■東京で初めてのタイム設定ワークショップ
東日本大震災発生からちょうど12年目の2023年3月11日。東京・有楽町駅前にあるYAU STUDIO(ヤウスタジオ)にて、「時の海 - 東北」(以下、時の海)プロジェクト タイム設定ワークショップが行われました。
2017年にスタートした「時の海」は、現代美術家の宮島達男(みやじま・たつお)が東日本大震災をきっかけに構想したアートプロジェクトです。
3,000人の参加者が設定したカウントダウンのスピードが異なる数字、それに込めた想いを3,000個のLEDガジェットにのせ、東北の海が見える場所に作品を恒久的に設置し、さまざまな思いを馳せる時間や場を生み出すことを目指しています。
作品となる数字のLEDは、9から1までカウントダウンを繰り返します。ワークショップでは、参加者にこのカウントダウンの速さを0.2秒から120.0秒までの秒数のなかから設定してもらい、その秒数に決めた思いなどを言葉にして共有するというものです。2017年から全国各地やオンラインで開催してきましたが、実は、東京での開催は今回が初めて。この日は、約1時間のワークショップを2回行い、乳児から70代までさまざまな年齢層の109人が参加しました。
■東日本大震災の出来事が風化しないように
今回、会場となったYAU STUDIOからは、東京・有楽町の高層ビルがよく見えます。眼下にはJR有楽町駅と線路を走る電車。12年前、東京の街も大きく揺れました。窓の外に広がる、いつもと変わらない日常の風景を眺めながら、あの日の記憶、あの日の出来事をふっと想像してしまう。そんな場所でのワークショップの開催となりました。
ワークショップが始まると、最初にプロジェクトディレクターの嘉原妙(よしはら・たえ)が全体の流れを説明。今回は手話通訳も取り入れ、手話で表現する「時の海」も紹介されました。そして、参加者全員で黙祷。電気を消して1分間、静かな時間が流れます。
黙祷のあと、宮島がプロジェクトについて紹介していきます。数字がカウントしていくLEDの作品をつくり続けて30年以上。最初に発表したのは1988年。同年には瀬戸内海にある直島でのプロジェクト「家プロジェクト 角屋」で、島に住む125人に参加してもらい作品を制作しました。そのほか、東京都現代美術館、イタリアのヴェネチア・ビエンナーレ、香港のインターナショナル・コマース・センター(ICC)などをはじめ、国内外の各地で作品を発表、活動してきた経緯が紹介されました。
「時の海」を始めたきっかけは、宮島自身の東日本大震災での経験にさかのぼります。震災発生当時、東北芸術工科大学に勤めていた宮島は、学生の安否確認とボランティアのために被災地に入り、その状況を目の当たりにしました。人間の無力さを感じ、1年ほど作品をつくることができなかったといいます。ただ、時が経つにつれて東京近郊では元の生活が戻り、震災の記憶も徐々に薄れ、風化していくことへの危機感を強く感じた宮島は、今こそアーティストとして何かしなければという思いで、このプロジェクトをスタートしました。
■好きな数字に思いをのせて
こうして約30分間、参加者は自由に数字を設定していきます。すぐに書き始める人、じっと考えてから数字を書く人、一緒に来た家族や友人に相談する人……。それぞれに思いを巡らせていきました。
書き終わった参加者からスタッフに記入用紙を預けます。スタッフは数字に込められた参加者の思いを聴いて、用紙を受け取っていきました。
ここからは、ワークショップに参加した方の様子や声をいくつかご紹介します。森美術館で開催された「STARS展」で、宮島の作品を見たことをきっかけに参加した小学5年生の男の子は、「1秒」に、一緒に参加した男の子の叔母さんは「5.5秒」にしたそうです。
ほかにも、自身の誕生日にまつわる数字を書いた都内に住む女性は、12年前は仙台に住んでいたそうで、震災当時のことをこのように語りました。
お母さんと一緒に参加した女性は、最初は数字がなにも思いつかなったけれど、あのときのことを思い出すきっかけになり感謝していると語り、自分自身の始まりの数字を設定していました。
「娘に誘われて一緒に参加した」と話すお母さんは、当時のことを振り返りながらこう話しました。
■0.2〜120.0の、数字に込めた思い
こうして参加者全員が数字とコメントを書き終えたあと、嘉原がいくつかのコメントを代読しました。
12年前を思い出してタイム設定をする人も多いですが、自身の名前や誕生日にちなんだ数字にする人、大切な誰かにまつわる数字を設定する人もいました。ここでも、いくつか紹介します。
最後に参加者全員で集合写真を撮影し、ワークショップは終了しました。「直島に住む娘からきいて今日は参加しました」という夫妻は「とても温かさを感じるワークショップでした。忘れてはいけない3.11、この日に参加できてよかったです」と感想を話しました。
■普段は話せないことを、アートを通して語り継ぐ
最後に、宮島に今回のワークショップへの思い、ワークショップを終えての感想を聞きました。
宮島によると、3,000という数字は、仏教で「この世のすべて」を表すそうです。行き場のない感情、だれにも打ち明けたことのない話、忘れたくないこと・忘れたいこと、大好きな人への思い。すべて異なる3,000の思いをLEDカウンターにのせて、「時の海 - 東北」の作品は2027年の完成を目指して、今後も東北をはじめ、全国各地でワークショップを続けていきます。
(text by 佐藤恵美)
▼「タイム設定ワークショップ」の開催にご関心をお持ちのかたへ
「時の海 - 東北」プロジェクトの活動に賛同いただき、一緒にワークショップに取り組んでくださる組織・団体・個人の方がおられましたら、お気軽に以下のご連絡先までお問合せください。
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