終わり行く二人と終わらぬ人々(ガオレンジャー第51話)
百獣戦隊ガオレンジャー Final Quest「百獣、吼える!!」を見た。
サブタイトルはもちろん、Quest.1「獅子、吼える!!」に呼応している。まだ右も左もわからないまま命を守る意志だけを持っていた獅子走の物語は、百獣の味方を得たみんなの物語として幕を閉じる。
戦士が名乗る
センキの攻撃によりパワーアニマルたちは斃れ、Gフォンも失われる。変身できなくなった戦士たちは、それでも戦うことを諦めない。激しく降り注ぐ豪雨の中、むらさきが遺した守り刀一本を手に、彼らはガオズロックでセンキの足元へと乗り付ける。地から湧き出すかの如く襲い掛かってくる大量のオルゲットたちを徒手空拳で薙ぎ払いながら、ホワイトの見つけたビルの外階段を駆け上っていく一同。狙いはセンキの心臓ただ一点だ。ほんのわずかな傷でもいいから、何とか刃を届かせたいという強い思いが彼らを走らせる。
ビルの屋上で、レッドと面々は顔を見合わせる。余計な言葉はなく、阿吽の呼吸でそれぞれは己のなすべきことをするのだ。刀を握って大跳躍したレッドはシルバーの構えた手を踏んでさらにジャンプ、跳ね上げられた勢いで回転しながら、イエローたちの組んだ腕を足場にして空中へと飛び出していく。あえて地べたから一歩ずつ走って登って、一番高いところまで到達した瞬間の渾身の一撃! ここまでの道程はすべて準備運動であったようにすら思えてくる。
崖のようにそびえるセンキの胸へ、まるでピッケルのように守り刀を突き立てるレッド。……だが、千年の霊験も究極のオルグには歯が立たない。まるで虫けらでも払いのけるようにあっけなく振り落とされるレッド。折角の刀も折れてしまった。
それでもまだ、彼らはしぶとく諦めない。
変身も出来ない。武器もない。なのにレッドはぼろぼろの身体で立ち上がる。センキを強い視線で射ながら、「獅子走!」と彼は己の名前を叫ぶ。
「俺は獣医だ! 地球の命を守るんだ……!」
ガオの戦士として、そして地球に住む一つの命、一人の人間として。色名のコードネームではなく、彼らは最終話にして初めて互いにきちんと自己紹介をする。シルバーの本名がオープニング以外で紹介されたの、これが本当に初めてではないか? 千年前の回想でも「しろがね」呼びだったものな……。
そして彼らの強い「やる気」は、世界中に眠るパワーアニマルたちを呼び覚ます。本名を名乗ったことで、レッドならライオン、イエローならイーグルというペアリングが一時的に解除されたのかもしれない。合わせて百体のパワーアニマルたちの魂は分厚い雲を割って、生命の喜びを力強く表すように青空の下を飛び回る。オルゲットたちは瞬く間に駆逐され、慌てふためくヤバイバはツエツエの手を引いてその場を逃げ出す。
最後に走たちの前へふうわりと浮かんだ6色の光球は、すっかり元気に蘇ったガオライオンたちである。各々は思い思いに相棒の宝珠を手にする。両手をお椀のようにしてガオイーグルの宝珠を受け止める岳の姿がことのほか優しい。誰よりもガオレンジャー歴が長いだけに、やはり再会の喜びもひとしおなのだろう。
宝珠の光に包みこまれるように、彼らは戦士の姿を取り戻す。相棒と共に最後の名乗りを挙げたガオレンジャーは、すべてのパワーアニマルたちと共に必殺の光線を放ち、剥き出しになったセンキの心臓へ破邪百獣剣を叩き込む。
光が飛び散り、テトムが「やりぃ!」と嬉しそうに声を上げる。戦いはすべて終わったのだ。
オルグ、終焉
パワーアニマルたちの乱舞から命からがら逃れ、よろめきながらもマトリックスへ逃げこんだツエツエとヤバイバ。すでに地獄の穴は閉じられ、そこから新たなオルグが生まれ出ずることは無い。かつて産屋だったはずの場所はいまや墓場となり、崩落する壁や天井がふたりを押しつぶさんとする。
「最大限にヤバイバ!」とパニック状態のヤバイバの傍らで、瓦礫に飲まれながらもツエツエは声を張り上げる。
「オルグよ! オルグは永遠なり……!」
堰を切ったような高笑いは、どこか泣いているようにも聞こえる。オルグの巫女となったツエツエは、こんな状況でもまだオルグのために仕え、寿ぎの言葉を口にせねばならない。ハイネスもセンキももういないというのに!
だが、それがツエツエの彼女らしい生真面目さなのだ。巫女の役割を与えられたツエツエは自分でもより巫女らしく振る舞おうとし、あたかもトランス状態に入っているかのような態度と言動でハイネスたちを従わせていた。その役作りは今もなお終わらずに演じられ続ける。舞台に役者がいなくなっても、最後の観客であるツエツエ自身がそれを見ている限り。
自分の身よりも使命を優先するツエツエと、使命よりもツエツエ(そして己の寂しさ)を優先するヤバイバ。ツエツエが職務に忠実かつ有能であるからこそ、ヤバイバは彼女を敬愛し、その能力に全幅の信頼を置いている。ツエツエもヤバイバの努力(時に空回るが)を理解し、共に働くことで純粋な喜びを得ているように見える。凸凹がうまく嚙み合った、実によいコンビではないか。
全てが終わり行くマトリックスで、倒れたツエツエを庇うように身を寄せるヤバイバ。彼はツエツエが高く差し伸べた片手にそっと己の手を重ね、指を絡めるようにぎゅっと握り締める。泣きそうになるほど思いのこもった仕草だ。
「ツエツエーっ!」
「ヤバイバ……!」
最後の最後で、ツエツエは縋るように相棒の名を呼んだ。瓦礫に覆われて視界も無くなり、生きるか死ぬかの瀬戸際になって、やっと彼女は巫女の役目を降り、ただの一本角に戻ることが出来たのだろうか。そうであれば良いなと思う。鬼霊界だろうがなんだろうが、二人ならきっと、どこへ行っても怖くない。
千年は廻る
さて、もう一人の巫女、テトムである。
ガオの戦士たちは戦いが終われば日常に帰っていく。走や冴、岳のように元の暮らしに戻る者もいれば、海や草太郎のように全く新しい道を歩き始める者もいる。
ガオの巫女であるテトムに、他の皆のような「日常」は無い。テレビを見たりお弁当を作ったり、だいぶ平成の世に馴染んでいたようではあったが、それも一時の仮初めでしかないのだ。再び災いがもたらされる時に備え、彼女は月で眠りにつく。先代ガオレンジャーが千年前に活動していたことを考えると、次に本格的に目覚めるのは今から千年ほど後になろうか。
千年前からやってきた人間である月磨は、テトムの供をして一緒に月に行くと申し出る。だが、テトムはそれを固辞する。いくら平安の生まれとはいえ、月磨の肉体はただの人間のものだ。彼女と同じように時を揺蕩うことはできない。
別れを告げるテトムの口調はいつになく丁寧でフラットである。まるで、ガオの力を司るシステムの一部になってしまったかのようだ。先ほど「やりぃ!」と両手でガッツポーズをしていたのが嘘のようである。
当然、彼女は敢えてこの言い方を選んでいる。千年後くらいにまた会える、と言うテトムに「俺は獣医だ! でも、千歳まで生きるなんて無理だ!」と非難の声を上げる走。思いがけないクレームに、「そういえばそうだなぁ……」と一瞬素に戻ってしまうのが憎めない。
しかしすぐに気を取り直した彼女は、淡々とガオジャケットとGフォンを回収する。戦いで激しく破れ、ぼろぼろになってしまったジャケットを、戦士たちはひとりひとり脱いでいく。覚悟を決めたような走、静かにテトムを見つめる岳、寂しさをぐっとこらえる海、ふっと一息入れて肩の力を抜く草太郎、うっすらと微笑む冴、辛そうに目を閉じる月磨……。戦いの証を腕に抱えて、テトムは振り返らずにガオズロックへ乗り込み、月へと飛んでいく。「さようなら」と声を張り上げる走。大きく手を振る冴達。月磨はそのどちらもせずに、ぎゅっと拳を握り締めて顔を上げ、立ち尽くしている。
月磨の提案、テトムと共にガオズロックに残ることは、けして同情などではなく、おそらく彼の本心だったのではないかと思う。
以前、戦いが終わった後にやりたいことを尋ねられ、月磨は旅でもしようかと述べていた。一匹狼の彼には確かに似合いの針路であるが、しかし彼は別に人嫌いというわけではない。天涯孤独の根無し草では、きっと少々寂しかろう。ガオズロックにいれば、いつでも天空島へ行ってガオウルフたちに会うことができる。ガオディアスに笛を吹きつつ、むらさきの思い出を回想しながらテトムと暮らすのも悪くはない。
だが、巫女は彼にこの時代で生きよと告げる。普段と違う厳かな口調は、彼に反論を許さない。
かつて狼鬼に身をやつしてまで平安の世を救い、そのために長い眠りについていた月磨。平和な二十一世紀での暮らしは、いわばご褒美である。月磨はもう充分、彼の時間を世界のために使ってきた。月磨に必要なのは次の千年への備えではなく、限りある自分の命を自分のためだけに使うことだ。
後日。月磨は大きな交差点で老婦人の荷物を持ってやろうとするが、婦人は却って警戒し、ひったくるように鞄を抱えて足早に去ってしまう。「二十一世紀か」と半ば呆れたように呟いて、月磨はコートのポケットに両手を突っ込み、交差点の人混みの中に紛れていく。慣れた様子で歩いて行く彼を見て、まさか平安時代の人間だなどと思う者はいないだろう。叶えたい夢も果たしたい目標もないまま、月磨は二十一世紀をサバイブしていく。この時代で生きていくことそのものが、彼の新しい戦いだ。
だが、月磨もテトムも、完璧な孤独の中にいるわけではないことが最後にわかる。
どこかで見たような体格の方々を傍らに、それぞれの生活を送っている元・戦士たち(新婚さんが本当に新婚さんでにこにこしてしまった)。冴は「麗しの白虎」の名を卒業してただの女の子に戻り、草太郎は海ではなくしーちゃんとお店を出そうと頑張っているらしい。走も獣医に戻って大忙しだ。治療を終えた犬に手早くカラーを巻いてやり、次に運ばれてきたのは常連の黄色い小鳥である。うっかり餌をやり忘れがちなその飼い主は、お察しの通り岳だ。そういえば走先生の勤務先をみんなで覗きに来たことがあったっけ。戦いは終わったが、紡がれた絆までは終わりはしないのだ。
エンディング曲が流れる中、走たちは一人また一人とじゃれ合いながら草原を歩いてくる。草太郎に肩からぶつかっていく月磨がめちゃめちゃ楽しそうでいいな……。不意に足を止めてカメラの向こうへ手を振る皆。画面が切り替わると、その先ではテトムと風太郎が傍らに重箱を置いて待っている。
駆け寄り抱き合って再会を喜ぶ一同。パワーアニマルたちに見守られながら、天空島での楽しいピクニックが始まる。たまの楽しみくらい、ガオの巫女にも許されるはずだ(なんたって荒神様の公認である)。
というわけで、楽しく駆け抜けた全51話でした。見ての通り狼鬼とシルバーとヤバツエコンビが大好き。