余韻
私は幼い頃から楽器が好きだった。
両親がデパートのオモチャ売場に私を連れていくと、トテトテ歩いていって他の子供を押しのけてはオモチャの楽器で遊んでいたそうだ。
そんな私の姿を見て、三歳の誕生日にピンク色のオモチャピアノを両親はプレゼントしてくれた。ラメ加工でキラキラ光るピアノを手に入れて、私は毎日嬉しそうに弾き続けていたらしい。今でも懐かしんで私に話してくれる。
物心ついたときには、私はピアノ教室に通っていた。家でも練習できるように両親は高価なピアノも買ってくれた。最初は指を動かす練習ばかりだったけど、私は辛くもなんともなかった。ピアノを弾けるだけですごく楽しかったし、両親が私に期待してくれているのが何より嬉しかった。
小学校の文集や将来の夢の寄せ書きには、ピアニストになりたいと必ず書いた。自分は当然ピアニストになるものだと信じて疑わなかったからだ。友達はお花屋さんとかパン屋さんになりたいなんて書いていたけど、私にはチンケな夢にしか思えなかった。当時の私の夢は誰よりも輝いていた。
小学校五年生のある日、私はエンニオ・モリコーネに魅了された。映画『海の上のピアニスト』の中で、船室の窓に映るうら若き女性を見つめながら、ピアニストのナインティーン・ハンドレッドが想いのままに鍵盤で旋律を奏でる。サウンドトラックで“愛を奏でて”と名付けられた曲は、あっという間に私の心をさらっていった。
女性のうるわしさがナインティーン・ハンドレッドの心を全て奪ったように。
後日、興味本位でエンニオ・モリコーネがどんな人かネットで調べてみたら、いかにも偏屈そうなオジサンで少しショックだったけど、私の情熱は冷めなかった。母親にねだって楽譜を買ってもらい、くる日もくる日も練習した。
でもいつになっても弾けず、愛を謳うような音色は出せなかった。乗り越えられない壁にぶち当たり、いつしかピアノを弾くことが苦しみに変わっていった。
中学生になってからもピアノは続けていたけど、殆ど意地でやっていたようなものだ。私は手が小さくて、しなやかに伸びるような指ではない。思うように鍵盤に指が届かないのだ。身体面でも限界を感じ始め、ピアニストの夢は重圧としてのしかかるようになった。
夢と現実の枷で縛られて、追い打ちをかけるようにピアノ教室でも私はどんどん追い抜かれていった。
私では出せないような柔らかい音色、甘い音色、優しい音色、なめらかでささめくような指の動き。私の全てを凌駕し、自分の音楽を奏でている。この世は敵わぬ相手で溢れかえっているのだと思い知らされた。
人は誰しも、生きる上で何かを諦めている。夢は最初から夢でしかない。私がピアニストになれる訳などなかったのだ。自嘲した私は夢を捨てた。
両親には「勉強に集中したいから」なんてテイのいい理由を話してピアノ教室を辞めた。せっかくここまで続けてきたのにと両親は残念がっていたけど、最後は同意してくれた。
私は逃げたのだ。自分の無能さと叶わぬ夢の苦しみから目を逸らすために。
私は作った理由の通り勉強を始めて、県内では有名な進学校に入学した。高校三年生になった今も、ピアノには一切触れていない。部屋の片隅にあるピアノはすっかり埃をかぶっている。
私はピアノをじっと見つめた。何故だかピアノが無性なほどかわいそうに思えたからだ。勉強机から立ち上がり、鍵盤のフタを開く。年月を経て黄ばみ始めている鍵盤にそっと指を添えた。
【レ】…【ミ】…【ファ#】…【ラ】…。
“愛を奏でて”のワンフレーズだ。何年も触れていなかったせいか、鍵盤がズシリと重く感じた。今は何もかもがうろ覚えで、指先もおぼつかない。
ずっと虚しかった。学校でトップの成績をとっても、友達と遊んでも、好きな人のそばにいても。何をしても心は満たされなかった。夢を捨てたつもりなのに、結局私はずっと夢に囚われ続けていた。
ピアニストになりたかった。ピアノが歓喜するような旋律を思い切り奏でたかった。でも私にはできない。何も奏でられない。どんなに、どんなに弾きたくても。どうして私は辞めてしまったんだろう。どうして私は…。
【レ】…【ミ】…【ファ#】…【ラ】…。
同じフレーズをもう一度奏でる。観客が誰一人いないうるさすぎる静寂の中で、ピアノを辞めてしまった後悔と悲しみがいつまでも響き渡っていた。