飯能でまさかのアラビア料理
ここ1年で家飲みの工夫の楽しさを知った。家飲みも板についてきたこの頃、もう一つ気づいた。やっぱり外食・外出が大好きだということに。
1回1回の外食が、1年半前よりも重い意味を持つようになった今、食を目的にした印象深い旅の思い出ができた。
宝探しをする気分でリサーチ
ゆったりした空間で静かにお酒を楽しめる場所を探した。エリアをしぼっていろいろと探してみるうちに、飯能にクラフトビールとアラビア料理を出すお店があることがわかった。
店内で醸造されたできたての種類豊富なクラフトビールが飲める。しかもアラビア料理? 記憶をたどってみるが、たぶんトルコ料理以外はほとんど食べたことがない。
驚いた。まったく知らなかったし、飯能で食事をする機会もなかったので、調べようとしたこともなかった。まさかこんな面白そうなレストランがあったなんて!
特急列車は旅気分の演出に最適
池袋駅から11時30分発の特急ラビューに乗車。特急ラビューは黄色のシートと大きな窓が特徴の西武鉄道の特急列車だ。上から下まで窓なので、23区内の街を至近距離でダイナミックに感じられるし、郊外へ向かうにつれて景色が変化していくのもよくわかる。短い距離でも特急列車に乗るのは、旅気分を演出するのにうってつけだ。
23区を抜けると、だんだんと土地が広く、建物の密度が低くなっていく。都内を抜けて埼玉県に入ると、空もひらけてきて、緑が多くなってくる。池袋から約40分であっという間に飯能駅に到着した。
突如現れる異世界への入り口
飯能駅からレストランまで徒歩12分。駅南口を出て、名栗川の方へ向かって歩く。
ゆったりした住宅街の中にひときわ高い建物が見える。近づいてみると旅館だった。日帰り温泉もあるそう。飯能はキャンプやバーベキュー、ハイキングなどアウトドアのレジャースポットがたくさんあるので、外遊びを楽しんだ後のひとっ風呂はきっと気持ちいいだろうな。
車通りの多い道を渡ってさらに緑の深い方へ歩いていくと、右手にログハウス風の飯能こども図書館がある。そして前方には名栗川にかかる赤い橋。橋の上からは、名栗川のゆったりした流れと川沿いの木々、それから飯能河原でバーベキューする人たちが見える。橋を渡り終えると、繁みの中に左へ入る小径と岩に刻まれた看板が現れる。ここがレストランへの入り口だ。
探検気分で森の中を進む
小径を入り、渓谷にかかる歩道橋を行く。一歩入るともう非日常感たっぷり。探検気分で、一気にここがどこだかわからなくなるし、どこだっていいという気になる。上下左右、どこに目を向けても木々が茂っている。下をのぞくと葉っぱの間から少し川が見える。自然の地形や木々なので無理がないし、それでいて一瞬にして気分を、見ている世界を切り替えてくれる、すごい演出だ。このまま森の探検を続けたい気分だけど、渓谷の歩道橋はすぐに終わる。レストランの黒い大きな建物が見えてくる。
出迎えから気持ちいい接客
大きな扉をスタッフの方が開けてくれた。入口には黒いスーツを身に着けたスタッフの方がいて、丁寧に応対してくれる。まるでホテルのレストランのよう。予約名を告げ、2階の席に案内してもらった。階段にシルクロードから運ばれた骨董品や調度品が飾ってあり、レストランのテーマであるアラビア~アジアの雰囲気が感じられる。内装や照明もシルクロードの歴史と文化の雰囲気が貫かれていて、席に着くまでにも楽しめる。あとでわかることだが、食器やカトラリーも現地と同じ金属のものが使われている。
最高のロケーションとゆったりとした店内
1階には客席とオープンキッチンがある。調理している人が活発に行き来していて、料理が作られ、盛り付けられていく様子が見える。建物は真ん中が吹き抜けになっていて、2階にも客席がある。2階の窓際には2名席を中心とした小さなテーブルがいくつか。広い窓は名栗川の渓谷に面していて、窓いっぱいに木々の緑が見える。この日は5月半ばの少し柔らかい力強い緑が見えた。柱で区切られた席と席の感覚は広く、そのおかげでアクリル板があって多少聞き取りにくくても、相手との会話に集中できる。4~5人家族がゆったり座れる広いテーブル席もある。外のデッキには、自然をもっと間近に感じられるテラス席も数多い。家族連れやカップル、ワンちゃん連れもいる。
メニューには数種類のクラフトビールと、見慣れない料理がたくさんあって楽しい。一つ一つの説明も面白い。ここまで異世界に来たし、アラビア料理は興味がある。よくばって、クラフトビールの飲み比べセットと、いろいろな料理が少しずつ楽しめるランチコースを注文した。
店内で醸造している種類豊富なクラフトビール
クラフトビールは、ヴァイツェン、ライムエール、ホワイトエール、スタウトの4種類。飯能産のホップが使用されている。どれも香りが際立って良く、口に含んでから飲み下すまで香りと味を存分に楽しみたいおいしさ。
ヴァイツェンはきちんとバナナの甘くトロピカルな香り。ライムエールは柑橘の爽快な香り。ホワイトエールはコリアンダーの清涼感と麦のしっかりした香り。スタウトはローストしたカカオニブの濃厚で深く甘みのある香り。どれも本当においしかった。小ぶりなサイズの丸くてかわいいグラスで出てくるのもいい。
食材と風味の組み合わせに味覚も頭も冴える
コースの前菜は、ザクロとナッツとハーブのサラダ。複雑なハーブの風味とナッツの香ばしさとザクロの甘酸っぱさが、普段食べない組み合わせの味で、味覚も感覚も脳も刺激されてフル回転。こういうの久しぶりに食べる! やっぱりこういう複雑で異質に感じる風味の組み合わせの料理を食べると、異なる文化を感じている!という気持ちになる。
それから、古代小麦の平焼きパンと、3種類のペーストが出てくる。ひよこ豆のフムスと、パプリカの赤いペーストと、白っぽいなすのペースト。どれもなめらかで野菜の風味がふわりと広がっておいしい。
青いユニフォームのスタッフの方たちは、お酒や一つひとつの料理のことを「お客様に伝えるのが楽しくてたまらない」という感じで快活に説明してくれる。なんて気持ちのいいお店なんだろう。教えてくれる話は、食材のことや文化のことが織り交ぜられ、どれも新鮮で面白い。
一番おいしかったのはレバノンの豆スープ
豆のスープが出てくる。レバノンで断食明けに食べられるごちそうスープなのだそう。丁寧に調理されたレンズ豆の滋味深さ……とってもおいしい。今こんなにおいしいのだから、断食明けだったらさぞかししみるだろう。
充実のメインプレートは外れなし
メインは、小さなサイズのアラビア料理が6種類ものったプレート。スパイシーでボリュームのあるシシケバブ。2種類のタジン(タジン鍋の煮込み料理)はモロヘイヤと鶏肉、牛肉とアーモンド。スパイスとチキンのゾロアスターカレー。サーモンのグリルにはクライメソースというエルサレムに伝わるソースと、細い繊維状のパリパリしたカダイフが添えられている。それからキャロットラぺ。カシューナッツがのったバスマティライスが一緒に運ばれてくる。
シシケバブはがっつりスパイスとお肉で期待を裏切らずおいしい。モロヘイヤと鶏肉・牛肉とアーモンドのタジンは、使う食材と組み合わせが新鮮で楽しい。ゾロアスターカレーは思ったより優しい味わい。一番食感が面白かったのはやっぱりサーモンのグリル。
異国の料理なので、どうしても一つくらいは合わないものが出てくるだろうと踏んでいたけれど、一つ残らず本当においしい。レバノンにエジプトにモロッコに……本場の味とどれくらい同じなのか違うのか、初めて食べるのでわからないけれど、どれもおいしいのは確かだ。
最後まで一貫したこだわりの味作り
全部一口サイズに見えるけれど、かなりお腹がいっぱいになる。おいしいのはもとより、このお皿全部知りたい!という使命感がわいてくるので、お腹がくるしくても自然と手が伸びて止まらない。あ~しあわせ。
デザートは、ヤシの花蜜糖を使ったすっきり穏やかな甘さのアイスクリーム。食後のコーヒー・紅茶に添えられる砂糖も花蜜糖だ。白砂糖を使わないのは、昔ながらのアラビア料理の再現への情熱であり、お店のコンセプトや哲学であり、健康への配慮でもあるのだろうか。こだわりが感じられた。
自然豊かで抜群のロケーションと、ここに至るまでのお店の演出、そして文句なしにおいしいクラフトビールと料理の数々。気持ちの良いおもてなしをしてくれる店員さんたち。しっかり衛生対策された店内もうれしい。都心から1時間以内で来られるこの場所で、遠くへ旅している浮遊感もあり、すぐに帰れる安心感もある。思わぬ極上の旅をした週末だった。