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ユリ子とユリコ(『仮面ライダーストロンガー』第30話)

『仮面ライダーストロンガー』第30話「さようならタックル! 最後の活躍!!」を見た。サブタイトルを見ての通り、タックル退場回である。

 ドクターケイトの毒に侵されたユリ子は、自分がもう長く生きられないことを悟る。毒による高熱を藤兵衛に口止めして、何でもないふりをしながら彼女が最後に行ったのは、茂のためにコーヒーを淹れることであった。長い付き合いの二人だが、ユリ子がコーヒーを淹れたのは初めてだったらしい。茂は嬉しそうな顔で、うまそうにコーヒーを啜っている。
 座り込んだユリ子は茂に言う。
「いつか、悪い怪人たちがいなくなって、世の中が平和になったら」「二人でどこか遠い、美しいところへ行きたいわ」
「いいね、俺も行きたいよ」と軽い調子で返す茂に、「ほんとに約束してくれる?」と念押しするユリ子。
「ああ、約束だ」
 振り向きもせずに力強く言い切る茂。その言葉を聞いたユリ子はゆっくりと顔を覆い、後ろを向いて俯いてしまう。おそらく、涙をこらえきれなくなったのだろう。戻ってきた藤兵衛にコーヒーを注ごうと回り込んだ茂はやっとユリ子の様子に気づき、はっとしたような表情をしたあと、黙って手の中のコーヒーに視線を落とす。
 ユリ子の様子がおかしいことは分かっても、茂にはその理由までは分からない。問いただす間もなくコーヒーにドクロ少佐の顔が映りこみ、茂は誘い込まれるように少佐との戦闘を開始する。

 ドクロ少佐と戦うストロンガーが少しでも戦闘を有利に進められるよう、ユリ子=タックルと藤兵衛は必死に戦闘員たちに立ち向かう。だが、再び現れたドクターケイトにより、タックルは窮地に追い込まれてしまう。自分の戦いのさなか、タックルのピンチに感づいたストロンガーは、「無理するんじゃない」「俺がやる!」と彼女らの戦いに割り込んでいく。先ほどの涙を見れば、放っておけないのも頷ける話だ。
 ケイトの動きを封じてストロンガーを助けようとするタックルだが、却って盾に取られてしまう。
「いけない、あたしのためにストロンガーが!」
 ストロンガーを助けたい一心で、タックルはケイトにしがみつき、捨て身のウルトラサイクロンを放つ。これによりケイトを倒すことは出来たが、同時にユリ子もまたその命を散らす。抱き上げた藤兵衛に何かを言おうとするも声にならず、目を開いたままかくんと力を失くすユリ子。その目を覆ってそっと瞼を閉じてやるのは、黒手袋に包まれた茂の手だ。
 なぜ自ら死ぬような真似をしたのかと悔しさをにじませる茂に、藤兵衛はやっと、ユリ子がケイトの毒に侵されていたことを明かす。
「ユリ子は、足手まといになることばかり気にしていた。だから苦しくとも隠してたんだ。このことは決して茂には言わないでくれと、俺に頼んでた……」
 藤兵衛の言葉を聞いて、茂は大粒の涙をぽたぽたとこぼしながらユリ子の手を握り締める。
「ユリ子、すまん。俺の力が足らなかった……!」

 茂の足手まといになりたくない、というのは、おそらくユリ子がずっと抱き続けていた思いだったのだろう。ずっとユリ子と行動を共にしていた藤兵衛の観察眼は確かなものだ。
 電波人間タックルとして、当初は懸命にバイクを駆り、藤兵衛と合流してからはすっかりコンビのようになって、彼女は茂の背中を追いかけ続けた。タックルにも戦闘能力はあるが、その性能はストロンガーには遠く及ばない。頼みの綱の電波投げも相手によっては効果がなく、時には藤兵衛ともども敵に捕らえられて人質にされることもあった。確かに茂にとってのユリ子の立ち位置は、背中を預けるタッグパートナーというよりは、時に守って助けてやるべき妹分と言った方が正しいだろう。
 だが、「足手まといになりたくない」という一心で必死に頑張ったユリ子に対し、茂が「俺の力が足らなかった」と悔いるのは、なんだかすこしちぐはぐな気がする。いま少し茂に力があれば、もしかするとユリ子は死なずに済んだかもしれない。だが、自分のために、すなわち自分のせいで茂の足を引っ張ることは、ユリ子が本当に望んでいたことではない。

 ラストのナレーションが語る通り、どんなに対等でありたいと望んでも、ユリ子はあくまでも「ストロンガーの協力者」としか評されない。
 このなんだかもやもやした気持ちを解消すべく、当方はAmazonの奥地へ向かった。目的地はプライムビデオ、『仮面ライダー×仮面ライダー W&ディケイドMOVIE大戦2010』である。

『MOVIE大戦2010』は「ディケイド完結編」「Wビギンズナイト」「MOVIE大戦2010」の三本立て構成になっている。このうちの「ディケイド完結編」に、一人の少女が出演している。士によく懐き、天真爛漫な彼女の名は岬ユリコ。その名が示す通り、ユリ子のリマジ存在である。
 赤いミニスカートの衣装はレザー調でかっちりと固いアレンジ。電波投げを放つ際に画面に現れるエフェクトはまさに『ストロンガー』を見て想像した通りだ。ただ違うのは、ユリコがすでに死人であるということだ。
「ディケイド完結編」には多くのライダーが出演するが、そこにストロンガーの姿はない。茂の隣という居場所を持たないユリコは、その穴を埋めるかのように士にまとわりつく。彼女の居場所の無さをかつての自分に重ねる士は、敢えてユリコを追い払わず好きにさせている。迫るショッカー戦闘員を電波投げで追い払うユリコはいかにも得意げだ。
 自分がすでに死んでいることを海東に知らされ、ユリコは涙を流して飛び出していく。だが、最終的に彼女が現れたのは、蜂女に襲われた夏海の元であった。ケイトの毒を肩に受けて死んだユリ子をなぞるように、ユリコも蜂女の毒剣を肩に受ける。だが、肩を貫かれたまましっかと蜂女を掴んだユリコは相打ち覚悟のウルトラサイクロンを放ち、見事脅威を追い払うことに成功する。
 思わず駆け寄ろうとする夏海に対し、ユリコは身構えるように後ずさる。士以外の人間のことは信用していないのかもしれない。が、最後の台詞を言い残す彼女の表情は穏やかだ。
「士だけがちゃんとユリコを見てくれた。ユリコは死んじゃったけど、居場所が出来たよ」

 ユリコの一度目の死について、劇中では断片的にしか情報が与えられない。雨の降る暗い路地で、蜂女の毒を受けて倒れるユリコ。彼女を助けたり駆け寄ったりしてくれる人はどこにもいない。その死にざまはいかにも暗く、みじめだ。
 だが、ユリコの二度目の死は昼間の空の下で訪れた。夏海を救い、それによって間接的に士をも救った彼女は、まばゆい金の光となって消えていく。
 リマジ世界の住人たちは、士の「破壊」によって新たな物語を与えられる。ユリコにとってもそれは同様である。道半ばでの無念の死というかつての物語を「破壊」された彼女は、今度こそ足手まといになどなることなく、茂の代役である士を見事に助け、救ってみせた。ラストで一つ一つの世界の記憶をくぐりながら蘇る士が、ユリコとの記憶もしっかりくぐり抜けているのがその証拠だ。士を士たらしめる最後のピースは、ユリコと過ごした時間であったのだ。

 士が「ちゃんと見てくれた」ことで、ユリコの魂は救済された。翻って、茂はユリ子を「ちゃんと見て」いたのだろうか?
 親友の仇を取るため単身ブラックサタンに乗り込み、自ら改造手術を受けて電気人間となった城茂。彼がユリ子と行動を共にしていたのは成り行きでしかない。しかも、茂はしばしば一人で姿を消してしまい、「何処へ行ったのか」とユリ子や藤兵衛をやきもきさせている。なし崩しでつるんではいるが、基本的に城茂は一匹狼なのである。
 常にバイクでユリ子の先を走り、「待ってよ~」と呼びかけられている茂。彼の目線は基本的に、自らの目標物にのみ向いている。一息ついて辺りを見回したり、戦いが終わった未来のことを漠然と考えたりするような暇はない。ユリ子がいくら茂に追いつこうと頑張ったところで、茂はそれを顧みたりはしないのだ。ゆえに、当人が望むと望まざるとにかかわらず、ユリ子はいつまでも茂にとって庇護対象であり続ける。「俺の力が足らなかった」とは、つまりそういう意味なのである。

 ユリ子が「どこか遠い美しいところに行きたい」と夢物語を呟いた時、茂は口では同意しつつも、ずっと彼女に背中を向けたままであった。その後、コーヒーを注ごうとした茂はやっとユリ子の泣き顔を見るが、はっと俯いて気まずそうに目をそらしてしまう。すぐに涙の理由を尋ねていれば、また違った展開もあったかもしれないのに!
 一度は受け入れた自らの死について、しかしユリ子の心はまだ揺れている。戦いが終わったら、なんて現実逃避をしているのは、恐怖から心を守るためだろう。あまりにも当然のように茂が未来の約束をしてくれるから、それが嬉しくて、そして約束を破らざるを得ないことが悲しくて、相反する感情の板挟みになったユリ子は泣いてしまう。
 だが、ドクロ少佐を追っていった茂の背中を守るべく、果敢に戦闘員へ立ち向かう彼女の表情に、もはや迷いの色は見えない。ここまで来たら、自分にやれることをやるしかないのだ。例えそれが自らの命を落とすことにつながるとしても。ウルトラサイクロンを気負わずに放つことが出来たのも、その覚悟がすんなりと彼女の腹に落ちていたからであろう。

 基本的には茂に助けられてばかりだったユリ子だが、最後にコーヒーを淹れることで、初めて茂に何かを与える側になったとも言える。少しでも茂に何かしてやりたい、茂の役に立ちたい、というユリ子の願いは、戦いには関係ない場所で果たされた。彼女が「ストロンガーの協力者」でしかない以上、それは必然のことなのかもしれない。命がけで東京都民を救ったライダーマン=結城丈二が仮面ライダー4号の称号を賜ったのとはわけが違う。栄光の7人ライダーに8人目は居ない。
 だがそれでも、士にとってユリコが必要であったように、茂にもユリ子は不可欠なのだ。ブラックサタンとの戦いには親友の仇というモチベーションがあった茂だが、デルザー軍団との戦いはどちらかというと売られた喧嘩を飼っているに過ぎなかった。ユリ子の悲劇的な死により、デルザ―軍団は茂にとって憎むべき仇敵へとランクアップする。『ストロンガー』の物語に、岬ユリ子とその死は欠かすことができない。

 ユリコは死してのち、士の隣に居場所を得た。ユリ子の居場所はどちらかというと茂の一歩後ろ・藤兵衛の隣という感じではあったが、それでも彼女にとっては「つかの間の青春」であった。最後の瞬間まで己の思いを貫き通した意地に敬意を表したい。仮面ライダーにはなれなかったけれど、あなたは確かによく頑張ったよ。

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