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【感想】媚空ービクウー
『媚空』見た やはり筋肉、筋肉はすべてを解決するのだ…… 直接手を触れずに筆で剣を操って戦う一幕など実に魔戒法師らしいな~と思いながら見ていたのだが、最終的に媚空さんの仕上がった肉体美がすべてを圧倒。最終フォームの神々しい美しさも素敵……
— 望戸 (@seamoon15) December 16, 2024
「冴島雷牙10周年記念」と銘打ち、映画『媚空―ビクウ―』が配信されていたのでありがたく視聴した。
「魔戒ノ花」に登場した闇斬師の魔戒法師・媚空が、元老院付きの若い魔戒法師・代知とともに、元闇斬師である絶心を追っていく話である。絶心は媚空の十八番である入心の術を生み出した魔戒法師であるが、発狂して自らの家族を皆殺しにし、媚空の師である白海の手によって幽閉されていた。しかし彼は何者かの手引きで牢獄を脱出、自らの魂を次々別の肉体に乗り換えながら、ついには世界そのものを自らの心の内に取り込んでしまおうとする。他者の心の中に侵入する入心の術とは逆で、自らの心によって世界を覆い尽くすことにより、現実の全てを意のままにしようというのである。「目に映る世界の全ては自分が見ている夢」という考え方を極限まで拡大解釈して適用したみたいな状態だろうか。
代知の身体を乗っ取って本懐を果たそうとする絶心だが、媚空の活躍によりその野望は阻止される。また、裏で青写真を描き、手を汚さずに手のひらで媚空たちを転がしていた白海もまた、媚空によって裁きを下される。絶心が発狂したのは罪のない人間の「白い心の玉」を壊してしまったことがきっかけのようだった。そして、”ただおしゃべりをしながら事態を傍観していただけ”の白海の心の玉も”黒”くはない。それでも媚空は、白海の白い心の玉を破壊する。人間の心は必ずしも白黒はっきり峻別できるわけではない、というのが今回彼女が絶心から得た教えである。白海の心の玉を壊してもなお媚空が凛と歩いて行けるのは、その行為が自分自身の信念に反していないものだと信じているからだ。
戦うヒロイン・媚空
視聴中、どうしても目を引いたのは媚空の肉体美である。引き締まってうっすら割れた腹筋に力強い足腰! 思わず自分も腹筋を割りたくなる。また、上半身をほとんど動かさず、足だけを一定のリズムで運ぶ媚空の歩き方が印象的であった。まるで機械のようにも見えるが、それだけ彼女の信念が固く研ぎ澄まされている(そしてそれゆえにとっつきにくい)ことの現れかな、とも思う。
肉体を鍛え上げてホラーとの戦闘に臨むのは魔戒騎士も魔戒法師も同様である。が、魔界騎士の戦い方が最終的には鎧ありけりになるのに対し、魔戒法師は最初から最後まで筆一本で戦わねばならない。となれば、やはり体を鍛えておくことは魔戒法師にとっては必須の事項なのだろう。特に、ホラーよりも人間を相手どることが多い闇斬師の媚空は、法術を使ってのドンパチよりも直接接近して攻撃を叩き込み、隙を作っては相手の目を覗き込むようなアクロバティックな場面の方が多そうだ。作中でも絶心の崇拝者・紗夜などと戦いを繰り広げていたが、しばらく激しくやりあった後、壁にかかった細剣を法力で浮かせての一騎打ちに移行していったのはいかにも術使いの魔戒法師同士らしくて感動してしまった。絶心にキメた最後の大技も、ライダーキックよろしく全身で突っ込むような一撃であった。まさに肉弾戦である。
思えばそもそも、媚空の黒いデフォルト衣装においても、コルセットと同じ素材で出来ているような硬い胸当ては、衣類をはだけたむき出しの胸部の意匠をしている。胸の奥には心がある。裸の胸=己の肉体をさらけ出したようなデザインは、まるで身一つ・心一つで相手と対峙していく媚空の姿勢を表しているかのようである。
白海の心の中での修行シーンにおいて、媚空はいつもの黒ずくめから衣装チェンジし、セパレートタイプの白の上下姿となる。布面積は少な目で、普段はかっちり隠しているお腹や手足が剥き出しである。白海から術を会得するため、彼女は本気で戦いに臨む必要があった。魔戒騎士が鎧を着こむのとは逆で、媚空はより動きやすい服装になることで真価を発揮するようだ。
白い衣装にメタモルフォーゼするときの、まるで少女向けアニメの変身バンクみたいなコスチュームチェンジシーンも、彼女がより戦いに適した格好へ変身したことの証左であろう。着ている黒い服がぱっと分解され、花弁のように媚空の周りを吹き荒れる。カメラが足先から上半身へと動いていく中、花弁は次第に輝く白へと色を変え、ポーズを決めた媚空の裸体に張り付き、衣装となっていく。最後に大きな髪飾りがひときわ眩しい輝きと共に現れ、その光が消えると白いへそ出し姿の媚空が立っている。一回裸をはさむところと、最後に髪飾りがついて完成するところがいかにもそれっぽい。
また、絶心とのラストバトルにおいて、代知の強い思いを受け取った媚空はさらなる形態へと変身を遂げる。白い布服は燃え盛る炎の中ではじけ飛び、金属的な質感の胸当てと腰回り、揺れる光の帯が代わりに彼女の体を覆う。細身の冠を戴いたかんばせは神秘的なメイクに彩られている。額と頬に輝く宝石の散りばめ、意志を持つように枝分かれした太いまつ毛の描線と力強い囲みアイライン。いかにも魔戒法師らしく大きな筆を何本も背後に従え、悠々と宙に浮かんでいる姿は仏様のような神々しさだ。どことなくメシアやエイリスのような雰囲気も感じるのは、この媚空が人知を超えた力を手にしているからかもしれない。
騎士は鎧を装着し、法師は己を変身させる。足し算と掛け算の違いが興味深い。まるでライダーとプリキュアのようである。といっても、騎士の鎧は現実世界に召喚されるものであるが、媚空の衣装チェンジは入心の術を使った世界、心の中にいる彼女のイメージによる産物でしかない。それでも確かに衣装が変わるごとに媚空は強さを増し、ついには世界の危機を救うに至った。
ほかの魔戒法師たちがどうなのかはわからないが(入心の術を極めようと思わなければコスチュームチェンジをする必要も無かろう)、少なくとも今作の媚空は変身することによって自らを強化していった。強さとは誰かから与えられるものではなく、自らの心の持ちようによって生み出されるものなのだ、ということなのかもしれない。誰かの肉体を奪わなければ命を繋げなかった絶心も、確かに心の強さだけはピカイチであったものなあ。
継承する者、される者
魔戒騎士の鎧は代々受け継がれるものである。闇を照らす力は受け継がれ、連綿とその系譜を繋いでいく。
魔戒法師には受け継ぐべき鎧はない。が、絶心の家系は物質ではなく、血のつながりを受け継いでいくことを第一としていた。一族で最も若い生き残りである紗夜は、絶心の娘であり、孫でもあり、更には妻となることをも夢想している。絶心が手ずから紗夜を魅了したのか、紗夜が自発的に絶心に忠誠を誓ったのかは定かでないが、媚空は紗夜のことを被害者だと考えていたようだ。忌まわしき伝統は、唯一の生き残り男性である絶心が消滅することで物理的に断ち切られた。
事件の後、紗夜はかつての絶心同様気の触れたような状態で幽閉されている。拘束された彼女の手はまるで胡桃を弄ぶかのように動いているが、それは彼女の仕事上の主であった白海の癖である。
映画のラストで媚空に始末されたはずの白海だが、このとき彼女の仕事は少し中途半端だった。いつもなら始末した相手の肉体を術で滅し、浄化するまでが闇斬師の務めである。自分の弟を手に賭けた時も、代知の母親を粛正したときも、遺体は花弁のような術に包まれ、衣服や筆を残してきれいさっぱり消え去ってしまっていた。が、今回の媚空は手鏡越しに入心の術を使った後、倒れた白海を振り返りもせずにその場を離れて行ってしまう。その場に声もなく倒れ込んだ白海は、はた目には急に発作か何かを起こしたようにしか見えない。振り向かない媚空の背後では、急に倒れた老人へ街の人々が駆け寄り、慌てた様子で声をかけている。まるで普通の人間が普通に命を落としたような光景だ。もしかすると、白海の心の玉は白いままだったので、肉体を通常の術で浄化することが不可能だったのかもしれない。
白海は闇斬師としての媚空の師匠である。師弟の情や絆も少なからずあっただろう。だが、媚空は白海を始末することを躊躇わなかった。かつて白海は処分命令が出ていた絶心を生かして匿ったが、その甘さや計算高さは媚空には引き継がれなかったようである。彼女はあくまでも、己の肉体と心だけを信じている。
そんな媚空であるから、たびたび弟子入りを申し入れる代知にもつれない態度ばかり取っている。闇斬師はシビアで命がけの仕事だ。代知のような真っすぐすぎる人間には向いていない、というのが媚空の言い分である。
確かに代知にはひねくれたところはなく、クールな媚空に対しても素直で従順だ。禁を侵した母を浄化し、形見の筆を届けてくれた媚空の事を代知は慕っている。罪人である母は許されない存在である、と彼は強い調子で言うが、しかしその母の筆を修行時代の心の支えにしていたとも口にしている。真っすぐな大地は母のことを憎み切れず、それゆえに自らも闇斬師となることで、母のような咎人をきちんと裁ける、きちんと憎むことのできる存在になろう、と考えていたのだろう。
だが、お前だけは母を許してやれと媚空に諭され、また母の罪が自らを救うためだったかもしれないと聞かされて、代知はこらえきれず嗚咽を漏らす。筆を貰った時同様、代知の心はまたしても媚空に救われたのだ。以前は慰めによって、今度は赦しによって。
音もなく姿を消した媚空が代知と再会したのは、白海に手を下した直後である。出会ったときのようにひょっこり現れた代知は「媚空さん」と話しかけようとするが、媚空は「来るな」と静かに告げ、振り向きもせずに歩いていく。置いて行かれた代知は、その背中に折り目正しく頭を下げる。
最後の「来るな」は、拒絶というよりは諭すような声色であった。代知が闇斬師向きではないという判断は、共に死線を潜り抜けてなお変わらないらしい。あるいは、自らの師すら手にかけたことで、媚空は物事の継承という流れの中に身を置くのが嫌になってしまったのだろうか。だが、彼女が望むと望まざるとにかかわらず、媚空の鮮烈な生き方は代知の心にしっかりと刻み込まれ、受け継がれているし、彼は闇斬師を目指すことを決してあきらめない。「魔戒烈伝」での成長した姿を思い出すと、案外楽しくやっているようで何よりだ。