データに基づく量的調査を前提としたものですが、市場調査には他の手法もあります。

参考記事:https://president.jp/articles/-/59073

トライブ・リサーチという新アプローチ
博報堂DYグループの社内ベンチャーSEEDATA社:現SEEDERは、「トライブ・リサーチ」という新しい調査手法を提案しています。「トライブ」とは、未来の価値観や行動スタイルを先取りする先駆的消費者の小集団のことです。この手法では、例えば以下のようなトライブが対象としています。

  • ハウスマネジメント外注派
    掃除や買い物だけでなく、家事の計画そのものを外部に委託したい人々。

  • ライフスタイル移住者
    リモートワークの普及により都心や地方に移住し、仕事と生活を融合させる人々。

  • 環境志向のレンタル生活者
    所有を避け、レンタルを活用して環境負荷を減らす中国の若者たち。

トライブ・レポートの活用と市場実験
トライブ・リサーチでは、対象となるトライブの行動や意識を質的調査し、「トライブ・レポート」としてまとめています。年間約100本のレポートがクライアントに提供され、過去のアーカイブも閲覧可能です。この手法の特徴は、従来のオーダーメード型調査と異なり、事前に独自調査を行い、すでにレポートを作成している点にあります。(オーダーメード型調査も行っています)
さらに、トライブ・レポートから得た知見をもとに、プロトタイプ実験のサポートも提供しています。市場での実証実験を通じて、従来の調査では捉えにくかった新しい消費行動を観察し、事業機会を可視化していきます。
起業家的機会の2つのアプローチ
経済学や経営学において、起業家的機会の捉え方には2つのアプローチがあると言われています。

  1. 「発見するものとしての起業家的機会」

    • 社会や市場のニーズを調査し、潜在的な機会を発見する方法。

    • 大企業の専門部署がデータ分析を行い、事業機会を見極めることが多い。

  2. 「つくり出すものとしての起業家的機会」

    • 事前に市場のニーズが明確でなくても、新しい製品やサービスを提供することで市場を創出する方法。

    • ネスレ日本の「ネスカフェ・アンバサダー」事例が代表的。

「つくり出す」アプローチとマーケティング・リサーチ
伝統的なマーケティング・リサーチは、「発見するものとしての起業家的機会」に適しています。しかし、「つくり出すものとしての起業家的機会」を捉えるには、従来の市場調査手法では不十分です。
「つくり出す」アプローチでは、アンケートや販売データではなく、未来の消費行動の兆しを捉えることが重要です。そのため、トライブ・リサーチのような質的調査が有効となります。

素早く気づき、素早く動くためのリサーチ
「つくり出すものとしての起業家的機会」を捉えるためには、小さく安価に早く検証をまわすことが必要になってきます。ネスカフェ・アンバサダーの成功例のように、市場に実際の製品やサービスを提供し、試験的に市場反応を得ることが鍵となる。
トライブ・レポートは、未来の消費行動を示唆する情報を提供し、企業が迅速にテストマーケティングを実施できる環境を整えます。デジタル技術の進展により、市場実験の結果を迅速にデータ化・分析できるため、新しい市場を創出するための支援が可能となります。

エクストリーマー・リサーチとの違い
トライブ・リサーチのエクストリーマー・リサーチとの違いで重要なのは、前述しましたがトライブ・リサーチではインタビュー対象者自体を商品やサービスのターゲットにするのではなく、彼らの生活や価値観から見えてくる潜在的なニーズや、今後顕在化する兆しのあるニーズを捉えることです。こうして得られた示唆を商品やサービス開発のコンセプトに取り入れることで、既存市場にはない新たな価値を持つ商品が生まれる可能性が高まります。
つまり、トライブ・リサーチを活用することで、現時点では市場に存在しないが、今後需要が拡大する可能性のある分野に先駆けて参入し、競争の少ない独自の商品やサービスを展開することができます。

潜在的なニーズ=義憤を捉えることが重要

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