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「やりたくない」というとやれちゃう不思議。
最近、ふと気づいたことがあるんです。
「やりたくないなぁ」
この言葉をぼそっと
twitterやnoteでつぶやいたとき
なぜか「やろうかな」と思えること。
掃除も、料理の下ごしらえも、洗濯も、
予定のためのお出かけも、
明日までに「やらなきゃいけない」ことも、
「やらなきゃ」ではなくて、
「やりたくないなぁ」
そうつぶやくと、前にすすめることが
多いんです。
「やりたくない。・・けど、ちょっとこれだけやろうかな」とか、
「やりたくないから少し休もう。そしたら動こう」とか。
ということはですね、多分なんですが私は、私の頭の中で
「理性ガチガチ」に
ひとりの私が、「やれやれ!」と言いまくっているんじゃないかと。
やりたくない私も、やりたい私も、やらなきゃいけないと思っている私も
存在していて
大人になった分、理性的な私が優勢で常に
「やらねば」「やれやれ」を頭の中でぐるぐるぐるぐる
言いまくっているんじゃないかと。
だから、文章ででも「やりたくないな」と言えると、
ちょっとだけ「やりたくない」自分が肯定されて
素直になるというか。
今まで「やれやれ!」言われてへそを曲げてた自分が
「そうなの。やりたくないの。だけどちょっとだけならがんばろうかな」
って思うのかもしれません。
そう考えると、娘や息子がたまにつぶやく
「めんどうだなぁ」「やりたくないなぁ」も
私のぼやきと同じ感じなのかも?
そう思ってもつい「早くやっちゃえばその分、自由な時間増えるよ」
なんて、当たり前なことをいってしまう今日この頃です。
きっとそこで「宿題早くやりなさい」じゃなくて、
「たいへんだね」って言ってあげられたらいいんろうなぁ・・
子供にも自分にも「そうだよね。めんどうだよねぇ」って
言えるようになったらいいなぁ・・・
まずは、自分に対してもうすこし甘やかせる。
「いやだよねぇ」とマイナスそうな気持ちも肯定して
あげられるといいなと思います。
あなたの「やりたくないなぁ」も肯定できますように。